第三章 散る命に憂う ④
その瞬間に戦闘員がドアノブを回す。そして、カチャっとドアを開くと、ドンッ! と勢いよく先頭の戦闘員が中に入っていく。それに続き、次々と戦闘員がドアをくぐり抜けていく。
「きみたちはここで待機ね。何かあったら呼ぶから」
そう言って、将吾も突入していく。
ひとまず、魁斗たちはドアの前で待機させられる。
しょうがない。左喩さんから言付けされているのだろう。
開かれたドアの隙間から中の様子を覗く。
しかし、フロアには人の姿が無かった。廃ビルの閑散とした古い鉄の臭いが漂い、寂れた空気だけが流れている。
中に入った戦闘員はまわりを見渡し、銃を持っている方とは反対の手に持つ懐中電灯を点灯。光線が暗い廃ビルのフロアの内部を照らす。
だが、照らされる光の中にも人の姿は無し。戦闘員たちは各々持っている銃や刀を自然と下ろしていく。態度には見せないが、ざわついている。
「一体どういうことだ? 誰もいないじゃないか。ここで間違いな……」
先陣を切っていた戦闘員が口を開くと、
――ドンッ
と、破裂するような音が鳴り響く。
重い金属の衝撃音がフロアを駆け抜け、口を開いた戦闘員の眉間を貫く。頭から血飛沫をまき散らしながら、その場に崩れ倒れていく。傍らにいた戦闘員は動揺し、「おいっ! なにがっ……!」と声を荒げ、倒れた戦闘員に近づこうとするが……
その瞬間、もう一度、銃声が鳴る。
弾丸は近づこうとした戦闘員の右のこめかみに飛来。頭蓋を貫通し、床に血を飛び散らして倒れた。指示を出す予定だった戦闘員は二人とも絶命。これでは指揮が取れない。だが、他の戦闘員は動揺を表面化させることなく、状況を理解しようとまわりに目線を配る。しかし、そこに加えてさらに銃声が鳴った。フロアにいる戦闘員の一人の胸から血が急に広がる。戦闘員は胸に右手を押し当てながら、両膝をつく。吐血しながらも、目は前を見据えて左手で指を差した。
「いる……いるぞ。やつら物陰に隠れてやがる……」
その言葉を発すると、そのまま何発か体を撃ち抜かれ、回転をしながら、前のめりに倒れた。
それからはフロアの奥。転がっている机やオフィスロッカー、ソファーなどの物陰から、銃口が光り、銃声が怒涛のように鳴り響いた。放たれた弾丸は金属音を伴って乱れ飛ぶ。雨の如く飛来してくる。
フロアに出ていた戦闘員が次々と銃弾を受けて、倒れていく。
魁斗は異変に気づき、累と顔を見合わせる。
後ろには非常階段。走って逃げればこの惨状に参加しなくてもよくなる。だが、逃げるという選択肢はありえない。しかし、この非常事態。どうしたらいいのか、今の魁斗では判断がつかない。
出て、戦いに行った方がいいのか……?
頭の中が真っ白になりかけている魁斗は意見を求めるように累の顔をもう一度見る。すると、累は顔を横に振った。
息を吐いて、少しだけ冷静になって考える。
今、出て行っても銃弾の嵐にやられるだけだ。
銃弾の避け方は皆継の修行で習っている。だけど、そのためには相手の筋肉の動きや服のよれ具合、銃口の向きに射線とタイミングを合わせる必要がある。現在のように、遠くからまだらに銃弾を撃ち込まれていてはまともに避けることはできない。
魁斗はもう一度、ドアの隙間からフロアの中を覗き見る。
将吾はまだ生きておりコンクリートの柱を背に銃弾をやり過ごし、応戦している。もうこちら側は半数近くやられただろうか。複数名が地面に倒れている。しかし、何名かは柱や転がっている机などの障害物に身を隠し、応戦していた。
魁斗は視線を左右に走らせる。銃弾から身を守る柱や机などが転がっており、いくらか銃弾を避けれそうなルートはありそうだ。
柱に隠れている将吾が意味ありげな視線を魁斗たちに送る。そして、人差し指で左側を指差す。次に自分を指差してから右側を親指で指差した。なにか作戦を伝えようとしている。おそらく内容は『おれたちが敵を右側の方向に注意を向けるから、お前たちは左側から敵に近づけ』というものだろう。
魁斗は将吾に大きく頷き返すと、累と目を合わせる。おそらく累も意図がわかったように魁斗の目を見たあと、フロア内を覗く。
「魁斗、あのテーブルまで隠れながら進もう」
敵までの距離がだいぶん近づく、転がっているテーブルを指差す。
「うん」
頷くと、途端に身体に緊張が入る。
また、怖がっているのだ。自分は。
暁斗との戦闘の時のように本物の命のやり取りでは、いまだ足がすくんでしまう。
手が震えて止まらなくなる。
長い息を吐きながら、落ち着けと自分に言い聞かせる。
