第二百五十九話 最速の男
バトラーは背中から短剣を取り出した。それを見たアリアは即座にそれが《魔剣》であることを理解できた。つまり旧種魔族であり、《聖》属性の魔法ですぐに倒すことができるだろう。だがセドリックは飛び出そうとするアリアを手で制した。
「アリア君、ここはオリバーに任せよう。君の力はイモータルとの戦いに取っておこう。」
「でも…。」
アリアはセドリックの言うことが理解できないわけではない。だが、わざわざ一人で相手をするよりも三人でバトラーを倒してイモータルとの戦いに備える方が良いのではないかと考えている。だがセドリックは反対に一人で戦わせるべきだと考えていた。オリバーも同じ意見なようですでにバトラーの方へと向かっている。
「大丈夫さ。彼はセルベスタ王国で元も最速の男だ。」
「…はい。」
オリバーはバトラーが短剣を取り出した時点ですでに背後に周りこんでいた。バトラーもそれに反応し短剣でオリバーの剣をガードしようとしたが、二人の間に風が発生し互いに吹き飛ばされた。バトラーの短剣に触れてはいけないとオリバーは直観が働いたのだ。
「この短剣の仕組みに気付くとは流石騎士団長レベルということでしょうか。」
「貴様の短剣には触れてはならない何かがある、近づいたらそれを感じたよ。」
「あなたの言う通り、この《魔剣アングリスト》は触れた物を全て切り裂く短…」
バトラーが喋っている最中にオリバーは『風剣の舞』による見えない風の剣でバトラーを切り裂いた。だがバトラーの身体には傷がまったくついていない。これも《魔剣アングリスト》なる物の能力なのだろうとオリバーは思った。
「長い話は嫌いでね。それに貴様ら魔族の言葉は信用できない。」
オリバーは再び『風剣の舞』による見えない風の剣を操りバトラーを切り裂く。その動きを観察すると、見えない風の剣をさらに素早い動きでバトラーは全てを切り裂いていた。《魔剣アングリスト》はその短剣に触れた全てを切り裂く能力である。魔力であろうと鉄であろうと。その代償に使用者は短剣を持っていない方の片腕が使用できなくなる。
「これでわかったでしょう。あなたの攻撃は私には届きません。」
「なるほど暗殺者のスタイル。《魔剣》の代償は片腕が使えなくなるといったところか。だがその程度では僕には勝てないよ。」
瞬間バトラーの短剣を握っていない方の片腕が吹き飛んだ。オリバーの剣がバトラーの腕を切り落としたのだ。《魔剣アングリスト》に防がれるよりも早く。
「何っ!?」
「そんなに驚くことはないだろ。ただ貴様の短剣を振るスピードよりも速く剣を振っただけさ。」
しかしオリバーが握っている剣も砕け散る。わずかではあるがオリバーの剣もバトラーの腕を落とした後に《魔剣アングリスト》に触れてしまったためである。
「これでお前の剣は封じられた。魔法では私の《魔剣アングリスト》を通ることはできまい。」
バトラーは勝ち誇るようににやりと笑っている。先程までのオリバーの動きから察するに剣士であることは間違いない。多少魔法は使えることはわかるが、『風剣の舞』による見えない風の剣も魔力探知すればバトラーにとっては十分に防げるスピードでしかない取るに足らない魔法なのだ。
「オリバー団長…。」
「大丈夫さアリア君。彼が騎士団長になれたのは剣の腕だけではないよ。」
オリバーは勝ち誇るように笑っているバトラーを見て笑っていた。そんなオリバーを見てバトラーは不快感を抱いた。剣を失い攻撃手段のないオリバーがなぜ笑っているのか。すると猛烈な痛みがバトラーを襲ってきた。再生するはずの腕からである。魔族は痛みをほとんど感じないにも関わらずここまで強い痛みを感じることはあり得ない。バトラーは激しい痛みにのたうち回っていた。
「グワァァァァァ!!!!!」
「どうだい僕の風は。」
「キ、キサマァ!一体何をしたぁ!」
「剣で腕を切り落とした時、『風の腐毒』という魔法を放った。」
各団長達も魔族との戦いに備えて修行を行っていた。《勇者》の近くにいる者が魔族と戦うための力を付けやすいということがわかったが団長達の様にある程度の年齢を超えている場合は能力が変化しにくい。だからといって戦い方を身に付けられないわけではないのである。オリバーが修行の中で魔族と戦うために編み出した魔法が『風の腐毒』なのだ。
