第二百三十二話 戦いの行方
ランマはたしかに手ごたえを感じていた。だがどこかおかしいような感覚もあった。長く空中を蹴り続けることはできないので地面に降りる。ユーリはまだ起き上がってこない。叩きつけた場所は地面が抉れており土煙でよく見えない。
「『地母神の障壁』。なんとか間に合ったか。」
「《大地の勇者》の力でござるか。」
ユーリは攻撃を受ける直前に《大地の勇者》の力を引き出していた。ユーリの持つ魔法の中で最大の防御、だがここまで衝撃があるとは思ってもみなかった。早く決着を付けなければと《雷霆の勇者》の力を引き出す。ランマはすでに魔力のほとんどを使い切っている。先程の一撃でダメージを与えられなかった以上小細工は不要と考え、次の一撃に全てをぶつける覚悟でいた。
「どうやら次の一撃で決まりそうだね。」
「そうでござるな。拙者の全力受けるでござる!」
ランマは刀に手を置き魔力を込める。これまでランマの戦い方で見られなかった一撃だとユーリは思った。ならばこちらもと《大地の勇者》から《雷霆の勇者》へと力を変更させる。《聖剣クラレント》を構えて魔力を込める。先に動いたのはランマだった。
「新山田流肆式・雲散霧消!」
刀を構えたランマの姿が消える。姿ももちろんだが魔力そのものを感じ取れない。そしてすぐに背後に現れた錯覚に気付いたが姿を捕らえることに集中した。魔力は背後に感じられたがランマは今目の前にいるということを視界で捉えていた。
「『雷撃一閃』!」
「新山田流壱式・疾風迅雷!」
《白月》と《聖剣クラレント》は激しくぶつかり合う。しかしランマは『雷撃一閃』の攻撃力に耐えられず刀を手放してしまった。衝撃は刀毎地面に叩きつけられランマは正面に倒れこんだ。腕の痛みと魔力を全て使い切ったことによる消耗だ。
「…どうして技を…見切ることができたで…ござるか?雲散霧消は…ユーリ殿に見せたことはなかった…と思ったでござるが。」
「ランマの言うように見たことはなかったよ。ただ俺は普段から魔力に充てられてるからね。人より騙されにくいんだと思う。」
「そうで…ござるか…。」
そう言いランマは意識をなくした。すぐにユーリは身体の傷を『治療魔法』によって回復させる。本気ではあったが元からランマの身体を傷つけようとは思っていなかった。だから《白月》を手放させる方向に力を入れていた。《白月》と《聖剣クラレント》を合わせることを狙っていたために幻影に騙されなかった。しかしそれだけではない。雲散霧消という技は身体から魔力を一気に放出させ周囲を自分の魔力で満たし自分の魔力を消す。今回の場合は大量に魔力を使うことでほとんど魔力の残っていない状態に持っていったものである。ユーリは普段から自分の中に複数の魔力を持っている上に《聖剣クラレント》の魔力も常に意識している状態だ。だから探知というよりは他人の魔力が自分の魔力の影響で感じにくい。ランマの魔力に包まれても魔力が少なくなった本物だけを追っていたから見破りやすかったのである。
「そうでなくてもランマの魔力はよくわかっているから本人を見失うことは多分ないけどね。もちろん俺だけじゃなくて他の皆も。」
雲散霧消の弱点は自分を見知っている相手には効きづらいことだ。魔力が大量に放出されてもそれが良く知っている相手の物ならば相手の魔力とそれを失った相手を分けて知覚できる。普段から一緒に生活している者には特にそれが容易になる。
「ユーリ!」
「アリア、皆も。」
ユーリ達の大きな魔力が感じられなくなり、戦闘が終了したのだろうと考えたためにこちらに向かってきたのだ。そしてランマが倒れユーリが立っている状況を見て結果を悟った。ユーリは《聖剣クラレント》を魔法袋にしまうとアリア達に目で合図すると立ち去った。
「大丈夫、大けがはないみたい。」
「ランマを運びましょう。」
アリア達はユーリの思いを感じ取りランマをケーネとディミスの元へと連れていく。そして今日はこれ以上話し合いは必要ないと集まってもらった皆には解散してもらった。騎士団長達に対して失礼であると少し感じたが騎士団長達も心情を察して誰も何も話さなかった。
―――
次の日再び同じメンバーを集めて早速リュミエールの魔力を抑える方法について話し合うことになった。ただしランマだけは病室で寝ている。怪我はないからすでに起きられるだろうが、心情的な物だろうとユーリ達はそっとしておくことにした。
「まず大前提としてどうやって魔力を引き出せばいいんだろう?」
「リュミエール、いつも暴れるようになるまでも無意識なのか?」
「はい。こうしてまともに話せるのも随分と久しぶり…いえニ年振りということでしたね。」
リュミエールは意図的に行って魔力を暴走させているわけではない。しかし眠っている状態からあれだけの魔力を発生させることが可能なのだろうか。実際にそうなっているのだからできるのだろうと納得するしかないのだが。
