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10.皇太后の生誕祝い2

 皇太后の生誕祝いの会場である御花園には、色とりどりの花が咲き誇っていた。地面や花壇に植えられた花の他にも、植木鉢に植えられた花が会場内に移動させられている。それに加え、女性たちの色鮮やかな衣が目に眩しい。


 そんな花々の中に、一段高い上座が作られ、薄い赤い絨毯が敷かれている。


 その真ん中に座るのが今日の主役である皇太后だ。そしてその左側に皇帝と皇后の席が並んでおり、逆側にもう一席ある。これはもう一人の皇太后である前皇帝の皇后の席だが、たぶん彼女は来ないだろう。体調を崩しがちであるし、皇帝生母である皇太后とはあまり仲が良くないから。


 この国では、皇帝が崩御、または譲位したときに後宮に残れるのは、その皇帝の皇后と次期皇帝の生母だけと決まっている。つまり、新皇帝からみて、嫡母と生母の二人だ。それ以外の妃嬪は後宮を去らなければならない。

 皇帝が変わる時にどちらかがいないことも多いが、前皇帝の崩御が早かったこともあり、今の後宮には二人の皇太后がいる。


 上座に向かって左右に分かれ、それぞれ二つずつ机と椅子が並べられている。上座に近い二席に淑妃と徳妃が向かい合うようにそれぞれ座り、その隣は九嬪の位を授かっている修儀と充儀が座っている。


 その奥には長座卓が並べられ、そちらにはそれ以下の位である二十七世婦、八十一御妻が身分順で並んでいる。


(なんとも壮絶)


 目に美しいどころか、眩しすぎる。

 下女だったころには知りえなかった世界に目がくらむ。侍妾たちからの視線で倒れそうだ。これでも人数はだいぶ少ないというのだから驚きだ。そしてこの頂点にいるのが自分だという。これまた驚きでしかない。



 皇太后は輿から下りると、ゆっくりと中央を進んで席に向かって歩き始めた。その姿はさすがに前皇帝の後宮に君臨していただけあって、堂々として、他者を圧倒する。


 目の前に来た皇太后は、四十を軽く超えているとは思えない程に若々しくて美しかった。豪奢な衣を着こなし、飾りにも負けない風格がある。微笑んでいるけれど、目力が怖い。


 珠蘭の装いは、皇后らしく豪奢でありつつも主役の皇太后を越えない衣装でなければならない。それに明明はしっかり応えてくれた。明明はそのあたりのセンスが抜群にすごい。


「母上にご挨拶を」

「面をお上げなさい、陛下、皇后」

「本日はまことにおめでとうございます」

「またひとつ歳を重ねてしまいました。けれど、こうして皆に祝ってもらえるのは嬉しいものですね」


 皇帝と皇后が並んで礼をとり、全員の代表として挨拶をする。


 元々この生誕祝いは、何代か前の皇太后が始めたものだそうだ。誕生日のたびに妃嬪侍妾が列をなして祝いを持って宮に来ることに嫌気がさしたのだという。当時、妃嬪の数は膨大だった。一人一言を交わすだけとしてもかなりの時間がかかるだろうし、もらった祝いには贈り物を返さなければならない。考えただけでもかなりの手間だ。

 だったら一度にまとめて宴を開いて、それで終わりにしましょう、となったらしい。



 皇太后は上座から全体を見回すと、優雅に微笑んだ。


「本日はわたくしのためにこのような会を開いてくれたことに礼を言います。皆、楽しみなさい」


 一同が頭を下げて「感謝いたします」と声を揃え、皇太后が席に着くと宴の始まりだ。楽師たちにより音楽が奏でられ、舞子が踊り始めた。ふわりふわりと薄布が舞う。


(うわぁ、綺麗)


 珠蘭は教養として舞いも音楽も教えられたが、そんなに得意ではない。下女であった葉はというと、いわずもがな。そんなことを経験する余裕など一切なかった。


「母上も以前、舞いを得意としていらっしゃいましたよね」

「えぇ、さすがに今は舞えませんけれどね。どうしても少しばかり厳しい目で見てしまうわ」


 皇太后は舞いを披露して前皇帝の目に留まり、寵妃となったという。


「母上から見て、今日の舞いはいかがですか?」

「なかなかの出来ではないかしら。陛下、あの緑の衣の者をごらんなさい。いかがかしら?」

「余は母上ほど見る目を持ちませんが、美しく舞えていると思います」


 同じ薄桃色の衣をまとい、一糸乱れぬ動きをする舞子たち。その中に数人、違う色の衣装を着た者たちがいる。その者の一人が動きを止めた舞子たちの前に出て、一人で踊り始める。

