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【第四幕 開幕】 鬼狐ノ月 ~キコノツキ~  作者: 椋鳥
第一幕 ~星影~
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第三章 そして、はじまりを迎える ⑤

 

 翌朝。

 いててててててて。

 昨日の占い結果は見事的中。ラッキーカラーのまつざきしげるいろを身につけなかったことが昨日の出来事を招いたのかもしれない。


 まつざきしげるいろがどんな色なのか、今もまだ想像つかないけど……。


 全身が痛む。

 昨日はあの後、累とはなんとなく気まずい雰囲気のまま、道場で修行を開始した。

 累とも組手を行ったのだが、いつもよりも打撃も投げ技も強かった気がする。


 まるで、内に秘めたなにかしらの鬱憤を晴らすかのように、おれとの組手の時には力がこもっていたような気が……。


 魁斗は昨日のことを思い返しつつ、痛みを堪えながら、いつも通り布団を綺麗に畳んで押し入れにしまうと、自室をあとにした。









 食卓には、すでに左喩と智子、右攻が並んで座っていた。


「おはようございます」


 みんなに向けて挨拶。すると、各々が挨拶を返してくれる。


「おはようございます。魁斗さん」


「おはよう、魁斗くん」


「おう、魁斗。今日も辛気臭いな」


 最後に挨拶したやつには笑顔は返さない。


 左喩と智子は魁斗の朝ごはんを用意するため、席を立って台所へ向かっていく。

 魁斗は礼を伝えると、自分の席に座ろうとする。動きはぎこちなく、ゆっくり屈もうとするが、昨日累に鋭い蹴りを入れられた太ももに痛みが走った。


「あいたたたた……」


 つい声を漏らした。

 痛みに顔を歪め、隣を見ると右攻がニヤニヤしながら言ってくる。


「ひ弱だなぁ」


 魁斗は右攻の言葉には返さず、ジロッと睨んで不快な内面の感情を表す。しかし、 右攻は魁斗が表した感情を気にする素振りを見せず、軽口を続けてきた。


「昨日、あんなにコテンパンにされていたもんなぁ」


 この野郎。いつかコテンパンにしてやるからな……。


 そんな目線を送るも、右攻はお構いなしに言葉を続ける。


「お前はまだまだってことだよ。……まあ、でも、……昨日の累さんの動きはちょっと荒かったな……」


 軽口を叩いた後は、顎に手を添えて、すこし考える素振りを見せる。

 この分析はさすがとしか言いようがない。


 昨日の累には、拳に怒りたるものが込められていた……と思う。それを知っているのは自分だけだ。


 朝ごはんをお盆に乗せて、戻ってきた左喩と智子も話を聞いていたようで、会話に入ってくる。


「確かに昨日の累さんはあまり優しくなかったですね。いつも魁斗さんには優しいのに」


 左喩が不思議そうな表情を浮かべ、呟く。


「え? そうなんですか?」


「そうですよ。いつも魁斗さんには甘いです」


 嘘だろ……それなのに一回も勝てないのか……。


「喧嘩でもしました?」


 左喩が少し心配そうな目で見つめてくる。


「いや、喧嘩というよりは、なんというか……なんて、言うんでしょうね。……少し、したのかな……?」


 自分でもよくわからない。あれは喧嘩と言えるのだろうか?


