第五十一話 不穏な始まり
皆と無事に合流することが出来た俺達はセルベスタに帰るため門へと向かっていた。結局誘拐の謎、ドウマ・ゲンジという男が何故皆を狙ったのかについてはわからないままだ。国へ帰ってからシャーロットにでも頼んで調査してもらわなければ。今回はたまたま無事であったが、ただの誘拐事件では済まされない。すでに国同士を巻き込んだ大きな問題である。
「厄介なのはこの国の将軍様じゃなくて、その対立勢力ってことだね。下手に大事にはできない。」
「今回の件の事ですか?」
「そう。でもどうしてドウマ・ゲンジは皆を誘拐したんだろう。」
「うーん。対立勢力であるツネヨシさんを将軍の座から引き摺り下ろしたくて、今回の事件を企てたとか?」
「それにしては作戦が雑すぎる。まあツネヨシ将軍の対応や、ユーリ達が救援に来なければそうなっていた可能性はあるがな。」
ディランの言う通りだ。仮にドウマという男がツネヨシ将軍を陥れたくて今回の誘拐を起こしたとして、もっと他にもやりようはあるはずだ。そう考えると目的はやぱり皆だったのか、あるいは…
「救援に来るであろう俺達を狙っていたとか?」
「ありえない話ではないな。お前たちは特別だからな。」
たしかにそれもありえない話ではない。俺はともかくエレナが《勇者》であるということや、アリアが《大賢者》であることは《女神の天恵》の時点でバレてしまうから調べようと思えば調べることはできる。この国に《勇者》や《大賢者》に匹敵する戦力がなくてとか?だからといって誘拐という選択肢を取るだろうか。悪人の考えることはわからない。
「まあそれも、この国を出てから調査してもらうことにしよう。幸いにも今もの将軍様は悪い人ではなさそうだし、協力的そうだったからな。」
「ふふふ、本人はいつも向いていないって言っているけどね。ツネさんは元々将軍になろうと思ってなったわけじゃないのよ。」
「そうなんですか?」
イヴァンの意見に、少し笑ったキクさんはこの国の将軍について話し始める。
「五年くらい前に前将軍に不満を持つものが集まってクーデターを起こしたの。その組織の中心にいたのがツネさんとお兄さんのムネヨシさんだったの。リーダーというのは作っていなかったけど、実質的な組織のリーダーはムネヨシさんだった。でも戦いの中でムネヨシさんは亡くなってしまったの、そこからはツネさんが一人で前将軍を打倒し今の将軍になったわけね。でもツネさんは今でもお兄さんが将軍になるべきだったと思っているのよ。」
「そんなことがあったんですね。」
それによって前将軍が倒されたってわけか、きっとユキさん…ハミルトン家のような被害者がたくさんいたのだろう。もっと早く倒されていればユキさんの両親が自殺することはなかったかもしれない。キクさんの話しを聞いて意外な人物が口を開く。
「そういえば僕の両親もそんなこと言ってたなぁ。だから大和国へ戻るかどうかみたいな話をしてたのか。」
「えっ、コータの両親ってどういうこと?」
「あれ?言ってなかったっけ、僕の両親は大和国出身なんだよ。だから僕の名前は《迷い人》っぽいだろ?」
「そうだったんだ。」
「でも正直《迷い人》っぽい名前とかよくわかんないんだけど。」
「そうなの?コータ・イマイとか日本…僕の出身国の名前みたいなんだよ。」
正直俺達には《迷い人》っぽい名前とかよくわからないんだが、どうやらコータにはなんとなくわかるらしい。
「《迷い人》の世界にも国があるんだね、知らなかったよ。」
「それはそうだよ、この世界と同じさ。同じ人間族でも言語が違ったり、その辺りはこの世界とも変わらないかな。まあ向こうには魔法はなかったけど。」
魔法のない世界はすごく不便そうだ。どうやって生活しているんだろうか?少し興味があるな。そんな他愛もない話をしていると行きに通ってきた門へと着く。俺達は騙したとはいえ一応通行許可証を持っているが、皆は不法入国をしているのと変わらないのでツネヨシ将軍から一筆預かっている。門番にそれを渡すとすんなりと通してくれた。
「ここまで送ってくださりありがとうございました。」
「いえ、ユーリ君に助けて頂いたお礼ですから。」
