第二百六十三話 《亜剣レヴナント・ブレード》
セシリア、ブランシェ、フルーの三名を先頭に三の扉へと入っていく騎士団の面々。扉の先には無機質な部屋が広がっていた。一面真っ白で何もないのに輝いているようで眩しく感じられた。フルーが目を細めながら歩いていると部屋の中心に黒い点が見えた。その黒い点にはセシリアとブランシェには苦い思い出のある相手が鎮座していた。その白髪の魔族はただ黙って目を閉じている。相変わらず魔力は感じられず、その背中には背丈と同じくらいの剣を背負っていた。
「魔力のない貴様をどう探そうか迷っていたが、どうやら探す手間が省けたようだな。」
「この前のリベンジしてやるにゃ!」
「たしか四天王の…。」
「………《聖剣》の女。」
アッシュは基本的に他人に興味を示すことはないが、セシリアのことだけは強く印象に残っていた。なぜならば未だかつてアッシュの持つ《亜剣レブナント・ブレード》をまともに受けることが出来た剣と剣士はいない。打ち負かしたとはいえ、少しの間でも互角の戦いをしていたセシリアの事と《聖剣ガラティーン》の事はアッシュの中で印象深く残っていたのである。
「ほぉ、私の事を覚えていたようでなによりだ。」
「私のことは覚えてないのかにゃ!」
「し、師匠…。」
ブランシェは自分のことを覚えていないアッシュに対して地団駄を踏んで怒りを露わにしている。フルーはそれを宥めている。二人の現在師弟関係にある。【D・B】対騎士団長戦でブランシェに自身の戦闘スタイルを指摘されてからというものブランシェに弟子入りをした。近接戦において武器がない状態ならばブランシェ・アンバーの右に出る者はいない。普段はふざけているようだが彼女は紛れもない実力者なのだ。そんな彼女を自身の似ているスタイルのフルーが目指すところとしてはこれ以上の相手はいないだろう。
「なら思い出させてやるにゃ!フルー!」
「はい!師匠!」
ブランシェとフルーはアッシュの方へ先手必勝と言わんばかりに向かって行く。アッシュの持つ《亜剣レブナント・ブレード》は近づく者の魔力を断ち切る能力がある。以前、アッシュがセルベスタ王国に現れた時、ブランシェやオリバーは接近戦を挑み敗れた。ブランシェやオリバー、フルーの様に『身体強化』に近い性質の能力者は非常に相性が悪い。というよりもむしろ弱体化に近いのである。魔力を使う事で能力を使用するのが普通の状態なので魔力を断ち切られると何の恩恵も得られなくなってしまう。かといって魔法を上手く扱える能力であったとしても遠距離からの攻撃では斬り伏せられるだけなのでこちらも相性は良くない。魔法という技術で戦う限り《亜剣レブナント・ブレード》は天敵であると言える。
「無駄だ…。」
アッシュは《亜剣レブナント・ブレード》で空を切り裂いた。そうすることで周囲の魔力を無くすことができる。ブランシェとフルーが何をしてこようが、魔力を断ち切ってしまえば何もできないだろう。だがアッシュの思いとは裏腹に二人は何の影響も受けていないようだった。一瞬だけ驚いた隙にフルーの拳がアッシュの顔面へと向かっていく。とはいえ避けられないほどではないので寸前のところでアッシュは回避した。いつの間にかブランシェの姿は消えていた。アッシュがそれに気付いたのが自身の影が大きくなったからだった。
「お前がにゃ!」
自分の影は大きくなり頭上にブランシェがいると気付いた時にはアッシュの脳天に鈍い痛みが走っていた。ブランシェの踵落としが直撃したのだ。そのまま地面に叩きつけられアッシュの顔面はめり込み、叩きつけられた勢いで地面にはひびが入っている。二人は再び距離を取り、地面にめり込んだアッシュを見つめている。砂埃を払いながらアッシュはゆっくりと立ち上がる。顔面が潰れているが、徐々に元の顔に戻っていく。
「うぇ~なんかグロいにゃ。」
「やった本人が言うな。」
「でもあいつ、他の魔族よりも再生が遅いですよ?」
以前アッシュと戦った時はほとんどまともにダメージを与えられなかったので気付かなかったが、どうやらアッシュは他の魔族と違って回復が遅いようだった。何か秘密があるのだろうかと考える三人だったが、アッシュの視線に気づくと一旦考えるのをやめて身構えた。アッシュの方はというとなぜ《亜剣レブナント・ブレード》によって魔力を断ち切ったのにあの動きと攻撃をできたのかという疑問が出た。セシリアの《聖剣ガラティーン》にしか興味がなかったが、今のやりとりでブランシェとフルーを油断のできない相手だという認識に改めた。
「何故、魔力が使える?」
「そこから間違っているのにゃ。」
「私達は魔力は使っていない。純粋な身体能力だけですよ。」
