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【第四幕 開幕】 鬼狐ノ月 ~キコノツキ~  作者: 椋鳥
第四幕 ~恋の聖誕祭~
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第七章 綺麗な花には棘がある ⑤


 遅刻寸前、危ないところで教室に飛び込んでからは、あまり記憶がない。


 放心状態。

 魁斗は地蔵と化していた。いや、地蔵だなんておこがましい。ただの無価値な置物のように教室の席に座っていただけだ。授業の内容なんてひとつも聞いちゃいない。


 授業が終わり、教室内にいるクラスメイトたちは解放されたかのように嬉しさを声に出して体を弾ませる。


「クリスマスだぁーっ!」


「メリークリスマース!」


「ヤッフー!」


 などと、叫んでいる。

 

 本当は自分だってそうしたかった。だが、体を弾ませるどころか、声すらもまともに出やしない。









 いつのまにか放課後になっていた。

 魁斗は動くに動けず、自分の席にただ茫然と座っていた。教室にいたクラスメイトのほとんどは、もう出払っている。クリスマスに浮かれ、これからの時間を楽しむのだろう。


 自然と胸に両手をあてがう。


 胸が、嘘みたいに痛い……。心臓がどうにかなっちゃっているのかもしれない。


 体は壊れたロボットのように固まってはいるものの心臓の音だけは騒ぎ立てるようにバクン、バクン、と拍動を早めていた。


 胸に手を当てたとて、手当てができるはずもなく、爆発寸前の心臓は落ち着かずに休まらない。頭はもやがかかったようにふわふわと浮いて、それでいて頭の芯がヒリヒリと痺れるような感覚もある。


 魁斗は胸の痛みや頭の変な感覚を紛らわすために壁の前に立ち、思いっきり額を打ちつけた。


「ぅおい! やめろっ! どうしたお前っ!? 今日一日ずっとヤバいぞ!?」


 さすがに見過ごせなかったのか、友人である友作が教室にとどまってくれていたらしく、魁斗の行動を止めるように肩をひっつかむ。石頭のおかげで出血はしていない。もっと壁に額をしこたま打ちつけたかったのだが、友作が一生懸命、自傷行為を止めてくれる。


「ゆ、友作……た、たのむ。思いつく限りの罵声をおれに浴びせてくれ。おれはどうしようもない、クズな人間なんだ」


「うええっ! な、なんだお前……ほんとどうした?」


 友作は目を丸くさせながらも、魁斗の行動を制止するために力強く抱えてくれる。


「……そうだ友作……写経って、心が落ち着くのか? 自分の薄汚れた心も洗われたりするのかな?」


「やめとけ……おまえには絶対向いてない」


「そうか」


 魁斗は額を壁に打ちつけるをやめ、壁に全身もたれるようにして項垂れた。


「……そう言えば、友作……。累とは……うまくいったか?」


 壁に目を向けたまま尋ねてみる。しかし、数秒経つが、返事が返ってこなかった。


 あれ……?

 

 思わず後ろに振り返る。見えた友作の顔は笑っているようにも悲しんでいるようにも見える中途半端な顔だった。だが、目が合うと顔をくしゃっと笑わせて、頭を掻きながら答えてくれる。


「なんだお前、知ってたのかよ……おれが累ちゃん誘ったの。実は……断られたんだ」


「えっ……」


 友作の言葉に目を見開く。友作はため息をつくと、息を継いで、もう一度口を開く。


「ちょっと……急ぎ過ぎたのかもしれない。クリスマスだからって、おれ浮かれてたんだと思う」


 友作は頭を掻いていた手を下ろしていくと、今度は片頬を掻く。続けて、


「まあ……でも、はじまったばっかりだよ。これからだ」


 そして、腕をストンと落としていく。俯いて、わずかに唇を噛みしめた後、顔を上げ、明るい笑顔を見せながら、魁斗の肩に手を置いた。


「まあ、だからお前も……いったいなにをそんなに落ち込んでんのか知らないけど、これからだって。いくらでも、やり直しや挑戦はできる」


「あ、ああ……」


 投げかけてくれたポジティブな言葉に返事をかえすと友作は、にっと笑い、肩をぽんぽんっと優しく叩いてくれた。魁斗がもう変な行動をしなさそうだと判断すると、友作は背を向け、教室を去ろうする。