身体を緊張させている魁斗の傍ら、累がそっと魁斗の手に自分の手を重ねた。
「……怖い? 魁斗」
累は今のこの状況でも落ち着いており、魁斗の目を真っすぐに見つめてくる。
「……ちょっと、な……」
正直に告げる。累は握ってくれた手にぎゅっと力を込める。
「大丈夫。成功するよ。それに、あんたのことはわたしが絶対守るから、安心して」
累の瞳が真っすぐに魁斗へ届く。この状況でも、淡く優しい笑顔を向けてくれる。
魁斗は握ってくれた累の手を握り返した。
そして、
ダンッ! と累の反対の拳が魁斗の胸に打ち付けられる。まるで魂ごと殴られるみたいに。
魁斗は思わずびっくりして目を剥いた。
「だから、びびんないの」
累はそう言い、にっと笑う。
「……いや、今ので、だいぶびっくりしたんだけど……」
しかし、殴られた胸の芯が、かぁっと熱くなってくる。
途端に身体に力が入る。震えが止まり、緊張が解ける。
不思議な感覚だった。魔法でも掛ったかのように体が軽くなる。
魁斗は大きく息を吸って、吐くと、
「うん……ありがとう。もう大丈夫」
言葉を伝え、魁斗は目つきを鋭くすると、フロア内をもう一度見渡す。視界がさっきよりも広く感じた。
将吾は銃撃戦に再び参加。敵を右方向へ注意を向けてくれている。
累が指定したテーブルは銃撃戦が行われている敵からは死角の位置。おそらく相手からは見えない。そこに向かう。魁斗は意思を固めると、累に向かって、「行こう」と伝えた。
銃撃戦を繰り広げている傍らで障害物に隠れながら移動を開始。敵にばれないように身を屈めながら進んでいく。銃弾は一切こちらに放たれることはなく、指定の場所まで辿り着いた。
魁斗たちは、その位置から相手の人数を確認。身を屈めながらテーブルの片隅から、ちらっと顔を出す。
相手の人数はおよそ五人。銃撃戦で何人かは将吾たちが倒したみたいだ。
あと、五人か。
「こっからどうする?」
テーブルに身を隠して、累と言葉を交わす。累は少し思案するも、すぐに、
「そこに転がっている椅子を相手に向かって思いっきり投げてぶち当てる。その間にわたしと魁斗で突っ込む」
作戦と言う作戦では決してないが、今の状況ではこれしかないのかもしれない。ここは相手からは死角だし、少々危険だが、幸い相手は魁斗たちには気づいていない。もう敵の姿はこちらからは見えている。見えているのであれば、銃弾を避ける手段はいくらでもとれる。接近戦に持ち込めば、自分たちに分があるだろう。
「わかった……」
魁斗は頷くと、傍に転がっている椅子の足を掴んだ。
「いい? 魁斗、行くよ」
「ああ、行ける」
椅子を持つ手に力を込める。
そして、テーブルから飛び出すと、敵に目掛けて思いっきり椅子をぶん投げた。見事に敵にクリーンヒットする。顔面にぶち当たり一人沈んでいく。敵が動揺している間に、魁斗と累は敵に向かって駆けていく。
敵の一人がこちらに気づき、銃口が向けられる。引き金を引き絞り、引かれる直前に、
「よけてっ!」
累が叫ぶと同時に二人は左右へ別れた。発砲されたが銃弾は脇を通り過ぎていく。敵までの距離はもう目前。二人は同時に跳躍すると、敵が盾にしていた机やロッカーなどの障害物を越え、魁斗は敵の一人、その顔面に膝蹴りを入れる。累は跳躍の勢いのまま、敵の顎を払うように蹴りを食らわせた。二人の敵が沈んでいくと、もう一人は突然現れた魁斗たちに動揺している間に、将吾に撃ち抜かれたようだ。
残りは一人。
その顔には見覚えがあった。
SNSの画像に写っていたやつだ。
「日暮大輔」
魁斗が名前を呼ぶ。大輔はなんで自分の名前を知っているのか、とばかりに驚きの表情を浮かべた。
今回の本来の目的は生け捕りだ。それに、こちらが突入することに対し、なぜ前もって待ち伏せをしていたのか、事態は何もわかっていない。これから情報を引き出す必要がある。もしかしたら情報が漏れていたのかもしれないし、漏らした人間がいるのかもしれない。その背後関係も洗う必要がある。
「終わりだ、大人しくしろ」
魁斗が一歩踏み出そうとすると、銃口がこちらに向けられた。
だが、一対一なら銃を持っていても対応できる。
臆せず、足を踏み出そうとした。
「情報はやらねぇよ。契約だからな」
その銃口は倒れている仲間に向けられる。
迷う様子もなく、頭を撃ち抜いた。
その衝撃的な出来事に一瞬、魁斗は思考が停止。体も固まり、頭が真っ白になって動けなくなった。
