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知らずの鑑  作者: 加藤とぐ郎
籠の章 見ざる其方に
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3 待つのは降下、不幸だ

 程よくきつすぎないようにストラップを締める。足を複雑に動かしたり、小走りをしたりして、履き心地を確かめる。今思うと、我ながら何の根拠もなく、あの毒々しい髪の少年商人が貴重かつ質の良い物品を持っている、と予想していたことが不思議だ。実際に予想は的中していたものの、不思議なことにかわりない。要するに、このサンダルすごく良い!ということだ。足への負担をまるで感じない。可動域といいフィット感といい地面の反発といい、何一つとして苦がない。


「これが魔法。魔法のサンダルか!」

「サンダルのおかげとは限らないだろ。俺がかけた、感覚のみを健康な状態にする魔法の効果かもしれないぞ」

「それは……。確かに」


どちらかはわからないが、どちらにせよ原因に魔法が関わっていることはわかっている。しかし魔法とはいったい何なのかわかっていない。わからないことだらけではあれど、僕は諦めない。とりあえず今は食事を摂らなければ死んでしまう。本来なら瀕死状態で動かない体を、感覚を誤魔化して無理矢理動かしているのが現状だ。回復するには失った栄養が必要。とにかく食べ物を食べなければ。なので僕は石造りの巨きな壁を越えるために、草地を進み目標に向かっていた。壁は堤防で、壁の向こうには集落があると踏んでいる。少年が“今回の商い”と言っていたのだから、まず間違いなく人がいる場所があるはずだ。壁に近づくと階段が見えてきた。


 人がいれば食べ物もある。階段は人が一人通れる幅で、手すりも何もない石の段板がただ突き出ているだけの大変危険な構造になっている。踏み外せば即落下のスリル満点階段は、緩やかにとても長く続いていて、頂上付近は針の先よりも細い。素材も同じだからすぐ横のはちみつ色の壁と同化してなおさら見えない。僕を先頭にして後ろからエテクマが話しかける。


「指はどうだ?」

「相変わらず赤いのがプルプルしてるぞ」

「怪我の調子だよ」

「痛みは完全に引いたかな。見た目も多分元に戻ってる。いや、まだ皮が治ってる途中みたいだ」


数時間前、僕はほんの少し手を浸しただけなのに、凶暴な魚は人差し指を食い千切ろうと咬みついてきた。何とか指は繋がっていたものの、咬まれた部分は丸ごと魚の口に盗まれてしまった。エテクマはその指に治癒魔法──エテクマがそう言っていた傷を治癒する魔法、を施してくれたということらしい。その効果は絶大で、骨まで見えていた指はほとんど完治している。


「すごいな魔法。魔法ね。僕、あまりファンタジー系の創作に触れてこなかったからな、魔法っていうと手品とかマジックとかが浮かぶんだよね」

「まあすんなり受け入れられる物ではないな」

「そういえばこのサンダル、元々は靴だったよな。いや最初からサンダルだったけど、靴に変えたのか?何魔法なのかな?」

「変化魔法じゃないか」

「へんげ?う~ん、だとしたらあの子も本当は全然違う見た目だったりするかもな。サンダルだけへんげさせることないでしょ」

「わからないぞ。コーディネートが悪かったのかも知れないだろ。今のお前みたいに」


思わず下を見て自分の姿を確認する。結構高い所まで来ていて恐怖を感じたのは置いておいて、僕の今の格好を見ての感想。


「うわっ……」

「まあ仕方ないな」



 階段を登り始めてかなり経つが、ようやく半分に至ったくらいでまだ先は長そうだ。サンダルのおかげか調整魔法──これもエテクマがそう呼んだ感覚を調整する魔法、のおかげか足の疲労は全く無い。ただずっと神経を使っているせいで精神的疲労が辛くなってきた。何しろ、ちょっとでも気を抜こうものなら真っ逆さまにお陀仏なのだ。一段一段気を付けて、もう数百段に上る。いつまで続くか、いやいつまで保つか。もう階段はお腹いっぱいだよ。実は登り切った後、下りの階段が待っているのを僕は知っている。はあぁ。と、溜息を吐く僕に死が罠を張っていた。大きな口を開けて通る者を飲み込もうと。


