第三章 そして、はじまりを迎える ⑥
学校。
ホームルームが終わり、放課後。
いつものように終礼が終わり、友作たちと挨拶をして別れると累が席にいるか、確認する。
やはり累は、もう席にはいなかった。
ヤバい。もう家に帰ってしまったか?
魁斗は焦りながら、スクールバックを手に持つと教室を飛び出した。
校舎を出て、駆け足で校門の方に向かっていく。いつもの場所でしゃがみこんでいる累の姿を発見する。
魁斗は、ほっと胸を撫でおろす。安心したら急がせていた足の運びが自然と緩まった。
なんだかんだ待っていてくれるんだよな、累は。
笑顔で累に近づいていき、手を上げる。
「よ、よぉっ! 待っててくれたのかぁ!?」
自分でも違和感なくらいにしどろもどろ、かつ不自然な声量で挨拶してしまった。それに語尾もなんだか歌舞伎みたいだった。
「……べつに」
累は引いたような顔で魁斗を一瞥したら、すぐに目線を外す。
うん。おれもおかしかったけど……やっぱりなんだか、冷たい感じがするよ。
「あー……今日の体育の授業マラソンだったよな。お前、ぶっちぎり一位だったって聞いたぞ。すごいな」
「べつに、早く終わらしたかっただけ」
「先生があんなに速いやつは全国にもいないって驚いてたぞ」
「あっそ」
「……」
累はわかりやすく素っ気ない態度。だけど、会話のキャッチボールはしてくれている。めげるな、と自分を鼓舞し、魁斗はある提案をする。
「あのさ」
「なに?」
「今日、このあと時間ある?」
「……あるけど?」
累は両眉をほんのり寄せつつ、不思議そうな顔を浮かべた。
「たまにはさ、遊ばない?」
※※※
累と仲直りをするために、遊びに誘うことは成功。
しかし、遊びに誘ったはいいが、このあとはどうしたらいいのだろう。
魁斗は完全に無策&無計画だった。
とりあえず、なにかはあるかなと思いショッピングモールに訪れたのはいいけれど……。
「来たかったのはここ?」
累がショッピングモール内を見渡して質問してくる。
「……まあ、ね」
間の悪い返答だったため、累はこいつ何も考えてないな、というような顔でジト~と湿っぽく睨んでくる。
だってこの一年間、修行しかしてこなかったんだもん……。
魁斗は普通の高校生がするような遊び方を知らなかった。だが、友作たちとの会話では、よくショッピングモールやらが話題に出てくる。だから、とりあえず来た次第で。
「累、お前……何か欲しいものとかないか?」
「なんで?」
疑るような目で返事が返ってくる。その疑いは間違ってはいない。
「や、ほら、さ……」
機嫌直してほしいって素直に伝えるのはおかしい。では、どう言えばいいんだろう?
頭の中でどうしたらいいのかわからず、ごちゃごちゃに思考が渦巻いていく。
ダメだ、わからない。もういい。おれのいいところは素直なところだ。左喩さんもそう言っていたし……と、開き直る。
「昨日おれさ、お前におせっかいなこと、言っただろ。……だから、その、なんていうか詫びたくて……」
「べつに気にしてない」
返事までにかかった時間、わずかにゼロコンマ一秒。
いや、気にしてるし、怒ってんじゃん、と心の中で思うくらいに返ってきたのは温度の低い声。
「そ、そうか……」
だが、その声に圧倒されて、我ながら情けない声を返してしまう。
明らかに、まだ機嫌悪い。どうしたものか……。
うーんと頭を悩ませていると、意外にも累から申し出てくれた。
「魁斗……入り口でずっと突っ立ってるくらいなら、中を見てまわってみよう」
累は周りを見渡す。
「お、おう。そうだな」
とりあえず、魁斗たちはショッピングモールを回ることにした。
