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三 おてんば姫様の山姥騒動

 ここは城下町からずっと西、名前も知れない深い山の中。


「自由な旅路の最初は、あのお山を越えて向こうに行こう!」


 という事で、山越えを目指して進み続けていたのだが……。

 山に入ってしばらく行った所で、ザラは道に迷ってしまった。


 必死で視線を巡らせるが、真っ暗で右も左も分からない。

 だんだん冷え込んで来たのもあり、早くこの状況から脱さなくてはならなかった。


「おーい、誰かいる?」


 当たり前のように返事はない。

 はぁ、と溜息を漏らし、口を尖らせるザラ。


「仕方ない! グレー、なんか走り回って!」


 その大雑把な命令に嘶き、灰色の雌馬は走り出す。

 しかしその足取りはなんだか頼りない。走りっ放しの疲れもあるだろうし、暗黒への怯えもあるのだろう。


 それでも力いっぱい走り続け、山を下りまた登りを繰り返した先に――。


「……ぁ、あれ!」


 橙色の灯りが突然現れた。

 否、ただの灯りではない。それは驚くべき事に、立派な屋敷のような山小屋だったのだ。


「やった! ラッキー!」


 安心と嬉しさにそう叫ぶなり、ザラはグレーからピョンと降り、光の方へと一直線に飛び出す。


 そして、山小屋を目の前にすると――突如、その扉を躊躇いなく開け放った。


「ばあ! 誰かいる?」


「いるぞい」


 すると、中からしわがれ声が響き、何者かが現れた。

 その人物が手にしたランプで周囲が照らされ、視界が一気にクリアになる。


 ザラの目の前に立っていたのは、ボサボサの白髪を長く伸ばした老女だった。

 ボロ布を纏い、顔は非常に血色が悪い。しわくちゃの顔を歪めて笑っていて、少し――いや、かなり不気味だ。


 だがザラは何の迷いもなく老婆に話し掛けた。


「こんにちは! ザラね、迷子になっちゃったの! そしたらここに灯りが点いてるから来たんだけど泊めてくれる?」


 可愛く小首を傾げるザラ。

 彼女に老婆は頷くと、


「……お嬢ちゃん、運がええのぅ。ここは迷える旅人を匿う場所じゃ。どうぞ入りなされ」


 そう言って彼女を手招いた。


「え、良いの? やった! 寒くて困ってたんだ!」


 赤いコートを揺らめかせてぴょんぴょんと跳ねながら、ザラは元気に山小屋の中へ駆け込んだ。


 ――少し遠くでその様子をじっと眺める、グレーの事などすっかり忘れて。





「うっわ、美味しそう! おばーちゃんがこれ作ったの?」


「そうじゃ。たんと食べなされ」


 豪勢な料理を目の前にして、ザラは飴色の目を輝かせていた。

 山小屋――否、小屋と呼ぶにはあまりにも広過ぎるだろう。山屋敷で一晩を過ごす事になった彼女は、今、老婆に料理を振る舞われたのだ。


「いっただっきまーす!」


 料理を口に運ぶ。

 その瞬間、舌の上をなんとも言えない旨味が広がった。

 肉の甘さ。果実のジューシーさ。それは城の料理より間違いなく上だ。


「美味しいっ! こんなの食べたの初めてだよ!」


「そうじゃろう。そうじゃろう。これはババ特製の肉スープじゃからな。いっぱい食べて、いっぱい眠りなされ」


 それからザラは、何皿も何皿もおかわりを繰り返した。

 ちなみにこのお皿、なんだか普通と違って妙に固い。老婆に訊けば「生き物の骨で作った皿」という事らしかった。

 何の生き物かは知らないが、かなり大型の動物だろう。骨からも味が染み出して美味しいのなんの。


「一人で食べるのも良かったけど、やっぱり美味しいご飯は最高!」


 バクバクバクバク、猛烈な勢いで食べ続ける。

 そして腹が膨れた頃には、もう大満足。疲れもあって非常に激しい眠気に襲われた。


「ごちそうさま! ……ふわぁ。おばーちゃん、お腹いっぱいになったらザラ、眠くなっちゃった! 布団敷いて寝かせて!」


「はいよ。ちょっとお待ちな」


 ガラリと扉を開け、老女が何やらぶつぶつ呟きながら出て行く。

 それをぼぅっと眺めながら、ザラは思った。


「ザラはなんてラッキーなんだろ。このまま一人旅を続けてもきっと心配する事はないね! さあて、明日はどうしよっかな……」


 とりあえずこの山を降り、どこへ向かおうか。

 山を越え海を越え川を渡り草原を走り抜ける。

 昔おとぎ話で聞いたような大冒険がしたい。きっと明日は今日よりもっと面白い一日にしよう。


 そんな事を考えていると、老婆に「用意ができたぞい」と呼ばれたので寝室へと足を向けた。

 柔らかな敷布団に横たわると、暖かくて気持ち良い。欠伸が漏れた。


「じゃあね、おばーちゃん。今日はありがと、おやすみ!」


「ゆっくりおやすみなされ。……永遠にな」


 既にその時、ザラの意識は深い眠りの海へと落ちていた。

 それを見届けた老婆は怪しげに微笑み、台所へ。


「準備を始めなくては……。今日は良い肉が食えそうじゃ。け、け、くけけけけけっ」


 直後、甲高い笑い声が山屋敷中に響いたのだった。





「うーん。……ぁ」


 嫌な夢を見て、ザラはハッと目を覚ました。

 身の毛もよだつ怪獣に食われる夢。いやに現実味があって、まだ全身のゾクゾクが止まらない。


「変な夢……。あれ、ここは?」


