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18.畑に種を植えましょう

 謹慎が明けた翌朝。

 珠蘭は数日ぶりに着飾って、妃嬪たちの朝の会に出席した。


 泣きはらした目はすっかり元通りだ。必死に冷やしたり、明明が揉んでくれたおかげでもあるが、若いってすばらしい。


「淑妃、わたくしがいない間、この会を取り仕切ってくれたこと、礼を言います」

「当然のことですわ」


 ツンッと言ってのける淑妃は、相変わらず今日も気高い。戻ってこなければいいのに、という副音声をしっかりと感じ取りつつ、珠蘭は気がつかなかったように微笑む。淑妃のこの態度はどうかと思うが、装いや上に立つ者の気品は妃として相応しい。


「淑妃のその髪飾りは素敵ですわね。色合いがとてもよくて、豪奢なのに上品だわ。わたくしも真似したいものです」

「え? あぁこれかしら? お褒めに預かり光栄ですわ。これはわたくしに合わせて職人に特別に作らせたものなのです。皇后さまにはもう少し控え目な色がお似合いだと思いますよ」


 少し虚を突かれたような顔をした淑妃の発言は、真似するな、と言ったようにも取れるし、あなたには似合わない、と貶したようにも受け取れる。けれど、確かに華やかな顔つきの淑妃には良く似合うが、その飾りをそのまま童顔の珠蘭が付けても浮いてしまうだけだろう。淑妃なりの助言だったと言えなくもない。


(ふむふむ、参考になるわ)


「徳妃、わたくしがいない間、変わったことはなかったかしら?」

「何もございません。皇后さまも大変でしたわね。お元気そうな姿を見られて安心しましたわ。それにしても、下女が毒を盛っただなんて怖い事。わたくしたちも気を付けなければなりませんわね」


 徳妃も相変わらずおしとやかで美しい。そして、まるで本当に心配しているような視線。実際に案じてくれているのか、それともそのように見せているだけなのか、わからない。心の中を読ませない術は徳妃から学べそうだ。


(ふむふむ、こちらも参考になるわ)



 学ぼうと思ってみれば、なんでも勉強になるものである。

 珠蘭は朝の会を終えて宮に戻ると、衣や装飾品が保管されている部屋へ向かった。引き出しを開けて髪飾りを物色する。


「明明、これとかどうかしら?」

「えっ、どうしたのですか? えっ、本当にあの淑妃さまの髪飾りが気に入ったんですか? えっ?」


 今まで全く装飾品に興味を示さなかったからって、驚きすぎである。


「違う。淑妃の髪飾りは綺麗だったけど、別にあれが欲しいわけじゃない。何? わたくしが髪飾りに興味をもったらいけなかった?」

「娘娘が髪飾りに興味を? えっ? ついに装飾品に興味を持ってくださったのですか?」


 感激のあまり涙が……とまではいかなかったが、明明の顔がパッと赤らんだ。明明は珠蘭を着飾らせるのが仕事であり、趣味であり、大好きだ。自分で組み合わせたり考えたりするのも好きだが、いつか珠蘭とこれはどうか、あれはどうか、と希望を擦り合わせられる日がくればいいと、一生懸命良さを語り続けていたのだ。やっと、ようやっと興味を持ってくれた。


