第二百六十九話 不死身の糸
アルフレッドの身体から血が流れる。だがすでに生命を使用しているアルフレッドにとってそれはあまり意味のない事であった。グレモリーはアルフレッドによって完全に燃やし尽くされたはずであった。魔法を使用した形跡も予兆もなかったし、たしかにダメージは入っている手ごたえがあった。だがアルフレッドの魔法ではグレモリーは倒せなかった。残り短い命であるアルフレッドは迷うことなく自身の命を使った最後の魔法を放つ。この魔法でクリスかカルロスがグレモリーがダメージを受けなかった謎を解いてくれればいいのだ。
「『炎精霊核爆発』!」
アルフレッドの身体がその場で燃え尽きた。その瞬間周囲を取り囲む魔力。グレモリーが移動をしようと試みるもその場から動けなかった。アルフレッドとサラマンダーが起こした爆発は魔力と生命力、つまり命その物を使用した物である。その威力は時の流れをも限定的ではあるが止めてしまうほどの時空の歪みを引き起こしている。グレモリーは爆発の威力が強すぎるが故に動けなかった。爆発自体は5m程度の物であるがその中に存在する物は塵すら残さない。
「アルフレッドさん…。」
「まさか…。」
クリスとカルロスはアルフレッドの指示通り距離を話して二人の戦いを見ていた。だがやられたと思っていたグレモリーは復活しアルフレッドの身体を貫いた。そのタイミングで二人は飛び込もうとしていたが、アルフレッドの身体から溢れ出る魔力に気付き近づくことをしなかった。結果的に二人は爆発には巻き込まれずに済んだが、アルフレッドとグレモリーの姿が確認できず動揺していた。二人の魔力も感じない。
「終わったのか…。」
「ええ、あの男は死に私だけが無傷でねぇ。」
カルロスはすぐに後方へと飛び、クリスは大剣を振った。グレモリーは剣に当たるとバラバラになり、再び離れたところで身体を再構成した。クリスの頭にはなぜグレモリーは生きているのか、なぜその存在に気付けずここまで近づかれたのかわからなかったが、反射的に身体が動いた。
「流石に最後のは驚いたけれど、でも私には効かないわぁ。」
「お前は不死身なのか?」
「不死身ではないわねぇ。答えは自分で見つけるものではなくて?」
グレモリーが手を振るうと地面の岩がクリスに向かって飛び上がる。クリスはその岩を砕くがグレモリーの姿を見失う。先程も気付けば背後に周られていた。クリスは魔力の探知が得意ではないがあそこまで近づかれているのに気付かないほど鈍くもない。クリスはあえて『龍の魔肌』を解除してグレモリーの魔力を感じやすいようにした。魔力だけではなく、存在感や気配も。
「………。そこだ!」
「っく!」
クリスの左斜め上から襲い掛かろうとするグレモリーに気付き大剣を振り払った。クリスはたしかにグレモリーの存在を感じ取ることができた。それと同時にグレモリーの能力の秘密にも気付いた。
「なるほど。お前が発する魔力を載せた糸は本体も移動させることができるということだな。」
「あらぁ、気付かれたのねぇ。そうよぉ、私は魔力の流し込んだ糸に核を潜り込ませることができる。この空間には無数の糸が張ってあるわぁ。どんな魔法で攻撃しようと糸がある限り私本体は簡単に移動ができる。」
アルフレッドの攻撃はグレモリー本体ではなく、いわば分身体のようなものを巻き込んでいたにすぎない。糸の中で魔族の本体である核を自由自在に動かせる。この能力を使って本体は糸を通って遠くに離れ自分の身体だけをアルフレッドの近くに出現させたのだ。先程からクリスが近づかれても気付けないのは糸の状態ではクリスでは探知できない。しかし分身が出現すれば気付くことができるということだ。
「それぇ!」
「くっ!」
クリスの右腕が自分の意思とは裏腹に動き、大剣を自分の身体に突き刺そうとする。以前にもあった自分の身体がグレモリーの糸によって操られる感覚。すぐに解除した『龍の魔肌』を発動させる。すぐに右腕の感覚が戻ってくる。『龍の魔肌』を解除しなければグレモリーの存在を感じることができない。だが『龍の魔肌』を解除すれば糸に操られてしまうのだ。それに本体を倒すためには無数の糸を破壊する必要がある。
「はぁぁぁぁぁ!!!!!」
クリスは全身から魔力を放つ。貯めるのではなく外に向けて放っている。グレモリーにはその行為の意味がわからなかったが、続けざまに糸を放つ。だがグレモリーの身体から出た糸は思っていたよりも伸びなかった。それどころかどんどんクリスの方へと引き寄せられていく。
「こ、これは…?」
