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知らずの鑑  作者: 加藤とぐ郎
序章 知らずのままに、生還
3/8

3 死は黒旗に

 僕は夏休みの間、遊園地でバイトをしていた。その日は猛暑日で僕は着ぐるみの中で意識を失ってしまった。目が覚めると筏の上で海に浮かんでいた。僕は死んだのだと思った。だが、目の前の着ぐるみが言うには、僕は生きているらしい。誤解がないように言うと、目の前の独りでに動く着ぐるみが喋って、そう言ったのだ。


「ずっと気になってたんだけど」

「何だ?」

「お前の名前ってなんだっけ?」


バイトで着ていた遊園地のマスコットキャラクター。コミカルな猿のようなポップな熊のような、僕は決して可愛いとは思わない、奇妙なキャラクター。興味がなかったから忘れてしまった。どんな名前だったっけ。


「エテクマだ」

「そのまんま!?猿と熊そのまんまかよ」

「別に良いだろう名前なんて。他に気になることは?」

「いや全部まとめて一から説明してくれよ」

「そうか」


大きな頭で俯いて間を延ばす。なんだよ溜めるなよ。勿体振ってもらっても、指がかなり痛いので腹が立つだけだ。


「これってさ、異世界転生ってやつじゃね?」

「は?」


“じゃね?”ってお前わかってねえのかよ。


「いやいや俺は飽くまで、考えを聞かせると言ったまでよ。つまり俺の予想だ」

「……まずは聞こうか」


こいつの顔見てると苛つくな。


「俺は、お前は一度死んでいると思っている。多分な。しかし何者かの力によってこの世界に復活させられたんだ」

「くだらない。何者かの力って、そんなのあり得るわけないだろ。神様が~とでも言い出す気か?」

「あり得ないことはあり得ない。それはそうだその通り。だけど俺が言っているのは、実際に今ここであり得てしまっている事だ。俺はそれに、腑に落とせる筋書きを付けたまで」

「異世界転生って。どちらかと言えば異世界転移では?あまり詳しくは無いけど」

「一回死んでるんだから転生だろ」

「死んだかどうかわからないだろ。今は生きてるんだから」

「いや確かに死んだと思うぜ」

「頑なだな」


筏は曇り空の下をあてなく漂う。海の下ではきっと凶暴な魚が沢山いるのだろう。全身で落ちたらと思うと、恐ろしさに戦慄する。魚に指を半ば食い千切られてから体調が著しく悪い。毒ではないかとも考えたが、着ぐる……、エテクマ曰く違うらしい。


「体力がすごい落ちた気がする。空腹もきつい。身体の所々が痛むし、何だこれは?」

「それはだな」


……。いや焦らすな!


「普通だろ」

「あ?」

「あのな、数日間飲まず食わずこんな場所で過ごしてたらな、無事な方がおかしいって言ってるんだよ」

「さっきまで何とも無かったのに、いきなりダメージがくる何てこと有るのか?」

「魚に咬まれたよな」

「魚がなんだよ」

()()()()の魚に咬まれた或いは触れたんだ。ここが現実の世界だとして、異質なのはお前だ。異世界から来た異常な存在、異物なんだよ。お前は本来ならあり得ない人間なんだ。であるにも関わらず、ここに存在してしまっている。理から外れたその不安定さによって、お前はお前で在る以外の如何なるステータスも持っていなかった。だが、純粋な自然の存在、魚に咬まれたことで()()()()に実体化してしまった。在るべきものとして存在が定着した。生も死も無い曖昧なものから、命を宿した確かな身体へと」

「なるほど」


頭では理解出来なかったが得心した。覚醒してから今まで、生きている実感が無かったというか、どこか自分の物じゃないような違和感が有った。でも今は己の感覚に自信が持てる。夢から覚めたような気分だ。夢心地から堕とされる現実の苦しみだ。よく考えてみれば、丸太を繋げて結んだだけの筏の上で、気持ち良く眠れるわけがない。おまけに波で揺すぶられるし、寝心地最悪だ。


「という憶測だ」

「でも、少しだけ納得できたよ」

「俺はお前から生まれた存在だからな」

「そうだ!お前は何なんだよ?あっ、溜めとかいらないからすっと言えよ」

「さあ?」

「さ?」

「俺にはわからん」


一番大事なとこおぉぉぉぉぉぉ!!!


 僕はあれから、確実に死に近づいている。何か食べないと飲まないと傷を癒さないと、すぐ近くに死が待っている。だけど、もう少しも動けない。身体が困憊して重い上に、指の痛みも悪化してきた。どっちみち放置していれば腐ってしまう。人生のどん詰まり、余命宣告か。猿熊野郎は僕のことなんか意に介さず、水平線の向こうを覗こうとしている。背中が痛くても我慢するしかない。起き上がる体力も残ってない。僕はもうずれた眼鏡を掛け直すこともできない。情けないことこの上ない。本当にこんな終わりあるのか。


「指、酷いのか?」

「わかってて聞いてんのか?」

「貸せ。試してみたいことがある」


腕を放って任せた。指を怪我した手を取って、下と上から両手で挟む。何をするつもりだ。着ぐるみと握手したからって和みやしないぞ。


「ちょっとはましになったか?」

「僕をおちょくってんのか頭でっかち!」


何がましになるんだ。本気で殴りたくなってきたぞ。人を殴ったことはないけど、幼少期の時分、人形とかぬいぐるみを殴ったりしたこともあった。お前は所詮着ぐるみに過ぎん、手加減せんからな。拳を固く結び突き付けようとして、人差し指の変容に固まる。


「ん?んん?」

「見ろ島だ」


指さした方向を追うと、いつからそこにあったのか、遠くに大きな陸が現れた。エテクマはあれを見てたのか。それよりも僕の指、真っ赤なゼリーみたいな物で覆われて元の形になっている。


「このまま行けばあの島に漂着する。着いたら人がいる所まで行こう、その後はなんとかなる」

「なんで……?」

「今、船が一隻あの辺りを渡ってたんだ。立派な黒い旗を掲げた大きな船が。海岸に沿って行けば港があるんじゃないか」

「黒旗に髑髏は?」

「無かったと思うぞ。遠いから保証できねえがな」

「海賊のアジト……じゃねーだろうな」

「お前、案外余裕あるのな」


 島、か。ひょっとしたら助かるかもしれないな。でも、ちょっとぐらいなら期待してもいいよな。頭が沈む。意識が、眠い。今は、お前が見た、っていう黒旗に、かけてやるか。なあ、エテクマ、お前はいったい──

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