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【第四幕 開幕】 鬼狐ノ月 ~キコノツキ~  作者: 椋鳥
第四幕 ~恋の聖誕祭~
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第八章 戰花 ②


 ――パァンッ!

 

 と、空気の乾いた音が鳴った。その後、しばらく沈黙が流れる。


「……バッカじゃないの?」


 風花が囁く。眉をハの字にして呆れたような目でこちらを見上げている。

 そう言われた理由は明白だ。

 魁斗は風花を殴らなかった。

 もう媚薬は効いてはいない。媚薬効果も解毒剤できちんと消失している。


 だけど、やっぱり……。


「女の子の顔を……殴るのは、ちょっと……」


 風花は引いたように顔を歪ますと、ナイフを持っていない左手をスッと伸ばしてきた。


「痛っ……!」


 そのまま思いっきりデコピンされる。


「……きみ、よくそんなんでこの世界に入って来たね……」


 なおも呆れた顔を浮かべている。


「こっちだって、いろいろと事情があるんだよ」


「ふぅん……」


 風花が目を細める。


「魁斗くんってなんだか、すごく珍しい……」


 風花はデコピンした流れで、その手を魁斗の頬に持っていく。包み込むようにして優しく触れてくる。瞳を揺らし、目を見つめてきながら、


「きみの戦いは……なにかを貫こうとする意志と、それに反するバカみたいな優しさが同居してるね。冷徹さが全くない」


 少し微笑みながら言ってくる。


「……」


 なにが言いたいのか、よくわからなかった。

 黙ったままでいると、風花が質問してくる。


「なんのために、その力を身につけたの?」


 本当に不思議そうな顔で尋ねてくる。


「……べつに、お前に答える義理はない」


 とても口を開く気にはなれなかった。


 こいつはおれを殺そうとした女なんだ。左喩さんのことだって狙っている。今さら、対話なんか……。


 魁斗が冷たく言い放つと、風花はあざ笑うかのように口許を緩ませた。


「そうだね……」


 左手を下ろしていく。

 風花は右手に把持していたナイフを指先だけでくるっと回して順手に持つ。下から突き上げるようにナイフを走らせてくる。魁斗は急いで跳び退いて風花から離れた。


 風花は身を起こして立ち上がると、右手を眼前に構えこちらに近づいてくる。上から振り下ろすように切っ先が迫る。魁斗は風花の脇を回転するようにそれを回避すると、


 体ならまだいいだろう……。


 拳を引いて、風花の脇腹を狙って拳を突き出す。風花は瞬時に右腕を折りたたんでガード。拳が受け止められる。だが、


「いったぁぁぁああああいっっ!」


 怒涛の衝撃が伝わったのか、風花が泣き叫ぶように喚く。


「ちょっとちょっとぉっ、魁斗くん! 女の子には手を出さないんじゃなかったのっ!?」


 ぷんぷんと怒ったように言い散らかす。

 べつに手を出さない、とまでは言っていない。

 しかし、呆気に取られて追撃ができなかった。


「……いや、顔を殴るのには抵抗があるって言っ……」


「もぉ最悪!」


 素直に答えようとしたのだが、こっちの言葉など聞いちゃいない。怒りながら、風花は右腕を軽く振る。


「うああんもうっ! やっぱり骨に響くしっ! 最悪! ひび入ったかもっ!?」


 恨めしそうに風花が涙目で訴えてくる。


 媚薬は効いていない。効いていなのだが、なんだろう……めちゃくちゃやり辛い。


 転瞬、風花が前蹴りしてきた。まともに腹に食らいバランスを崩す。風花はナイフを左手に持ち替えると、そのまま心臓を貫く勢いで突っ込んでくる。


 ヤバッ!


 虚をつかれてしまった。

 急いで右脚を後方に引く。ナイフが迫ってきていたが動きは捉えている。手のひらで刃の腹を横に流す。ナイフの刃が魁斗の脇を浅く裂くも、致命傷には至らない。通過していった風花の左手首を掴む。もう一度、動きを封じようとしたのだ。しかし風花は止まることなく体をぶつけてくる。そのまま魁斗の腰に痛めた右手を回してくる。


 地面に倒して、馬乗りの状態に持っていくつもりか?


