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【第四幕 開幕】 鬼狐ノ月 ~キコノツキ~  作者: 椋鳥
第一幕 ~星影~
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第三章 そして、はじまりを迎える ①

 

 一年後。高校二年生の夏。


 魁斗と累は颯爽と駆けて、逃げる巨漢の男を追いかけていた。


 巨漢の男は路地裏へと逃げ込み、必死に手を振りながら走って、手当たり次第に積み上げられているゴミ袋やビールケースなどを進路上に投げ落としてくる。だが、魁斗たちは走るスピードを緩めない。無造作に転がったゴミ袋やビールケースを極力ギリギリに飛び越えて避ける。足の踏み場がなければ蹴とばした。そうして、路地裏を直進して逃げる男との距離を詰めていく。しばらく走り続けたが目の前には金網が広がり、男を行き止まりに追い込んだ。


「くそっ!」


 ガシャン、と男は金網を殴りつけ、後ろへと振り返る。焦りが顔からにじみ出ており、額からは大粒の汗が流れていた。


 魁斗たちは男が止まったのを確認すると、走るのをやめ、歩幅を緩めてゆっくりと近づいていく。


 巨漢の男は抵抗するために、足幅を大きく広げ、拳を握りこんで、戦闘の構えを作った。


「ガキがぁっ!」


 威嚇のつもりか、大きく汚い声をあげ、魁斗たちを見据える。


 相手の体格は明らかに魁斗よりも大きい。身長二メートル近くはあるように見える。横幅も広く、服の上からでもわかる筋肉質な肉体はまさに鍛え上げた猛牛のようなラガーマンみたいだった。


「おとなしくしろ。抵抗は無駄だ」


 魁斗はなるべく相手を刺激しないように落ち着いた声音で宣言した。だが、


「うるせぇ! このクソガキが!!」


 逆効果だったらしい。


 巨漢の男が猛牛のような勢いで地面を蹴り、右の拳を大きく振りかぶって、突っ込んできた。


 臆することなく魁斗は、足幅を広げると半身になり、拳を構えて、男の拳を見極める。顔に当たらない数センチのところをかわすと、拳は空を切るように流れていく。男は全力で放った拳が相手に当たらず、態勢が崩れている。その瞬間を逃さず、足払い。大きな男の体が宙を舞う。すかさず、魁斗は体を回転させながら、男の顎にめがけて回し蹴りを一発。脳を揺らす。男は一瞬だけ苦鳴をあげたが、やがて白目を剥き、口から泡を吹いて前のめりに倒れた。完全に失神。


 魁斗はゆっくりと男に近づいて失神しているかを確認する。うつ伏せで倒れている男を仰向けに寝返らせ、顔を見た。


 うん。これは失神している。


 ふうっと一息ついた。すると、後ろで見守っていた累が近づいてくる。


「うん。まあまあ」


 近くで一連の流れを見ていた累が評価を口にする。


「え、まだ、まあまあ? 結構、自分でも強くなった気がするんだけど……」


 苦笑いしながら、累の方に振り返る。

 しかし、魁斗の言葉を累は一蹴。


「過信しない! 今のあんたはこの世界ではまだ下の下。最下層。最弱の部類に入るわ」


 累は眉を吊り上げ、怒ったような形相で魁斗に詰め寄る。人差し指を魁斗の胸に突き立てぶすぶすと刺してくる。


「ええぇ……まだ、そんなに弱いの?」


「弱いわよ。あんた、まだわたしに一回も勝ったことないじゃない」


「それは、お前が強すぎなんじゃ…」


「言い訳するなっ! ほんとにもう! いつまでも、のほほんとしてるんだから!」


 累がぷりぷりと怒りを露わにする。


「わかった、わかった。ごめんなさい。……たまにはちょっと褒めてもらいたかっただけだよ」


 後半はぶつぶつ文句垂れるように呟く。


「褒められるために頑張ってんじゃないでしょ! いつまでナヨナヨしてんの!」


「わかった、わかったよ。ごめん、ごめんなさいっ」


 はぁ~あ、とわざとらしく、大きくため息をつくと、


「ため息つかないっ!」


 すかさず指摘される。


「はいはい」


 魁斗はやり取りに疲れて、間の抜けた返事をする。


 ちょっとだけでも褒めてもらいたい時だってあるだろ、人間だもの……。と、相手に聞こえない小さな声でぶつぶつと物申しながら、倒れた男を肩に担ぎ上げようとする。


「……まあ、でも……一年で、よくこんなに……」


「ん? 何か言った?」


 累の囁きが耳に届かず、聞き返した。


 べつになんでもないとばかりに顔を横に反らして、累は明後日の方向を見る。


「あんたの力は、たぶん……まだそんなもんじゃない……」


 そっと目を細めて、小声で累が呟く。


 今度は内容が聞き取れたため、


「それって期待込めて褒めてくれてる?」


 口の端を上げながら累に質問すると、


「褒めてない!」


 すかさず反論が返ってきた。









「引き渡しに行くわよ」


 魁斗は男を肩に担ぎ終え、よっこらしょ、とじじ臭く声を漏らしながら立ち上がる。


「んで、この男はいったい何者なんだ?」


「裏の雇われ工作員よ。おそらく政権の機密情報を掴もうとしてたみたい」


「ふ~ん」


 こんな、大男がねぇ……。

 魁斗と累は人気のつかないところを歩き始める。


「それで、こいつはどうなるの?」


「引き渡したら……そこから先は知らない。引き渡すまでが仕事だから」


 表情を見ると、どうやらほんとに知らないらしい。

 この一年の間、同じような仕事を何度もこなしてきたが、事の詳細は不明。依頼される要人を引き渡したら、そこで終わり。その先は一向にどうなっているのかわからない。いつも全容は明かされず曖昧。これが仕事だと割り切ることを累に話をされたが、気にはなる。が、これも自分が力をつけるためなのだとこなしてきた。



