第四章 転校生 ④
転校生の青井暁斗がクラスに馴染むのには、あまり時間が掛からなかった。
クラス内で累だけは相変わらずの対応で挨拶すら交わしていなかったが。
まぁ、累は誰とも絡まないからな……。
初日に目を配っていたのは、転校生が来て物珍しくただ見ていただけかもしれない。他意は無いだろうと、本人に聞いたわけでもないが勝手に解釈し納得させる。
席が隣同士になったこともあってか、暁斗とはすぐに仲良くなった。
昼食も友作を含めた男友達を交えて一緒に食べる仲。最初はいいところのボンボンでいけ好かないやつなんじゃないかと疑っていたが、話してみるとそんなことはない。気立てもいいし、冗談も言う。誰に対しても笑顔で紳士的な態度。家は本当に裕福らしいのだが、態度も金持ち特有な庶民を見下すような感じもしない。性格もひん曲がっちゃいないようだった。まだ日が浅いからわからないが、庶民的な感性も少しは持っているような気もする。結果、あらゆる面でイケメン。こういうのをイケメンと言うんだな、とひとり弁当のおかずを口に運ぶ途中で目を閉じてうんうんと頷いていると、隣で弁当を食べている暁斗から質問される。
「魁斗ってさ、苗字珍しいよね。どこの生まれなの?」
「……ん? あー、えっーと……」
突然の質問に対して答えあぐねていると、反対の席に座っている友作が会話に入ってきてくれた。
「こいつさ、いろいろ複雑なんだよ」
友作のフォローに感謝しつつ、答えられる範囲では答えようと口を開く。
「おれ物心ついたときには、もうこの町にいたからさ。生まれとかよくわかんないんだよね」
苦笑いを浮かべて返答。なにも気にしてないように振る舞ってみせる。なんとなく微妙な空気が流れた。周りが遠慮してか、魁斗の家庭事情は事件後からあまり触れられていない。たぶん、事件当時は軽い噂にはなったのだろうが、それからは家の事情には触れてはいけないものとして扱われ、その話題は魁斗には振らないという雰囲気になっていた。それでも、信頼を置いている友作にはちょこっと話をしているけど。
「そう、なんだ……。ごめんね。答えにくいこと聞いたかな?」
魁斗は首を振る。
暁斗は不思議そうに眉毛をほんのり寄せて、再度質問を投げかけてくる。
「でもさ、実家は? おじいちゃんやおばあちゃんの家もわからないの?」
「うちは母子家庭だったからさ……。母さんは家族がいなかったみたいだし、父さんとは駆け落ちらしくて、どちらの実家もよく知らないんだ」
魁斗は母の夕陽が自分に伝えてくれた言葉を思い出しながら、正直に答えた。
「そう、なんだ……。じゃあ、今は魁斗はお母さんと二人暮らし?」
友作が横から「暁斗」と名前を呼んで、話を止めようとしてくれているが、魁斗は手で制止して「大丈夫」と伝える。
どうせいつかは知られることなんだから、と自分の中では整理をつけている。だから、隠す必要もない。
「もう母さんはいないんだ。一年前に亡くなって」
暁斗は言葉を聞いた瞬間、ハッとした表情を浮かべる。手で口元を覆い、聞いてはいけないことだった、と今さらながらに理解した様子。顔を真っ青にさせる。
「ごめん、魁斗! デリカシーの無いこと聞いた! ほんとにごめんっ!」
暁斗は申し訳ないとばかり顔を歪めた後、机に手をついて顔を伏せながら必死に謝ってくる。魁斗は急いで手を突き出して横に振る。
「いやいや、いいんだよ! 暁斗は知らなかったことだし。気にしないでくれ」
笑顔を浮かべて応えて見せ、平気なふりをする。
友作が隣で、「ほんとに大丈夫か?」と心配そうな顔で呟くが、「大丈夫、大丈夫」と周りにも笑顔で返し、気にしない素振りを続ける。
暁斗はべつに悪くない。こんな雰囲気にさせること自体、ほんとは嫌なんだ。
だから、内心は負った傷が痛むけど、必死に気にしていない素振りを続ける。これが、今できる精一杯の対応だった。
「ほんとに、ごめん……。でも、ありがとう……魁斗のこと教えてくれて。何かあったらさ、おれを頼ってよ。おれんちこれでも裕福だからさ。力になれること、あると思う」
