第二百六十二話 年月の果てに
セドリックが倒れたことでアリアの動きは完全に止まってしまった。今イモータル相手にまともに戦えるのは自分一人だけになってしまった。それに時間をかけていてはおそらく魔法の効果によってオリバーもセドリックも手遅れになってしまうと感じていたからだ。老いの魔法に対して有効な手立てがまったくない。条件がどうのと言っていたがそれがどのような物かわからないために対策も立てようがない。アリアは一瞬諦めかけてしまった。だがその時そっと誰かが後ろから指を刺した。イモータルに向けられたその指に合わせて視線を向けると少し違和感があった。
(若返って…いる…?)
イモータルは魔族の中でも明らかに容姿が衰えているかが見て取れる方だ。他の魔族を全て確認したわけではないので比べようがない。だがこれまで出会った魔族の中でも年齢を重ねているような見た目になっている。そのあたりの感覚は見た目が人間に近い魔族もあまり変わらない。今のイモータルは先程までの衰えていた状態と違って明らかに若返っている。そしてこれが『老古』の発動条件と代償なのである。自身の身体を若返らせることで対象に老いを付与することができる。
「ふむ、少し力を使いすぎたか。」
イモータルは手を閉じたり開いたりと感覚を確かめている。アリアはイモータルの状態に気付かせてくれた指の主の方へと振り返る。そこには《時空の勇者》クロノス・メイカーがいた。ここはクロノスが眠る場所でもあった。クロノスは頭の中に直接喋りかけてきている。
《安心しろ、今は私の力でこの会話のスピードを早めている。あいつには気付かれていない。》
《クロノスさん!ここに眠っていたんですね。》
《ああ。先程からの戦いをずっと見ていたよ。時間がないから長くは持たないから手短に話す。奴の魔法『老古』は見ての通り使用すれば若返ることになる魔法だ。》
《はい。若返るということは全盛期に戻っていくということですか?》
《そうだな。だがそれは肉体の話であって魔力自体は弱まっていく。》
クロノスは旧種魔族の特徴とイモータルの魔法の秘密についてアリアに話した。クロノスがなぜそのようなことがわかったかというと《時空の勇者》の力によって過去の記憶に触れることができるからである。ここで眠っていたのは偶然だがそのおかげでイモータルの過去について触れることができた。
《アリアがここで《聖》属性の魔法で満たせば奴は間違いなく『老古』を使用するだろう。その隙を付いてありったけの魔法をぶつけろ。私の力で三回までは手助けすることができる。私を信じて懐に飛び込め。》
《わかりました!》
イモータルはこちらに向けて魔法を放とうとしている。『老古』ではなく『死霊魔術』の魔法であることがわかった。アリアはすぐに対抗する魔法を発動させる。
「『聖女聖域』!」
「!?。『死霊魔術』を封じたか。だがこれは避けられまい!」
《任せろ!》
咄嗟のことでアリアは回避することができなかったが、クロノスの声が聞こえたかと思うとアリアは周囲の動きがゆっくりなったように感じた。自分に向かってくるイモータルから放たれた魔法をギリギリのところで回避することができた。これがクロノスの手助けなのだろう。使用できるのはあと二回、それで確実に決めなければならない。アリアは再びイモータルの方へと走り出す。イモータルは一瞬違和感を覚えた。確実に魔法を当てたはずの相手がこちらに向かって走ってくる。だが、動揺はしなかった。たった一発当てればこちらの勝ちなのだから。
「何をしたかは知らんが、終わりだ小娘。」
何かはわからないが、何らかの魔法でギリギリで回避している。だがここまでの戦いでそんな魔法は使っていなかった。だからこそ回数に制限があり頻発はできないだろうとイモータルは考えていた。頻発できるならこれまで使用しなかった理由がない。再びイモータルの魔法が放たれる。アリアはまた周囲の時間がゆっくりになったのを感じた。身体に当たる前に横に回避してイモータルの懐へと飛び込んだ。ありったけの《聖》属性魔法を叩き込む。
「『聖女の光』!」
イモータルに《聖》属性の魔法が直撃した。イモータルの身体には大きな穴が開いた。アリアはやったと思ったが、すぐにイモータルの腕が振り払われ壁へと吹き飛ばされた。アリアが立ち上がりイモータルの方へと目を向けるとすでに穴は塞がっていた。アリアの放った魔法は今出せる中で最も攻撃力のある《聖》属性の攻撃である。だがイモータルを倒し切るには至らなかった。どうすればと考えていると急に痛みが襲ってくる。
