第四十四話 迷宮の亡霊
ブリジット・ヒストリクと名乗った男は自分のことを迷宮の亡霊だと笑顔で答えた。だけどどこか寂しそうな顔だった。
「それでブリジットさんはここで一体何を?それに迷宮の亡霊って?」
「そう慌てるなよ。時間はあるんだ、とりあえずお茶でも淹れよう。君達も疲れただろう?」
「わかりました。」
俺達はリビングまで移動する。ブリジットさんは俺達に椅子に掛けるように促すとテキパキとお茶の用意を始めた。持ってきれくれた紅茶はかなり上等なものだろうか、凄くいい匂いがした。先程の果物といい
「人にお茶を淹れるのは久しぶりでね。味が悪かったらごめんよ。」
「いえ、凄く美味しいです。申し遅れました、俺はユーリ・ヴァイオレットです。」
「僕はコータ・イマイさ。」
「俺はディラン・アレストールだ。」
「それはよかったよ。」
俺達は軽く自己紹介を済ませる。お茶を飲み一息ついたところでブリジットさんが口を開いた。
「さてまずは何から話そうかな。」
「じゃあブリジットさんはこんな迷宮の奥で一体何をしているんですか?」
「ここはこの迷宮の最下層に隣接する部屋なんだ。僕はここに来れる人物をずっと待っていた。」
どうやらここは最下層のようだった。やはり5階層からかなり降りてきてしまったようだ、だがこれでこの迷宮からは出ることができるので進んできて正解だったようだ。
「ここまで来れる人物を待っていたとはどういう意味だ?」
「ここは迷宮の中にある物を隠すために意図的に作られた場所なんだ。僕はそれを守るために数百年ここで身を隠していた。」
「数百年って…」
「ブリジットさんいくつなんですか?」
「こらこら、女性に年齢を聞こうなんて失礼だって教えてもらわなかったのかい?」
「すみませんってブリジットさん女性だったんですか!?」
俺は灰色のローブでフードを被っていたし、一人称が僕だからてっきり男性だと思ってしまっていた。よく見るとかなり可愛らしい顔をしている。年齢はそう変わらない様に見える。とても数百年待っていたという感じではないが…
「そうだよ。君達よりもずっとお姉さんさ。」
「でもそんなに年齢が変わらないように見えるんですけど…」
「14歳の死んだときに身体の成長は止まっているからね。亡霊っていうのはそういう意味なんだよ。」
「じゃあどうして会話ができているんですか?」
「僕の書斎があったでしょ?あそこにある本一冊一冊にたくさんの魔力が込められていて、その魔力のおかげで意識だけ数百年もここにいることができている。食事や睡眠も必要ない、ただ意識だけがここにあるんだ。」
「そうだったんですか…」
「だが、こうして君達に出会えた。数百年待ったかいがあるってものだよ。」
そうやって話すブリジットさんの顔はやはり少し寂しげであった。数百年もの間、人としての生活を捨て生きている。それは一体どんな物なのか俺には想像ができない。彼女は俺達とそう変わらない14歳の少女だ、その覚悟は図りしれない。意識だけになってまで尚守らないといけない物とは一体何なんだろうか。
「ブリジットさんがそこまでして守っている物って何なんですか?」
「《勇者の秘密》さ。」
「そういえばイヴァンさんもそんなようなこと言ってたな。迷宮遺物に記述されてたんだっけ。」
「それで《勇者の秘密》とは?」
「6人しかいないと言われている《勇者》だけど…実は7人いるんだよ。」
「「「………」」」
俺達はお互いの顔を見合わせて、黙ってしまう。それも仕方のないことだ、《勇者》が本当は6人じゃなくて7人だということを俺達は知っている。俺こそが《7人目の勇者》なのだから。
「驚くのは無理もない。今の世界では《6人の勇者伝説》となっているがあながち間違いでもなくて…」
「あの…実は…」
「…?」
ブリジットさんに俺の能力が《7人目の勇者》であることを説明する。すでに俺以外に6人の《勇者》がいることも。まあそれは全員確認したわけではないが。ブリジットさんはそれを聞くとかなり驚いた顔をしていた。とても信じられないといった顔だ。そしてしばらく考え込むと口を開いた。
「数百年前一人の青年が別の世界からこの世界に迷い込んだ、今で言う《迷い人》というやつだ。その青年はこの世界の中では圧倒的な力を持っていた、それは女神から与えられた力で《勇者》という能力だった。女神は《勇者》の能力で人々を統治し、よりよい世界を作るようにと青年をこの世界へと遣わしたのだ。始めは好意的に接していたこの世界の人々も《勇者》を頼り、皆彼のことを慕っていた。だが時が経つにつれそんな彼の持つ力をこの世のものではない神の力と恐怖を抱く者が多くなった。それを知った彼は自ら身を引くことを選び遠く東の地で国を作った。そこには彼を慕う者だけを集め静かに暮らしていたのだが…。ありとあらゆる国々が東の国を排除するために戦争を起こした。卑劣にも彼以外の全ての人間を虐殺した。彼は怒り狂い《勇者》の力を使い世界の半分を滅ぼした。そして…《勇者》は《魔王》となったのだ。」
ブリジットさんが語った話に俺達はただ黙っていることしかできなかった。最初の《勇者》とでも言うべき人物が《魔王》になったということ、その《魔王》を産んでしまった原因になったのも元々はこの世界の人々のせいだということ。ブリジットはお茶を一口含むと息を吐き、また口を開き続きを語り始める。
