第二百三十一話 最後の勇者
「それは本当ですか?」
「間違いないと思う。」
「でも彼女からは何も感じないですよ?」
「アタシもだ。」
「私も…。」
ユーリを除く《勇者》の面々がリュミエールは《勇者》であるということを信じきれないでいた。それもそのはず本来であれば《勇者》同士は不思議な感覚をお互いに持つ。つまり相手が《勇者》であるかどうかは《勇者》の能力を持つ者であればわかるということだ。しかしリュミエールからはそれを感じないということが言いたいのだ。
「それは今リュミエールは《勇者》の能力が目覚めていない、自覚していないともいえるけどそれと関係してるんじゃないかな。」
「でもアザミの時はそうでもなかったんじゃないか?」
ジェマの言う通りユーリの《勇者》の能力が目覚めていないというような主張であればアザミも《雷霆の勇者》であるという自覚はなかった。ただアザミの場合はリュミエールと違って《女神の天恵》によって《雷霆の勇者》ということは判明していたからまったく同じ状況というわけではないが。
「あと今のリュミエールは《勇者》の魔力があるわけじゃないと思う。」
「それはユーリ君が意識の世界で黒い魔力を止めたからということですか?」
「なるほど。たしかにここにいる《勇者》の魔力を考えればそうかもしれませんね。」
「どういうこと?」
「ユーリは置いておいて、エレナは炎、コーデリアは水、私は風、ジェマは土、アザミは雷。残っているのは光、闇、無属性の三つです。」
現在判明している《勇者》の得意としている属性は炎、水、風、土、雷である。ユーリはわかっていないがそれを抜きにしても三つの属性は残っている。そして6人目の《勇者》であるリュミエールは黒い魔力ということなのでおよそ闇属性が得意であるとシャーロットは推測していた。しかしこれは半分正解で半分間違っている。
「つまり残りの属性から闇属性の《勇者》なんじゃないかって言いたいのか。」
「俺は光と闇の二属性だと思う。」
「二属性?そっか、ケーネ先生の話だとリュミエールの魔力の器は三つあるんだもんね。」
「だから自分のと闇属性の《勇者》、光属性の《勇者》の魔力がそれぞれあるってことか。」
「恐らく闇属性の魔力が強すぎて制御しきれてないんだ。だからこうやって魔力が空の状態になるんだ。」
リュミエールの身体の中で闇属性の魔力を強く感じていたがそれに反発していた魔力があった。それこそ闇属性と相反する光属性の魔力であるとユーリは考えていた。お互いに打ち消し合って魔力がなくなった時にやっと暴走状態から解放され眠りにつくのであると。
「私はどうすればこの体質を直すことができますか?」
「魔力をコントロールするしかないだろうな。ここにはこれだけの戦力が揃っているから仮に君が暴れたとしてもすぐに抑えることができる。」
「わかりました。私この魔力を制御できるようにしたいと考えています。皆さんに協力をお願いします。」
そういうとリュミエールは頭を下げる。しかし一人だけ納得していない顔をしている者がいた。ランマである。リュミエールがわざとランマに呪いをかけたわけではないとわかったが、彼女にはまだランマの育ての親である山田浅右衛門殺しの疑いがある。呪いで殺されたということだがそれだけでリュミエールのせいだと断定するわけにはいかないのだ。
「ランマ疑わしきは罰せずだ。」
「わかっている。わかってはいるでござるが!そいつがハル姉に呪いをかけた事実は変わらないでござる!」
「ランマ落ち着いて。」
「皆がそいつを庇うなら…」
ランマは憎しみのあまり冷静な判断を失っている。そしてついに愛刀である《白月》に手を置いた。そして大きく深呼吸をする。落ち着いたかのように見えたが、むしろ覚悟を決めたといった様子である。
「拙者は止まれないでござる。ユーリ殿、いやユーリ・ヴァイオレット!表に出ろ!」
「…本気か?ランマ・ヤマダ。」
「二人とも落ち着いて!」
「そうです。仲間割れをしている場合では…」
二人を止めようとするアリアとエレナの方をセシリアとブランシェが抑える。先程から他の騎士団長達も黙ってみている。こうなってしまった以上お互いに譲れない、だから真剣勝負で決着を付けるべきだと大人達の方は考えている。ランマは部屋を出ていく、続いてユーリも出ていく。仲間達はそんな二人の後を追いかけようとするが騎士団長達はそれを止めた。邪魔になるというわけではないがどちらかに肩入れできない以上行くべきではないと考えていたのだった。二人は城の中庭に出て互いに向き合った。
「拙者が勝てばあの者の処分は拙者に任せるでござる。」
「俺が勝てば俺に任せてもらう。」
