第二十三話 本当の家族
それからシロを正式に引き取るために奴隷紋の仮契約者をディランからユキさんに移してもらった。それ自体は難しいものではないようだ。ディランの手の甲にあった契約紋をユキさんに新たに描き、お互いが譲渡をする意思があれば移せるものなのだそうだ。俺やアリアでもよかったのだが、俺達だと日中は学園に行っているから常に一緒にいないといけなくなってしまう。その点ユキさんであればメイドの仕事を教えながら側にいることができるしちょうどいいだろうという考えがあったからだ。
「これで大丈夫だ、それでは彼女を頼む。シロ今まですまなかったな。」
「…はい。」
ディランはシロに頭を下げたあと屋敷を後にした。それにしても言葉が通じないというのはどのレベルなんだろうか。今日学園に行っている間にそのあたりもユキさんにお願いしよう。そろそろ俺達も学園に行かなければ。
「じゃあ俺達はそろそろ学園に行くからシロのことよろしくね。シロもユキさん達の言うことちゃんと聞くんだよ。」
「……わかりました。」
「それじゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃいませ。」
少し心配だが、二人に任せておけば大丈夫だろう。
「さて、シロ私に付いてきてください。まずは身体に以上がないか調べましょう。」
「…?」
シロは不安だった。自分は売られたのか、新しい主人に何をされるのか。これまでの境遇は決して良いものではなかった。もちろんディランにも悪気があったわけではないのだが、彼女がそれを知るのはもう少し後のことだ。
「目立った外傷はありませんが…なるほどそういうことでしたか。」
「ユキ何かわかりましたか?」
「はい。どうやら彼女は耳にケガをしているようです。それによって聴覚機能に異常があるのでしょう。これが言葉が上手く通じてない原因かと。」
「なるほど。耳の中であれば気づかないのも無理はありませんね。では買い物ついでに街で『上回復薬』も買ってくるように。」
「わかりました。行きますよシロ。」
「…?」
シロにはユキの言うことがよくわからなかったがとりあえず着いていくことにした。その小さな手に繋がれた手からはとても暖かいものを感じた。
◇◆◇◆
聖騎士祭が終わって初めての授業は、なんだか懐かしく感じた。本来であれば聖騎士祭も3日で終わる予定だったが、魔族の襲撃もあり長引いたからな。
「それでは本日の授業はここまでです。」
「なんだか、久しぶりの授業は新鮮だったよ。」
「ここのところずっと忙しかったもんね。」
「そうですね。なんだか燃え尽きてしまった感じはあります。」
特に聖騎士祭に出てた俺達は感じているだろうな。授業の後はすぐ修行をしてたし、お互いの修行内容は知らなかったから、こうして三人で放課後に一緒にいるのも久しぶりだ。
「ユーリ。スカーレットもリーズベルトも優勝おめでとう。」
「ガイウス!もうケガは平気なのか?」
「ああ、もう全快だ。」
「それはよかったよ。」
授業が終わって喋りかけてきたのはガイウスだった。もう身体は大丈夫なようだよかったよかった。そういえばザイルはどうしているんだろうか。
「ザイルはその後、どうしてるんだ?」
「ドレッド家の方で働かせている。元々頭はいい方だからな、領地経営に尽力してもらっている。」
「そうか、元気でやってるならいいことだね。」
「お前たちに謝罪したいとも言っていたぞ。来る機会があれば会ってやってくれ。」
「そうですね。わかりました。」
「もちろんいいよ。」
ザイルは元気でやっているようだ。魔法は使えなくても当たり前だが生きていくことはできる。戦闘向きの能力じゃない人もいるし、鍛冶師の様な特殊な能力を持っていないとできない仕事はあるわけだしな。だけど元々能力があって魔法を使えていたのにできなくなるというのはまだ能力を貰ってから一年も経ってはいないけど辛いことだと思う。腐らないで頑張って欲しい。
「それではな。」
「俺達も帰ろうか。シロのことが心配だし。」
「ユキさんのことだから上手くやってると思うけど…。」
「私もお伺いしてよろしいですか?」
「もちろんだよ。エレナも心配だよね。」
一番最初にディランに突っかかってたのもエレナだったしな。うちに来るから安心だとは思うけどやっぱり気になるだろう。寄り道もせずに三人で真っ直ぐ屋敷へと帰っていった。俺達が家に帰るとマルクさんが出迎えをしてくれた。
「ただいま帰りました。」
「皆様お帰りなさいませ。」
「ユキさんとシロは?」
「中で皆様をお待ちですよ。」
俺達はマルクさんに案内されていつもの様に屋敷に入るとそこにはメイド服を来たシロが待っていた。慣れていないからだろうか、少しそわそわしている。
「お、お帰りなさいませ…。」
「うん、ただいま!」
「ただいまシロ。」