 いつも、要人を引き渡す場所は決まってはいない。

 所定された場所に足を運ぶとよくわからない大人たちが待っていたり、あとから来たり。要人を引き渡すとお礼と謝礼金を渡され、依頼完了。引き取る人たちの大概が黒スーツに身を包んでいてサングラスをかけている。明らかにマフィアの工作員みたいな人たちが多いのだが、中には忍者みたいな恰好をしている人もいる。裏の世界にも色々な人がいるんだなと魁斗は思う。


 いつものように要人を引き渡すと、要人を連れて、黒スーツの人たちは引き払っていく。その様子を見送ると、魁斗と累は事務所へと足を運んだ。









 依頼をこなしたあとは、必ずここに来る。

 おそらく≪深海≫から与えられたと思われるビルの一室。以前から累が使っているみたいだが、ここを事務所としており、報告書みたいなのを作成して≪深海≫へ送っている。とは言っても魁斗は書いたことがない。


 ビルと言ってもここは廃ビルのようなところで、廃れたオフィス街の中の一つの建物。自分たち以外は誰も出入りしていないし、ビルの周りにはほとんど人影がない。ビルの入り口には、皆継家へ続く山道の入り口のように看板が建てかけてある。


『入るな危険』『崩落注意』『近づくな』等の注意書きが書かれている看板に、とどめの文言。『無断で立ち入ることを禁ずる。違反者は日本国の法律に則り罰します』と書かれた看板がビルの入り口の一番目立つところに建ててある。もうすでに見慣れてしまった。


 部屋の中には、四つのパソコンデスクにパソコンが四台向かい合わせで並べられており、もともとはオフィスだった模様。累は一つのパソコンデスクに座り、カタカタと音を鳴らして報告書などを送っているのがいつもの光景。冷蔵庫もあるので、魁斗は冷蔵庫の扉を開き買って冷やしておいた一リットルの微糖コーヒーのペットボトルを取り出して、持ってきていたマグカップに注ぐ。ついでに累の分も注いであげて累のデスクに置く。


「なぁなぁ、おれもなんか手伝うことある?」


 カタカタとキーボードをうっているパソコンの画面をのぞき込みながら尋ねるも、


「いいわよ。簡単な報告だし」


 こちらを見向きもせずに、すぐに断られる。


「でもさぁ、おれ。それ一回もやったことないんだけど……」


「べつにやらなくていいわよ、こんなの」


「あ、そう」


 魁斗はいつも依頼をこなしたら手持ち無沙汰のため手伝いを提案するが、いらなかったようだ。むしろ、邪魔だとばかりに眉をしかめられる。


 しょうがない、と気持ちを切り替え、注いだマグカップのコーヒーを一気に飲み干す。空になったマグカップをデスクの上に置くと、三人掛けのソファーに寝ころび、累の作業が終わるのを待つことにした。









 しばらく目を閉じていると、いつのまにか本当に眠っていたらしい。

 心地よく疲労が取れた感覚。

 ぱちぱち、とゆっくり目蓋を開くと、視界の端で累の顔がぼんやり見える。累はしゃがみこんだまま頬杖をついて、魁斗の顔をじっ、と覗いていた。


 しかし、魁斗が起きると何もなかったように累がササッと立ち上がる。


「終わったよ」


 そう言って背を向け立ち去る。魁斗は体を起こして、大きく伸びをする。ふぁ~と欠伸をもらし、累に向かって「帰る?」と一言。


「うん」


 こちらには顔を振り向かせずに返事が返ってきた。





 ※※※





 帰り道。

 河川敷を累と並んで歩いていると、ふと、思った。


「なぁ、累はいつからこの仕事をしてたの?」


 累は魁斗に一度目を向けて、顎に手をやると少し考えるような素振りをする。


 教えてくれないか……。


 思うと、累が再びこちらに振り向いた。


「本格的に始めたのは、魁斗の家を出るちょっと前くらい……かな。それまでは、わたしも皆継の門下生として修業してた」


 累が自分のことを話してくれたことに少々驚いたが、魁斗はそのまま質問を続ける。


「へぇー、修行はいつから?」


「それはもうだいぶ前から。中学の時は部活と称して修行してたし……」


「そうなのっ!?」


 まったく気付かなかった。


「小学生の時もソフトミニバレーに通ってるふりして、ちょこちょこ修行に行ってた。わたし、ほんとはバレーしてなかったんだよ」


 累はいたずらな笑みを浮かべる。


「うそっ!? でもお前、バレーうまいじゃん!」


「それは才能」


 大分ショックだった。

 自分が男友達と馬鹿やっている間、累は修行に明け暮れていたわけだ。


「よく……バレなかったな」


「あんたにはね。おばさんは黙認してた」


「そう、なのか……」


「うん。たぶんバレてたけど、それでも何も言わず見守ってくれてた」


「そうか……」


「うん」


「……お前、すごい生活してたんだな」


 自分はなんにも知らず、平和に暮らしていたんだな、とつくづく思う。累はずっと前から裏の世界で戦っていたのか。


 ふと、母さんの笑顔を思い出した。


 見守っていた、か……。


「魁斗……」


 累が名前を呼ぶ。自分の頭の中を見透かされているように、


「絶対見つけよう、犯人」


 強い眼差しで見つめてくる。


 魁斗は累に振り向くと、睨みつけるほどの眼差しで答えた。


「ああ、絶対だ」


 二人は前を向き直して、少しだけ歩みを速めた。

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