暁斗は席を立ち魁斗に凄むように顔を近づけると、自分の胸に手を添えて、真剣な眼差しで見つめてくる。
真っすぐな子だな……。
「うん、ありがとう。なにかあったら頼むわ」
魁斗は微笑みながら答えた。そのあと、暁斗は椅子にペトン、と力なく座る。少し、しゅんとなって背中を丸めて大人しくなり顔を伏せる。前髪が目を隠して表情が見えなくなる。
気にさせちゃったかな……。
魁斗は顔を伏せている暁斗に目線を向ける。やはり、目は前髪で見えなかった。
――刹那。
口元が薄く、笑っているかのように、見えた。
※※※
「魁斗……あのさ、あの青井ってやつはどんな人なの?」
学校が終わり、累と並んで帰っている時に唐突に質問が飛んでくる。
累から初めて人物に対しての質問をされた。今まで、そんな質問をされたことがなかったから若干驚いて目を瞬かせてしまった。
魁斗は率直に自分が抱いた暁斗のイメージを伝える。
「あいつは……まあ、いいやつだよ。気立てもいいし、優しいし、家が裕福らしいけど、気取ってもないし」
「ふーん、そう……」
累は顎に手をあて、進んでいく道の先をじっと見つめる。
「……なに? お前もしかして、ああいうやつが好みなのか?」
その言葉を聞いた瞬間、累は口を開けたまま、ほとほと呆れたような顔を浮かべる。
「バッカじゃないの」
「なんでだよ。お前から人のこと聞かれたの、はじめてだったから……もしかしたらお前もあいつに興味あんのかなって思って。……あいつが転校してきた時も、チラチラとお前あいつのこと見てたし……」
ぶつぶつと呟いた。魁斗の返答に一間だけ間が空く。
「……バカ。べつに……ただ、ちょっと気になっただけよ」
いや、だからお前が人のことを気にすることが珍しいって思うんだが……。
魁斗は、じーっと累の顔を見ていると、その視線を鬱陶しいとばかり、「なに?」と怪訝そうな顔を浮かべ、睨み返してくる。これ以上しつこくすると、本当に怒られそうなのでやめておく。
……まぁ、人に興味を持つことはいいことか。
自分を納得させる。
「あんたさぁ……」
なにかを言おうとしていた累だが、そこで言葉を止める。
「……やっぱ何でもない」
「……?」
累が前を向き直す。何を言おうとしていたのか気になったが、累はそれ以上なにも言ってこなかった。
※※※
翌日の学校。
三時間目は移動教室だった。
たまたま廊下で左喩とすれ違う。
魁斗としては、あまり目立ちたくもないのだが……。
「魁斗さん」
名前を呼ばれ、天使な笑顔で手をパタパタ振って近づいてくる。
左喩は学校の廊下などで魁斗とすれ違う時、必ずと言っていいほど声をかけてくれる。ありがたい、本当にありがたいし、嬉しいのだが周囲の目が非常に気になった。左喩はこの学校ではアイドル的な人気を博している。そのため、特段人気があるわけではない一般市民が近づこうものなら男子からのやっかみを買うことになるのは必然である。しかし、左喩にはそんなこと関係ない。魁斗が、たとえ男友達と一緒に移動をしていても声をかけてくるのだ。もちろん左喩は周囲にいる男友達にも挨拶をするのだが。
「こんにちは。今から移動教室ですか? 次は何の教科なんです?」
こちらの内情など、気にもしない様子で、あどけなく素晴らしい笑顔を浮かべたまま魁斗に質問を投げてくる。
「……こんにちは左喩さん。えーっと、視聴覚室で世界史の授業です。なんか映像見るみたいで……なぁ、友作?」
隣にいる友作に話を振ってみた。自分だけが特別に左喩と仲良くしているのではないと周りに知らしめるためだった。
友作なら上手く対処してくれるはず……
「うええっ!? あああああああっと、と、と、と、はっ、はいぃぃそうですぅ!」
と思っていたが、声が裏返っている。あたふたと手足をばたつかせた後、軍隊の兵隊のようにビシィ! と姿勢を正して返事する。
な、なんだそれは……? いつもの調子はどうした?
