第二百三十話 彼女の正体
「ユーリ君!本当にごめん!」
「いや、気にしなくていいよ。俺もあの時止めることはできたのに止めなかったからああなっただけで。マークのせいじゃないよ。」
「それでも僕がユーリ君に頼まなければ!」
エレナにいつもの部屋に皆を集めるように頼んだあとユーリはマークに先程からずっと謝罪を受けていた。マークは好奇心や研究欲が強いが人に迷惑をかけてまでそれを果たしたいと思うタイプではない。むしろ優しくて無理をすることは嫌う。今回ばかりはもしかしたら魔族の謎が解けるかもしれないということもあったしユーリも自身で行ったことだから責任はお互いにある。だからそこまで謝罪されることはしなくていいと考えていた。
「マーク君、今はそれくらいに。それでユーリ君、一体どこであのような傷を?」
「そうだね。それを話したくて皆さんに集まってもらいました。」
ユーリは一旦マークを落ち着かせてくれたエレナに目で礼をしつつ、本題に入り始めた。この場に集まっているのは白髪の美女、《勇者》組、同級生組、そして騎士団長達、ケーネ、ディミス、ディーテである。偶然らしいが城に揃っていたので関係者を全員集めたようだ。この方が話す手間も省けるのでユーリとしてはありがたかった。
「彼女は大丈夫なのでござるか?」
「私が見てるから大丈夫よ。」
ケーネはそう言ってランマの質問に答える。彼女というのは白髪の彼女のことである。目を覚ましているがまだ少しぼうっとしている。敵対する意思もないように感じられるしかしランマからすれば因縁の相手であり心穏やかにはいられなかった。しかしケーネが横についていれば大丈夫だとユーリは思った。ケーネの能力である《魔の制御者》は魔力の流れや大きさを見てその人の病気や調子の悪いところ見ることができるという能力だが魔力の操作も相手に触れている限りできる。魔力の器が要するに魔力の流れの始めの様な場所であるのでここから魔力が供給されないように制御し続ければいいのだ。ただ相手の身体に触れ続けなければいけないという条件はあるが彼女は病み上がりで反抗する意思も感じられないので大丈夫だという意味である。それにこの場にこれだけの人数が揃っていてすぐに抑えられないこともあるまい。
「大体の事情はマークに聞いてると思うけど、俺は『瞬間移動』の魔法道具にありったけの魔力を込め続けた。厳密には吸われたけど止めなかったという方が正しいけど。とにかく魔力を込めたら大きな光に包まれて気付いたら『瞬間移動』してたんだ。」
「僕が目を開けた時にはすでにユーリ君は『瞬間移動』をしていて。最初はすぐに戻ってくると思っていたから待っていたけどその気配がなかったから何か起きたんじゃないかと思って皆を呼びに行ったんだ。」
マークが皆を呼びに行ってからの話は大体理解しているから皆話を聞いて頷いていた。そして俺は続けて口を開く。
「結論から先に言うと俺が言っていたのは魔族が住む大陸だ。」
「なっ…。」
「本当かそれは?!」
真っ先に声を上げたのはセシリアだった。セシリアはすぐに落ち着きを取り戻し「すまない…」とだけ言って席に着く。しかしセシリアが早かっただけで誰もが声を声をあげそうな状況であるとユーリは思った。
「はい。恐らくですがこの『瞬間移動』の魔法道具は魔族の移動手段である黒い穴を落とし込んだ物だと考えています。なぜかはわかりませんが。」
「いや、この際経緯はどうでもいいだろう。つまりこれがあれば魔力さえ使えば魔族の住む大陸に移動できるということがわかった。」
ユーリはセシリアと同意見だった。この『瞬間移動』の魔法道具はカノンコートで入手したものだ。ウェールの話によればこれを主導で制作していたのはワメリらしいがもしそれが本当ならばなぜワメリが人間族にわざわざ自分たちの元へ来れるような技術を提供したのか謎である。だがそれは今重要視しなくてもいい。実際に俺が使えたのだから罠という可能性もない。
「そして向こうで《上位序列》魔族と遭遇しました。ここがこの『瞬間移動』の魔法道具の問題点でもあるのですが俺ですら大量の魔力を使用します。帰ってくるのに魔力が必要だったのでその魔族に反撃できずに逃げ回っていましたが最後に自分をも巻き込んだ魔族の攻撃を回避できず帰って来たという流れです。」
「…自爆か?」
「いえ。状況としてはそれに近いとは思われますが、死ぬ気はなかったように感じました。ただ楽しんでいただけでしょう。もし本気で来られていたら恐らく俺は死んでました。」
クリスの疑問はもっともだとユーリは思った。しかしあれは自爆攻撃という感じではなかったし、最後の悪あがきでもなんでもなかった。ただ戦いを楽しむというような感じだ。だが結果的にはそのおかげで助かった側面もあるのでなんともいえないとユーリは複雑な気持であった。
