第二百二十九話 意識の世界
マークはユーリが『瞬間移動』の魔法道具によって目の前から消えてしまったあとしばらくすればすぐに戻ってくると思っていた。だが尋常ではなかった光り方に不安を覚えて皆を呼び事情を説明した。皆にこの実験を黙っていたことを責められそうになったが、そこはディミスが庇った。元々皆に負担を掛けないように黙っていようと言ったのはディミスの考えである。一応は納得していたようだった。そして皆に事情を説明してわずか5分足らずでユーリは城へと戻ってきた。その姿はボロボロで非常に深い傷を負っていた。
「ユーリ!」
「ユーリ君!」
「急いで治療室に運んで!『治癒魔法』が使える人は使いながら一緒に付いて来て!」
ケーネに言われるがままアリアが『治癒魔法』をエレナは蒼い炎をディーテが能力を全快にしながら治療に当たった。幸い命に別状はなかったが、これだけの治療が揃っていなければ危なかったであろう。しかしその後ユーリは目を覚まさなかった。傷は塞がっているし、魔力も問題はない。ただ彼の意識だけが戻らなかったのだ。
――――
ユーリは自分の意識がどこかの空間に捕らわれているような感覚になった。感覚になったといってもそれを意識したのは今さっきのことである。ユーリは一つ一つ意識を失う前のことを思い出していく。自分はあの魔族の魔法で大きな爆発に巻き込まれた。厳密に言えばほぼ同時に『瞬間移動』の魔法道具で城に帰って来たところまではなんとなく覚えていた。しかし今自分は意識を失っている。これを自覚できているのは似たような感覚を何度も経験しているからである。死にかけた時、《女神》様に会った時つまり今の状態は何かが起こっていて自分はそこに捕らわれているのだとすぐに理解できた。
「とにかく調べてみないとな。」
ふわふわと意識の空間を漂っていく。そしてすぐに自分がなぜその空間に捕らわれているか理解できた。身体の半分を白い光が、もう半分を黒い闇が覆っており非常に苦しそうな状態になっている白髪の美女がそこにはいた。実際に表情がわかるわけではんく意識の集合体の様なものなのだが、少なくともユーリにはそう感じた。
「彼女が目を覚まさないのはこれが原因か。」
彼女は身体には問題がないと聞いていた。しかし魔力が満たされず意識が覚醒しないのではないかという話を聞いていた。この光景を見たらなんとなくそれは合っていると理解できた。彼女を起点に白い光と黒い闇はお互いに彼女の身体に入り込もうとせめぎ合っている。だがそのせいで彼女は苦しい状態になっているのだろうとユーリは考えた。
「なんとかしてあげたいけど、どうすれば…。」
とはいえここは意識だけの空間。魔法が使えるわけでもなく、もちろん《聖剣クラレント》もあるわけではない。そしてユーリは思い切って黒い闇をせき止めようと身体を間に割り込ませることにした。
「うわぁ!」
意識の中を何かが侵食してくるのがわかる。いや何かではない。圧倒的な闇が自分の中を侵食してくるのがわかった。しかし自分の意識の中から何かがそれに反抗しているのがわかった。その何かは紛れもなく《勇者》の力である。彼女の白い光の様にせめぎ合うのではなく、《勇者》の力が完全に黒い闇を自分の中に壁を作って侵入させないようにしている。そうしてユーリは意識が薄れていった。
「う、うーん。」
ユーリがゆっくりと目を開けるとその光景に見覚えがあった。ここは城の病室、つまり自分は治療を受けてここに寝かされている。横を見ると椅子に座ったアリアが疲れたような顔で眠っている。魔力の感じから見るに自分に『治癒魔法』を使用して疲れてしまったのだろう。無理をさせてしまって申し訳ないなと思った。そして自分の横にいる彼女に目を向ける。すると彼女も目を覚まし、こちらに目を向けていた。
「ユーリ君!」
「えっ…ユーリ!」
「や、やぁ…。」
病室に入って来たエレナは真っ先にユーリが目を覚ましていることに気付き、声を上げる。その声で眠っていたアリアも目を覚まし、ユーリの顔を覗き込んでいる。その表情は今にも泣きだしそうであった。その前にユーリは今の状況をエレナに確認する。
「俺はどれくらい眠ってた?」
「一日です。マークから話は聞きました。『瞬間移動』の魔法道具を使用して突然傷だらけで帰ってきて、すぐに治療を行いました。それから一晩明けています。」
「そうか。」
思っていたよりも時間が経っていなかったなとユーリは思った。かなりひどいダメージだったはずだが、今のところ何も違和感はない。皆がすぐに治療をしてくれたおかげだろう。ユーリは身体を起こしベットから降りる。
「もう大丈夫なのですか?」
「ああ、皆のおかげだね。エレナ悪いけど皆を集めれもらえないかな。彼女も目を覚ましたようだし。」
「えっ?」