大輔は引き金を引きまくる。瞬く間に、地面に伏していた仲間たちは大輔の放った銃弾によって絶命させられていた。
呆気に取られ、気づいたときには大輔は銃口を魁斗へと向けていた。魁斗は事態を把握すると、大輔の動きを止めるべく、地面を蹴って手を伸ばす。だが、
「ばーか」
大輔は笑い、銃口を自分のこめかみに向けた。
そして、無情にも自分に向けて弾丸を放つ。
目の前で頭から血飛沫をあげて倒れる大輔の姿が、瞳に鮮明に映った。
※※※
廃ビルのフロアの片隅で壁に背中を預け、両膝を抱えて、魁斗はうずくまっていた。顔を両膝の間に埋めて、しばらく上げられそうにない。
衝撃的な映像が頭の中をフラッシュバックする。
近くにいたのに、止められなかった。
魁斗は大輔が自分自身に向けた銃口、その引き金を止められなかったことについて後悔していた。その前に大輔が自分の仲間に向けて銃弾を放ったことに動揺して、身体が硬直してしまった。
とっさに動けなかった。たくさん死なせてしまった。
膝を抱える手に力が入る。
そんな魁斗を他所に、将吾と他の戦闘員たちは後始末を行っている。
「銃はこれだけか?」
将吾と他の戦闘員が会話する声が耳に届いてくる。
取引されたと思われる銃は倒れている敵が持っていた数しかなかった。約二十丁。
「あと、三十丁はどこにある?」
そんな会話をしている声が聞こえた。
倒した敵の数は二十人。銃の数と一緒だ。だが誰一人として息をしている者はいなかった。捕まると踏んで自ら命を絶った者もいたらしい。こちらもたくさん殺された。魁斗と累や将吾を含め五人しか生き残ることができなかった。予想外の結果。任務は失敗に終わった。
将吾と戦闘員の会話する声が続く。
「上が情報を誤っていたのか……?」
「いやでも、そうだとしたらなぜそうなった?」
残りの銃の行方は依然不明。相手には、まるでこちら側の動きがバレていたように、待ち構えられていた。
「とりあえず報告するしかないだろう」
互いに頷き合い、会話が終わったみたいだった。
将吾が近づいてくる。魁斗の傍らまで近づくとしゃがみこむ。一度どう声をかけていいかを考え、口を開く。
「魁斗くん、ありがとう。きみたちが居てくれたおかげでこうして生き残れた。助かったよ……。今回はちょっとイレギュラーだったけど、まあ、こんなことはよくある。あとはおれたちで処理しておくから、落ち着いたら先に帰りな。道中も気を付けるんだよ」
魁斗の肩に手をぽんっと置いて、微笑んでくれてから将吾は立ち去る。
入れ替わりに累が来て、魁斗の隣に腰を降ろす。魁斗と同じように膝を抱えると、
「大丈夫?」
心配そうな目で見てくる。
「……いや、ちょっと……。いろいろと衝撃的すぎて……」
顔を少しだけ上げてみせ、累へは振り向かなかった。
「……」
累はひとり静かに顔をあげて、細くため息をついた。そして一度、ためらう素振りを見せるも、言葉を伝えてくる。
「魁斗……今はこういう世界にいるの。だから、これからもこういうことはいっぱいあると思う……。生き残るには慣れるしかないよ」
小さな声で、わからせるように冷静に告げられる。
人が目の前で殺され、死んでいく世界。
慣れるしかない、か……。
慣れるためには圧倒的に場数が足りない。今まで、こなしてきた依頼のほとんどがごろつきや薬の売人相手でどれも戦闘のプロではなかった。ましてや日暮大輔のような戦争屋なんかと対峙したことは初めてだった。もちろん依頼で捕まえてきた人の中には人を殺している者も居ただろう。だけど、目の前で人を殺し、ましては自分で自分を殺す場面など見たことが無かった。心には、なにかがつっかえて、モヤモヤしたものがやはり残る。
累はこういうことに慣れているのか……?
魁斗はちらりと累を横目に覗く。目が合った。
自分の目を見て納得がいっていないように思えたのだろう、累が言葉を付け加えてくる。
「わたしたちが今まで捕まえてきた人たちだって、あの後は殺されてるかもしれないの。もしかしたら、もう殺しの加担をしてるかもしれないんだよ、わたしたちも」
おそらくこれは説得なのだろう。事実を受容しろと言う累の。だけど、余計に心が締め付けられる。
「あんたは、おばさんを殺した犯人を見つけ出して……殺すんじゃなかったの?」
累が言葉を継いでいく。真剣な眼差しで目を見てくる。
そうなのだ。本来、おれは母さんを殺した奴を見つけて復讐をするために、この世界に入った。だけど……。
「わかってるよ」
言葉とは裏腹に、それでも心が拒絶する。
……命の価値とはこんなものなのか?