クリスは魔力を放出することで自身の存在感を高めている。魔力は放出すれば自然と消えていく。だが放出し続けるとどうなるのか、この世界とか異なる世界つまり精霊の住むあちらの世界に干渉することになる。あちらの世界ではこちらの世界に住む生物の魔力に惹かれて精霊や妖精と呼ばれる生物が集まってくる。そして現実世界で魔法を発動させることになるが、魔力を放出し続けると集まって来た生物たちは魔法ではないのでこちらの世界に干渉はしないが、影響は与えることになる。それが存在感であり《重力》なのである。
「私の糸が使えない…?」
「『龍の闘技場』、俺の魔力によってこの空間では自由に魔法は使えない!」
クリスはグレモリーを斬りつけようと大剣を振るう。グレモリーは手先を動かすが何も反応せず、クリスの大剣を片手で受け止めた。クリスは何度も斬りつけるが、グレモリーの身体を切り裂くことができなかった。グレモリーはすでにこの『龍の闘技場』での立ち回りに気付いていた。自らの身体から放つ糸は『龍の闘技場』の影響を受けてしまうが、体内に込めた魔力が使えないわけではないのだ。
「私はこう見えても武闘派なのよぉ!」
「奇遇だな!俺もだ!」
二人の拳と大剣が目にも止まらぬ速さでぶつかり合う。お互いに一歩も譲り合わないぶつかり合いはたった一発の弾丸によって終止符を打たれる。
「これで終わりよぉ!」
グレモリーが振りかぶりクリスの身体に拳を打ち込もうとした瞬間、グレモリーの頭を一発の弾丸が貫いた。カルロスの発射したものだった。『龍の闘技場』の影響で糸が張れなかったグレモリーは弾丸に貫かれるまで気付くことができなかった。というよりもカルロスの存在そのものを今の今までなぜか忘れてしまっていた。
「な…何故…?」
「『龍の闘技場』は《重力》だけじゃなく存在感という圧力を発生させる。いつの間にかお前は目の前の俺だけにのめりこんでいたというわけだ。」
「な…るほど…ねぇ…。」
クリスとの会話をしながら全魔力を持ってグレモリーは修復を試みている。だが、なぜか回復されない。クリスが『龍の闘技場』を解除する。カルロスがこちらへと歩いて来る。
「クリス団長、助かりました。」
「ああ。あれが《聖印弾》か。」
「はい。三発しかないうちの一つです。」
《聖印弾》、カルロスの銃でしか発射することのできない魔法道具である。教会で多くの祈りが捧げられ今回の戦いに向けて魔法道具が作成されたがその内の一つである。対魔族に特化している弾丸であり、撃ち込まれた弾丸は魔族の体内で《聖》属性の効果を持つ楔として残り続けるいわば毒の様なものである。
「《聖》属性…ねぇ…!忌々しい…人間族共がぁ!」
グレモリーはその場で大量の魔力を放つ。すでに自身の身体はボロボロであり、時期に滅びるということを理解していた。だが不思議とグレモリーはこのまま終わるとも思っていなかった。身体から魔力を大量に解き放ち糸を放出させる。糸は全身を包み込みさらに大きくグレモリーの身体を膨張させた。
「グガァァァァァ!!!!!」
クリスとカルロスはその場で構える。瞬間カルロスの身体が後方へと吹き飛ばされた。
「カルロス!クソ!」
クリスは大剣を携えグレモリーに向かう。だが束ねられた糸の圧力に負けてカルロス同様に吹き飛ばされっる。吹き飛ばされながらクリスは考えていた。すでに《聖印弾》は撃ち込まれているため滅びるのは時間の問題である。だが目の前の相手はこのまま放っておいて消えるような存在ではなさそうなのだ。ならばやることはただ一つ。跡形もなく奴を消し去るのみである。カルロスは大剣を目の前に携えて魔力を込める。今度は放出するのではなく、大剣に魔力を注ぎ込むようなイメージで。魔力の流れを察したカルロスは走りながら銃を携えてグレモリーへと攻撃を仕掛ける。
「『魔法弾・乱打』!」
カルロスの放った『魔法弾』はグレモリーに効果的なダメージは与えられていない。しかし自我を失っている状態でも《聖印弾》のことは覚えているようでクリスから目を逸らすことには成功している。クリスは長く、静かに魔力を大剣に込めていく。最大の攻撃力で最大の魔力で最後の最高の一撃を放つ。
「グガァァァァァ!!!!!!」
「万象を照らす銀翼よ、我が誓約の槍に宿れ。遥かなる高天より集いて、瞬きの間に理を断たん。吼えろ、魂の昂ぶり! 貫け、銀河の果てまで!『極光龍騎・星辰穿』!」
グレモリーは黄金の龍に包まれてその姿を消し去った。クリスは全ての魔力を使い果たしたためその場で座り込む。カルロスがクリスの元へと駆け寄る。
「アルフレッドさん…やりましたよ…。」
「ああ。ここまで俺達が無傷でいられたのはアルフレッドさんのおかげだ。休息を取ったら魔王城に乗り込むぞ。」
「はい!」
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