第三十ニ話 魔族の女と龍
ユーリとシャーロットは馬に乗り、ロンドへの道のりを急いで駆けていた。ユーリはアリアが行ったのと同じ様に馬に『身体強化』をかけた。まだ残っている魔物との戦いのために魔力を温存するべきだろうが、ユーリは嫌な予感がしていた。その予感は的中した。
「ユーリ!!!感じましたか!?」
「う、うん。この魔力は…!!!」
ここから姿は見ることはできない。しかし遠くの上空に恐ろしく、そして冷たい圧倒的な魔力を二人は感じ取っていた。ユーリにはこの魔力の質に覚えがあった。あれは聖騎士祭の2日目、あの競技場で相対した魔王軍四天王“剛腕”のバリオンと似ている。バリオンと同等の…いやそれ以上の魔力だ。さらに続いて魔族ほどではないが強力な魔力を感じ取る。こちらは鋭く荒々しい魔力である、魔物とも少し違う気がするこの魔力は一体何なのだろうか。
「この魔力は魔族と魔物…なのか?」
「片方は魔族で正解でしょう。それともう片方の魔力、これは恐らくドラゴンだと思います。」
「ドラゴンだって?」
「はい。以前ドラゴンと対峙した時の同じ魔力を感じます。そのドラゴンはまだ幼体だったのでここまでの魔力量ではありませんでしたが…」
ドラゴンという生物は滅多に人前に現れることはないと聞いたことがある。それにドラゴンという種族は多種族と関わることが少なく情報があまりに少ないのだ。魔物のようで人間族や獣人などの亜人族とも違う、謎が多い種族である。そんなドラゴンがどうして魔族なんかと…考えても仕方がない。
「どちらにせよ、魔族…四天王クラスとドラゴンが同時に現れるなんてどれだけの被害が出るかわからない。」
「そうですね。私達も急ぎましょう!!!」
俺達は再びロンドに向けて馬を走らせるのだった。
◇◆◇◆
冒険者達は上空に突如現れた魔族の女とドラゴンの魔力や存在感に圧倒されてしまい動けないでいた。どれだけ修羅場をくぐり抜けている冒険者であってもここまで死に近い状況を経験した者はそう多くいないだろう。そんな中で1人の冒険者が声を荒げる。
「全員止まるな!!動くんだ!!!」
ベテラン冒険者の声でやっと我に帰った冒険者達は動き出した。今は戦闘中だ、魔物だってまだいる気を抜けば殺されてしまう。
「クソ!ここが俺達の死に場所なのか…?」
ベテラン冒険者は思わず呟いてしまう。だが絶望的なこの状況でも諦めていない者が一人いた。
「いえ、必ず助けが来ます。それまで耐えましょう。」
「嬢ちゃん…。」
ベテラン冒険者の人生の中でもっとも死に近いであろうこの状況。そんな中で自分を励ましてくれているのはまだ成年にもなっていない少女だった。その姿がこの戦いの始まりの時、自分達を説得させた《英雄》の少年に姿が重なって見えた。こんな小さな女の子が諦めていないのだ、ベテラン冒険者も覚悟を決める。
「やるしかない、俺達は必ず生き残る!!!」
「はい!!!」
空を割り、現れた魔族の女は少しだけ驚いていた。部下から魔物を放ったという報告を受け取ってから時間が経っていたのにも関わらずあまりにも侵攻が遅い。それは目の前に集まっている冒険者達が魔物を討伐していたからだった。
「ふーん、手こずっているから《勇者》がいるのかと思ったけど冒険者のせいで魔物の進みが悪いのねぇ。いつの間に冒険者なんて用意できたのかしらぁ。様子を見に来ただけだけど、結果的にドラゴンを連れてきたのは正解だったかもしれないわねぇ。」
下を見れば冒険者達が我を取り戻し、魔物の討伐を再開し始めた。それを見た魔族の女は能力によって操っているドラゴンを鞭で叩き指示をだす。
「次はアンタが行くんだよぉ!」
「グォォォォォォォォォォ!!!!!」
ドラゴンを翼を翻すと地面にいる冒険者に向かって突進をする。それに気付いたベテラン冒険者が声を荒げる。
