第二百四十七話 魔眼
大地が割れシャーロットとアザミを覆うように地面が、木々が迫ってくる。10秒も経たないうちに二人が立っていた場所に塔の様な形に盛り上がっていた。
「うーん、少し飾り気が足りないか…。」
チリースは魔力を込めて地面を叩く。すると二人を閉じ込めている土の塔は鮮やかな緑で覆われた。それはまるで二人の墓の様にも思える見た目であった。建築物としてみれば芸術的な作品であるとも言える。チリースは満足そうに頷くとほとんど意識を失いかけているデリラの元へと歩いていく。
「我ながらかなりいい出来だと思うけど君はどう思う?」
「あ…がっ…」
「そこまでの元気はないか。」
デリラは薄れゆく意識の中で二人の魔力が消えていることに気が付いていた。だが不思議と二人が死んだとも思っていなかった。自分の《副技能》である直感が二人を信じるべきだと判断したのだからそれを疑うことはしなかった。
「さてと後は君をどうするかだけど…君、龍の血が混ざってるね。人間族にしては珍しい。」
チリースは地面から蔦を出しデリラの腕を拘束し持ち上げる。ゆっくりとデリラに近づき、噴き出している血を指で掠め取るともの珍しそうにそれを観察していた。チリースは先程までの戦い振りとデリラの血液を見て彼女に龍の血が流れていることに気が付いた。魔族として長く生きていてもあまり龍に会うことはない。ましてや人間族に龍の血が混ざっているなど聞いたこともなかったのだ。
「先生が好きそうな実験体ではありますが…」
背後から二つの魔力が膨れ上がるのをチリースは感じ取った。たしかに殺したはずそれなのに覚えのある魔力が二つ土の塔の中から感じられたのだ。
「《剣の勇者》!」
「《雷霆の勇者》!」
「「《勇者の未来》!!」」
シャーロットとアザミの二人はチリースの攻撃を受け瀕死に陥るのと同時に《勇者の未来》を発動させていた。蓄積されたダメージを先送りにして現在の自分達を強化した。もっとも《勇者の未来》を使用していなければ即死であった可能性が高い。《勇者の未来》の利点として即死級のダメージであっても発動さえできれば身体を動かせる。つまり治療ができるという点だ。出血多量でも血は止まるし全身の骨が折れていても動かすことができる。ただ《勇者の未来》が切れてしまうと元に戻るのでそれまでに回復はしなければならない。
「これで30分は動けます。」
「ですがその時間で決着と回復まで済ませなければいけません。」
二人はチリースに向かって行く、チリースはその勢いに気圧されながらも後退する。自分が後退するという選択を無意識にしていたことに驚いた。魔族間で実力を確かめることはほとんどない。ではどうやって序列という物は決まっているのか、得意とする魔法を見せ発動規模やスピードなどを総合的に判断して自分達で納得しているのだ。下位の序列魔族間は七位のワンダー以下は特に入れ替わりが激しかった。だが上位序列は初めて決まった時から変わったことはない。故にチリースは自らが危険だと思ったことは一度もない。だが今、目の前の《勇者》二人に初めて危機感を覚えたのだった。
「『悪魔の巨人掌』」
「『雷身体強化』!」
「『付与魔法・敏捷』!」
地面から無数に現れる手が二人を叩き潰そうと迫ってくる。二人は身体強化の魔法を発動し、手の合間を縫うように駆け抜けていく。アザミの発動した『雷身体強化』はディランの固有魔法であったがアザミの才能によって再現した。
「『雷の鎖』!」
「この程度で僕を捕まえられるとでも…何!?」
またしてもチリースの読みは甘かった。アザミの『雷の鎖』は『多重展開』をしていない。にも関わらずチリースを繋ぎ止めている理由は《勇者の未来》の影響で魔法が強化されていることによる物である。
「『剣神の連閃』!」
チリースの身体をシャーロットの剣が捉える。そしてその剣戟は止まることなく次々と繰り出されていく。しかしチリースには大地に設置している限り不死身という能力がある。シャーロットが斬りつけていたチリースの身体は砕け散り数十メートル離れたところにまたチリースの身体が現れた。
「何度やっても無駄だよ、僕にはこの力がある。この魔大陸で戦っている限りは。」
この不死身の能力にも実は弱点がないわけではない。魔大陸以外の土地ではエネルギーの量が違うため再生スピードが遅くなる。そのため魔大陸以外では脅威であっても倒せないというわけではない。だがここは魔大陸イーヴィル・テルースである。普通の土地とは違い禍々しくとも《魔王》のおかげで魔力も普通の生命力も溢れている。