「娘娘! それならこれはいかがです? これと組み合わせるのもいいと思いますが、どうでしょう?」


 意気込んだ明明に鏡の前に座らされ、とっかえひっかえ頭に合わせられる。よくもまぁこんなにいっぱい出てくるものだ。


「これは衣を選びますけれど、とても似合うと思います。いかがですか?」

「うーん、悪くない、のかな? やっぱりわたくしには難しいわね。っていうか、こんなにいる?」


 珠蘭は本人がどう思っていようが、立場上は皇后であり、その前は公主であった。だから衣も装飾品も大量に持っている。自分で求めなくてもどんどん送られてくるのだ。

 そこそこに興味があれば厳選して気に入らない物をあげたり処分したりするものだけれど、珠蘭はそこそこにも興味がなかったから、明明がため込んでいた。


「ここに置いてあるだけじゃ、もったいないよね。いらない物は処分しようか」

「だっ、駄目ですっ、絶対!」


 赤らんでいた顔が一気に白くなる。

 処分される前に、なんとか話題を変えなくては。


「それより、お昼ごろに陛下がいらしてくださるそうですから、つける髪飾りを娘娘が選んでみてはいかがですか?」

「陛下が? なんで?」

「なんでって、娘娘のことを気にかけて下さっているからではありませんか。謹慎明けなので、心配してお顔を見にいらしてくださるんですよ」

「そうかな?」


(忙しいはずの皇帝がわざわざ理由もなく来ないと思うけど)


 ご機嫌伺いだろうか。一応は皇后だから、皇帝も気にかけている素振りを見せなければいけないのかもしれない。大変なことだ。


「うーん、じゃあ、これはどうかしら?」


 選んだ一つが衣と悪くない組み合わせだと確認して、明明につけてもらう。綺麗だとは思うけれど、やっぱりあまり興味は持てそうにない。


(皇后らしくあるためだ)


 仕方がない、と姿勢を正して、鏡の中の自分を覗き込んだ。まだあどけない顔が、弱弱しく微笑んでいた。



 お昼少し前、皇帝が姿を見せた。


「陛下にご挨拶を」

「楽に。皇后、調子はどうだ?」

「問題ございません。陛下、この度はご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません」


 深く礼を取る。


「良い。気にするな、というのは無理かもしれないが、皇后がどうにもできなかったこともあろう。とりあえず、中へ」


 室内へ入って座ると、明明はすぐにお茶を出した。珠蘭が先に口を付けてから皇帝へ勧める。


「今日は何かご用件がございましたか?」

「気落ちしていると聞いたので様子を見に来たのだが?」

「それは、忙しいところ申し訳ございません」

「皇后は謝ってばかりだな」

「そうですね、お礼を先に言うべきでした。すみません。あっ」


 皇帝は苦笑しながら、全忠にそっと指示を出す。一瞬だけ口元をニヤリと動かした全忠は、小箱を珠蘭の前に置いた。


「見舞い代わりの贈り物だ」

「贈り物? 開けてもよろしいですか?」


 皇帝が頷いたのを見て、珠蘭は箱をそっと開ける。中にはいろいろな種類の粒が入っていて、それを見た珠蘭は一瞬で目を輝かせた。


「これ、いただいてもいいのですか?」

「そのために持ってきたのだ。どうやら喜んでもらえたようだな。見舞い品としては相応しくないが、先日思わぬ姿を見たから、もしかしたらと思ってだな……おい、聞いているか?」

「えっ、はい、もちろん聞いております」

「聞いていなかっただろう」


 珠蘭の興味は完全に箱の中の種子に移っていた。さすが皇帝がくれたものだけある。どれも丸々としていて、よく芽が出そうだ。


「娘娘?」


 雲英に小声で呼ばれて、ハッと意識を戻す。姿勢と表情をシャキッと戻して前を見ると、ちょっと笑いかけたような変な顔をした皇帝が珠蘭をじっと見ていた。


「気に入ってもらえたようで」

「はい、ありがとうございます。とても嬉しいです」

「そうか。食べられる日を楽しみにしている」


(ん?)


