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知らずの鑑  作者: 加藤とぐ郎
籠の章 見ざる其方に
4/8

1 毒髪の少年①

 後から聞いた、島の名はパァラレィル。不正を憎悪し真正を愛好する、誠実の国がある。


 「起きろ」

「はい?」

「着いたぞ」


砂浜には大きな筏と、引いては押し寄せる波の音が耳に近い。僕は青空に身を投げるように大の字に倒れていた。晴れたのか。本当に地球ではないのか疑ってしまいたくなるけれど、それは疑いようもなく顔を覗かせる。


「すまん」

「どうした。謝ることなんてないだろ?」

「いや、靴を落とした」

「えっ!?」


飛び上がって確認したところ、どこにも靴が見当たらないこと、瀕死だった体が無理なく起き上がることがわかった。


「ずっと座ってたからな、一度大きな波が来て転がっていってしまったんだが、見てることしかできなかった。俺は着ぐるみだし、落ちたのはあの魚がいる海だ。取りにも行けずそのまま……。お前が寝入ってからすぐのことだった」

「それは、仕方ないな」


突然言われても、靴なんてどうでもいいんだが。エテクマは謝ってるし寛容な感じでいくか。


「まあ許してやるよ、仕方ない事だしな。お前も反省してるみたいだし」

「悪い。お前の考えてることは大体俺もわかる。俺はお前から生まれた存在だから」

「くそっ!何でお前はわかって僕はわかんねえんだよ。お前僕のイマジナリーフレンドなんだよなあ!?」


 はあ。別にいいか。遊園地のバイトで着ていた猿と熊の中間というか、とにかくそんなようなマスコットの着ぐるみ。こいつの謎は多いが、僕と一緒にこの異世界に流れ着いた仲だ。うまくやっていける事だろう。座った状態で体を伸ばし、一息ついて辺りを調べる。見渡せる限り目を向けると不思議な景色が満ちていた。海は穏やかで水平線が長く引かれている。濁ってるのか水面下は見通せない青で揺れている。僕が興味を惹かれたのは反対、陸の方だ。砂浜の始まりから草地に入って大分進むと、巨大な石の壁が視界いっぱいにそびえ立っていた。その大きさが余りにも凄くてチビりそうになってしまった。


でっっっか!壁だよな?ちょっと感動した。結構距離あるけど、それでも十分なくらいでかいのがわかる。石積みじゃない、大きな一つの岩みたいだけどどうなってるんだろう。間近で見ればわかるかな。


「巨大な堤防じゃないか。明らかに人工物だ」


堤防か。そう言われるとそうとしか見えない。しかしあそこまで大きいとなると余程の大波が過去にあったんだな。そもそもどうやったらあんなものを建造出来るのか想像もつかないけど。



 この世界に来てから不可解の連続だ。普通の常識じゃあり得ないことが多発している。その一つ、エテクマが施した指の治療。治療と言ったけど僕には何が起きているのか全くわかってない。赤いゼリー状の物が指を覆って、傷を癒している。