 薄暗い部屋に、小窓から月光が差している。部屋の中には何もなく、ただ敷布団が一枚敷かれているだけだった。


 いつもと違う景色。

 寝ぼけ眼を擦り、記憶を揺すり起こして彼女は思い出す。――ここが慣れ親しんだ王城でなく、深い山中の老婆の屋敷であるのだと。


「大丈夫。ザラ怖くないもん! おばーちゃん寝てるだろうし、ザラももう一回、」


 寝よう! と言おうとして、ザラの動きがピタリと止まった。


 ヒタヒタという足音が聞こえたのだ。

 なんだか背筋に寒いものを感じて、ザラはドアの方を振り返る。


 するとドアがギィっと音を立てて開き、それは現れた。


 長い白髪をボサボサに伸ばした老婆。

 ボロ布を引きずる彼女の手には、驚くべき事に、


「……包丁?」


 乾いた血糊が染み付いた大包丁が握られていたのである。


「……おやまあ。眠り薬を入れたのに起きてしまうなんて、とんだお嬢ちゃんじゃな。……可哀想に」


「おばーちゃん、どうしたの? なんで包丁持ってるの?」


 朱色の髪を揺すり、可愛く首を傾げるザラには今の状況が分からない。

 そんな幼い少女に老女はにたりと笑い、言った。


「ワシの名は山姥。この山に住み、迷いし人の子を喰らう者じゃよ。お嬢ちゃんでも知っとろう? ワシの伝説は、各地に知れ渡っておる故な」


「――え?」


 山姥。

 それは、王国に古くより伝わる伝説の怪異の事だ。

 深い山奥に住み、幼い子供を喰らうとされる鬼婆。母からも寝る前の昔話として聞いたそれがまさか、


「おばーちゃんなの?」


「そうじゃよ。本当なら眠ったまま殺してやろうと思っておったのに、起きよったなんての。お嬢ちゃんは辛い地獄の中で死ぬんじゃよ。くけっ、けけ、けけけけけっ」


 その狂気的な笑い声に、ザラは思わず身を竦ませた。

 山姥が一歩、また一歩とこちらへ近付いて来る。

 逃げなきゃと直感で思うが体が動いてくれない。背筋を流れる冷や汗。


「ワシが今まで何人の子の血を啜り、肉を貪って来たと思う? 九百九十九人。九百九十九人じゃ。……そしてお嬢ちゃんでピッタリ記念すべく千人目。甘くて柔らかい肉を堪能させておくれ」


 そう言って包丁を振りかぶる老婆。

「いやぁ!」とザラがか細い悲鳴を上げた、その時だった。


 部屋の窓が突き破られ、突然何者かが現れて山姥へ体当たりを喰らわせたのだ。


「何じゃ!?」


 絶叫を漏らす老婆。そしてその傍に佇んでいたのは――。


「グレー!」


 昨日街で出会ったばかりの雌馬、グレーが灰色の毛を逆立てて立っていた。


「ザラを助けてくれたんだね、ありがと!」


 自分を守ってくれたのだと知り、ザラはグレーに飛び付く。

 雌馬はそれをくすぐったそうに受け入れ、しばらく撫で回されるままになっていた。


 しかし、そうのんびりしている時間は長く与えてくれないようで、


「お、の、れぇ!」


 顔を真っ赤にして激昂した山姥が立ち上がり、こちらへドタドタと走って来る。

 手に握りしめる包丁を振り回し、まさに鬼の形相だ。

 ザラはそれを睨み返し、そして、


「てやっ!」


 思い切り、こちらへ飛び掛かってくる老婆の顎を蹴り上げた。

 直後血が飛び散り、山姥の体が大きくのけぞる。


「うがぁ!」


 その瞬間にサッと駆け寄ったザラは、老婆が握っていた包丁を奪い取り、微笑んだ。


「よくもザラを騙してくれたね! 許さないよ!」


「ひ、ひぃっ」


 先程までの不気味な笑みはどこへやら、すっかり平静さを失い震え上がる山姥。後退りし、命乞いをした。


「お願いしますじゃ、ワシが悪うございました。もう子など二度と食いませんじゃ、だから……」


 だが逃してやりなどしない。


「いいや、そんなの今までに食われた九泊九十九人の子供達が許さないよ。……だから、さ」


 その言葉と同時に、山姥の右腕を切り落とされる。

 血が噴き出し、悲鳴が上がる。しかし間を置かず、今度は左腕だ。

 悶え、憎悪に染まった視線を投げかけて来る老婆。だが何の抵抗もできぬままに両足までもがバッサリ失われてしまった。


「これが子供達の味わった地獄。分かった? それじゃあたっぷり後悔しながら――逝ってね!」


 幼女の包丁が山姥の胸に突き刺さった。

 断末魔が響き、鮮血が舞う。

 その死相は恐怖やら苦痛やら何やらに歪んでおり、とても醜悪だった。


「終わったみたいだね」


 ぐったりした老婆の亡骸から顔を背け、ザラはグレーに向き直る。

 そして力一杯抱き着いた。


「ほんとにありがと、グレー! あなたがいなかったらザラは勝てなかった! ご褒美に後でいっぱい美味しい物あげるね!」


 それを聞いて、グレーもなんだか嬉しそう。

 ザラも初めての勝利に大喜びであった。




 

 かくして、山姥の魔の手を難なく潜り抜けたザラは、山屋敷からありったけの金銀財宝を持ち出して無事に山を降りる事ができた。


 ルンルンと鼻歌を歌いながら優雅に雌馬を走らせ、ザラは考える。


「今日は良いお天気だしどうしよっかな? もっと大冒険したいな! ええと、そうだ! あっちの街に行こう!」


「ヒヒィン!」


 おてんば姫様は朝の空気を吸い込んで、元気いっぱいに笑うのだった。


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