二 おてんば姫様のお買い物
「えっと、旅に必要なのは、食べ物とおカネ! おにー様の金貨は全部メアリにあげちゃったし、まずはどうやっておカネを手に入れるかが問題!」
そう言っていると、ザラはふと母の言葉を思い出した。
昔、「どうしておとー様とおかー様はこんなにおカネ持ちなの?」とザラが訊いた時、母はこう言っていた。
「それは私達が王族だからよ。でもね、普通の人は頑張らないとお金はもらえないのよ。例えば働いたり、自分の物を売ったりね」
ザラにはまだ働くという意味がよく分からない。なので後者の選択をする。
「自分の物を売る……。あ、そうだ!」
ドタドタと足音を立てながら、人混みの中をザラは走って行った。
「え? お嬢ちゃん、これを売るのかい? これはかなりの代物だよ」
――やって来たのは市場の服屋。
赤茶色のドレスを手渡す下着姿の幼女に、店主は目を見開いてそう言った。
だが幼女、ザラは何の躊躇いもなく頷く。
「良いの! でさ、いくらになるの?」
「ええと……、銀貨八十枚、いや、百枚かな? あ、よく見ると……、金貨十枚だな」
この国の通貨は金貨、銀貨、銅貨がある。
銀貨百枚=金貨一枚なので、金貨十枚とはかなりの高額。
贅沢に暮らしても一年は余裕で過ごせる程の大金だった。
「売った! よっしゃ、これでザラは大ガネ持ちだね!」
跳んで跳ねて大喜び。
ちなみにザラの格好は高級なドレスから一変、みすぼらしい貧素な赤いコートになってしまったが、ザラ自身は全然気にしていない。
そのまま金貨十枚を手にした彼女は、ルンルンと鼻歌を歌いながら、次の店へ向かった。
果物やパンなどを口いっぱいに頬張り、ザラは可愛く微笑む。
「美味しー! 好きな物を好きなだけ食べられるって幸せ!」
屋台で思う存分食べ物を買い込んだザラは、好物をたらふく食べられる事を心から喜んでいた。
城では大人向けの宮廷料理ばかりで、ザラの好きな物など一切出してもらえなかったのだ。
「やっぱり一人旅って最高! 一生お外でいたいな!」
そんな事を言いながら、ザラが跨っているのは灰色の馬。
グレーと名付けたその雌馬は、先程馬屋で買ったばかりだ。
「これからよろしくね、グレー!」
「ヒヒィ――ン!」
ザラの小さな足だけで旅をするのは不可能。きっとグレーが力になってくれるだろう。
難なく一人でお買い物を済ませ、食事を終えたザラがふと見上げると、空はもうすっかり茜色に染まっていた。
「夕方かあ。……でもザラはまだまだ眠くない! 今日は記念すべき、旅立ちの日なんだから!」
そう勢い良く言ったザラ。
彼女は八年間暮らして来た王城を振り返りもせず、グレーに命じて城下町を駆け出させたのであった。
そして、グレーを走らせ続ける事数時間。
幼い少女は朱色の髪を振り乱し、辺りをキョロキョロと見回すと――。
「もう最悪! ここどこ!?」
と絶叫。
おてんば姫様ザラはなんと、迷子になってしまっていたのだ。