「ドラゴンが来るぞぉぉぉ!!!構えろぉぉぉ!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ドラゴンの突進は森の木々を倒し、冒険者達の半数を吹っ飛ばした。その後再度飛翔する。アリアは咄嗟にベテラン冒険者が庇ってくれたので対してダメージは受けなかった。起き上がりドラゴンが突進をした後を見てその悲惨な状況に言葉を失った、なんとか頭を切り替えて魔法を発動する。
「『範囲・治療魔法・三重』!!!」
「うぅ…。」
どうやら死人はいないらしい、だがもう一度同じ攻撃をされたら次はないと感じた。なんとかして回避しなかればそう考えた瞬間、後ろから魔物に襲われた。それをベテラン冒険者が防ぐ。
「なんだコイツら!倒したはずなのに動いている!?」
「微かにあの魔族と同じ魔力を感じます。おそらく操られているのかと。」
「おいおい、やべぇぞ。これじゃ逃げようにも逃げられねぇ。」
だがその時操られていた魔物の死骸が次々に粉々に砕け散った。さらに遠くから騎士団と思われる軍勢が流れ込んできた。
「どうやらギリギリ間に合ったようですね。」
「クライフ君!それと…?」
「私は紫龍聖騎士団長のクリス・ドラグニスだ。君、状況を簡潔に説明頼めるか?」
アリアはここまでの状況を簡潔にクリスとカルロスに話した。ドラゴンが再び突進する体勢に入る。
「ドラゴンが来る!!全員構えろ!私の合図で魔法を発動しろ!!!」
「「「はっ!!!!!」」」
紫龍聖騎士団員は盾を前に構える。ドラゴンがこちらに向かって突進してくる。
「今だ!『防御』!!!」
「「「『防御』!!!」」」
「後は任せるぞ!」
ドラゴンの突進を受け止めた。クリスはドラゴンの元へと素早く駆けていく。そしてドラゴンの背中に回り込むと魔法を叩き込む。
「『龍の爪』!!!」
「グギャァァァァァァァァァ!!!」
堅く黒い漆黒の鱗に傷が入り血が吹き出す、ドラゴンはその場に倒れ込んだ。更にクリスは魔族の元に飛び上がり斬りかかる。魔族の女はその剣を片手で受け止める。
「あらぁ、熱いアプローチをしてくる殿方ねぇ。嫌いじゃないわよ?」
「だったらいっちょ俺とデートと洒落込もうぜ!」
クリスはここで戦えば周りを巻き込むと考え、剣に力を込め魔族の女を押しながら開けた場所まで移動した。魔族の女はわざとクリスに押され、あの場を離れたことを確認すると更に魔物の死骸を操って冒険者や騎士団を襲わせた。さらに気絶しているドラゴンを起こし自由に暴れるように命令をする。
「な、魔物がまた増えただと!?」
「それにドラゴンも目を覚ましたようです。」
「クリスさんが魔族の女を相手してくれてるようですし、ここは俺達で食い止めましょう。」
「ちくしょう!」
◇◆◇◆
ユーリとシャーロットは走り続けていた。時折、激しい魔力のぶつかりを感じていたのですでに誰かが戦闘中ということはなんとなく把握していたが、多くの人や魔物が混在しているせいで正確な部分までは把握できていなかった。
「これじゃあどうなっているのかわからない。アリア…。」
「ユーリ、こういう時こそ冷静にですよ。」
「うん。シャーロット、前方に人影がある!」
ユーリとシャーロットが見つけたのはバーンとエーラの2人だった。そこに一緒にいたはずのアリアの姿はない。2人は地面に座り込んで放心状態であった、こちらに気付いたようでようやく立ち上がった。
「バーンさん、エーラさん大丈夫ですか?」
「ああ、すまない…。魔族とドラゴンの魔力に圧倒されてしまって…。」
「アリアはどうしたんですか?」
「動けない私達に君達に状況を伝えるように頼んだ後、魔族とドラゴンの方に向かわれました。」
「わかりました。俺達もあっちに向かいます!お二人はここで隠れていてください。」
「お気をつけて…。」
俺達は急ぎアリアが向かった魔族とドラゴンの方に向かって再び馬を走らせるのだった。
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