 そしてまた全員で踊り、また別の薄青の衣をまとった一人が踊った。


「陛下、今の娘はどうかしら?」

「美しく舞えていたと思いますよ」

「そう? それなら……」

「今日は母上の祝いですから、母上から一言労っていただけませんか? きっと喜ぶでしょう」


 皇帝が良いと思ったならば、皇帝が褒めればもっと喜ぶだろうに。そう思いながらチラリと横を見ると、良い笑顔の皇帝の先で、皇太后が大きく溜息を吐いていた。


「まったく、陛下は。わたくしが妃嬪であったころは、後宮はもっと賑やかでしたよ」

「余は今のままで充分です」

「充分なものですか。気に入った娘の一人や二人、側に置いたらどうですか」


 それに言葉はなく、苦笑して返す皇帝。


(あぁ、なるほど)


 あの一人ずつ違う色の衣の娘たちはきっと皇太后のおすすめ。皇帝が気に入った素振りを見せれば、すぐにでも皇帝の前に差し出されるのだろう。

 舞が終わっても誰も呼び止めなかった皇帝に、皇太后は不満そうな顔を向けている。それに気が付いていないはずもないが、皇帝は違う話題を口にした。


「それより母上、良い匂いが漂ってきましたね。今日は母上の好きな料理ばかり用意しているそうですよ。そうだな、皇后?」

「はい。料理人たちが素材集めから厳選して作っております」

「そう、それは楽しみね」


 実際に素材集めや下処理に奔走しているのは料理人ではなく、下女たちだ。祝い事や宴がある時、特に前日と当日はとても大変だったのだ。それでも下女たちにとって、こういったお祝い事や宴は歓迎だった。おこぼれに預かることができるからだ。

 不足があってはいけないので材料を多めに発注するし、料理も大量に作る。だから残りが出る。普段は食べられないような食材を口にするチャンスなのだ。


(あの時食べた、肉の入った饅頭は美味しかったなぁ)


 野菜と肉を混ぜて包んだ蒸し料理。それが今、目の前にある。あの時のようにかぶりつくことができないのは残念だけど、また堪能できるとは嬉しい限りだ。


(うーん、美味しい)


「とても良い味付けですね。皇太后さま、いかがですか?」

「ええ、悪くないわ。それにしても、皇后はとても美味しそうに食べるわね」


 それを聞いた淑妃がくすっと笑った口元を抑えるのが見えた。優雅に見えるように食べたつもりだったけれど、駄目だったようだ。


「申し訳ございません。とても美味しかったものですから、つい」

「黄国にもこのような料理はあって?」


 急に出身国の事を聞かれ、珠蘭は記憶を探る。


「似たようなものはございますが、あちらは少し辛みが強かったと記憶しています。わたくしはこちらの味付けが好きです」


 そう答えると、なぜか皇太后は少し目を丸くした。


「皇后はこちらの味が合わないと聞いていたけれど、好みがあってよかったわ」

「母上、皇后がこちらへ来て、もう三年ですよ。好みの味を見つけることもできましょう」

「そうですわね、もう三年ですものね」


(なのに子はまだなのね、って言いたいのか)


 トゲのある言い方を聞かなかった事にして、珠蘭は微笑んだ。今日もまた、顔の筋肉が引きつりそうだ。



 食事を終えて果物が出された頃、二人の男の子が一段高くなっている上座の手前までやってきた。隣に寄り添うのは徳妃だ。動きたい盛りの子供は最初から最後まで宴に参加することはできないので、ここで連れてきたらしい。


「おばあさまにご挨拶いたします。本日はおめでとうございます」


 孫の登場にも関わらず、皇太后は鋭い視線を送った。徳妃の上の子は六歳らしく、しっかりと挨拶をした。下の子はまだ三歳なので、よくわからない顔をしている。

 挨拶を聞き終えると、皇太后は頬を緩ませた。


「よく挨拶できましたね。どうもありがとう」


 ホッとしたように徳妃と下がるのと入れ替わりに、今度は淑妃が子供を連れてきた。上の男の子は四歳。たどたどしく挨拶をする。下の女の子はまだ一歳半ほどなので、淑妃が手を引いて立たせているが、動きたそうにしている。それがまた微笑ましい。


「おばあさまにごあいさつを。おめでとうございます」

「まぁ、ありがとう。こっちへいらっしゃい」


 皇太后は淑妃の子に上座へ上がるように言った。後宮での権力というものがわからないはずのない皇太后が、徳妃の子は呼ばなかったのに淑妃の子を呼んだ。軽くざわめきが起こる。

 皇太后は一番小さな女の子を膝に乗せた。残念ながら子は空気を読めないもので、すぐにぐずって泣き出す。慌てる淑妃に皇太后は気にしないようにと微笑む。


「あらあら、やっぱりお母さまがいいわよね」


 淑妃に女の子が返されると同時に、今度は四歳の次男が皇太后の膝に乗せられた。あやしても泣き止まなかった女の子は、乳母に連れられて戻って行く。


 それを見ていた皇帝が徳妃の子を手招きした。上座に上がってきた二人に皇帝が果物を手渡すのを、誰もが注視している。


 微笑ましいはずの光景に、なにか殺伐としたものを感じる。子供にそれが伝わっていないことを祈るばかりだが、さすがに六歳の子には気付かれているだろう。


(わたしはどうしたら?)


 均衡を崩してしまいそうで、珠蘭はただ微笑んでいるしかなかった。

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