ショッピングモールを回ってみたはいいが、二人とも特に服に興味があるわけではなく、買いたいものも見当たらない。ゲームセンターには少し興味があったが、累があまり興味を示している様子はなかった。とりあえずはお店を見て回るだけ。いわゆるウインドウショッピングだった。だけど、それでも累はなんとなく楽しそうにしているように思えた。時々、「あそこの店、まだあったんだね」とか、「あそこのお店は無くなっちゃったんだ……」とか、昔を懐かしみながら店内を見て回っていた。一通り見て回ると、自動販売機でそれぞれジュースを買って、その辺のベンチに腰掛けた。
魁斗は買った缶コーヒを一口飲んで、累に話しかける。
「久しぶりに来たけど、だいぶ前と変わっているな、ここ」
累も買ったオレンジジュースを一口飲んで答える。
「そうね。でも、変わってないところもあったよ。昔、三人で行ったあのガチャガチャコーナーと駄菓子屋さん」
累が少し微笑みながら話してくれた。
久しぶりに笑顔を見せてくれたことに嬉しくなる。魁斗はその会話の流れのまま昔の思い出を口にする。
「あそこで累は欲しいものをねだるために、駄々こねて泣いたんだよな」
「それは魁斗だって一緒じゃん。あんたなんか泣き叫んでたよ。お菓子欲しい~って」
いつもの調子が戻ってきた。軽口に軽口が返ってくる。
魁斗は思わず口許が緩む。
「そうだったっけ、忘れた~っと……トイレ行ってくる」
コーヒーを飲み干したら、お小水をもよおしてしまった。いったんベンチから立ち上がると飲み干した缶をゴミ箱に捨ててトイレに向かう。
安心したのもあってか、膀胱が緩んだみたいだ。
急ぎトイレで用を足しながら、思い返す。
なにが良かったのかは全くわからなかったけど、累の機嫌が戻ってきているみたいで良かった。このまま機嫌が治ってくれるといいけど……。
用を足し終わり、手を洗うと累のいるベンチまで戻っていく。
思わず目を瞠った。
先程、座っていたベンチが見えると、累の近くには若い男が二人囲んでいた。
男二人は口々に累に声をかけている。
「ねぇねぇ、こんなところで一人? なにしてんの?」
「よかったら一緒に遊ぼうよ」
明らかにナンパだった。まさかショッピングモールでナンパをする輩がいるとは思わなかった。男たちの風貌はチンピラ。誠実に生きている風には見えない。
累は返事をしていない様子で、ただ黙ってずっと目線を伏せている。
「ねぇ、なんで返事してくれないの?」
あいつもナンパされることがあんだな……と口をぽかんと開けて、思わずその様子を見てしまっていた。
「ねぇって!」
男の声に苛立ちがこもる。声量が上がった。それでも累は反応を見せず、一貫して目線を伏せている。
厄介なことになりそう……。
急いで助けに入るために運ぶ足を速めた。
「累、お待たせ」
男たちにもわかりやすく、手を上げてみせて累に近づいていく。
二人の男は顔を見合わせて交互に口を開く。
「なに、お前?」
「彼氏? 冴えないやつ」
散々な言われようだった。
今のこのご時世にもこんなことがあるんだなぁ、しかもショッピングモールで……と思いつつも、累の手を取り、ベンチから立たせて引き寄せる。
「すいません。連れなので」
そのまま累の手を引いて、男二人から背を向けて立ち去ろうとするが、
「は? なにお前、かっこつけてんの?」
「ちょっとでいいからさ。貸せよ、お前の彼女」
男の一人が肩を握って力を込める。歩いて立ち去りたいが、放そうとしない。
あぁ、面倒くさいことになった……。
予想は的中。
魁斗は男たちに振り返って、
「貸しません。もう行きたいんですけど」
はっきりとした口調で淡々と言った。しかし、それを聞いて男たちは逆上。「調子に乗ってんじゃねえぞ!」と、お決まりみたいな台詞を吐きながら拳を振り上げる。
ええぇっ! なになに、殴ろうとしてるの!?