「グッ…」
イモータルはまた少し若返っている。吹き飛ばされた時に『老古』の魔法を織り交ぜた攻撃を繰り出していた。アリアを一撃で止めるほどではなかったが負わせた傷に対して老いを付与したことで『治療魔法』では治療することができない傷を負わせた。今のでクロノスのサポートはあと一回になってしまった。次の一撃でイモータルを倒し切らなければ確実に反撃を食らうだろう。
(仕留めきれなかったか。)
イモータルはすでにかなり若返っており、体感としてはほぼ全盛期に近い。先程のアリアの《聖》属性魔法を受けても瞬時に反撃することが出来たのは肉体によるところが大きい。先程までの老いた姿では正直やられてしまっていただろうと思った。だが今は魔力を酷使できないという点を除けばこの状態の方が有利であると考えている。反応速度も再生速度も勝っているし、遠距離からの『老古』による精神の老化は魔力の酷使になってしまうので狙えないが、向こうも倒すために近づいてくる。近づいてくれば先程の様に傷を負わせそれを『老古』によって老化させれば遅かれ早かれ決着は着く。その後また時間をかけてもとの状態に戻ればいいのだ。
(今以上の攻撃。そんな魔法が本当にあるのか…。)
アリアは迷っている。すでに自分は《大賢者》として最高峰であるという自負もある。さらにクリアに《聖女》としての力も託された。そんな自分の今の状態からこれ以上に物は出せるのか自信を喪失しかけていた。そんな時ユーリの顔が浮かんだ。皆の顔が浮かんだ。ここで諦めるのは絶対にありえない。そしてあることを思いついた。魔法は強さだけじゃない、様々な魔法は使い方によって何倍もの力を発揮するのだ。
「はぁぁぁ!!!」
「来い!小娘!最後の勝負だ!」
アリアは先程同じようにイモータルの元へと飛び込んでいく。クロノスはアリアの考えに対して何も言わなかった。無謀でも無策でもない。必ず成功させるという彼女の意思を信じることにしたのだ。イモータルは『老古』の短くなった射程距離を冷静に判断している。外すことはないが確実に当てることだけを考える。…それが彼の生死を分けることになる。イモータルは『老古』を発動するが、先程の様に回避される。ここまではイモータルの想定通り、そして懐に飛び込んできたアリアに対して再び『老古』を発動する。これで勝負はつくと思われた。
「これで終わりだ!………何!?」
『老古』はアリアの身体を貫いた。だがそれは残像であった。彼女の友人が得意とする魔法『陽炎』。イモータルの背後にアリアが迫っていた。だがイモータルは驚異的な速さでそれに反応した。腕を振り彼女を吹き飛ばそうとする。だがアリアはそれを空中で驚異的なスピードで避ける。
「これで終わりです!『聖女の陽炎光』!」
「グワァァァァァ!!!!!」
『陽炎』によって現れたアリアの残像を通して『聖女の光』は不規則な乱反射を繰り返しイモータルの全身を貫いた。再生する場所がなければ再生はできない。だからアリアはイモータルの全身を包み込むように『聖女の光』を放った。
「ナ、ナゼダ…?」
イモータルは飛びそうな意識の中で疑問を絞り出した。アリアは一発目の攻撃をよくわからない方法で回避した。そして懐に飛び込み残像を作った。だが再びよくわからない方法で回避していた。恐らく連発はできないだろうと考えていたのだが、それ自体は間違っていない。アリアは何のことを言っているかわからなかったが、先程の攻防を語った。
「一発目のあなたの攻撃は私自身が予測して攻撃を回避しました。あなたは先程までと違って私に魔法を当てようという殺気が駄々洩れだったので容易でした。そこでクロノスさんの手助けによる回避を使ったと思わせました。そして懐に飛び込み『陽炎』によって残像を出した後これにも反応すると思いました。なのでそこでクロノスさんの手助けを借り回避したのです。」
「ミゴト…………。」
イモータルはその場に倒れこみ完全に消滅した。イモータルが全てを理解したかはわからないが、アリアには答えを聞けて満足したように消えていったように見えた。アリアは急いでセドリックとオリバーの元へと駆け付ける。『老古』の効果は消え気を失っているようだった。それを確認して安心したアリアもまたその場に倒れこんだ。クロノスはそんなアリアを見届けると《よくやった。》と一言声を掛け満足そうに笑みを浮かべて消えていったのだった。
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