「だから無駄…っと!」
だがだからといって攻撃を止める二人ではなかった。シャーロットの剣はチリースを何度も何度も斬りつける。アザミはそのアシストとして『雷の鎖』を使用して逃げ惑うチリースを捕えようとする。
「しつこいなぁ!」
「はぁぁ!」
「やぁ!」
シャーロットの剣がチリースに当たるようになったのは《勇者の未来》の力もあるが《魔眼》の力による側面が大きい。《魔眼》はこの世界に同時に存在しているが異なる世界を見ることができる目である。精霊や悪魔はその世界を漂っている。チリースが悪魔を解放したことでこちらの世界と《魔眼》で見る世界の二つの情報からより悪魔の動きを正確に捉えることができるようになったのだ。
「何故…何故僕が追い詰められる?!」
◇◇◇◇
魔族との戦いに備える二ヶ月半の間シャーロットは自身の剣技と《魔眼》の修行に明け暮れていた。剣の方はいくらでも相手は探せたが《魔眼》の方は上手く言っていないかった。元々魔力の総量が少なく付与魔術くらいしか使用できないシャーロットにとって魔法的な要素の必要な《魔眼》を上手くコントロールできなかったのだ。
「シャーロット様、例の人物が見つかりました。」
「そうですか。」
だが早い話《魔眼》の使い手に指導してもらうのが一番であると考えたシャーロットはカルロスを使い《魔眼》の持ち主を探していた。《魔眼》自体珍しいが、大小あれど使い手が存在しないわけではない。現にオリバーのような騎士団長が耳にしたことはあるくらいには信憑性の高い物だからだ。
「私、シャーロット・セルベスタと申します。」
「…。」
シャーロットはカルロスと共に《魔眼》を持つ人物を尋ねていた。各地で目撃情報があったが、意外にもこのセルベスタ王国の王都で住んでいるという人物がいたのだ。何故あまり知られていなかったか、それは彼女マギアナ・タリが現役で《魔眼》を使用していたというのがもう90年以上前の話であるからだ。しかし彼女が《魔眼》保持者であることと唯一生存が確認されており会いに行けるということでこうして訪れたわけである。
「ごめんなさいね。マギアナ婆さんもう殆ど会話ができないの。」
「いえ、存じ上げておりましたから。」
現在、マギアナの年齢は120歳。もう寿命を迎えていてもおかしくはない。コータの話によれば寿命も異世界とそう変わらないようだ。会話ができなくてこうして生きているだけでもかなり珍しい方である。現在は施設に入っており、余生を過ごしているらしい。だがシャーロットの挨拶にもまるで反応がない。目は虚で虚空を見つめている。事前に分かっていたことだったが会えば何かわかるかもしれないと考えたのだがこの様子では難しいかもしれない。
「お姫様が尋ねてくるなんて滅多にないことなのにねぇ。」
「マギアナ様は冒険者としてとてもご活躍されたと聞いています。この国に限らずですが、現代を生きる者として感謝を。」
シャーロットが椅子に腰かけているマギアナに手を重ねて跪く。マギアナは流れの冒険者としてかなりの実績がある。SランクではないもののAランクとして様々な魔物を討伐してきた。その中で《魔眼》を駆使していたという話はないのだが、彼女が使用できるという噂はあった。実際に使用したこともあるという記録も残っているのだが何分かなり年月が経っているため詳細はわからなかったのだ。
(あなたの《魔眼》はまだ半覚醒状態の様ね。)
「っ?!」
「シャーロット様?」
マギアナは『念話』を使ってシャーロットに喋りかけてきた。本来の『念話』は手を触れている必要はないがマギアナの現在の魔力では他人に触れられていないと上手く『念話』をすることができないのだ。そのためシャーロットにしかマギアナの声は届いていない。
「カルロス大丈夫。今マギアナ様からの『念話』を受け取ったの。」
「そうでしたか。」
カルロスはこのやりとりだけで大体の察しが付いた。『念話』が発動したというほどの魔力はほとんど感じられなかった。恐らく触れていないと使えないのだと判断した。シャーロットはマギアナに触れて再び会話を試みる。
(大体のことはわかっているわ。あなたはこの国のお姫様で《魔眼》のことを聞きに来たのね?)
(はい。マギアナ様も《魔眼》を使われていたと聞きました。私の《魔眼》はまだ覚醒したばかりでご教授願いたいのです。)
(わかったわ。)
こうしてシャーロットはマギアナから《魔眼》の指導を受けることになった。
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