「その光景見た女神は新たにこの世界の人間族へ《勇者》の能力を授け誕生させた。これが後に《6人の勇者》と呼ばれることになる。彼らは仲間とともに《魔王》と戦いを繰り広げ、封印することで世界から《魔王》という驚異を取り除くことができた…これが僕が守っていた《勇者の秘密》だよ。つまり《勇者》誕生の秘密ということさ。」
「そうだったんですか…。」
「《魔王》とは魔族の王という風に考えていたが、まさか元《勇者》だったとはな…。」
「僕と同じ《迷い人》っていうのも驚きだよ。」
最初の《勇者》が《魔王》へと変わり、それを討伐するために《6人の勇者》を誕生させたということか。俺はここで一つ疑問が生まれた。そんな俺の顔を見てブリジットさんは察してくれたのか再び口を開く。
「ユーリ君もわかったかい?そうなんだ。僕は《魔王》になった《勇者》を含めて《勇者》は7人いるといったつもりだった。だけど君は《魔王》が存在している状態で7人目ということだ。これはどういうことなのか僕にもわからない。」
「そうですか…。」
俺は考え込む。結局俺の《7人目の勇者》は謎は深まるばかりだ。もしかしたら父さんが《迷い人》というのも何か関係があるのかもしれない。女神様に会えればすぐに聞くんだが…。仕方ない、俺にはこれまで通りにすることしかできない。
「俺は自分に与えられた役割が何なのかわかりません。ですが魔族は人間を何とも思っていない、弄ぶように殺す奴らを許すことができない。だから俺は《魔王》を倒します、相手がたとえこの世界の被害者とも言える元《勇者》であっても…。」
「僕は亡霊だ。だから今を生きている者の邪魔をすることはできない。それがどんな結果になったとしても。」
「でもその秘密とやらを誰から一体守っているんだ?」
「《魔王》だよ。どうしてかはわからないけど《魔王》は自分の誕生の話を知る者を消したがっている。僕は友人から頼まれてその秘密をこうして迷宮の奥深くで守っていたというわけだ。」
「その友人というのはもしかして?」
「それは言えないんだ。僕の残された意識では答えることが出来ない、ごめんね。」
「一つ聞きたいんだが…」
そう言って会話に入ったのディランだった。
「どうして今までに誰も辿り着けなかったんだ?隠し部屋も戦いも苦戦はしたが、絶対に突破できないほどではなかったと思うが。」
「ああ、隠し部屋を見つけるためにいくつか条件があるんだよ。まず人間族であること、年齢が15歳未満であること、そして《勇者》がいることだ。だから君達には見つけることができたんだ。」
「なるほど、たしかにその条件ならば見つけることは困難だろうな。」
人間族であることは大丈夫でも15歳未満だけで迷宮に入ることはほぼないだろうな。冒険者であればパーティーを組むから年齢層はバラけそうだし、仮に15歳未満でパーティーを組めたとしても隠し部屋を見つけて試練を超えれるだけの実力はなさそうだ。まあどちらにせよそもそも《勇者》が居なければ入れないと言う時点でほぼ不可能な条件だろう。
「僕からもいいかい?この果物や紅茶はどうやって手に入れたものなんだい?かなり新鮮なように感じるけど。」
「それはこの迷宮に来た冒険者から頂いているんだよ。荷物を置いて逃げる冒険者も多いからね。腐らせてしまうのは勿体ないだろう?まあ僕は食事を必要としないから最低限必要なものだけ揃えてあとは地上に送り届けているよ。」
迷宮の管理のようなこともしているんだな。ここのところ迷宮遺物目当ての冒険者が多かっただろうし、たくさん手に入る機会もあったのだろう。迷宮遺物?そうだった、ここに来た目的を忘れるところだった。
「そういえば、俺達は魔法無効ができる迷宮遺物を探しに来たんですが何か知りませんか?」
「それならこれを上げるよ。僕から魔術を教えることはできないが、この短剣には魔法無効の魔術が刻印されている。それと先程喋った《勇者の秘密》が書いてあるこの日記をもっていって。」
「ありがとうございます。」
当初の目的であった魔法無効の迷宮遺物を手に入れることが出来た。これでシロの奴隷紋をなんとかしてあげられる。
「さて、そろそろ君達を地上に送り届けよう。それで僕の役目は終わりだ。」
「えっ、それってどういう…」
「君達が最初で最後のお客さんだ。本当はもっと色々教えてあげたいんだけど、僕の役目は後世の《勇者》に《勇者の秘密》を教えることだけだ。それが終われば役目は終わりだからこの部屋はなくなる。僕を構成する本の魔力もなくなるから消える運命なんだ。」
「………。」
「元々別の時間を生きている、それに僕はもう死んでいるし仕方のないことさ。最後に君達に会えてお茶を飲めてよかったよ。味はわからなかったけど最後に人らしいことができた、ありがとう。」
「いえ、こちらこそありがとうございました。」
「どうやら君達の知り合いもすでに62層まで来ているようだから、一緒に地上に出してあげよう。」
「俺達の知り合い?そうか、忘れてた。」
イヴァン達と連絡は取れないままここに来たんだった。きっとかなり心配をかけたに違いない。一人で62階層ってことはもしかしたらセドリック団長が救援に来てくれたのかもな。
「それじゃあ皆さようなら。これからたくさんの困難が待ち受けると思う。でも君達ならきっと乗り越えることができる!」
「ああ!」
「もちろん!」
「さよならブリジットさん!あなたのこと忘れません!」
そう言うと俺達の足元に魔法陣が展開され身体が白い光に包まれる。最後に見たブリジットさんは役目を終えた安心からかとても安らかな笑顔だった。
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