「例えば命の危機に瀕するとかはどうだろう。」
「というと?」
「今までに魔物や夜盗に襲われたことは多分あると思う。にも拘わらずこれまで生き延びてこれたわけだから何か外敵がいれば自動で出てくるんじゃないかと思って。」
「たしかに一理ある。」
ウールの言う通りたしかに普段魔力がなく眠っている時は魔物や夜盗に襲われてしまう可能性だってある。しかし二年間全くそれがなかったということを考えると自分の命の危機に瀕する時は反撃していたと考えられる。であれば過激な手段ではあるがリュミエールに攻撃をすれば黒い魔力が出てくるのではないかとユーリは思った。
「危険ではないですか?」
「私は構いません。」
「リュミエールさん。本当にいいの?」
「このまま皆さんに迷惑をかけるわけにもいきませんから。」
「迷惑だなんてそんな…」
リュミエールが遠慮がちに目を伏せるがユーリ達にそのような思いはなかった。むしろ《勇者》の力をもっているのであれば、仮にそうでなくても強力な魔力を持つ者を仲間にできるのであれば貴重な戦力として魔族との戦いに役立てられるというのが本音である。もっともそれをリュミエールに無理強いする気は皆にもない。
「しかし魔力を引き出せてもどうやって制御するんだ?」
「前みたいに抑え込めても、それだけじゃ意味ないもんね。本当の意味でリュミエールさんが黒い魔力を抑えられるようになって普通の生活ができるようにならないと。」
前回リュミエールが魔力を暴走させた、ユーリ達が初めて会った時はランマの魔力を断ち切る剣技とアリアの《聖》属性の魔力を『付与魔法』させることで黒い魔力から引きはがした。しかしそれではリュミエールが操る状態にはできない。かといってただ暴走させるだけでは意味がない、それで制御できればすでにできているだろう。ここでユーリはあることを思いつく。
「『魔力流失』はどうだろうか。」
「『魔力流失』で黒い魔力を吸い取るということか。」
「できなくはないだろうけど大人しくしてるかなぁ。」
「あくまで私の体感だけどあれだけ暴走している魔力を吸い取るのは危険だよ。」
フルーの言ったことはユーリも懸念しているところだった。『魔力流失』で吸収しようにも大人しくしてくれているわけではない。それに普通ではない魔力を吸い取って吸い取った方も無事でいられるだろうか。しかしユーリはまたあることを思いつく。
「こういうのはどうだろうか。まずケーネさんがリュミエールに触れて魔力を制御する。そしてアリアが『魔力流失』でリュミエールから黒い魔力を吸収する。」
「それだけでは危険じゃないですか?」
「いやまだ終わりじゃない。俺がアリアに『魔力流失』を発動して黒い魔力を吸い取る。そして《勇者》である皆に『魔力供給』をするんだ。」
「なるほど、一種のろ過装置ってことだね。」
ユーリが思いついたのは黒い魔力をケーネの能力で吸収できるくらいの圧力に抑えてアリア→ユーリ→《勇者》の順番に流すことで黒い魔力を抑えこもうと考えていた。これならば一人が負担する魔力は少なくてすむ。リュミエールの魔力も元を辿れば《勇者》の魔力であるからユーリを挟むことで《勇者》の魔力に変換できる。これならばリスクを減らすことが出来る。
「いいと思う。」
「それでいくしかないだろうな。魔力の暴走を抑えるのはこちらに任せろ。」
「頼むよ。」
ユーリ達は早速王都を出てリュミエールの魔力制御に挑戦することにした。リュミエールを『睡眠』で眠らせて早速攻撃しようというところで誰がリュミエールに攻撃するかを決めていなかったことを思い出す。恐らく黒い魔力が出てくるとはいえ、無防備な相手を思いっきり攻撃するのは気が引ける。しかしそれを気にせずに「僕に任せて!」とデリラは寝ているリュミエールに大剣を振り下ろす。
「うん?」
デリラはリュミエールに剣が触れる寸前で止める。しかし黒い魔力は発現しなかった。デリラは寸前で止められるほどだったから本気ではなかったといえばそうなのだが、かといって手を抜いていたというわけでもない。
「やはり魔法なしではダメなのか。」
「じゃあ本当に魔力こめてやっちゃうけどいいの?」
「仕方ない。最悪すぐに『治療魔法』するよ。」
「わかった!はぁぁぁ!!!」
デリラは魔力を大剣に込める。そして再びリュミエールに向かって大剣を振り下ろす。
「『龍の爪』!」
思わず目を背けたくなるほどデリラは鬼気迫っていたが大剣はリュミエールの身体に届くことはなかった。身体から溢れ出る魔力がそれを受け止めていた。それを見た瞬間にユーリ達はリュミエールに向けて走り出していた。
少しでも面白いなと思っていただけたら幸いです!
皆さまの応援が励みになりますので、ぜひ下部よりブックマーク・評価等お願いいたします!