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知らずの鑑  作者: 加藤とぐ郎
籠の章 見ざる其方に
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4 災媛のお嬢①

 壁は二つの山の間に建てられており、開け放たれた砂浜海岸と内陸とを隔絶していた。海を忘れた陸は緑を抱き、誰彼の刻を寝過ごす腹積もりだ。壁のすぐ下を覗き込むと、丈の短い草原のようになっていて、徐々に見上げていくと、一本の砂道がその草原を左肩上がりに横切っていた。右手に延びる砂道の先は壁の奥に消えている。大きすぎて気付き難いが、この巨大な壁は直線ではなく曲線に築かれているようだ。一方左手の終点は山の麓の森に消えていく。


顔を真っ正面まで上げると、大規模な森林が広がっていて、ずっと遠くに立派な城と街が顔を出していた。更に奥は険しい山脈が連なっている。おそらくあそこが島の中心都市なのだろう。それにしてもこんな景色生まれて初めて見た。日本の、いや地球のどこを探してもこんな絶景見つからないんじゃないか。あの城下町へは、大森林を抜けて行く必要があるため、たどり着くのは不可能。目下僕たちが向かうべきは、左方に進む砂道が通り過ぎる小さな村だ。砂道は村を抜けて、その後大きく曲がりくねり森に消えていく。砂道に沿って進めば自然と村に至る。


 僕らの足下にある巨きな壁ははちみつ色の石で出来ている。だが、繋ぎ目なんて物は一つも無く、石を積んで造られているという証拠が無い。まるで一つの岩のようではあるが、切られたり削られたりした跡もない。初めからこのままここにあったとしか思えない。考えられるのは、コンクリートのような物で建造されたか、奇跡的に自然形成されたか。或いは地球の科学では説明できない、宗教でなら説明できそうな、超自然的な仕事か。


「それにしても高いな」

「絶対に王都まで津波が来ない最低限の高さらしいぞ」

「それにしてもここまで高く造るか?」

「昔の人間は大袈裟だからな。といってもざっと七十年前だが」

「何でそんなこと知ってるんだよ?」

「ん?さっき向こうの石碑に書いてあったぞ」

「えっ!?」

「ん?」

「誰?」


これがホントの誰そ彼か。


「なっ!誰だそいつは?」

「お前も今気付いたのか」

「うわっ!面白い生き物が喋った」


突如として現れた声から距離を取る。落ち着いて見ると、まるで演劇の衣装のような格好をしていた。かつて絵本で見た、お嬢様の格好をしている。お姫様ほど華美でなく、町娘ほど清楚でない。そして彼女は笑う。


「失礼。()()()、では無かったね」


 桜色の髪がハーフアップにまとめられ肩口まで垂れている。目鼻立ちはくっきりしているが日本人だと言われたら、ギリギリそう見えなくもない。だから余計に服装が衣装のように見えてしまう。気品溢れる佇まいから、本物の天然のお嬢様なのだろうとは思う。思うけど、


「これはすまないことをした。普通に話し掛けたつもりだったんだが、どうやら驚かせてしまったようだね。いや~、非礼を詫びるよ」


けれど話し方がお嬢様感皆無だ。これは僕の翻訳が悪いのか。別に僕が翻訳している訳じゃないけど。さっきの少年商人は敬語だったのになぁ。


「後ればせながら自己紹介といこう。私の名前はカレン=モナ・チョコレクト。差し支えなければ、どうかカレンと呼んで欲しい」

「は、初めまして、カレンさん」

「敬称は不要、カレンだ」

「わかりました、カレンさ……カレン」

「俺はエテクマだ。よろしくな、カレン」


 な、エテクマってそんなアクセントだったっけ?エニグマみたいに言ってるけど。


「エテクマ……。ほうほう……、なるほどね。いい名前じゃないか。うん、名前は大事だからな」


彼女は何をそこまで感慨深げに噛みしめているんだ。こんな、(エテ)(クマ)そのまんま付けた捻りの無い名前のどこが良いんだ?エテクマってこの世界の言葉だとどういう意味があるんだよ。僕の怪訝な視線に気付いたのか、彼女が顔を向ける。そうだ僕も名乗らなくちゃ。


「僕は、──」

刹那逡巡。

「僕は、アストレート・ミラーって言います」

「それは偽名かい?」

????????

「えっと、はい」

「だろうね。でも素敵な名前だな」


何故バレた?僕は今まで嘘がバレたことは一度もないのに。バレない嘘しか吐いてこなかったから、実質嘘を吐いたことがなかった。だけど今初めて、人に()()()()()


「カレン、ちょっと待っててくれ。すぐに済む」

「む?。構わんぞ」

「ありがとう。おい!」


エテクマが僕を呼び出す。さっきと逆だな。


「何だ“アストレート・ミラー”って?」

「小さい頃考えた名前だよ」


僕がまだ小学校低学年の頃、海外では名と姓が逆だと聞いて、そこから出来上がった名前だ。僕は名前も英語にするものだと勘違いをしていた。(かがみ)直一(なおいち)、イチナオ・カガミ、Onestraight Mirror。oneはその後同じ一を表すaに変えて、最終形アストレート・ミラーである。かなり気に入っていたので、誤謬が判明して数年経っても忘れていなかった。語感がなんとなく、童心にはかっこ好く響いたのだ。


「普通に鑑直一でいいだろ」

「いや、変じゃないかゴリゴリ日本語名だし。アストレートの方が違和感ないって」

「まあ別にどっちでもいいや」

「どっちでもいいなら最初から言うなよ!」

「話は終わったのか?」

「ああ。あんたが、滅多に出会えない絶世の美女だから、どっちが口説くかで揉めてたんだ」

「あっはっはっは。アストはともかく、エテクマは無理あるだろう。あははは」


 さっきまでは近づき難い高潔さを持っていたのに、笑う姿は可愛らしかった。つられて頬が緩んでしまう。


「だって君、精霊じゃない」

「俺を知ってるのか!?」


精霊。また新しい言葉が出てきやがった。確かにエテクマが人外なのは一目瞭然で、ここは魔法が当たり前に存在する世界だ。しかし精霊とはいったい。そして何故カレンは知っているのか。


 わかるかもしれない。

「カレン。あなたは何者なんですか?」

彼女の正体。

「あ~。警戒しなくてもいいよ」

エテクマの正体。

「大した者じゃない」

僕の正体。

「つまらない話さ」


彼女は微笑んだ。

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