「それでさっきまで俺が意識を失っていた時の話なんですが。」
「それも聞いているよ。治療が間に合ってよかったが君はしばらく目を覚まさなくて心配した。」
「すみません。時間がかかった理由は俺は意識の中で彼女と繋がっていたからだと思います。」
「意識の中で繋がった?それは《女神》様と会話した時のようにですか?」
「そうだよ、そして彼女も命の危険があったと思う。」
ユーリの言葉にエレナは反応する。エレナの言う通り意識の世界というのは《女神》と《勇者》が会話をするときに繋がる世界のことだ。大抵は死の危機に瀕すると繋がるが、今回のユーリも魔族によって大ダメージを受けたために意識の世界に飛ばされた。しかし今回は《女神》ではなく隣に寝ていた白髪の彼女と意識が繋がった。つまり彼女も死の危機に瀕していたのではないかとユーリは考えていた。
「どうしてそう思うのですか?」
「意識の中であったっていうのもあるけど意識の中で彼女は魔力に苦しめられているような感じだったんだ。」
「魔力に苦しめられる?」
「そう。彼女の身体にはケーネ先生が言っていたように複数の魔力の器があって白い魔力と黒い魔力が彼女の身体の中でお互いを押し合っていた。それで俺は黒い方をせき止めたところで目を覚ましたんだ。彼女も一緒にね。」
そういうユーリの説明に彼女は頷く。どうやら意識の世界でのことは彼女も認識はしているようだった。彼女はゆっくりと口を開いた。
「わ…私はリュミエール・シュバルツ。」
「リュミエール、君はどこから来たんだ?」
白髪の美女はリュミエール・シュバルツと名乗った。ユーリは一瞬皆の顔を見回すがやはりその名を聞いたことがある者はこの場にいないようだった。そしてリュミエールはユーリの問いかけに頑張って答えようとしているがまだ完全に回復しきっていないのか少し考え込むようにした後、再び口を開く。
「私の産まれはベールという小さな農村です。」
「ベールって?」
「東の果てにある村だ。たしかグランディス王国の中にあったはずだ。」
「はい。そして10歳になった私は教会で《女神の天恵》を受けました。そこでは能力がわかりませんでした。」
「なるほどね。」
《女神の天恵》によって能力がわからないということもある。実際ユーリの《7人目の勇者》という能力は村の修道女では判別できなかった。シロの能力も判明しなかったし教会の修道女と言えど村に常駐しているような修道女のレベルでは《女神の天恵》によって能力が判断できないのだ。つまり彼女も何か特別であるということの証明でもある。
「だけどグランディスの王都に向かう途中から記憶がないんです…。」
「それは何かに襲われたということですか?」
シャーロットの質問にリュミエールは首を横に振る。つまり何かに襲われてリュミエールは捕らわれたり操られたわけではないということだ。やはりリュミエールは自身の魔力によってあのような暴走状態になっていたと考えられる。そしてそれは恐らく…
「リュミエール今いくつかわかる?」
「ユーリ君、まさか…?」
「うん。多分ケーネさんやディミスさんならわかってるんじゃないかな。」
「ええ、彼女の年齢は恐らく12歳。」
「それじゃあリュミエールは…」
「2年間も意識を失った状態だったということになる。」
皆はこの事実を聞いて絶句していた。リュミエールは《女神の天恵》を10歳で受けて以降、自分の意志はほとんどなくあの様な暴走状態で2年間いたということだ。だが実際には少し違うだろうとユーリは考えていた。
「だけど常に暴走状態だったというわけではないと思う。魔力も無限というわけではないだろうし、それにあの魔力で暴れまわっていたらもっと情報があったはずだ。そうじゃなかったってことは実際は眠っている時間の方が多かったんじゃないかなと思う。」
「それでもほとんど意識のない状態だったってことには変わりはないじゃないか。」
「はい。なんとなくですが暴走していた時も眠りについていた時も記憶があります。なんとか冒険者ライセンスを取得して暮らしていけるようにはしていました。だけど私は無意識にたくさんの人を…」
そういうとリュミエールは涙を見せた。先程まで殺気を放っていたランマも落ち着いている。このような話を聞いては彼女を責めることはできない。
「しかしユーリさんのおかげで久しぶりにまとも話せました。私の中の魔力をせき止めてくれたおかげです。ありがとう。」
「いや、大したことじゃないよ。それにいずれは限界がくる。何か対処方法を考えないとね。」
「そもそもどうしてユーリに止められたの?」
「ああ、リュミエールは多分最後の《勇者》だからだよ。」
ユーリの発言にまたしても皆は絶句していたのだった。
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