第二百五十七話 デュランダル
マルクとローランは激しい剣戟を繰り広げる。マルクの剣はすでに素人では目で追えない速さの斬撃になっている、しかしローランもそれらを全て捌ききる。マルクは魔力が殆ど存在しない特殊な体質である。その身体能力だけで、殆どの魔物を倒せるし並の騎士団員では相手にならない。それこそ騎士団長レベルでなければならないのだ。能力の《剣鬼》は文字通り剣の鬼となること。身体能力を向上させ自信の剣技を最大まで引き出すことができるというものだ。人間はコンディションによるバラツキがあるものだが、マルクは剣を使用する戦いに関してそれが存在しなくなる。年齢を重ねても全盛期のままなのだ。
「はぁぁぁ!!!」
デュランダルはローランが団長になる前に手に入れた《聖剣》である。セシリアの持つ《聖剣ガラティーン》と同じく、ピルクと同じ聖剣の一族の男に貰った。デュランダルは当初《聖属性》の効果しかなくローランは本当にこれが《聖剣》なのかと思った。しかし、ローランが騎士団長になったきっかけである《魔狼マーナガルム》との戦いの中で覚醒した。ローランが何度も何度も斬りかかり血を浴びても攻撃を受けても折れず、切れ味が落ちることもなかった。
「はっ!」
「!」
だがすでに《聖剣》ではなくなっているデュランダルではその能力が失われつつあった。マルクの激しい剣戟にデュランダルは刃毀れをしていた。ローランは黙ってデュランダルを見つめている。するとふと何かを思いついたかのように自身の身体にデュランダルを突き刺した。唐突のことにマルクは攻撃の手を止め距離を取った。
(ローランは俺と同じで魔法の類は得意ではないはず。一体何をする気なんだ…?)
ローランはマルクと同じように魔法が使えない。マルクと違い発動できないわけではないが、単純に戦闘で使えるレベルではないという意味である。ローランが身体に突き刺したデュランダルは怪しげな光を帯び始めた。光が収まりローランがそれを引き抜くと刃毀れしたはずのデュランダルが元に戻っていたのである。
「デュランダルを身体に刺すことで魔力を補充したのか!」
魔力は身体の中を巡っている。魔力の操作が得意ではないローランは自らの身体に突き刺すことでデュランダルに直接魔力を補充することで能力を復活させたのである。代償を払って能力を行使する。これではまるで《魔剣》ではないかとマルクは思った。身体を傷付けてもすでに死体であるローランに影響はない。今度はローランの方からマルクへと剣の雨が浴びせられる。
「ぐっ!」
マルクは徐々に押されていく。《剣鬼》には明確な弱点ともいえるべき問題がある。それは全盛期まで能力が高められるのはあくまでも剣技に関する部分なのであって、体力や反射速度までは向上しないということだ。つまりマルクの反射速度は年相応なのである。対してローランは死体になった時点、若くしてなくなった彼はマルクよりも30年以上も若いのである。両者の間には埋められない差があるのだ。マルクの細剣を握る手が少しだけ離れた瞬間をローランは見逃さなかった。
「しまった!」
愛剣である《銘剣ワルキューレ》が弾かれた。マルクの首元にデュランダルが迫る。やられたと思ったその瞬間、両者の間に剣が差し込まれた。マルクの首は繋がっており、デュランダルは介入された人物の剣によって防がれていた。
「あなたは…」
「ジーク・レイヴァン、助太刀に来ました。」
聖リディス学園の二年次にユーリを同じ黒クラスになり、卒業後は紫龍聖騎士団へと入団したジーク・レイヴァンであった。ジークは聖リディス学園を卒業後紫龍聖騎士団に入団した。紫龍聖騎士団は他の騎士団に比べて個人での能力を発揮する者が多く所属している。ジークの能力である《独歩向上》も対人戦闘に特化したものである。その能力の特性から彼は遊撃部隊に所属しており、今回はセルベスタ王国の守りに選ばれていた。
「僕が引き付けます。その間にマルクさんは回復を!」
「かたじけない!」
マルクはその場から少し離れ二人の戦闘が見える位置へと移動する。手持ちの『回復薬』を使用し体力を回復した。自らの衰えがここまで進行していることにマルクは落ち込んだ。ジークの助けがなければ完全にやられていたのは自分であった。ユーリからジークの話は聞いていたこともあり、しばらく彼に任せることにした。ジークの能力《独歩向上》は対人戦闘時に身体能力が向上する。さらに言えば周囲に人間がいない方がさらに大きく身体能力が向上するのである。マルクはジークとローランの戦闘を観察しどうにか突破口を見つけなければならないと考えていた。
