第四章 転校生 ③
季節は夏を終え玄月。
我が2-Aクラスでは、一大イベントとなる出来事が発生。
転校生の到来だ。
担任の先生に呼ばれて教室のドアが開くと、呼ばれた生徒が姿勢良く歩いてきて、檀上に上っていく。その人物は歩くたびにキラキラと光の粒子を発生させていた。壇上に上がり終えると、くるっと90度ターン、正面に向き直し、恥ずかしさなど微塵も感じさせないような堂々とした面持ちで佇んでいる。それは男としての自信の表れか。朝の柔らかな日差しが窓から射し込まれ、その転校生は光に包まれる。スポットライトに当てられたように、よりいっそう壇上に立っているその男の姿が美術館の作品の如く強調されて、まぶしく輝いて見える。
アートだ。アートが動いている……。
転校生は爽やかにキラキラとした笑顔を浮かべると教室内のクラスメイトに挨拶を開始。
「はじめまして。青井暁斗といいます。これからよろしくお願いします」
滑舌よく、はっきりとした口調で挨拶を終えると礼儀正しく一礼。頭をあげて、もう一度微笑んでみせると、やはり光の粒子があちこちに飛んでいる。
……そう、間違いない、イケメン。イケメンが来た。
目の前に現れたイケメン転校生にクラスメイトの女子たちが反応。教室内が少しざわめく。「かっこいいよね?」「爽やかだし、イケメン」「顔小っちゃ~い」「スタイルもいいよね」「いいところの坊ちゃんみたぁ~い」などと溢れ出る嬉しさを押し殺しながら、隣の席の女子とひそひそと壇上に立っている男の感想を伝えあっている。評価は上々を越える、まさに最上。おそらく心の中では大盛り上がりのお祭り騒ぎだろう。一方、男どもはその爽やかさに口を半開きにして呆気に取られている。
確かにかっこいい。認めよう……。
魁斗は腕をたたんで組むと、壇上の転校生をじっくり眺める。
小さな顔に丁度良いくらいの切れ長の目。瞳はキラキラと瞬いており、まるで星空を映し出しているみたいだ。柔らかく緩むその表情は優美と繊細を兼ね備えた完成されたマスク。服の上からでもわかる引き締まった身体。脚部もスラリと伸びており身体的な美しさをより強調させている。男から見てもスタイルは抜群。まるで、その空間だけいまだにスポットライトが当てられているかのように、キラキラと光りと美のオーラを燦燦と輝かしている。その男が笑顔になるたびに光の粒子が教室内に飛来。女子たちは次々にハートを射抜かれていることだろう。
魁斗が一番最初に思い浮かんだ言葉は、スタイリッシュイケメン、だ。
なんて考えていると、転校生とバチッと目が合った。すると、気持ちがいいくらいの爽やかな笑顔を自分にも向けてくれる。はっきりと光の粒子が見えてしまう。
いや、そういうのは女子にやってやれよ……。
魁斗は爽やかとは言い難い、半笑いの笑顔を転校生に返した。
「みんな、仲良くしてやってくれ。じゃあ、席は……」
拍手に包まれる中、その転校生は指定された席まで歩いていった。
※※※
「……」
なんと転校生の席は我が席の隣だった。
自分は窓際の一番後ろの席で以前まで隣は空白。自分一人だけ、列の後ろの席に甘んじていたため、隣に来られると気楽に手遊びや早弁ができなくなる。朝は気がつかなかったが、先生たちが前もって、そこに机と椅子を入れていたらしい。
気楽な一人の空間はこれにて終了か……。
そして、二人だけ後ろの席で列からはみ出して並んでいるため、後ろに振り返られると、隣の転校生と外見を見比べられるんじゃないかと不安になる。
そんな魁斗の密かな不安に気づくはずもなく、転校生は席に座るときに「よろしく」と言って光の粒子をこちらに飛ばしてきた。魁斗も精一杯の笑顔を浮かべて、光の粒子を飛ばそうとするも飛ばなかった。「こちらこそ、よろしく」と、とりあえず挨拶だけを交わして一限目の授業が開始。前の席に座っているクラスメイトの面々、主に女子たちがチラチラと視線を後ろの席に集中させてくる。
ほらな、予想通りだ。
なんとなく緊張し、そわそわと落ち着かない。一度、机に顔を伏せ、ため息をつくと、前を見据える。
お前たち授業に集中しろー、と先生みたいな言葉を心の中で叫びつつ、後ろから教室全体を見渡す。ふと累の席が視界に入る。累もチラッと顔だけを後ろへ振り返らせていた。その視線の先はもちろん自分……ではなく、お隣のイケメンへ向けてだ。
嘘だろ、累。お前も、なのか……!?
