七 おてんば姫様の旅は続く……
あれから七年の歳月が過ぎた。
だが、ザラ姫は依然として行方不明のままであり、使いへよこした騎士アビゲイルが吉報を戻って来る事もなかった。
もしや彼が死んだのではと捜索隊が組まれ魔王城へ派遣されたがそこは灰と瓦礫の山で、騎士の姿も、そして魔王の姿もなかったという。
王はもうどうしていいのか分からなかった。
王子はどんどん大きくなるし、王妃も徐々に立ち治って来た。だが娘の姿だけがない。それを考えると王自身、どうにかなってしまいそうだった。
そんなある日の事だった。
息子、妻と共に国王が茶を嗜んでいると、突然来訪者が城の広間へ乗り込んで来たのだ。
「ヤッホー! おとー様におかー様、おにー様も久し振り!」
灰色の馬に跨るのは、朱色の髪の毛を揺らす、可憐な少女だった。
赤いコートの隙間から白い足がちらちらと覗いている。背は伸び切っていないものの容姿も顔もこの上なく整っていた。
少女の姿に、王は見覚えがある。いや、この場にいる全員がそうだろう。
どこからどう見ても、彼女の面影が色濃く残っていた。
「ザラ……!?」
「まさか、あなたは」
「お前は……!」
「そうだよ! びっくりしたでしょ!」
信じられない。諦めていた筈の娘が目の前で立っているなんて。
思わず唸る王。王妃は戸惑い、王子は少女へ向かって走り出す。
しかし一同は、直後彼女の背後に姿を覗かせた人物を見て、目を丸くせずにはいられなかった。
毛むくじゃらの体に三つの目。恐ろしいその怪物は、話に聞く魔王に他ならなかったからだ。
呆気に取られてしまう王達と違い、王子の立ち直りは早い。彼はすぐに声を荒げた。
「魔王がどうしてここに……。ザラ、今すぐこっち来い!」
「なんで?」
首を傾げ、何も分かっていない顔で尋ねて来るザラ。その仕草は七年前と何も変わっていないように見える。が、
「なんでもだ!」
叫び、彼女の腕を引っ掴もうとした王子。
しかしその手は、ザラ自身によって跳ね除けられた。
「勘違いしてるみたいだけど、マオーは悪い人じゃないからね! あ、そうそう、ザラね、伝えたい事があって来たんだよ!」
少女は笑い、言った。
「マオーとザラ、結婚するんだ!」
瞬間、一瞬広間に静寂が落ちる。
しばらくは無理解に染まっていたようだったが、やっと娘の意図を理解した王妃が口を開いた。
「何をふざけた事を言っているの!」
彼女のヒステリックな声は続く。
「魔王と結婚をするなんて、馬鹿にも程があるわ。帰って来て早々何なの? どれだけ心配をかけたと思っているの!」
だが、その声を遮ったのは今まで黙り込んでいた魔王だった。
「怒らないでやって欲しいのだ。女子の意志を尊重してやるべきだと思うのだ」
魔王に人語が通ずるのかという驚きもあるが、それどころではない。
魔王はかつて世界を荒らそうとした大悪党。そんな奴が城にいては危険極まりなかった。
「衛兵どもよ、今すぐ参れ!」
ざわざわと城中が騒ぎ出す。
だがそれでもザラは平気な顔だった。
「大丈夫! おとー様達にごホーコクに来ただけなんだから! じゃあ今から始めるね!」
マイペースなまま彼女は馬を降り、ウインクする。
「何をするつもりなんだ!」「やめなさい!」「汚らわしい」などの声が響く中、姫と魔王は広間の中央に出て、言った。
「今この瞬間に、我とこの女子は愛で結ばれるのだ」
「みんな見て見て! いくよ!」
そして制止しようとする周囲にも構わず――二人は、桜色の艶やかな唇と分厚い茶色の唇を重ねた。
「大好きだよ!」
「なんだか恥ずかしいのだな」
国王は頭が真っ白になる。
目の前で起こった事が信じられなかったし、信じたくなかったのだろう。
その時、開きっぱなしのドアの向こう側から駆け足で兵隊が突入して来た。
「陛下! いかがいたしましたか!? ……っ!」
兵士達すら驚愕を隠せていない。それを横目に、なんとか王はこれだけの命令を飛ばした。
「今すぐその汚らわしい魔物を引っ捕らえよ。そしてザラを確保しろ」
一斉に飛びかかる二十人弱の衛兵。
しかし、朱色の髪を靡かせてザラはぴょんと跳躍、それを避けて灰色の馬の背に飛び乗った。
「さあマオー、行くよ!」
「分かっているのだ!」
呼ばれて、魔王は力で兵士を突き飛ばし、同じくザラの傍へ。
そして彼女らを乗せた雌馬は風の如く颯爽と駆け出したのである。
「待て!」「追え!」「逃がさないぞ!」
そのまま一同は、広間を出て行った。
しんと静まる広間の中、泣き喚く王妃と立ちすくむ王子、そして国王だけが残される。
玉座に沈んだ王は遠くを見遣りながら深く溜息を吐いた。
「もう二度と会えぬかも知れぬ。……だがそれがザラにとっての幸せなのだろう。今は久々にあの娘の顔を見られた事を喜ぶしかないな」
走って走って、廊下を駆け抜け角を曲がり、とにかく出口を目指す。
背後には無数の兵士達。捕まったらひとたまりもないだろう。
「なんとか逃げ切る! グレー、頑張って!」
ザラがそう叫んだとほとんど同時、耳の横を何かが掠めていった。
正体は兵が放った弓矢。ザラはすぐに分かった、これは劇薬が塗られているのだと。きっと魔王を狙っているに違いない。
「マオー、大丈夫?」
「なんとか爪で打ち払ってはいるのだ。だが数が多過ぎてどれだけもつか分からないのだ」
「了解、緊急脱出!」
その瞬間グレーが跳躍し、突然廊下の窓を突き破って外に出る。
呆気に取られる追手をよそに脇目も振らずに逃げ――。
「フィナーレに、これをお見舞い!」
魔剣から飛び出た炎が城の窓の周囲に燃え上がり、道を塞いだ。
一応火力は弱いが、消火には時間がかかる。これでもう追っては来られないだろう。
「バイバイ!」
手を振り、ちょっと悪戯っぽく微笑むと、ザラは城を見返りもせずに愛馬を走らせて行ったのだった。
「本当にあれで良かったのだ?」
城下町の片隅で一休みをしながら、魔王がそんな事を言った。
ザラは彼に明るく笑い掛け、心配ご無用とばかりに言い放つ。
「いいのいいの! ザラは満足するまで帰ってあげないんだからね!」
「……なんとも元気な女子なのだ」
「女子じゃなくて妻! ザラとマオーはフーフなんだから! お分かり?」
呆れ笑いを浮かべる魔王に、ザラが愛らしく首を傾げる。まだまだ幼さの抜けていないその仕草だが、彼女は立派な少女となり、結婚を果たしたのだから驚きだ。
しかし感慨に耽る魔王など気にも止めず、ザラはパッと立ち上がった。
「さあさマオーにグレー、早く早く!」
「分かったのだ。本当に我が妻はせっかちなのだな」
こうして今日も自由なおてんば姫様、ザラ・エペストの愉快な旅は続いていく。
この先どんな困難や冒険が待ち構えているのか、それはまだ誰にも分からない事だ。
「もっと広い広ーい世界を見てみたいな! よし行こう!」
これにて完結となります。
最後までお読みくださいまして、本当にありがとうございました。
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