 突進されるも風花の体重はかなり軽かった。勢いはあったが倒れないように脚の踏ん張りをきかせると、ナイフを持っていた左手を後ろ手に持っていく。


 これだったら突き刺せはしないだろう……。


 そうして気がついた。

 お互いに抱き合うような形になっている。


「「……」」


 戦闘中だというのに変な間が空いた。


「……あのさ、さっきの話なんだけどさ……」


 態勢を変えぬまま、風花が再び話し始める。


「なんのために魁斗くんは、その力を身につけたの?」


 風花の顔がこちらを向く。すごい至近距離で、真っすぐに目を見つめられる。


「だから、お前に答える義理はないって…」


 そう答えたが、風花はじっとこちらを見て、真剣な顔をしている。


 この子……なんだが、わけわかんないな。


「……復讐のためだよ」


「へぇ……」


 呟きつつも、風花は疑問が晴れないようで小首を傾げている。


「でもさぁ……それだとなんか不思議なんだよねぇ。そのために身につけたとしたらやっぱり魁斗くん甘すぎるもん。圧倒的に優しすぎ。冷酷を欠いてる。それじゃあ身を亡ぼすよ。生き残りたいのなら、時には冷徹さが必要だよ。優しさはぬるさだし。そのぬるさは相手を殺すのに一歩遅れをもたらす。絶対に自分か……きみの大事に思っている周りの人間がいつか殺されるよ。この世界はそんな優しいきみに優しくない。優しさより頼れるのは、殺しを迷わない冷徹さだよ」


「……」


 無視したわけじゃない。

 なにも、答えられなかった。風花の言葉がまるで的を射ている気がしたからだ。


 だが、それじゃ、あまりにも……。


「でもそれは……とても寂しいことじゃないか?」


 思わず、魁斗は心の内を吐露してしまった。

 瞬間、風花が驚いた顔をするも、すぐにあざ笑う。


「じゃあ、きみはなんで力を求めたの?」


 再び、同じ問いをぶつけられる。


 たしかにそうだった。

 風花の言っている意味はわかる。

 だけど、その問いに対して自分の本当の答えが見つけられない。


 ――復讐。


 これは絶対のはずだ。

 だけど、やってることが矛盾している。

 裏世界の人間から見ると、おれは中途半端な奴なんだろう。

 でも、だけど、どうしても振り切れない。


 答えは出ず、魁斗は正直なところを答える。


「……わっかんねぇよ」


「うわぁ、馬鹿だぁ」


 楽しむように風花が笑う。


「そうかそうか。きみのことよくわかったよ。まあ、それはいいとして……」


 突然、風花が顔を伏せていく。右脚を大きく後ろへ蹴り込むと、そのまま弓なりに体をしならせて、魁斗の顔面に風花の踵がぶつかる。


「――っ!」


 攻撃の手段はないと踏んでいたが、鼻柱に重い衝撃が走る。思わず手を離し、両手で鼻を押さえると、ぽたぽたと生温かい感触が手のひらに伝う。


 しゃ、しゃちほこかよ……この女。


 風花を睨むと、愉快そうに笑顔を返してくる。


「さっき殴ったからお返しだよぉ」


「そうかよ」


 油断しきっている風花に今度はこちらが不意をついた。お返しとばかりに放った回し蹴りは風花が飛び退って一度躱されるが、素早く足を踏みかえると続く二撃目を繰り出す。狙いすまして放った中段蹴りが風花の脇腹に直撃。勢いよく風花が弾き飛んでいく。


 どうだ、おれ全然優しくないだろ……。


 風花に言われ、いくらかムキになっている自分がいた。

 

 女性だとしても、相手はおれや左喩さんを狙う裏世界の住人。顔は殴ることができなかったけど、戦わないわけにはいかない。


 しばらく地面に倒れ伏していた風花が顔を上げる。


「ちょっと……むかついた――」

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