「ストップストッ~プ!」


念のため距離をとっていて良かった。エテクマは少し後方でしっかりと立ち止まる。


「どうした?」

「段が」


僕の右足が踏むべき次の一段が朽ちて欠けている。


「恐ろしいな……」

「いや危なかったよ。集中力も低下してたしずっと同じ景色だから、この直前まで気づかなかった」

「いやそれもあるけど、この石崩れるんだなって……」

「……」


想定したくなかったけど想定してた可能性。一番初め、一段目でしっかり強度は確認したけれど、途中で乗った段が重みに耐えられず壊れる可能性。この崩れた跡を見て背筋を寒気が走り去った。


「これ、ジャンプするしかないよな。一個向こうに……」

「そうだな……」

「ふーーー。ここまで来て。そうだ、せっかくここまで来て、そう考えよう」

「だな。“せっかくここまで来たんだ”」


行くぞ。一、二、三!僕は足場に力を入れて蹴りつける。僕の体が空中に放たれて、一段飛ばし向こうに移る。大股一歩分の距離に少し高さが付いただけ。簡単に飛び移れる、僕なら大丈夫。僕は、大丈夫だった。


 放物線の下りは遥か下方の地の底に向かう。壁から生えた石段は、僕の勢いを死なせず殺された。一度着地した足応えを感じたのに、それはすぐに僕の生命もろとも奪われる。その音だけが宙を走る。崩れた石と共に落ちる。あっ、えっ嘘だろ、あっ!嫌だ、いやいや、僕、死ぬの?まさか、冗談じゃ──


直一(なおいち)!」


僕は暗闇に沈んだ。


「ッッ!?」

「大丈夫か?」


僕は瞼をあけて光を取り戻す。オレンジがかった夕日に照らされ、少し輝いた薄茶色のふかふかが目に入る。何が起きた。僕は落ちたんじゃ。下を覗こうとすると同時にエテクマに抱えられているのに気が付いた。石段の上だ。目線を奥へ下になぞっていくと、二段分失くなった空間が小さく見えた。冷静になる。何が起きた?


「は?」

「魔法だ。今回は意識して使った。いうなれば速化魔法ってところだな」

「ええ?」

「ヤバい!と思って、使おうと思ったらできた。速く動けって。俺もびっくりしてる」

「じゃ、じゃあお前、僕が落ちるより速く階段を登って僕をキャッチしてそのまま駆け上がったのか?」

「いや、跳んだんだ。二歩でこの段まで登った」


すごいな。僕はエテクマがいなかったら死んでたのか。最初は微妙に感じてたけど、今は最高にかっこいい顔に見える。人間、感じ方の振り幅ってかなり広いのだなあ。


「このまま僕を抱えて頂上まで頼む」

「早く降りろ。もしくは落ちろ」


 その後は危険もなく、頂上までの長い道のりを踏破できた。驚くべきことに疲れはゼロである。エテクマの調整魔法は、限界を超えて蓄積した疲労を相殺するほど強力ではないらしい。つまり、階段地獄をノーダメージで乗り切れたのは、少年商人から買ったサンダルのおかげだそうだ。確かに実感もある。さすがに何の魔法による効果なのかはわからないと言っていた。とにかく僕はようやく巨大な壁の上にたどり着いたんだ。海を見下ろすと夕焼けが赤く波を染めていた。登山の気分に似ているかもしれない。僕たちが打ち上げられた浜辺を眺める。あそこからここまで登ったんだな。でも感傷に浸ってもいられない。日没(タイムリミット)は迫っているのだ。僕は壁の反対側を睨んで見下す。そして下りの階段が待っているのだ。

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