俺達は言語障害があったわけではなく、耳のケガが原因であったため『上回復薬』を使用して治療したことを聞いた。それ以外には目立った外傷はなかったとのこと。今までのディランの行いや、奴隷紋についての効果も一通り本人には説明しておいてくれたようだ。
「あ、あの!ありがとうございました。ケガも直していただいて、両親も仲間も死んでしまい奴隷になった私を助けていただいたのにあの人のことも勘違いしていたようで…。」
「いいんだよ、気にしなくて。それにディランも悪いとこはあるから。」
「そうですよ。なのでシロさんは気にしなくていいですから。」
「その、私…何をお返しすればよいか…」
シロは不安そうに俺達に問いかける。
「お返しなんていらないよ。」
「でも私こんなに色々してもらって、薬の代金もお支払いしてないですし…」
「そんなの、気にしなくていいから。どうしても気になるならお金はこの屋敷で働いて少しずつ返してくれればいいから。」
「う、うっ…うっ…。」
シロは泣き出してしまった。俺達よりも幼く、両親や仲間を殺される光景を見てさらには自らも奴隷にされて酷い扱いを受けた。そんな彼女にこれ以上何を求めることができるだろうか?何も求めることはできない。俺達にできるのは彼女に居場所を作ってあげることだけだ。
「こんによくしてもらって…何も返せませんし、私は獣人です…。本当にここにいてもいいんでしょうか…?」
「もちろんさ、君が獣人かどうかは関係ない。シロ、僕達はもう家族だよ。」
「私も本当の両親はもういないんだ。でもユーリやユーリのお母さん、マルクさんやユキさんみーんな本当の家族だよ。だから寂しくないよ。」
「私もこのお屋敷の皆さんにはよくしてもらっています。だから安心してください。」
「ぐすっ、ありがとうございます…ありがとうございます…。」
その日、俺達に新しい家族が増えた。シロは泣きつかれてしまったようで寝てしまった。初日なので多めに見るとユキさんは言っていた。だがまだ問題は残っている奴隷紋のことだ。いくら今心配がないとはいえ、本当の意味で彼女を自由にするにはやはりどうにかしなければいけないだろう。契約者を見つけることができれば一番手っ取り早いけど、情報がなさすぎる。
「すこし考えていたんだけど、奴隷紋って消すことできないのかな?」
「契約者を殺す…以外でということですか?」
「そう。契約に割り込んだってことは契約に干渉はできるってことかなって思ってさ。」
「たしかにそれができればシロさんも自害する危険はなくなりますね。」
「うーん、マルクさん、ユキさん何か知ってる?」
「奴隷契約そのものがあまり使われるものではありませんから…すみません。」
「私が現役の頃は魔法的効果を打ち消すといった能力者の噂を聞いたことがあります。もしかしたら奴隷契約も消すことができるのかもしれません。」
魔法的効果を打ち消す…か。そもそも奴隷契約って魔法なのだろうか?そこら辺もよくわかっていないのが正直なところだ。マルクさんが現役ということはもう何十年も前の話だろうし、今は使うのが禁止されているわけだ。そもそも奴隷契約の仕方は未だに伝わっているわけだよな。ディランもよくわからないといっていたし。
「まてよ、でもディランの父親は無理に契約に割り込んだわけだから、何か詳しいことを知っているんじゃないか?」
「たしかに。腐っても宮廷魔道士団副団長でしたから。」
「少しは方向性が見えてきたな。」
まあ問題はどうやってイヴァン・アレストールにアプローチをするかだ。そもそも処分をくらってからどこにいるのかディランも知らないようだ。たしか団長の元で更生させるって話だったよな。シャーロットにでも頼んで調べてもらうか。
「とりあえず、聖騎士祭も終わり、魔族の干渉はあったけど無事に終わり、シロを新しい家族に向かえたところでパーティーでもしようか?」
「私達、後夜祭は途中で抜けてしまいましたからね。」
「いいね、それ!皆も呼ぼうよ!」
「ユキさん師匠も呼んでもらえますか?」
「わかりました。」
「マルクさんはパーティーの準備をお願いします。」
「お任せください。」
こうして俺達は聖騎士祭の優勝、魔族討伐、新しい家族が増えた記念パーティーを行った。メンバーは今回の騒動で親交を深めた皆だ。こうして見るとこの街に来てからいや、学園に入ってから本当にたくさんの人知り合うことができた。村を出て3ヶ月くらいだが、あの頃がとても懐かしく感じるくらいには密度の濃い3ヶ月だったと思う。初めて会って会話する者も多かったが、皆とても楽しそうにしていたのでよかった。皆が笑顔で入れるこの場所を、仲間をそして家族を守っていく。俺はそう強く改めて決意を固めた。
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