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伝説では6人しかいないはずの勇者なのになぜか俺は7人目の勇者  作者: 銀颯
王の領域《キングス・テリトリー》編

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第九十八話 戦略家

次の日、俺はクラスメイトの皆と競技に向けて特訓を始めていた。まずは皆がどの程度動けるのか把握しておかなければいけない。伊達に一年間学園で学んでいないな、思っていたよりも動きはいい。だが相手があのあいつらということを考えるとまだまだ役不足である。


「よし、今日はここまでにしよう。具体的な作戦は俺が考えてくるよ。」

「ユーリ君一人で大丈夫?」

「ありがとうカイラ。一応当てがあるんだ、まだ未確定だけどね。」


俺に話しかけてきたこの女子生徒はカイラ・マルクルだ。《黒》クラスの中で一番真面目であろう纏め役の女子生徒である。俺だけでは皆言うことを聞いてくれなかったかもしれないが、彼女がいることで皆素直に言うことを聞いてくれるのではないかと思うほど重要な存在である。実際彼女はクラスメイト全員に目を配っているし、何より優しく人望があるのだ。俺よりよっぽどリーダーに向いていると思う。


「それじゃあ皆、また明日!」

「明日もよろしくね!」


俺は皆と別れ王都の街へと繰り出す。目的地は王都の外れにあるハーミット・ストラテジーの屋敷である。マルクさんによれば最後にそこに住んでいたというのは20年も前の話であり今もそこに住んでいるかどうかはわからないらしい。とりあえず他に情報もないので俺は向かっているわけだが…。


「ここがストラテジーさんの屋敷…なのか?」


地図に示された場所に来てみるとそこは屋敷というにはあまりにもボロボロでもはや小屋というべき大きさの建物しかない場所であった。周りを見渡すと中心の小屋以外は崩れてしまっており瓦礫の山である、自然にここまで劣化するものなのだろうか?いやあり得ないだろう。これはおそらく魔法で壊されたのではないだろうか、理由はわからないが。


「仕方ない行ってみるか。」


俺は中心にそびえ立つボロボロの小屋に向かう。扉をノックする、今にも崩れそうだ。本当にこんなところに人が住んでいるのだろうか?反応はない。俺は『索敵(サーチ)』を使って人がいないかを探る。


「…地下の方から反応があるな。」


扉を開け中へと入る。どこかに地下へと続く道があるはずだ、小屋の中は家具などもなくまるで生活感を感じない。基本的に地下で生活しているということなのだろうか。すると床に扉の様な物を見つけた、この下から人の気配を感じた俺は声をかけてみることにした。


「すいませーん!誰かいますかー?」

「………ぁ。」


下から声は聞こえたが、何を言っているかまではよく聞き取れなかった。そういえば相手は病弱だと言っていたな、仕方ないここは失礼を承知で地下に降りることにしよう。そう思い俺が扉に手を触れた瞬間、左右に魔法陣が展開される。


「なっ…『身体強化(フィジカル・ブースト)』!」


俺は大きく後方に飛んだ、魔法陣からは炎が吹き出した。一体これはどういうことなのだろうか、そう考えたのも束の間さらに頭の上に魔法陣が展開される。今度はそこから水が流れ込んできた。


「『土の盾(アース・シールド)』!」


俺は土の盾で水を防ぐ、これは罠魔法だ。予め仕掛けられた魔法で特定の動きをした人を襲うようにしてあるのだろう。屋敷がボロボロだったのは多分この『罠魔法(トラップ・マジック)』のせいだ。俺はその場に留まる、下手に動き回る方がかえって『罠魔法(トラップ・マジック)』を発動させかねない。とはいえ大人しくしていてもしょうがないしな、どうしようかと考えていると地下へと続く扉が開きゆっくりと人が出てきた。


「申し訳ない。来客は久しぶりだったものだから、すっかり罠の存在を失念してしまっていたよ。もう発動しないから動いても大丈夫だ。」

「いえ、こちらこそ急に押しかけたりしてすいませんでした。えっとあなたがハーミット・ストラテジーさんですか?」

「たしかに私がハーミット・ストラテジーだ。ゴホッゴホッ。それで君は誰かな?」

「申し遅れました、ユーリ・ヴァイオレットと言います。マルク・アスターの紹介でこちらに来ました。」


扉から出てきたのはかなり顔つきが若々しく線が細い人物であった。とてもマルクさんと同年代とは思えない。まあマルクさんもいい意味で老人には見えないのだが。


「おお、マルク・アスターか!また懐かしい名前が出たものだ。ゴホッ。それでこんな私にヴァイオレット君は何の用かな?」

「実はストラテジーさんの戦略家としてのお力を借りたいと思って。」

「なるほど。詳しく聞かせてもらおうかな、ここではなんだから地下に降りよう。」


俺はストラテジーさんについていきながら地下へと降りていく。地下室はかなり清潔な場所であり、とても生活感があった。地上の屋敷…小屋はあんな風だったので普段はここで暮らしているということだろう。