 今のは収穫したらよこせ、と言っているようにも聞こえたような。

 まぁ種をもらったのだ。お礼をするのは当然だろう。


 皇帝は茶を一杯だけ飲んで、すぐに戻っていった。見送りを終えると珠蘭はすぐに自分で髪飾りを外し……そういえば髪飾り、皇帝全然見てなかったな、やっぱり衣装はそこまで重要じゃないか、などと考えながら衣を脱ぎ……一人で着られない皇后の衣はやっぱり一人で脱げずに明明に手伝ってもらい、ちゃちゃっと薄汚れた宮女服に着替えた。


 この服に着替えると、自分は本来こっちだよな、としみじみと実感してしまうあたり、皇后という役職にはまだほど遠そうである。


 着替え終えたところで雲英に見つかり「娘娘!」と怒られるもそのまま畑に直行し、鍬を握った。明明はたぶん着替えてから来るが、雲英はそのままついてきた。


「陛下からせっかく頂いた種を植えないわけにはいかないでしょう。雲英もやる?」

「やりません。娘娘は皇后らしくなるのではなかったのですか?」

「うん、だから教えて下さる?」

「何をでしょう?」

「後宮の勢力図」


 ザックザックと鍬を動かす。先日作った畑にまだ何も植えていなくて良かった。軽く耕し直せばすぐに種を植えられそうだ。


「後宮で今一番権力のあるお方は、皇帝生母の皇太后さまよね。……ヤァッ」

「そうですね……その掛け声、何とかなりませんか。皇后らしさのかけらもございませんよ」

「そう? じゃあ……フンッ」


 ザック。


 後宮には二人の皇太后がいる。皇帝生母と、前皇帝の皇后だ。皇帝生母の皇太后は李家から嫁いだため、皇太后が二人いる場面では李皇太后と呼ばれる。淑妃も同じ一族出身なので、李淑妃と呼ばれることもある。


「李皇太后さまと淑妃は繋がっているという事ね」

「本人どうしは特別仲が良いわけではないようですが、同じ派閥ですね。そのお二人がいらっしゃるので、いまのところ後宮最大派閥かと」


 ザック、ザック。

 土を耕すうちに、同じく宮女服に着替えた明明がやってきて加わった。

 ザック、ザッザック、ザザック……二つの鍬がそれぞれの音を立てる。


 もう一人の皇太后は余皇太后と呼ばれ、今は体調が優れないという理由であまり表に出てこない。


「徳妃は余皇太后さまと同じ派閥よね?」

「ご実家はそうですね。徳妃さまのご実家である崔家は余家よりも格は劣りますが、余家を中心とする派閥に属しております」

「ふーん……ちょっとそこの種取ってくださる? 明明、このくらいの間隔で種を植えて、土を被せて」

「了解です」

「雲英も」

「私もですか? わかりました、仕方がありません、娘娘の命令とあれば、やってみましょう」

「そんな決死の覚悟で挑むものじゃないから」


 三人で種を植える。明明は案外楽しんでやっているようだけれど、雲英は、なんというか、おっかなびっくりというか、土に触れたことがないのかしらというぎこちなさだ。いつでもピシッとしている雲英のそんな姿を、ちょっとだけ微笑ましく思ってしまった。


「李皇太后さまと淑妃、余皇太后さまと徳妃、それでわたくしは孤立している、と」

「まぁ、ざっくり言うとそうなります。……次はこちらの種でよかったですか?」

「あ、その種はまだ植えないから、こっちで。……わたくし、李皇太后さまと淑妃には確実に疎まれてるのよね。だからといって徳妃にはどう思われているのか、よくわからない」


 手を動かしながら話していると、なんだか下女時代に戻った気がしてくる。話している内容は全然違うが。


「どちらかの派閥に入ってしまうのが手っ取り早いかと思ったけれど、そうもいかないわね」

「皇后という立場で妃の下に入るのも無理がありますし、今から派閥上で妃の上につくのは妃が許さないでしょうね。娘娘はそのままでいいと思いますよ。娘娘に子ができればそれが最大の強味になるのですけれど」

「うーん。……よし、終了!」


 雲英の言葉の最後は流して、種植え終了を宣言した。

 小さな畑だけれども、どことなく三人で達成感を感じていた。

種を植えました。

下女を守るため、名実ともに皇后になると決めたけど、後宮での立場はまだ低め。

皇帝はちょっとずつ珠蘭が気になっています。


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