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知らずの鑑  作者: 加藤とぐ郎
籠の章 見ざる其方に
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5 災媛のお嬢②

 日暮れ前、王国を守る巨大な盾の上に、三つの影が伸びている。一つは世界の超越者、一つは可憐なお嬢様、そしてもう一つは……。


「私はな……、何を隠そう正真正銘の迷子なのだ!」

「は、はあ」

「ところでアストは随分変わった服を着ているな。そういう所を見るに、パールスではないんだろう?」

「パールス?」

「この島、パァラレィルに住む者たちのことだ。不正を憎悪し真正を愛好する、誠実の国。ほら、あそこに王都が見えるだろう」


指差した先に、鬱蒼と生い茂る樹海から頭を出している大きな都があった。そこだけ、もぐら叩きのもぐらのように僕たちを覗いている。誠実の国、名前が名前なだけに怪しく思えてならない。“誠実そうな人”なんていかにも胡散臭いじゃないか。多分、僕はひねくれてるんだな。


「かれこれ一日半もアリハック(ポート)という港を探しているんだが、空想上の土地でも尋ねているのかと疑うほど見つからない」

「僕が島民(パールス)だったら案内してもらうつもりだったと」

「そういうこと」


 この世界の一日半は、地球の時間に換算して約三日間。これから夜が始まったら、明けるのはおよそ二十四時間後。ただし、正確でないことは言うまでもない。三日間前後歩き回ってたのか、彼女は。


「力になれなくてすみません」

「アストが謝ることじゃない。私が、その、……だから、だ」

「なるほど……」

方向音痴か。

「昔からなんだ。どうにも道を覚えようという気にならなくてね」

「カレンさ、コホン。カレンもパールスではないんですよね。どうしてこの島に?」

「諸事情だ。強いて言えば人助けかな。あ、隠しているつもりではないぞ、本当に他人には明かせない事情であるからして」

「大丈夫ですよ隠しても。迷惑な深入りはしませんから」

「恩に着るよ」

「いいえ」


彼女は何らかの目的でこの島を訪れ、おそらく既に目的を達してこの島を発とうとしているのだろう。港を目指しているくらいだから、船に乗って帰国かもしくはまた別の島に。緩やかに風が吹いてきて、柔らかく桜色の髪を流していく。年齢は僕と同じか少し上だと思う。もし日本にいたら芸能界で活躍していそうな、常人離れした存在感が魅力的に光っている。立っているだけで他者を圧倒し得る不思議な美しさ。初めての体験だ。人を見て息を呑むなんて。


 「カレン、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「ああ」

「エテクマがどうして精霊だとわかったんですか?」

「直感の当てずっぽうと適当な消去法だよ。一見普通の生き物にしか見えないけど、なんとなく生命を感じないような気がしたんだ。まず人でなく、生命を持たず、魔力も感じず、機械は付いておらず、説明ができない、動いているもの。不可解な現象の大半は“精霊のせい”、で片付けられる。ずばり精霊!当たってたかい?」

「大当たりです」

「ふふっ。やはりな」


信憑性は抜きにして、とりあえずエテクマは精霊ってことで決定しよう。魔力って魔法力ってことかな。そんでこの世界にも機械はあるのか。どこまで発展してるのか全然予想つかないけど。色々と彼女に聞きたいことは山ほどある。だけど、手当たり次第に疑問をぶつけるべきじゃない。毒髪の彼には博学多識だと思われていたみたいだし──単なるお世辞の可能性はあれど、今後もあまり物を知らない人間だとは悟られたくない。無知というだけで不利になる。なるべく無学を晒さず情報を得なくちゃならない。大部分は上手く知ったかぶりをしてやり過ごそう。


 カレンは僕が偽名を使ったとすぐに見破った。僕が本名を名乗らないのは、さも当たり前であるかのように。他にも、エテクマの名前を聞いて感心したような様子だった。“名前は大事”と言った後で僕の“偽名”をすんなり受け入れた。何故だ。エテクマと僕の違いは何か。名前が大事なのは、エテクマが精霊だからか。精霊の名前は大事。ならば、精霊と名前とは何か関係があるのかもしれない。きっと僕が本名を名乗らない正当な理由があるのだろう。そう考えた方が、僕の嘘が下手とか名前と顔が合ってないとかその他の理由より、僕的に納得がいく。一旦これで、名前問題は解決としよう。


