第二百四十五話 固有魔法
レリクスはいくつか雷属性魔法をアザミに見せた。本来であればそこから何度か練習を重ねて魔法を習得するものであるが、アザミはどんな魔法でも瞬時に発動することができた。やはりレリクスの読みは間違っていなかった。しかし完全に魔法を使いこなせているというわけではなかった。
「なるほど大体アザミの才能はわかった。」
「どういうことでしょう?」
「まず君は魔法を見ただけで練習もなしにある程度使えるが、練度とは別であるということ。そしてこれは雷属性の魔法に限った話であるということだ。」
アザミの魔法を見ただけで使用できる能力は雷属性のみに限った話である。レリクスは恐らく《雷霆の勇者》であることが関係していると目星を付けていた。だが、得意な魔法を一目で使用できたとしても練度は真似できない。魔力の操作や魔法の発動スピードなどはすぐにどうこうできるものではない。その点アザミは普通の才能でしかないためそれなりの努力は必要であった。二ヶ月半という時間しかないなかで、基礎的な修行はもちろん必要だが、それだけで魔族に対抗するのは難しい。
「要するに短い期間で劇的に強くなるためには一工夫必要だ。」
「そうですね…私に一つ考えがあるのですが…。」
「話してみなさい。」
アザミは二ヵ月半の間、レリクスの元で修行を続けることになったのだった。
◇◇◇◇
アザミとデリラによって《土人形》の様な物は一撃で破壊される。しかしシャーロットの《魔眼》には《土人形》の様な物から何かが抜けていくのがわかった。なぜ《土人形》ではなく、《土人形》の様な物なのかも。
「ふーん、それなりにはできるみたいだね。」
「二人共、あれは《土人形》ではありません。」
「どういうこと?」
「最初から違和感がありました。《魔眼》で二人が倒したあれを確認したら何かが抜けていくのが見えました。」
本来《土人形》を作り出す魔法は魔力を使用し、その名の通り土を人形の形に動かす魔法である。対象は水でも木材でもゴーレムという呼称が使用され、単純な動きしかできない。そして本当の意味で《魔法人形》と呼ばれるものはあらかじめ作られている人形に魔力を込めることで作り出される。魔法というよりも魔法道具に近い。だが今チリースが使用したのはそのどちらの要素も兼ね備えている物であった。
「なるほど、《魔眼》か。であれば悪魔が見えても不思議ではないか。」
「悪魔だって?」
「僕の悪魔は悪魔を従えることのできる悪魔だ。従えることのできる悪魔というのはレベルの低い名前のないような悪魔だけどね。ただ僕の作った《土人形》に取りつかせて兵力にするのは十分なのさ。」
チリースはそう言うと再び《土人形》を作り出す。その数は数十体、全てに悪魔が取り付いているということをシャーロットは《魔眼》によって把握していた。先程は二体だけであったが、今回は腕を一振りしただけで数十体を出現させた。しかも魔力を消耗している様子は見られない。一体一体の《土人形》はそこまでの強さではないが、この数を相手にするのは消耗を避けられない。
「面倒な能力ですね。」
「一気に倒しちゃえば問題ないよ!」
「ここは私にお任せください。お二人よりも魔族を相手にするのは私の方が力不足でしょうから。《土人形》の相手は私がします。」
「アザミ、任せるよ!」
「お願いします!」
シャーロットとデリラはチリースの方へと向かって行く。それを阻むように《土人形》は二人に襲い掛かる。しかし《土人形》は二人に触れることなく雷によって破壊されていく。
「なるほど、この程度では足止めにもなりませんか。であればこれはどうでしょう。」
チリースはさらに腕を一振りすると数百体の《土人形》が出現する。シャーロットとデリラは飛び上がり気に飛び乗った。これではチリースに近づけない。近づくことはできても消耗は避けられないというべきだろう。だがアザミは自分に任せろと言ったのだ。シャーロットとデリラは彼女の言葉を信じていた。
「私の唯一の才能、魔法を再現するということ。その真髄を見せて差し上げます!」
レリクスの指導によって魔法を再現するという才能が判明したアザミであったが、通常の魔法であればそれなりに修行をしても身に付けることができる。早熟ではあるがそれだけでしかないとも言える才能であった。だがレリクスにはある考えが、それは『固有魔法』は再現できるのかどうかという点だ。『固有魔法』とは厳密に言えばその人物にしか使用できないというわけではない。ただ他の魔法と違い能力の依存によって再現できるかどうかが分かれるので『固有魔法』と定義づけられている。もちろん過去に誰一人として開発者以外に再現できなかった魔法もある。結果、アザミの才能は『固有魔法』でも再現することができた。雷属性魔法限定ではあるがアザミは『固有魔法』ですら見ただけで再現することができる才能があったのだった。