 魁斗の煮え切らない態度に左喩と智子が何かを察したように、互いを見合って、ため息をついた。ついでに右攻も両手を広げてアメリカ人のようなジェスチャーで首を振る。


 お前のその仕草はなんだ? 腹立つからやめろ。


「ダメですよ。女の子を傷つけたら」


「そうよ、女の子には優しくしなきゃダメ」


 左喩から智子、流れるように女性たちが口々に攻めてくる。


「そうだぞ、魁斗。お前はダメだ」


 お前はうるさい。


「いや、まだおれが悪いって決まったわけじゃ……」


 反論しようとすると、左喩が真っ先に諭してきた。


「そうですね。だけど……」


 カッ、と左喩の目が大きく開眼する。何かのスイッチを押してしまったようだ。


「――それでも、男の人は女性を許してあげる懐の深さと度量が必要なのですっ!」


 左喩は人差し指を突き立てて、魁斗に向け必死に説明を始める。


「いいですか、魁斗さん。女性は確かに理屈に合わないことをすると思います。わたしもします。でも、それは女性特有のホルモンが……うんたらかんたら――」


 ヤバい。始まってしまった。左喩さんの座談会。


 左喩は時々、男たるものこうあるべき座談会を開始するときがある。そして、なぜか生理という言葉も口から飛び出している。


「女性の心は複雑なんです。だって女性のわたしにもわからないのですから。だけども……うんたらかんたら――」


 一生懸命に身振り手振りを交えながら説明している。もはや、魁斗のことなど見ていない。完全に自分の世界に入り込んでしまっている。


「――であるからして、男の人は女性を包み込む懐の広さと度量が必要なんです!」


 どうやら座談会の力説が終わったみたいだ。

 胸の前で両拳を握っている左喩の隣を見てみると、うんうんと智子が大きく頷いている。


「そうよ、それが強い男の条件よ。左喩、あなたはちゃんとわかってる」


 わたしの夫も勝手なのよ――と、その後は智子が夫の愚痴をしゃべりだす始末。


「あー、は……はは……」


 とりあえずは相槌を打ちつつも、話の内容は全く入ってこない。苦笑いを浮かべ右の人差し指で右頬をポリポリと搔いてしまう。


 女性たちのありがたいお言葉に圧倒されていると、右攻も賛同するように拳を突き上げた。


「そうだっ! お前は漢じゃない!」


 と、言い放っている。


 マジで、お前はうるさい。


 やんややんやと場が荒れる。


 ダメだ。収拾がつかないし、止められそうにない。かなり理不尽感は拭えないが頷いてこの場をやり過ごすしかない。


「わかってくれましたか? 魁斗さん」


 左喩がキラキラした瞳を揺らしながら見つめてくる。

 魁斗は苦笑いを浮かべて、もう一度小さく頷いた。


「よかったです」


 ほっと左喩が胸を撫でおろす。ただ、納得をしたわけではない。ほぼ話の内容は理解できていないし、情けないが自分は圧倒されただけだ。


 魁斗は期待していないが男なら気持ちがわかるのではないかと右攻をもう一度、覗き込んでみる。


 仲が良くないとはいえおれたちは男同士。この理不尽な気持ちわかってくれるはず……。


「さすが、姉さん……」


 目を輝かせながら両手でお祈りをするように、姉の言葉をしみじみと聞いていた。


 ダ、ダメだ……。


 魁斗は戦うことを諦めた。









 朝ごはんを食べながら、話題は続いていた。主に自分へのダメ出しだ。


「魁斗くんは良いところではあるんだけど、真っすぐすぎるのよね~」


 智子からの口撃。心のHPが削られていく。


「そう。だから攻撃が単調なんだよ。真っすぐ突っ込んでくるから動きが読みやすい」


 右攻からの口撃。心のHPにダメージを負う。残りHPはわずかだ。


 この家には、おれに味方してくれる人はいないのか……。


 落ち込みそうになっていると左喩がすかさずフォローを入れてくれる。


「魁斗さんの真っすぐで素直なところは、わたし素敵だと思います」


 左喩さん……。


 嬉しくて泣きそうになる。途端に心が癒され、HPが回復していくのがわかった。


 魁斗は左喩に向けて瞳からキラキラとした光線を発射。すると、こちらを振り向いた左喩が眩しそうに目をすがませる。手で魁斗の視線を遮ると「まぶしいっ」と呟きながら、左喩は目をほんのわずかだけ開き、表情を呆れさせる。