ランマは刀に手を置き居合の構えを取る。ユーリは魔法袋から《聖剣クラレント》を取り出し鞘から抜いた。二人の間に緊張が走る。先に動いたのはやはりランマだった。彼女の能力《神速》は最も先制攻撃に向いている優れていると言ってもいい。制限はあるものの自分の感覚などを三つまで最高速度までもっていくことが出来る。身体の動き、刀を引き抜く速度、刀を振りぬく速度の三つを基本的に上げている。これはわかっていても普通の人間の反応速度では追いつくことが出来ない。しかし知っている者だからこそ対処ができるという部分もある。
「新山田流壱式・疾風迅雷!」
「はっ!」
ユーリは地面に《聖剣クラレント》を突き刺して柄を掌で押すようにして体を上空へと上げランマの居合を回避する。実はランマの居合にはある種の型の様な物がある。刀を引き抜く瞬間近づくために加速してきた分踏ん張りを利かせるが、この時必ず前傾姿勢になる。つまり居合は相手の胸部よりも下に斬りこみがくる。そのためユーリは《聖剣クラレント》を支点に逆立ちの様な体勢になり回避したのだ。そしてそのままランマの頭上に向かって踵落としを繰り出すが、ランマは素早く後方へと下がりユーリの足は空を切る。
(どうやら本当の本気みたいだな。)
ユーリはどこか本気でなれないでいた。しかし先程のランマの攻撃は殺さないまでも確実に大けがを負わせる躊躇いのないものだった。手を抜くようではこちらがやられてしまう。ユーリは『身体強化・四重』を発動させる。それでもランマの《神速》に完全に追いつくことは難しいが、何もしないよりは明らかにマシである。
「参る!」
「『炎の壁・三重』」
『炎の壁』は向かってくるランマと自分との間に発生させる。直線的に配置するのではなく少しづつずらす。間を通れなくはないがランマは身体そのものを保護するような魔法や技術は苦手としている。そのまま真っすぐに突っ込んでくることはない。これで向かってくる方向は絞られるとユーリは考えた。しかしその考えは甘かったランマは壁の手前で立ち止まると刀を振りぬく。
「新山田流壱式・疾風迅雷・月刃!」
ユーリは自分に向かって何かが向かってくるのを感じ咄嗟に《聖剣クラレント》を構える。一瞬だけ魔力が込められたランマの刀は刀身が伸び『炎の壁』ごとユーリを切り裂いた。厳密には《聖剣クラレント》にぶつかった。ユーリはそのまま後方へと吹き飛ばされ壁に激突する。
「骨が折れたか…『治癒魔法』。」
「『新山田流弐式・桜華爛漫』!」
「くっ、『炎の翼』!『火炎口』!」
折れた足の骨を治療しているユーリにさらにランマは追い打ちをかける。今治療したばかりの足では素早く動くことが出来ないと考えたユーリはいずぞやエレナが見せた少しだけの間空中を飛ぶことのできる魔法で飛び上がる。ランマの刀は壁に無数の穴を空けた。そしてユーリはさらに無数の魔法をランマへと向けて放つ。
「『土の壁・三重』!!!」
ランマを閉じ込めるように土の壁が地面から盛り上がる。ユーリもこの程度で止められるとは考えていない。ランマは魔力探知の類は苦手である。なので魔力を帯びた土に閉じ込められさらに視界まで遮られた状態ではこちらが次にどんな魔法を使用するかはわからない。ユーリは《溟海の勇者》の力を引き出す。
「新山田流伍式・泰山砕き!」
「『海神の圧』!」
壁を破壊して飛び出たランマに水が押し寄せる。ランマは水に捕らえられるが身体から魔力を一瞬だけ放出し水を跳ねのけた。ユーリは驚愕した。これまでランマは魔力を操作や探知するということが苦手なはずであった。しかし今身体から魔力を一気に放出させ水を弾き飛ばした。それも《溟海の勇者》の魔法をである。
(あの刀のおかげか。)
ユーリはランマの魔力操作性が上がったことは刀が原因と考えている。銘刀《白月》雪雲晶と元々ランマが使用していた大量の魔力が蓄積した《業物》を合わせてピルクが打った刀だ。これのおかげで魔力の放出の感覚を上手く掴んだのだろうと。そしてそれはユーリの想像以上にランマの戦闘能力を向上させている。
「『天翔脚』!」
「なっ!」
ユーリはまたも驚愕した。空を飛んでいる自分に向かってランマは走って来ている。空中を蹴ってこちらに向かって来ているのだ。『天翔脚』はランマが編み出した空にいる相手を追うための魔法である。厳密に言えば技術である。空中に勢いよく魔力を噴射することで壁を作りそれを蹴り飛ばすことで空を飛べている。飛んでいるというほど長く持続はさせれないし距離も稼げないが、周囲に壁や木がなくても浮遊している敵を狙うことが出来る。
「新山田流参式・月下狼!」
ランマはユーリの頭上へと飛び出し、刀を振り下ろす。ユーリは地面へと強く叩きつけられたのであった。
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