「じゃあな、もう壁に額を打ち付けるなよ」


 そう言って手を上げると、教室の前扉から友作が出ていこうとする。


「あっ……友作」


 去ろうとする友人を呼び止める。友作が振り返ると、魁斗は今できる精一杯の笑顔を見せ、


「また、な」


 弱々しくも手を上げてみせた。


「おう。また明日」


 応えるように友作も手を上げると、にっと口角を上げる。そうして、教室を去っていった。


 シン、と空間が静まり返る。

 教室内は今度こそ自分だけになった。考えこむように口元に手を添える。


 イブの日、累……行かなかったんだ……友作のところに。


 その事実になぜだか安堵している自分がいる。だが、累がイブの日に独りきりだったことが頭をよぎり、なんとも言えない後ろ暗い感情が沸き起こる。さらには友人の悲しげな表情も見てしまい、余計に胸が締め付けられる。ぐっちゃぐちゃになった胸の奥がなんとも苦く感じた。


 なんか、わけがわからない。今のおれの感情って……どうなってるんだろう……。


 天井を見上げ、瞳を閉じ、両手で目元を覆う。我知らず唇を噛みしめていた。


「あのぅ、魁斗くん……」


「ぉわぁっ!」


 一人だと思っていた教室で突然声をかけられ、思わず体をのけ反らせた。くるりと方向転換すると背後には優弥がちょこんと座っている。


「い、いたのか優弥」


「ずっといたけど……」


「ずっと、って……? えっ……さっきも?」


「うん。さっきも」


「だったら、もっと存在感を出していてくれ……」


「そんなこと言われても……」


 ずっと傍で静かに見守っていたようだ。

 優弥は二人に気づかれなかったことに対して恨めしそうな目をしているものの、コホンと一度咳ばらいをして、真面目な顔を浮かばせる。


「魁斗くんに、イブのお礼を伝えとこうと思って」


 優弥が頭を下げていく。


「ありがとう。いろいろと協力してくれて」


 お礼を言われるも、魁斗は首を横に振った。


「いや……おれ、実はなんにもしてないけど……」


 紫ちゃんは自分の意思で優弥のもとへと赴き、そして優弥も紫ちゃんへ想いを伝えるため、自分で頑張ってイブの準備をしていた。何もお礼を言われることなどしていない。


「ううん、ありがとう。お礼は素直に受け取っといてよ」


 優弥は首を振りながら、優しく目尻を下げた。


「そ、そうか? うん……わかった」


 納得できないが頷く。そんな魁斗を見て、優弥は笑う。


「魁斗くんは、ぼくらがお互いにサプライズしようとしてたこと知ってたんだよね? 見事にどっちも気づかないままに当日を迎えたよ」


 優弥の話を聞いて少しだけ表情が緩む。


 やっぱり、サプライズ同士がぶつかったのだろうか……。


 しかし優弥の顔を見れば、イブの日の反応はあまり悪くなかったのではないかと思う。


「ああ、悪い。実は知ってた。それでどうだった? 紫ちゃんとのクリスマスイブ」


 問うと、優弥は歯をくいしばって悔しげに眉間に皺を寄せる。わなわなと肩を震わせながら言う。


「どうだったもこうだったもないよっ! 入り口の! あの建付けの悪かった扉が、いきなりぶっ壊れて倒れるし、風がビュンビュン吹き通って寒いし! あれがなかったら……もう少しで紫と……」


 最後の言葉は顔を俯かせ、ごにょごにょ、となにかを呟いて聞こえなかった。


 まあ、でも……と。優弥は顔を上げる。


「よかったよ。幸せなクリスマスイブを過ごすことができた」


 そう言いながら口元を綻ばせる。

 そんな優弥の顔を見て、聖夜の夜に笑い合う二人の顔が容易に想像できた。少しだけ心が温もっていき、魁斗も嬉しく思う。


「そうか、よかったな」


「うん……それで」


 優弥は魁斗の顔を不思議そうに見てくる。

 今日一日の行動を見れば当然だろう。優弥も魁斗が変だと感じとっているみたいだった。


「魁斗くんは、なにかあったの?」


 仕切り直しとばかりに優弥が質問をしてきて、魁斗は一気に現実に戻された感覚がした。

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