こんなこと本当に起こるんだ、と思いながらも、魁斗は男の拳を避けると、少し加減して弁慶の泣き所を蹴る。
「いっでぇえええええええええええええええええ!!」
男はびっくりするぐらい、鳴き喚いて床を転がりまわる。
いや、そんなに強く蹴ってはないと思うんだけど……。
もう一人の男が、「なにしてんだてめぇ!」と、これまたお決まりのような台詞を言いながら殴りかかってくる。
今度は相手が殴る前に、男の鳩尾を加減して拳で突き上げた。
「ごふっ」と漏らし、酸素を一気に吐き出す。そのため、声が出ない様子。男は黙ったまま地面に倒れ伏した。体をピクピクと震わせながら、痛みに堪えているようだ。
大丈夫。加減した。やり過ぎではないと思う。
魁斗は周りに目を配る。
野次馬が集まってくる前に立ち去ろう……。
床に転がる二人の男を横目に見ながら、魁斗は累を連れてそそくさと立ち去った。
ショッピングモールを急いで出て、歩道をとぼとぼと歩く。
あたりは暗くなりはじめた黄昏時だった。
ショッピングモールから距離も離れ、とりあえずは一息つく。落ち着いたら自然と魁斗はため息が出た。そして、
「累……お前なんで、なにも対応してなかったの?」
累に質問をぶつける。累はばつが悪そうに俯いたまま、
「だって……どうしたらいいのかわからなかったんだもん。最初、相手がなに言ってるのかも全然意味わからなかったし、あんなこと初めてだったし……」
まあ、あんなことはたしかに滅多にないだろうな、と思いつつ、累ならもっと上手に対処できたんじゃないか、とも思っていた。
「お前ならもっとうまく対処できると思ってたけど」
「……いや、どうしていいかわかんなかった」
意外に累は、予想外なことに弱いのかもしれない。
「お前の方が腕が立つんだから、はっきり断ればよかったんだよ。それで、手とか握ってきたら股間でも蹴り上げてやればいい」
「……わたしが蹴り上げると、相手は子孫残せなくなっちゃうかもよ」
どんな勢いで蹴り上げるのっ!?
想像したら怖くなり、思わず自分の股間辺りがひゅっと冷たくなった。
だとしたら自分が間に入ってよかったと心から思う。いくらガラの悪い若者であったとしても、未来まで奪う必要はない。自分が蹴ったところもかなり痛がっていたけど、子孫を残せなくなるよりはマシだろう。
「よ、よし。次も、もし同じようなことがあったらすぐにおれを呼ぶように」
「……うん。わかった」
やけに素直にうなずいた。
こいつ、もうちょっと器用に生きられないのかなと思ったが、自分も生き方を語れるほどうまく生きていないことに気づき、余計な言葉はかけないことにした。
そのまま歩道を歩き進める。
歩きながら、起こった出来事を思い返していると一つの軽口が思い浮かんだ。なんだか、しんみりとした雰囲気になっているから場を和ませようと魁斗は口を開いた。
「累。なんだったらさ、もうあんなことが起きないように今度は手を繋いで歩くか? 昔みたいに」
いたずらな笑みを浮かべて冗談を言ったつもりだった。
「……」
だが、すぐに返事が返ってこない。
累は顔を伏せ、なにやら少し考えこんでいる様子だった。
え、冗談……。
累ならすぐに「バカ」とか「あほ」とか「きもい」などの返事が返ってくると踏んでいたのだが、考えとは裏腹に累は下を向いてもじもじとしている。伏せていた顔を上げると、上目遣いになりながら、ほっぺたをわずかに赤く染めていく。
「いいの……?」
「――っ!?」
いや、よくないっ! なに、その反応!? 頭が混乱するんだけどっ!?
魁斗は動揺を隠せない。予想外の言葉にとっさに返事をしてしまう。
「やっ、あの、冗談なんだけど……」
魁斗の言葉を聞いた瞬間、累は爆発するんじゃないかと思うくらいに顔面を真っ赤な薔薇色にする。大きな瞳をさらに大きく見開いたあと、刃物のように物騒に光らせ、こちらを睨みつける。そして、踵を返すとズンズンと先へ歩いていってしまった。
ヤバッ! 機嫌が戻ってきていたのに、また怒らせてしまった。
事の重大さに気づき、魁斗は焦って累のあとを追いかける。
だが一つ。そんなときにも関わらず、頭に思い浮かんだことがある。
年頃の女の子はわからない……。
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