そんなはずはないだろうと、アッシュは思ったが魔力はたしかに感じていないのも事実。かといってフルー達が嘘を付いているとも思わなかった。アッシュは魔力が極端に少なくほぼないと言ってもいいが、少しはあるため感じることはできる。フルー達はまったく魔力を使っていないというのは本当のことである。集中すると魔力とは別の何かをアッシュは感じ取ることができた。
「…これは…?」
「どうやらお前にも見えたようだな。ブランシェ達の『生命力』が。」
―――
フルーは【D・B】でブランシェに指摘されたことをずっと考えていた。ユーリ達の周りにいることで確実に強くなっているという自負はある。恐らく自分の能力では限界があるということも。だからこそどうやって能力の壁を超えるのか、様々な魔法に頼ろうと考えていたがそれは間違いだった。自分の能力は『身体強化』が大元なのだからそれを伸ばすことを考えなくてはいけなかった。それこそが能力の進化に繋がるのではないかと思った。
「というわけでブランシェさん、いや師匠!私に修行をつけてください!」
「いきなりにゃにかと思えば…」
ブランシェは自分の修行を山に籠って行っていた。アッシュとの戦いで魔力を断ち切られ、魔力に頼らない戦い方を模索していた。純粋な身体能力だけでも並ではないが、それでもアッシュに勝つためには別の何かが必要だと思っていた。そのため自身の黄角聖騎士団員達と寝ずにひたすら戦い続けるということをしていたが団員達の方が付いていけずこうして山に籠っている。その話を聞きつけてフルーはここまでやってきたのである。
「自分のスタイルは見つかったのかにゃ?」
「明確な物は何も…ですが私は元々能力を活かし、格闘を行うことが原点です。師匠に近いと思い修行をつけてもらいたく来ました!」
「そこまでいうなら覚悟を見せてもらうにゃ!」
「はい!」
そこから丸一日戦い続けた。といってもほとんどフルーが地面に転がされていただけである。とうとうフルーが魔力の限界を迎えて倒れこんだ時、それを感じた。息を吸うごとに動く肺、全身を脈打つ鼓動。山の木々たちのざわめき、虫の呼吸。その一つ一つが魔力ではない何かエネルギーの様な物が流れている。そしてそれは自然にフルーの身体にも入り込んでいる。エネルギーを意識して呼吸をする。すると魔力はないはずなのになぜか身体が軽く感じた。まるで『身体強化』を使用しているかのような錯覚に陥るほどに。
「こ、これは?」
「どうかしたかにゃ?」
「い、いえ。もう一回お願いします。」
フルーは魔力を使用しないでごく自然にそのエネルギーの取り込みを意識した。そのうちブランシェの方が限界を迎えて倒れこむ。ブランシェもフルー同様にエネルギーを感じていた。
「これはまさか『生命力』という奴かにゃ?」
「『生命力』?」
ブランシェによればプラーナというのは生命力のことであり、世の中のありとあらゆるものに共通して流れるエネルギーであるとのことである。ブランシェは元々捨て子であり、お世話になっていた格闘道場の師範に育てられた。その師範も早くに亡くなりちょうど《女神の天恵》で《猫妖精の加護》を授かったために学園に通い寮に入った。そんな師範に幼き頃聞かされた話が『生命力』なのである。その話を聞いてフルーは真っ先に魔導天空都市カノンコートで聞いた《生命の魔力》のことを思い出した。《生命の魔力》それは《大賢者》の能力を持つ者が産み出したとされている命を削り発生させる魔力の事だ。ブランシェにそれは危険な物ではないのかということ聞いてみる。
「恐らくその《生命の魔力》とは別の物にゃ。《生命の魔力》は生命を魔力に変換させるわけにゃけど、『生命力』はありとあらゆる生物が元々持っている物にゃ。」
「ということはさっき私が倒れた時に周囲からもらえたエネルギーの様なものは…」
「恐らく『生命力』にゃ。にゃー達は限界を迎えることで『生命力』を感じることができるようになったのにゃ。」
『生命力』は世の中に生きとし生ける全てに備わっている。だが魔力というものがこの世に存在するためにその『生命力』は非常に感じにくくなっている。それに魔力がない物が『生命力』を感じることはできてもそれを上手く使う事は難しいのだ。二人は魔力のない状態で戦い続けたこと、『身体強化』系の能力を持っていたことで上手く『生命力』を使いこなせることができるようになった。
「この感覚を忘れないうちにもっと戦うにゃ!」
「はい師匠!」
こうしてブランシェとフルー魔族との戦いまでの間『生命力』を使いこなせるように修行をしていたのだった。
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