「『暴雷雨の災害』!」
「この魔法は…!?」
「?」
デリラはこの魔法を知らなかったがシャーロットには心当たりがあった。かつて冒険者ランクS級であり、あの《剣鬼》マルク・アスターと並び称された《雷母》グリア・ローゼンの『固有魔法』である『暴雷雨の災害』であると。無数の強力な雷を雨のように小さな粒にして降らせる大規模魔法である。その破壊力は通常の『雷の矢』のおよそ百倍である。グリアはすでに年老いており全盛期ほどの魔力がなくこの魔法を使用できるかどうかも怪しいレベルなのだが、レリクスの依頼によりアザミに一度だけ見せた。もちろんほとんど意味のあるレベルの魔法でがなかったが、アザミはそれを見ただけで全盛期の魔法レベルに再現して見せた。《土人形》は一撃で全てを破壊され崩れ去った。流石のチリースもこれには驚きを隠せなかった。その一瞬の隙をシャーロットとデリラは見逃さなかった。
「『龍の鉤爪』!」
「『剣神の一閃』!」
チリースの身体をデリラとシャーロットの剣がバラバラに切り裂いた。しかしシャーロットとデリラは手応えを感じてはいなかった。《魔眼》でチリースの身体を見ると悪魔が抜け出ていくのをシャーロットは見逃さなかった。悪魔は地面に吸い込まれていき、再びチリースは姿を現した。
「危ない危ない。君達の攻撃力は凄いね、だけど無駄だよ。」
「シャーロット、今…。」
「ええ、手応えがありませんでした。ですが私の《魔眼》にはたしかにそこに映っていました。」
シャーロットの《魔眼》ではたしかにチリースの実体はそこにあるということを証明していた。しかし攻撃に手応えを感じなかった。分身や幻覚というわけではない、存在していたのに攻撃をした瞬間には実体が移動していたということになる。
「僕はこの地面に接している限り自分の核を移動させることができる。つまり無敵ということさ。」
「なんて出鱈目な…!」
「簡単じゃないとは思っていたけどここまでとはね。」
チリースの能力はこの地面に設置している限り魔族の弱点である核を移動させることができるという物だ。つまり核を破壊せずに再生できないほどに全身に大ダメージを与えるという方法では倒せない。幸い本体はそこまで耐久力があるわけではないが攻撃が当たっても核を移動させられてしまうのでは何度やっても同じことである。何か解決策を考えなければ、そうシャーロット達が考えているとチリースの魔力が上がっていくのを感じる。
「『悪魔の巨人』」
チリースは集めた魔力を地面に叩きつけるとそこから巨大な《土人形》を作り出した。全長およそ20mほどの大きな《土人形》は腕を一振りすると周囲の木々は吹き飛びシャーロット達と共に騎士団の面々は吹き飛ばされた。
「皆さん!」
「このでかぶつめ!『龍の爪』!」
デリラの『龍の爪』は巨人の身体に傷を付けたがすぐに土が集まりその傷は塞がった。逆にデリラは巨人に地面に叩き落とされた。
「デリラ!くっ…『剣神の一閃』!」
シャーロットの剣は巨人の手首を切り落とした。しかしすぐに土があつまり落とされた手首をくっ付け元通りになる。シャーロットが《魔眼》で巨人を観察すると無数の悪魔が宿っていることに気付いた。そして魔力が供給されることで悪魔たちは活性化し巨人が再生しているということも。
「シャーロット!」
「無事でしたか。」
「どうやってあれを倒せばいい?」
「先程《魔眼》で観察した時一瞬ですが魔力が供給されていることがわかりました。恐らくそこを叩けば魔力が供給されなくなり、あの巨体を維持することができなくなると思います。ですがその場所は心臓部です。」
「なるほど、一番土くれが分厚い所ってことね。」
巨人の胸部は最も土が分厚くなっており、並大抵の攻撃では貫くことはできないだろう。それに巨人も素直にそこを攻撃させてくれるわけではない。二人は片方が囮になり、もう片方が魔力の供給部を狙う作戦にした。そうこう話している内に通常サイズの《土人形》も溢れ出ていた。そちらはアザミと騎士団の面々がそれぞれ対応している。二人は一刻も早く巨人を倒し、隠れているチリースを倒さねばならないと決意を固めるのであった。
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