疑問はまだまだあるな。精霊とは何なのか?魔法とは?僕の言葉はどう聞こえてるんだ?何で僕はこの世界に?考え出したらきりがない。細かいことも含めたらもっと増える。そもそもそんなに一辺に質問してたら無知が露呈する。今引き出すべき最も重要で有益で必要な情報は、


「カレン」

「なにかな?」

「食べられる物って持ってますか?」

「えー持ってたかなぁ。あっ!そういえば」


彼女は後ろに手を回すと何かの包みを取り出した。


「甘い物なんだが、アストは好きかい?」

「いただけるんですかあ!」

「もちろん。くくっ。アスト、空腹と顔に書いてあるぞ」

「図々しいようで申し訳ないです。このところ一切食を絶っていまして」

「それはさぞ辛かろう。待ってろ、今、うっ、今開けるから、ぐぬぬっ、ふぅ、あれ?」


紐の結び目にかなり苦戦しているみたいだ。すぐほどけそうだけどな。そんなに苦戦するか。


「ええいっ!……ふむ。アスト……、手を出して貰えるか?」

「こうですか」


水を掬うように両手を差し出すと、そこに包みを乗せて結び目を一瞬で切ってしまった。包みははらりと開かれて、中から黒っぽい羊羮のようなものが出てきた。一瞬のことでわからなかったが、彼女は固そうな紐を素手で切ったらしい。どんな芸当だよ。


「お菓子ですか?これ」

「その通り。ロロメリといって、東方の異国の伝統的な菓子だそうだ。アストは初めて見るのか」

「はい」


おむすび大の四角い形で、対角線で四つに切り分けられている。暗い琥珀のような固そうな見た目で光沢があり、ほんのり甘い匂いがしてくる。


「一つもらうよ」

「どうぞ」


カレンは一つをつまんで口まで運ぶと、そのまま一口で食べてしまった。まあまあな大きさで、固さもありそうなのに、一気に口に入れたので驚いた。僕もカレンに倣って食べてみる。


ん!思ったより口溶けが良いぞ。飴を想像していたけどそんなに固くない。どちらかと言えばゼリーの方が近いかも。


「ごくっ。お、美味しい。あの、」

「いいとも。残りの二つも食べてくれ」

「ありがとうござ──」


二つを一度に頬張った。旨い甘い美味しい。初めて食べる不思議な味だ。もうわけがわからないくらい美味しい。久しぶりの食べ物だからなのか、このロロメリが特別だからなのかわからないけれど、すごく、とてつもなく、尋常じゃなく美味しい!


「アスト」

僕にすべすべの手を差し伸べる。

「涙拭けよ」

「泣いてないでしょ!?泣いてないですよね?泣いてたかもしれない」

「泣いてないよ」

「なんなんですか!」

「いやぁ、泣きそうになりながら食べるものだから、あげたこっちも嬉しくなってしまって」

「確かに泣くほど美味しかったです。ありがとうございます」

「どういたしまして」

「あと、最後に一ついいですか?」

「ん?」

「カレンって、もしかして不器用なんですか?」


言い終わる前に彼女は顔を赤く染めて豹変した。


「うがああぁぁぁ~~~~!!!!!キサキサマ!キサマッ!無礼だぞ!乙女に向かって乙女が気にしていることを!」


今までの屹然と気高く毅然とした彼女はどこへやら、まるで別人の家の子供のように怒ってしまった。


「ご、ごめん」

「ぐふっっ!」


怒りが過ぎると、ボディブローでも食らったようにその場に倒れ込んでノックアウトされてしまった。彼女にとっては相当な大ダメージらしい。


「ごめん」

「ううぅ。私が、私が不器用なのが悪いんだ。謝られると逆に辛い」

「……」

「仕方ないんだ。小さい頃から何をするにも従者にやらせていたから、細々としたことは苦手なんだよぉ。ぐすっ。でも、こんな私でもなぁ、お国一の才媛と誉れ高かったんだぞ」


本当に、本物の天然のお嬢様だったとは。通りである意味距離感が掴めないわけだ。方向音痴といっていたのも、道を覚える必要が無かったからなんだな。お嬢様の一人旅か、それは確かに諸事情ありそうだ。


「付き人二人ともはぐれてしまうし。うふっ、うぅぅぅ」

「カレンって……」

「言うなぁぁ~~~!!!!」


もうすぐ一日が終わる。二つの月が輝き始める。

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