(ジーク殿の能力では俺と同じようにいつか限界がきてしまう。その前に不死身であるローランとデュランダルを破る方法を考えなければ。)
マルクとジークの能力は系統的には似た物がある。どちらも身体的な能力を向上させるという点では変わらない。どちらも相手との剣技が同等であった場合、持久戦になりがちである。最もジークの場合はマルクよりも長い時間戦うことができ、反対にマルクの方が剣技は上なのである。
「レイヴァン流剣術・トロワ・トゥシュ!」
ジークの剣が三回の突きをローランに向けて放つ。この技は一撃目を高速で突き出し二撃目をスローにすることで三撃目を確実に相手の喉元に突き刺すという技である。まさに三撃目がローランの首元に迫ろうとした瞬間にローランはデュランダルを握っていない方の腕をあえてジークの剣に突き刺した。自ら突き刺さることで致命傷を避けた。そのままジークの腹部にデュランダルが向かってくる。
「マルクさん!」
マルクはジークとローランの間に割り込んでいた。先程のマルクがジークから庇われた状況と同じである。今度は立場が逆になっている。ジークはあと一歩で確実に致命傷を負っていたということを思うとその場から動けずにいた。
「ジーク殿、後は私めにお任せください。」
「は、はい。」
ジークは二人の戦闘の邪魔にならないように離れた位置へと下がる。時間稼ぎは十分できただろうか、マルクは確実に何かを掴んだ顔をしていた。後は二人の戦いを見届けるくらいしかできないとジークは思った。マルクは先程のジークの技を防いだローランの動きであることに気付いた。それは死体となっても急所は変わらないということである。死体を操る魔法が出た時点でその対処方法について検討されていた。どんな魔法でも魔力を使用しなければ発動することはできない。イモータルの魔法の詳細がわかっていたわけではなかったが、似たような魔法である『死霊魔術』については分析ができていた。
(首元を守ったということは恐らく魔力の供給源は頭にある。)
『死霊魔術』自体を発動させるには少ない魔力で可能である。しかし『死霊魔術』には術者の魔力を微量に消費し続けるという特性がある。つまり発動していると一種のパスのようなものが作られて本人の意思とは関係なく魔力が消費し続けられるのだ。そしてその魔力は人間でいうところの脳に貯められ使用されると考えられている。マルクはジークとローランの戦闘を見てやはり魔力の供給源は脳であると確信した。つまり首を斬り落とせばもう身体は動かない。
「ローラン!貴様との決着ここでつける!」
マルクは《剣鬼》の能力を最大限解放する。次の一撃に全てを賭けるつもりでいた。ローランはそれに答えるようにデュランダルを構える。マルクがローランへと真っすぐに飛び込んでいく。《銘剣ワルキューレ》を腰の低い位置へと携える。
「『鬼気九刺突』!」
《銘剣ワルキューレ》が右足、右腿、左足、左腿、右腕、左腕、腹部、心臓部、頭部めがけてほぼ同時に突く。ローランは全てをデュランダルで弾きマルクへと反撃をする。だがマルクはすでに目の前から姿を消していた。『鬼気九刺突』という技は九回の刺突を相手に行う技である、だがこの技の要は囮という点である。殺気を相手に向け技を繰り出すことにより、相手は回避や防御に気を取られ次の技の対処が間に合わなくなる。そのための囮技であるのだ。
「ローラン!これで終わりだ!」
マルクはローランの背後から首を斬り落とした。一瞬だけマルクの顔を見たローランは笑ったように見えた。操られていた糸が切れたようにローランは動かなくなった。頭から黒いモヤの様な物が飛び去って行くのが見えた。
「ローラン、安らかに眠れ。」
◇◇◇◇
ユキはマルクとは違う魔力の方へと向かっていた。エレナの叔母であるレーナ・スカーレット、彼女の魔力の方へとである。レーナ・スカーレットはエレナ達によって倒されたはずであるがなぜか復活している。恐らく魔法で偽装していたのだろう。ローランも捕えていたはずなのだが、いつの間にか消えてなくなっていたが、あの時レーナが生きていればそれも可能かもしれない。
「!」
ユキがそれを感じたのはほぼ同時だった。足元から大爆発が起こる。
「なるほど、すでに攻撃は仕掛けられていたというわけですね。」
ユキは足元の爆発を一瞬で凍らせて攻撃を回避していた。目の前にはいつの間にかレーナ・スカーレットが立っている。レーナ・スカーレットは火の魔法に特に長けている。火の魔法は基本でありながら攻撃や防御、囮など様々な効果を発揮できる。そんな相手をユキはただただ冷静に見つめていた。
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