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知らずの鑑  作者: 加藤とぐ郎
序章 知らずのままに、生還
1/8

1 満たすのは灰

 この世には、からのフレーズで始まる二元論では定められない、グレーゾーンという物がある。例えば、この世には二種類の人間がいる。眼鏡をかけている人間かかけていない人間だ。という風に眼鏡というアイテムで人類を二分してしまうとする。しかし僕はそのどちらでもあってどちらでもない人間なのだ、そうと言いきっていいだろう。つまりこの僕の両耳と鼻柱に掛かっているのは眼鏡はメガネでも伊達メガネなのだ。しかもレンズ無し、フレームオンリーだ。眼鏡としての機能を欠いているにもかかわらず、眼鏡を掛けていない者とは一線を画す。実質掛けてないが欠けているのである。

 明確な立場を取らない、両方の条件を満たす、共通集合的な、すなわちグレーゾーン。されど眼鏡は曇らない、レンズがないから。僕の前に広がっているのは真っ青な海原、真っブルーな天空、色付ける大きな星の光、丸太を寄せて結んだ筏、もっふもふの着ぐるみの脚、腕、頼りない、黒いフレーム。


「ん?」


 僕は唐突な情報の奔流に麻痺してしまう。待て、一旦落ち着こう。ここは自分の身近から観察しよう。

 黒いフレーム、これは僕の伊達眼鏡だ。変わり映えもしない、いつもと同じ世界の額縁だ。次に腕、と脚、どうやら着ぐるみを装着しているのはわかる。でも何故僕は、こんなものを?

 と、波に揺られて視界をファンブル。足場を取り囲むグラン・ブルー。上の空には太陽が、下の海には僕と筏が、青の中に浮かび上がっている。水平線が一周して、海は空の鏡になる。となるとつまり、僕は海に映った太陽ということか。孤高と孤独。

 そして僕は危機的状況を漸く理解した。


「って落ち着いてる場合かぁぁーーー!!!!!」


 何があったんだ、何が起きてどうなったらこうなるんだ。遡れ!記憶を振り返るんだ僕!


「落ち着け、落ち着け。そうだ深呼吸。スーーーーー」


 僕史上最大の吸引。


「はああああああああ!?」


 誰もいないのに良くここまでのリアクションが出来たものだと、今になって振り返ると我ながら感心する。


 この時の僕は一種のパニックを起こしていて、とても物語を進めそうにないので、その後落ち着いてなんとか正気を取り戻した未来の僕が一時的に語り手を代わります。

 僕は凪いだ海のど真ん中、全方位水平線の孤独に過呼吸になり、それはそれは取り乱していた。筏はかなり丈夫で、大きさは成人男女十名が雑魚寝できる程度。その上でのたうち回りながら、うっすらと記憶が呼び覚まされていく。心では否定したかった現実は次のような物だった。


 僕は高校二年生の夏、遊園地のバイトに精を出していた。馬鹿らしく楽しそうにちちくり合うカップルを横目に黙々と稼いでいた。灼熱の太陽の下、猛暑を極める連日、僕は熊のような猿のような変なマスコットキャラクターの着ぐるみを着て、子どもに風船を配ったり一緒に写真を撮ってあげたりしていた。暑さ対策はバッチリしていた。同僚の中には途中で音をあげる者もいた。それでも暑さに負けず、頑張って頑張って頑張って頑張って……。とうとう限界を見てしまった。まずいと思った。死をさとって、そこで意識が途絶えて、記憶も途絶えた。それ以降何も思い出せない。

 この何処にも持って行きようがない焦りと不安、怒りと不満を筏の上でのたうち回ることでしか僕は発散することができなかった。いや果たして発散できただろうか。


 嫌だ、こんなことあっていいわけない。着ぐるみの中で暑さに倒れて気が付いたら海って。絶対天国じゃん。もしくは地獄だ。熊だか猿だかわからん頭がこっちを睨んでくる。僕の首から上か、そういうメタファーなんだな。僕は着ぐるみを脱いで、綺麗に畳み頭の横に置く。着ぐるみの下はクールベストと黒い半袖短パンと冷感インナー。クールベストもとりあえず脱いでおいた。

「あれ?保冷剤が無い?」

 クールベストに入れる保冷剤が無くなっていた。まあ、有ったとしても溶けているだろうし、使えそうにないか。どうしようか海の上。海だよな。


「ペッ!しょっぱいわ!」


 明晰夢とかでは無さそうだ。だけどもしあの場で死んでいたとして、もう既に死んでいるとして、今の僕と生きていた時の僕との違いはなんだ。案外、死ぬってこういうことなのか。死んだら全て無になると思っていたけれど。


「いや待て、そうは言ってもやっぱり、僕は生きているのかも知れない。っていうかそうそう簡単に、自分に終止符は打てないものだろ!」


 やっぱり僕の命が終わっただなんて信じられない。命はここにあって鼓動がしてくるんだ。この熱と運動を、確かに感じているんだ。

 眼鏡を正し、考える。この先どうしようか。生きているか死んでいるかの、グレーゾーンを漂って。

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