魁斗は目を見開く。
お前はそんなに人に興味を持たないじゃないか。なのになぜ、隣に視線を向けている……?
教室の窓際側、一番後ろの席。イケメンの隣に位置する男はひとり、ハッとして体を震わせる。
お前もまさか、このイケメンの放っている光の粒子にあてられているのか……?
ひとり悶々と考えていると、物凄く虚しい気持ちになった。ようやく気がついたのだが、他の女子たちもべつに自分を見ているわけではない。誰ひとり、自分など見ていなかった。
そうだよ。どうせ自分なんか誰ひとりとして見ていない。意識するだけ虚しいだけだ。
そう思い、割り切ることにして、虚しさと悲しみを押し殺し、魁斗は授業に集中。黒板に視線を固定する。ノートにシャープペンシルを次々と走らせ、没頭することにした。
※※※
授業終わりの休み時間。
隣の席には、クラスメイトの人垣が出来ていた。
「ねぇ青井くん。どこの学校から来たの!?」
「生まれはどこ? どこ住んでるの?」
「学校案内しようか!?」
その人垣は暁斗を中心に群がって、キャーキャー、わいわいと質問攻めをしているようだった。魁斗は隣の席でひとり、遠い目をしながらその光景を眺める。
やれやれ、転校生も大変だな……。
転校生は困り顔で笑顔を浮かべている。おそらく、一気に押し寄せてきた人垣への対応が大変なのだろう。
余裕なふりをして、そんな感想を隣の席から思っていると、友作と好がその人垣を掻き分けながら暁斗に近づいていく。先に声をかけたのは友作だった。
「おい、お前ら。そんなに一気に質問されたら暁斗くんが困るだろ。まずは、自己紹介から」
暁斗の席の目の前まで辿り着くと人垣に向けて言い放つ。
さすが友作。名前の通りに友達作りのスペシャリストだ。
友作が自己紹介をした後は、好も挨拶を交わして自己紹介。好たちが自己紹介を終えると、
「ごめんねーっ、いきなり質問ばっかりで、わたしは――」
各々《おのおの》質問攻めをしていたクラスメイトたちが代わる代わるに挨拶と自己紹介をしていく。完全に荒れていた場が落ち着いた。
さすがだな、あの二人は。
心の中で友作と好を褒め称える。
「うん。よろしく」と転校生も落ち着いたような笑顔で対応している。
なんだか、すぐ馴染めそうだな……。
そうしていると休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。群がっていた人垣は、各自の持ち場に戻っていった。
その様を横目で眺めていると、暁斗とまた目が合う。すると、にこっと笑って、もう一度挨拶をしてくれた。
「おれ、青井暁斗。隣の席だね、よろしく。同じ斗゛同士、仲良くしてくれると嬉しいな」
言うと、こちらに手を差し出してくる。魁斗はその手を素直に掴むと、負けじと笑顔で挨拶を返した。
「ああ、おれは紅月魁斗。斗゛……確かに同じ字だね。よろしく」
暁斗に負けないようにスタイリッシュに挨拶を返した……つもり。
握手を交わすとガラガラと教室の前ドアが開き先生が入ってきた。
次の授業だ。
机の上に教科書を用意しようと引き出しを覗く。
――あれ? そういえば名前? おれ、先に名前言ったっけ……?
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