さすがの友作も学校の憧れの的ともなると会話は緊張するみたいだ。
思わずその反応に苦笑いを浮かべてしまう。
「そうなんですか。楽しそうな授業ですね。わたしは音楽の授業に行って参ります。歌唱です」
左喩が授業の内容まで伝えてくる。この先の音楽室を指差して優雅にぺこりと可愛いらしく頭を下げた。
「行ってらっしゃいませ」
魁斗も同じようにぺこりと頭を下げた後、へらへらした顔で手を振る。左喩は花が咲いたような笑顔で手を振り返してくれて、音楽室の方へと消えていってしまった。まるで、この学校に住まう妖艶な妖精みたいだ。ほら、歩いたところに花が咲いてるよ、と錯覚を起こしてしまうほどに廊下が華やかに彩られる。
「……」
突然訪れた沈黙。
周りの視線が痛い。特に男どもの。学校中のみんなから敵意を向けられているような、そんな感覚がする。
隣にいる友作や暁斗たちも同じような目を向けている。たまらず友作が疑問を口にした。
「おまえさぁ……なんで皆継先輩と仲良いの?」
「……」
それは一年前から同じ屋根の下で一緒に暮らしているからだよ、とは口が裂けても言えない。もし、バレたら学校という名の狭い社会で存在を抹消されてしまう。
「いやぁ……なんか、たまたま話す機会があっただけだよ」
頭を掻き、苦笑いしながら、何とか曖昧にごまかそうとする。
しかし、近くにいた暁斗はその曖昧な返事を見逃してはくれない。
「でもさ、魁斗と皆継先輩って、お互いに下の名前で呼びあってるよね?」
おい、何てことに気がつくんだ!
脂汗が一気にぶわっと体内から放出。今すぐ、ハンカチで拭きたい。
「あっ! 確かにそうだ! お前どういうことだっ!?」
友作と男友達がずいずい迫ってくる。魁斗は目が泳ぐ。
「そ……それは……話をしたときに、親しみを込めて左喩さんが呼んでくれたんだよ。あっちも左喩で良いって言ってたし……。だから、おれも同じように呼び返しているだけであって……べつに仲が良いとかでは、ないさっ!」
最後のセリフは周囲にも聞こえるように少し大きな声で言ったつもりだが、語尾だけが妙に大きな声になってしまった。
「おまえ、すげえな……」
友作が感嘆の声を漏らす。少し納得したような表情だったが、「いいなぁ」と嫉妬が入り交じる視線を向けてくる。暁斗もそれに混ざりジトーッとした何とも湿っぽい目を向けてくる。
「な、なんだよ……お前まで」
「ん~べっつに~、あんな綺麗な人とお知り合いとは羨ましいな~って思ってね」
イケメンのお前は綺麗な人には困らんだろ、とは思ったが口にするのはやめるという判断を下した。あまりに周りの男どもの視線が冷たく、鋭く突き刺さってくるからだ。なにもされていないが皮膚にちくちくと痛みを感じる。もうこれ以上は口を開いてもしょうがない、と魁斗は男どもの殺気がこもった冷たい視線の中をかいくぐり、視聴覚室まで急いで移動した。
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