「そんなことないですよ。それにあの時俺が何かしなくてもキクさんなら大丈夫だったんじゃないですか?」
あんな屋敷に住む権力者だ、一人で出歩くわけないと思うしな。あの時も誰か近くにいたか助けを求めればすぐに駆けつけることができたんじゃないだろうか。
「それでも嬉しかったわよ。トラブルに自分から突っ込む人はいないもの。」
「ユーリ君は困っている人を見過ごせるタイプではありませんから。」
「根っからの《英雄》体質だね。」
「ユーリの場合、トラブルの方から突っ込んできているみたいなとこあるけどね!」
「否定できないのが辛いとこだよ。」
今回は俺のせいじゃなくて皆が攫われたかれではと思ったがそれは胸のうちにしまっておこう。
「それじゃあキクさん、またユキさんについてお話しましょう。」
「ええ。皆さん気をつけてね。」
「さようならー!」
「失礼します。」
俺達はイシュカに向かって歩き出す。そういえばシャーロット達に無事だったって連絡するの忘れていたな。イシュカに戻ってからでいいか。そんなことを考えていいると、アリアに話しかけられた。
「どうしたアリア?」
「あのさ、さっきから何か嫌な感じしない?」
「そうか?俺達以外に人間の気配はないけど…。」
「そういうのじゃなくて、なんかこう身体に纏わり付くような魔力?みたいな、とにかく違和感を感じるの。」
「うーん。皆はどう?」
「特に何も感じませんね。」
「そうだね。ユーリ君の言う通り人間や魔物の気配なんかもないようだけど。」
正直何なのかまったくわからないが、何もないということはない気がする。もしかしたらすでに何か起こっているのかもしれない、俺は周囲を警戒する。するとそれはすぐにやってきた。周囲の気温が変化している心なしかジメッとしている気がする。
「ねぇ、これは絶対に何か起こっているよね?」
「ああ、俺達にもわかる。すでに何かは起こっている!」
「皆、警戒しろ!」
俺達は背中合わせに陣形を組み、集まる。すると気温の変化のせいか徐々に霧が発生し辺りは完全に真っ白な世界になる。少し先の景色も見えない状態だ。
「魔法が発動した形跡はないが…」
「何もないのに霧は発生しないでしょ!」
「このままゆっくりと前進して行こう。警戒は怠らないように。」
「「「はい。」」」
俺達はゆっくりと霧の中を進んでいく。イシュカまでは一本道だ、このまま真っ直ぐに進めば必ず着くはずだ。そろそろ霧が晴れるとりあえずは安心だ、そう思ったが…
「あれ、俺達真っ直ぐに進んできたよな?」
「どうなっているんだこれは!?」
俺達は大和国からイシュカに向けた一本道を真っ直ぐに進んできたはずなのに、霧を抜けるとそこはキクさんと別れたはずの大和国の門の前であった。一体どうなっているんだ?デリラがすぐに振り返り、霧の中へと向かって走り出す。
「待ってデリラ!どこ行くの!」
「もう一回霧に向かって真っ直ぐ走ってみるよ!」
「一人じゃ危険だよ!」
「大丈夫だよ!行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!あれ?僕、真っ直ぐ進んだはずなのにどうして戻ってきちゃったの??」
だがデリラはたしかに霧に向かって真っ直ぐ走っていたのにこちらに帰ってきている。この霧が原因だろうか?それならば。
「『突風』!」
「『風の球』!」
「ダメだ、霧を除去できない。」
俺とイヴァンさんが放った風属性魔法は霧を吹き飛ばすことなくそのまま飲み込まれてしまった。魔法も効かない。イシュカへの道は閉ざされてしまったということだ。イヴァンさんは門番の下へ行き状況を確認する。
「門番の方、これは一体どうなっているんですか?」
「他の門にも確認したのですが、どうやらここ以外の門でも霧が発生して出られなくなっているようなんです!」
「何だって!」
「それってつまり…」
「多分、この大和国に完全に閉じ込められてしまったということだ。」
俺達はすでに何かに巻き込まれている。そしてそれは俺達だけでなくこの国そのものが大きな陰謀に巻き込まれているということだけはわかった。
少しでも面白いなと思っていただけたら幸いです!
皆さまの応援が励みになりますので、ぜひ下部よりブックマーク・評価等お願いいたします!




