第二百四十二話 野生
ジェマは魔族との戦に備えて修行に取り組もうと考えていたが、自分に足りない物が何なのかわかっていなかった。これまでジェマはレシア砂漠にて逃げ続ける生活を送って来た。コーデリアの様に天才型ではないが磨けば光る才能の原石であった。そしてそれは奇しくも亜人族から追われる生活を送るのかで磨かれてきた。そしてユーリ達との出会いを経て確実に成長している。このまま順調にいけば強くなっていくはず、しかしただ普通に成長していくのでは魔族との戦いに果たして付いていけるのか疑問だった。
「しかし、当てもねぇしな…。」
「何か悩んでおるようじゃな。」
「長老。」
そんな中で修行のきっかけを与えてくれたのは自分を拾いここまで育てた亜人族集落の長老、モルガであった。モルガは魔族との最後の戦いが近い事を知り、ジェマを強くする方法を考えていた。そして一つの結論に辿り着いていた。
「お前を強くするために必要な物はわかっておる。すぐにオルロスに迎え。」
「オルロスだって?」
「亜人族の中でも白兵戦最強の種族である獣人族に揉まれてくるのじゃ。」
オルロス国は亜人族の集まる国で、元々ジェマやモルガが長老をしていた亜人族の一団はオルロス国に住んでいた。人間族を受け入れるか否かで揉め事が起こり、人間族を支持していたモルガ達は追い出されることになった。しかし現状オルロス国はユーリ達と共闘し、魔族を撃退したことでしがらみを完全にではないがなくなった。そして魔族との戦いに備えてということでセルベスタ王国とは正式に同盟を結んだために往来もしやすくなったのだ。モルガ達も受け入れる準備はできているとのことであったが、このままセルベスタ王国に残ることにした。今では連絡役という任を担っている。そしてモルガはジェマの修行相手にオルロス国の獣人族を選んだ。
「わかっちゃいるが、ユーリに負けたような奴らだぜ?学べることがあんのか?」
「ああ。獣人族には獣人族の得意なことがある、それにお前にはあれを習得してもらう。」
「あれ?」
「まあ良い。とにかく急ぎオルロスへ迎え。向こうに話はつけてある。」
「へいへい。」
ジェマは完全に納得したわけではなかったが、他に当てがあるわけでもない。仕方なくオルロスへと向かった。そして彼女は何倍にも強くなっていたのだった。
◇◇◇◇
ブレイズは痕跡の全くない自分の爆発をなぜジェマが避けることができたのか、わからなかった。だが、物量で押し切れば避けるどころの話ではないだろうと考え、再び多量の罠を仕掛けた。ジェマはそうとも知らずに再びブレイズの方へと向かってくる。
「何度も突っ込んできても意味はねぇ!」
「いや、見切れる!」
ジェマは爆発の中を高速で駆け抜けていた。ただ闇雲に駆け抜けていたわけではない、先程の攻撃であるはずのない爆発の徴候を確実に掴んでいた。走り抜ける中で明らかな爆心地は避けていることはブレイズにも理解できた。問題はなぜそれがわかるのか、ジェマが獣人族との修行の中で身に付けたのは直観である。直観と言えどあてずっぽうではない。相手の動きや戦闘スタイルから予測するという直観である。獣人族の中では《野生》とも呼ばれる。獣人族は白兵戦最強である物の遠距離からの攻撃や魔法には弱い部分がある。だが彼らがこれまで生き残ってこれたのはこの《野生》があってこそだ。
「『炎の矢・五重』!!!!!」
「『悪魔の爆発』」
ジェマをアシストするようにエレナの魔法がブレイズを襲う。しかしブレイズはそれを爆発によって吹き飛ばした。弱点らしい弱点がないブレイズの爆発魔法だが、欠点がないわけではない。それは爆発の衝撃が大きすぎることだ。ブレイズは爆発によって跡形もなく吹き飛ばしてしまえばよいというタイプなので細かな出力調整はしない。
「『砂の爪』」
「何!?だが甘めぇ!悪魔…」
「『二重』!!」
爆発によってエレナの魔法を吹き飛ばしたことで視界が悪くなり、ブレイズはジェマの魔力を捉えることができなくなっていた。正確に言えば魔力は感知できる、だが本来魔力感知というのは魔力の微量な増減を捉える物である。しかしジェマの魔力は無尽蔵であり、その大きさも規格外というよりも抑えることが出来ないという方が正しい。これはランマの新山田流肆式・雲散霧消の原理に近いものである。ブレイズはジェマの『砂の爪』による攻撃を受けた。しかし一撃目は完全に見切っていたため回避をすることができたが、二撃目は回避することができず、完全にブレイズの身体を貫いた。
「ちっ!『悪魔の爆発』」
「『砂の影』!」
ジェマはブレイズの爆発を砂の幻影によって回避する。すでに本体はエレナ達の元へと戻って来た。ブレイズに初めて傷を付けることが出来たがすぐに再生されてしまう。魔族を倒すためには《聖》属性魔法による攻撃か、再生もできないくらい力を削り跡形もなく吹き飛ばすかの二つだ。前者はこの場に《聖》属性魔法の使い手がいないので後者の選択肢を取るしかない。