「これ……なんなんだ?」

「わからない」

「お前がやったんだよ」

「わからないんだ。ただやらなくちゃならない気がした。できる気がした」

「お前の正体とも関係あるのか?」

「あるだろうな。でもここでこうしてたって何もわからない」

「僕はもっと慎重に一つ一つ知りたいんだよ。わからないままで進むのは嫌だ」

「でも置かれてる状況が許してくれない。ここで死ぬか?」

「そうじゃないって、僕の考えてることわかるならわかるだろ」

「わかってるさ」


波打ち際に僕とあいつの声が響き合う。そうだな。僕がわからないことは、あいつもわからないってことか。


「よっこらせっと。ほらお前も立てよ」

「ああ」

「うわあぁおおいっ!お前立ったらそんなでかいのか。着ぐるみだもんなそりゃそうか」

「高さはほとんど頭部で稼いでるけどな」

「びびった~」


すぐ横でいきなりこんなのに立たれたら、驚くのも無理はない。僕はびびりじゃないので誤解しないでほしい。


「一応聞くけど、体が動かせるようになったのは?」

「一時的に感覚だけ健康な状態に戻した。体に負荷はかけない方がいい。動くのもギリギリだからな。早いとこ栄養を摂らないと、普通に死ぬから気を付けろ」

「それはわかるんかい!?」

「理屈は知らんがなんかできたんだ」


マジでこいつ信用していいのか。信用するしかないけど。僕は筏から降りて上陸した。砂の感触が裸足をくすぐる。ちなみに靴下は靴と一緒に海の底だ。とりあえず目的地は壁の向こう。あれが堤防なら向こうに人の住む集落があるはずだ。どこかに壁を越えられる場所を探さないといけない。階段か梯子か、とにかく近くまで行こう。僕が途中で倒れないかという不安はあれど。僕が前進を決意した直後、見据えた真っ直ぐさきに人影のような物があった。最初太った大男に見えたが、良く見ると子どものようだ。かなりの荷物を背負った子どもが真っ直ぐこちらに歩いて来ている。


「ど、どうする」

「どうするって言ったって」


子どもはみるみる内に近づいて輪郭は段々はっきりしていく。自分の五倍はあろうかというぎっしり詰まった鞄を揺らし、見たこともない衣服に黒いマントを羽織っている。まるで民族衣装のような独特な服。その出で立ちの中で、髪が最も特徴的だった。紫と赤と黒が入り混じった毒々しい色で、伸びっぱなしの前髪が目の前を覆っている。その少年はあっという間に二人の前にたどり着いた。


 「こんにちはぁ!いい天気ですねぇ絶好の船出日和だぁ!こんな場所で出会ったのも何かの縁!少し世間話でも致しませんかぁ?」

「え、日本語?」

「ニホ、ン……?ああぁ!コホン、えーとぉ、この言葉なら伝わりますかねぇ?こんにちはぁ!いい天気ですねぇ絶好の──」

「いや伝わってる、伝わってるから。こ、こんにちは」


どういうことだ。言葉が通じている。しかもこの子、二つの言語を使ったんだよな。一個目の言語じゃ僕に通じないと思って。でもどっちもバッチリ理解できる。何が──


「おおぉ!なんと!コルーナ語とローナ語をどちらもお話しになるお方でいらっしゃるとはぁ!これはこれは驚きましたぁ!」


コルーナ語とローナ語。頭の中では日本語に聞こえる、というか何を言っているのかわかる。ものすごく変な感覚だ。その言葉を耳で聞く前に、勝手に脳内で自動翻訳されてるみたいな。


「そんなに珍しいのか?」

「ええぇ!それはもう!大変博識な方とお見受け致しますぅ。そんなに見聞の広い方となら、こちらも良い取引ができることと存じます」

「ちょっと待ってくれ」

「はいぃ?何でしょうかぁ」

「あの、こいつのこと気にならないの?」

「ははあぁ。確かに獣人とも獣とも似ているようでまるで異なっている。いや、これは服?中に人が入っているのでしょうか。人の気配はありませんが」

「俺のことはいいだろ」

「うわぁ!あなた様でございましたかぁ!これはとんだご無礼を」

「構わない。取引とは何のことだ」

「!!!」


少年の口元は歪み、怪しい笑みを滴らせる。


「ええぇ。きっとあなた様方には御満足いただけることでしょう」

「ちょっと、もう一ついいか」

「はいぃ?何でしょうかぁ」

「その変な喋り方やめてほしいんだ。わざとだよね」

「コホンコホン。失礼しました。最近やり始めたキャラでして」

「そうだよね!探り探り感が否めなかったから」

「まだ慣れてない感あったな。若干棒読みだったし」

「僕もまだまだだなぁ。ではご要望通り、普通に、させていただきます」


少年は改まって言った。


「取引というのも、僕は旅をしながら世界中の種々様々な地域で品物を売買している行商人でして、お二方とも商売をしたいと思っているのです。単刀直入に申しますと、ずばり、僕にその筏を売っていただきたいのです!」


この筏を!?丸太を並べてくっつけただけの筏を!?な、なんで。僕はこの筏を売るべきか売らないべきか。そして何故、僕はこの少年の言葉が理解できるのか。僕は、どうしたらいいんだ。

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