「……でも、確かに真っすぐすぎるのかもしれませんね……」


 とどめの言葉を言い放つ。


 強烈な一撃が魁斗の心を傷つける。

 やっぱりこの家に自分の味方は居ないんだな、と確信した時、絶望で目からの光線が止み、目の前が真っ暗になった。


 心のHPが尽き、泣きそうになりながら朝ごはんを完食。

 左喩と智子が握ってくれたおにぎりは、いつもよりもしょっぱく感じた。





 ※※※





 朝ごはんを食べたあとは自室に戻って、学校へ行くための準備に取り掛かる。せっせこと準備を進めていると、襖の向こうから左喩の声が聞こえてくる。


「魁斗さーんっ。今入っても大丈夫ですかー?」


 ……なんだろう、まだ言い足りないことでもあったのかな。


 少し不安に思ったが、学校へ向かう準備はほぼ終えた。制服にも着替えており、時間にもまだ余裕がある。「入っちゃダメです」と言う理由も無く、とりあえずは、


「大丈夫です」


 答えると、左喩が襖を開け、「失礼します」と言いながら部屋の中に入ってくる。


「な、なんでしょうか……?」


 朝食でのことがあり、少し警戒。おのずと後ずさりながらも正座の形をとる。左喩は、それを察したように苦笑いを浮かべる。


「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。もうお説教みたいなことはしません」


「ほ、ほんとですか……?」


 魁斗は少し警戒を解くも、疑いの目を向ける。


「ほんとです。半泣きでしたから、もう言いません」


 自分が情けねぇ……。


 朝食時の自分の振る舞いを思い出し、どんよりとした気持ちになった。


「いえ、ね……。今日は稽古をお休みにして累さんと仲直りする時間に当てたらどうかな、と思いまして」


 唐突に左喩が提案してくる。だが、


「でも、おれは毎日修行するって決めているので……」


 魁斗はいち早く力をつけるために毎日、がむしゃらに修行することを自分の中で決めていた。だから、左喩の言葉はありがたかったのだが、その提案は断ろうかと思った。


 左喩も正座になり姿勢を正しながら、口を開く。


「魁斗さんが毎日、道場に顔出して頑張っているのはわかってます。そう自分で決めているのも知っています。それは本当に素晴らしいことですし、尊敬します」


 魁斗は褒められて、少しくすぐったい気持ちになった。


「でも、強くなるには毎日がむしゃらに頑張るのでは、ダメです」


 左喩が真剣な表情をして見つめてくる。魁斗は師範代が真面目な話をしようとしているのを察し、姿勢を正す。背筋を伸ばして、左喩の言葉を真剣に聞こうと耳を傾けた。


「この一年間、魁斗さんは凄く頑張っていました。血反吐を吐きながら、ほんとに必死に頑張って、修行をしてました。だからもう体の基礎はできています。肉体改造は終わりです。今度は次の段階です」


 魁斗は左喩の言葉に頷く。続けて左喩が口を開く。


「強くなり成長するには、心と体を癒す時間も必要です。実際に今、身体に痛みが伴っているでしょう。毎回その状態で無理して頑張っても、痛みが取れるどころか悪化したり、かばおうとして他の部位に負担をかけてしまいます。すると、強くなるどころか、身体のバランスが崩れて、今まで作ってきた身体の土台が台無しになることがあります。そのまま悪循環に陥って成長が見込めなくなっていくと、わたしは思います」


 魁斗は相槌を打つように頷く。


「心も同じです。『心身一如』と言う言葉がある通り、心と体は繋がっています。心が不調なら体は言うことを聞いてくれません。そうすると、魁斗さんの求める強さには辿り着かないと思います。……なので、心と体を休める時間もこれからは必要です」


 左喩の言葉を最後まで聞き、反論はなかった。一言一句、魁斗の胸の中にスッと入りこんできた。


 おそらく自分のことを頭ごなしに否定するのではなく、まずは受け入れてリスペクトしてくれたのも大きな一因だと思う。自分は単純だな、とは思うが、それに加えて、誠心誠意、真剣に、丁寧に説明をしてくれた。自分のためを思って真摯に伝えてくれているのがよくわかる。


 左喩は真面目だった顔を緩ませて、にこっと微笑んでみせる。


「魁斗さんは修行よりも累さんの方が大事でしょう? 大事なモノのために、今日は少しでもお時間を作ってみてはいかがですか?」


 感嘆した。左喩さんの言葉も気遣いも全て。


「そう、ですね……。うん、ありがとうございます。じゃあ……今日はそうしてみようかな」


 言葉を聞いて左喩は天使のように、ぱぁっ、と笑う。


「はいっ。そうしてみてください」


 魁斗も微笑み返す。


 すごいな、この人は。

 心の底からそう思った。

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