「さて、それでは詳しく聞かせてもらってもいいかな?」

「はい。俺は聖リディス騎士学園に通う2年生なんですが、今度クラス対抗戦で【王の領域(キングス・テリトリー)】をすることになりまして。」

「【王の領域(キングス・テリトリー)】とはこれまた懐かしいな。」

「なんというかその相手との戦力差が圧倒的でして…なんとか策を練って戦いたいところではあるんですが、俺はそういう経験がなくて。マルクさんからストラテジーさんはそういう経験があるとお伺いしたので何か策をいただければと思ったんですが…」


ストラテジーさんはお茶を飲み一息つくと口を開き語りだす。


「たしかに僕は戦略家としての能力を持っているからね。一時期その力を買われて騎士団に所属していたこともある、しかしヴァイオレット君の期待に答えることはできない。どうしてだかわかるかい?」

「いえ、わかりません。」

「策というのはたしかに事前に用意しておくものだ。だけど実際に運用する時はその状況やタイミングによって臨機応変に対応しなければいけない。このまま私が策を授けてもそれを上手く扱えるとは思えない。」


たしかにその通りだ。ここで俺が作戦を教えてもらってもそれがうまくいく保証はどこにもない。ストラテジーさんは俺の顔を見て少し笑う。


「だから君を鍛えることにするよ。」

「鍛えるですか?」

「そうだな少し待っててくれ。」


そういうとストラテジーさんは奥の方に行き、何かを持ってこちらへと戻ってきた。


「これを使って今から勝負をやろう。」

「これって《騎盤》ですか?」

「そうだよ。ルールはわかるかい?」

「はい、わかりますけど…」

「それじゃあ軽くやってみよう。」

「わかりました。」


《騎盤》とはコマを動かして相手のコマを取るという遊びである。以前コータに異世界のチェスという遊びに似ていると聞いたことがある。きっと何か意味があるのだろうここは本気でやらなければ…結果は惨敗だった。自分で強いほうだとは思ってなかったけれどここまでボロ負けするとは思わなかった。


「今度は私のコマを初めから少ない状態で勝負しよう。」

「ハンデってことですね。流石にそれなら勝てますよ。」

「ふふ、それじゃあやってみようか。」


もちろん結果は惨敗。ただの遊びとは言えハンデを与えられた状態でここまでボロ負けすると流石にショックが大きい。


「これから毎日ここに来て私と勝負をするんだ。」

「それが鍛えることになるんですか?」

「もちろん。私が策を考えて授けるのは簡単だ、しかしそれでは君は策の本質を理解できないから上手く扱えず勝つことはできない。大事なのは君自身が策を考え、兵を操り臨機応変に対応できるようになることだ。それをこの《騎盤》を通して伝えよう。」


なるほど、目的は理解できた。俺には能力はないだからこそちゃんと鍛えてもらえるというチャンスがあるのなら乗らないという選択肢はない。《騎盤》でそれが伝わるかはわからないがこれだけボコボコにされるんだきっと何かあるんだろう。


「わかりました、ぜひお願いします!」

「改めてよろしく。ヴァイオレット君。」

「ユーリで構いませんよ。ストラテジーさん。」

「私のこともハーミットと呼んでくれて構わない。」


俺はハーミットさんと握手を交わし、その日は遅くまで《騎盤》での勝負をした。地下から地上へと出るとあたりは暗くなっていた。急いで帰らないと心配をかけてしまうな。


「すっかり遅くなっちゃったな。早く帰らないと…痛っ!」

「うわぁ!」


急いでいたこともあり俺は角から曲がってくる人に気付かずぶつかってしまった。暗くてよく見えないがぶつかったのは気の弱そうな青年だった。俺はすぐに立ち上がりその彼へと手をのばす。


「すみません、大丈夫ですか?」

「ああ、ありがとう。あのよかったらギルドってどっちか教えてもらえないかな?」

「ギルドならこの道を真っ直ぐに進んで、三本目の通りを右に曲がると看板が出てますよ。」

「そうかありがとう。さっきこの街に着いたばかりでね。」

「でも急がないと閉まっちゃうかもしれないですよ。もう遅い時間なので。」

「そうだった、それじゃあさよなら少年。」

「お気をつけて。」


見た所冒険者という感じには見えなかったが、ギルドに行くということは冒険者なのだろうか?ギルドには宿泊施設があり冒険者ライセンスがあれば利用することができる。もう遅い時間だから多分それを利用した宿泊目的だとは思うが何か変な感じがする…。まあいいか、おそらく気のせいだろう俺も早く帰らないと。


「お帰りなさいませユーリ様。そのご様子ですとハーミット・ストラテジーには会えましたかな?」

「はい、クラス対抗戦まで鍛えてもらうことになりました。」

「そうでしたか、それはよかったです。お食事の用意ができてますよ。」

「ありがとうございます。」


それからクラス対抗戦までの2週間俺はハーミットさんのところに通いつつ、クラスの皆と連携を取りながら結束力を高めていくのであった。やれることはやったはずだ、あとは勝つだけだ。

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