「しかし硬いな。アタシも策がないわけじゃねぇがどうする?やっぱりフィニッシュはエレナか?」
「ええ、そうしたい所ですが…。」
エレナには一つ懸念事項があった。今、全力を出し切ってしまうのは危険であるという事だ。なぜならばブレイズは《上位序列》魔族であり、つまり新種の魔族である。全力を出すときは必ず生まれた時に契約している悪魔の力を使用する。そうすればそこまでに与えたダメージは全快されてしまう。つまり実質二回倒す必要があるということ。一度目で全力を出し切ってしまうと二度目の戦いで勝ちきれなくなってしまう恐れがある。
「私に…案が…ある…。ただ…時間が…かかる。」
「コーデリア…わかりました。最初はコーデリアに任せます!」
「アタシ達は援護に回る!」
コーデリアの自分に任せろというという言葉にエレナは驚いていた。元々彼女の考えていることはわかりずらいが、それでも積極的に自分に任せろというタイプではない。この戦いまでの二か月半で着実に力を付けてきたことはわかっていたがそれだけ自信があるということ。その言葉を信じて彼女に任せることにした。エレナが修行の中で得た力はある意味奥の手であるため、使いどころを間違うことはできない。
「『炎の槍・五重』!!!!!」
「『土の槍』!」
「『悪魔の爆発』」
ブレイズに向けてジェマとエレナは魔法を放つ。そしてコーデリアは魔力を込めて、口を開く。修行の中で身に付けた詠唱魔法である。詠唱魔法は発動する前に詠唱を行う『前型詠唱』と魔法が発動した後に詠唱を行う『後型詠唱』の二種類が存在する。この二つは何も独立しているわけではく、『前型詠唱』を行った後に『後型詠唱』を行うことが出来る。これは『交叉詠唱』と飛ばれる技術である。コーデリアは修行の中でこれを身に付けていたのだった。
「『生命の源よ…大地の恵みよ…今ここに集まり…顕現せよ…』」
「何をするつもりか知らねぇが!好きにやらせねぇよ!」
「それはこっちのセリフだ!『砂嵐』!」
「『煙幕』!」
ジェマの魔法でより魔力探知がしにくい状態にし、エレナの魔法で視界その物を奪う。ブレイズが爆発で二人の魔法を吹き飛ばした時にはすでにコーデリアの魔法は完成していた。彼女の背後にいるのは水によって模られた龍の姿。
「『ウォータードラゴン』!」
「はっ!ただの水を龍の形にしたからなんだってんだ!」
「魔法に…おいて…イメージは…大事。」
コーデリアが作った水の龍は空に浮いている羽が付いているが羽ばたいているわけではない。そしてその形はコーデリアの魔力によって維持されている。詠唱魔法と言えど離れた魔法を操作することは難易度は高いが可能である。続けてコーデリアは『後型詠唱』を始め、『交叉詠唱』となった。
「『水龍よ…その息吹で…全てを…薙ぎ払え』!」
ウォータードラゴンは口の部分に水を集めて圧縮、そしてそれを高圧の水で打ち出す。その速さは目で捉えられるものではない。魔力は感じられても身体が反応することはできない。その点ブレイズがとった行動は対処としては完璧な物であった。両手を突き出し、即座に爆発を発生させながら後方へと下がろうとした。だがそれを行う前に水龍のブレスが身体を四方に引き裂いていたのだった。
「がっ…!」
「マジかよ…。」
「これが『詠唱魔法』…!」
『詠唱魔法』の技術が廃れていたのは主に二点、一つは複数人でなければ詠唱をしている間無防備になってしまうこと。もう一つはその微妙な魔力調整にある。以前ランマが使用した時に魔力を持ってかれてしまったが普通の魔法と違い『詠唱魔法』は魔力の操作が難易度が高い。その理由は『詠唱魔法』は魔力が徐々に消費され魔法の効果も徐々に表れるからだ。普通の魔法は魔力が一度に使われ火や水が実体化し、それを放った後も操作できる。この二つが同時に起こることはない。しかし『詠唱魔法』はそうではなくこの二つが同時に発生する。今回のコーデリアの場合、最初の一分を口にした時点で水が後方に現れた。それを操作しつつ新たな水の発生も必要になった。修行の中でイメージと水の操作を極めたからこそできる芸当である。そしてそれをするだけの効果はあった。見事にブレイズを一撃でバラバラにして見せた。
「はぁ…はぁ…。」
「大丈夫ですか?」
「これは…魔力の…消耗が…激しい。」
しかしこれには魔力の消耗が激しいというデメリットがある。『詠唱魔法』そのものの欠点とも言える。バラバラになったブレイズからとてつもない量の魔力が放たれた。先程からエレナ達の戦いを見ているだけの騎士団員たちが気絶してしまうほどの凶悪な魔力。エレナはここからが本番であることを理解した。
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