「『風の腐毒』は魔族相手に特化させた風魔法だ。魔族は人間族や亜人族と違って魔力の巡り方が違う。」
人間族や亜人族は魔力の器がありそこから体内を巡るように魔力を使用している。対して魔族はどこか一カ所に魔力を留めているわけではなく常に血液の様に巡っている。オリバーはこのことから魔族の魔力に自身の魔力を乗せることでダメージを与えられるのではないかと考えた。自身の魔力を突き刺すような風に変換しバトラーの体内へと送り込む。バトラーの体内で魔力が巡るようにオリバーの風もまたバトラーの身体を駆け巡る。
「体中の細胞を破壊するように小さな風がお前の体内で暴れまわる。僕にしてはスマートな勝ち方じゃないけどまあ魔族相手だから良しとしよう。」
「クソ…。」
バトラーはそのまま動かなくなった。全身に風が巡り細胞を破壊され絶命したのだった。アリアはそんな姿を見てオリバーの想像とは違う勝ち方に驚いていた。オリバーは魔法こそ使えるが本職は剣士なのであると思っていた。だが本来のオリバーは魔法こそが持ち味なのである。騎士団長達の中で魔法よりも近接の方が得意なのはクリス、セシリア、ブランシェであり魔法が得意なのがセドリック、アルフレッドそしてオリバーなのだ。
「だから彼に任せておけば大丈夫だと言ったろ?」
「はい!」
二人はオリバーの危なげない勝利に安堵していた。そんな二人の姿を見てか、それともバトラーを倒したことによる気の緩みだろうか。ほんの一瞬だけ油断した。
「うっ…。」
「オリバーさん!」
アリアが叫んだ時にはオリバーの背中に先程まで戦っていたバトラーの腕が貫通していた。オリバーは後ろを振り返る。バトラーは確実に倒していたし、目の前の相手からは何の魔力も感じない。しかしバトラーは動き出したのだ。
「『魔法弾・五重』!!!!!」
「『治癒魔法』!」
セドリックはすぐさまバトラーに向けて大量の『魔法弾』を放つ。バトラーは回避する素ぶりも見せずにそれを全て真正面から受け吹き飛ばされた。アリアはオリバーの元へと駆け寄り穴が開いた腹を塞ぐ。
「す、すまない…油断したようだ。」
「大丈夫です。でもなんで…。」
アリアの疑問は他の二人も同様に感じていた。完全に倒し切っていたのにバトラーは何故か動いていた。だがすぐにその正体を思い出す。ずっと傍観に徹していたイモータルの存在である。イモータルは死者を操る魔法を使用する。今死んだばかりのバトラーをすぐさま操ったのだ。
「ワシの魔法は素晴らしかろう。何もせずとも死体になった者を操れる。」
「それは死者に対する冒涜だよ。それに自分の部下だったのだろう?心は痛まないのか?」
「心が痛むかだと?笑わせてくれる。ワシのために働きワシのために死ぬ。そして死んだ後もワシのために働くのは当然じゃないか。バトラーも貴様らに一矢報いれて本望だろう。」
イモータルは高笑いをしている。アリアは思い出した。魔族とはこういう連中であるということを。セドリックとオリバーは理解した。魔族とは絶対に分かり合えない種族であるということを。吹き飛ばされたバトラーの死体はその体のほとんどを失っているが勢い衰えずにアリア達へと向かう。
「『防御・正方形』!」
セドリックはアリア達とバトラーの間に魔力の壁を出現させる。アリアはバトラーを見てどこか悲しい顔をしているような気がした。壁に阻まれた哀れな魔族を早くこの世から解放してあげなければならない。そのように思った。
「『聖なる光』!」
《聖》属性の光に包み込まれたバトラーの身体は崩壊し、空中へと霧散していった。先程まで座っていたイモータルが椅子から立ち上がる。片手を伸ばすと魔力を掌へと集めていく。
「『闇死者の大行進』!」
イモータルの魔力が地面に入り込むと黒い穴が現れそこから無数の魔族が出現する。無数の魔族は自我がなく魔力も感じない。『闇死者の大行進』は魔族の死体をイモータルが復活させるという魔法で魔族の再生能力もそのまま兼ね備えている。
「これは少々厄介そうだ。アリア君、オリバーいけるか?」
「もちろんです!」
「先程の様に死体を残すのは危険な様ですから今度は確実に滅ぼします。」
三人は復活した魔族へと向かって行く。
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