ユーリが目をやった方にエレナも目を向ける。するとずっと眠っていたはずだった白髪の美女も目を開けてこちらを見ていることに気付いた。すぐに「わかりました!」と返事をして病室から出ていった。ユーリとアリアは白髪の美女の元へと移動して声をかける。
「大丈夫?」
「…はい。」
「これから俺達の仲間に話をして欲しいんだけどいいかな?君のことも聞かせて欲しい。」
ユーリが彼女に問いかけると無言で頷いた。アリアと二人で彼女を起こし、肩を貸しながら三人はいつもの応接室へと向かった。
◇◇◇◇
ブレイズは自分もダメージを負うのを承知で爆発の魔法を地面へと放った。よく勘違いされるがブレイズはバカではない。むしろ戦闘面では頭も回るし、好戦的ではあるが冷静さを失ってしまうほどではない。でなければ《上位序列》魔族それも三位などにはならないだろう。だがどうしてか先程は少し冷静さを欠いていたと自覚はあった。本物の《勇者》を前にして気持ちが高ぶってしまったのだろうか。これまでも自称《勇者》を名乗っている人間族は何人も消してきた。だがやはり本物は実力だけではなく自身の感覚を滾らせる相手であることを認識した。
「おや?」
「ワメリか。」
身体を再生させているところにワメリがやって来た。そもそもユーリが侵入したことにほとんどの魔族は気付いていなかった。理由は二つある。一つはこの大陸にやってきた時点でのユーリの魔力が少なかったから。ただでさえ自分達とは違う魔力を感じることは魔族にはできない。相手のプレッシャーの様な物で認識しているため魔力があまりにも減っている状態だと相対していない限り魔族は気付くことができないのだ。もっともユーリは《勇者》であるためそれなりの存在感はあるのである。だが二つ目の理由に繋がるが、魔族はそもそも探知の類が得意ではない。厳密にいえば探知の能力を持っている者と持っていない者の差がはっきりしすぎているのである。人間族は探知の能力や魔法がなくても多少は感じることができる。同じ《精霊》を使用した魔法であるために
「また随分と派手にやったようですね。」
「あぁ。あいつがお前の言っていた《勇者》だろ?」
ブレイズの問いかけにワメリは微笑みだけで返す。ブレイズはこれを肯定だと判断した。ワメリは自分達《上位序列》魔族の中でも一番何を考えているかわからない得体の知れなさを感じている。自分よりも序列は下であるが侮れないとブレイズの直観が警告していた。そんなワメリが今熱心になっているのが《勇者》である。《勇者》は何人かいるが自分が会ったあの男であるとブレイズはユーリと会って思ったのだ。それだけあいつには魔族を刺激する何かがあるのだ。
「あまり手を出さないで欲しいのですが?」
「あのくらいじゃ死なねぇよ。それより何の用だ?」
「おお、そうでした。急ぎ円卓へと集まってください。イモータル様がお呼びです。」
「ちっ、しゃあねぇな。」
ブレイズはワメリに連れられて城へと戻る。先程の出来事は自分とワメリにしか知られていないのでこの大陸に《勇者》がいたことは気付かれていないはず…であった。ブレイズとワメリが円卓に集まった時にはすでに他のメンバーが席についていた。それを見て慌てるなどということはない。あくまでもこの円卓に座る者同士は対等なのだ。だが呼び出しには応じることにしている。呼び出されるということは何かがあるということだからだ。
「どうやら《勇者》と戦ったようだなブレイズ。」
「なんでジィさんがそれを知ってる?」
イモータルは席に着いたばかりのブライ図に先程《勇者》と戦っていたことを問いかける。ブレイズはそれに驚きを隠せなかった。魔族は探知が不得意である、特にイモータルは群を抜いて他人の魔力探知が得意ではないからだ。イモータルは自分の魔力を死体に植え付け操作することを得意としている。故に自分の魔力を埋め込んでいればすぐにでも探知できるのだがそうではない相手の探知は得意ではなかった。それをブレイズは知っていたから驚いていた。だから誤魔化そうと思えばできたのだが、すぐにそれを口走ってしまった。
「《魔王》様が反応していたからな。先程の鼓動、お前を感じていただろう。」
「ああ、そういうことか。」
先程地震の様な響きがあった。ユーリは直観的に何かの生物の鼓動だと考えていたがそれは《魔王》のものである。イモータルは《勇者》が近くに来たことによって《魔王》の鼓動が響いたのだということを皆を集めて伝えたかったのだ。
「つまり《勇者》を連れてこれば《魔王》様は復活すると?」
「ですがまだ魔力は集まり切っていませんよ?とはいえもうすぐそこまできていますが。」
「ワメリ、具体的にはあとどのくらいだ?」
「あと20%といったところでしょうか。」
「そうか…。」
イモータルは迷った。今すぐに《勇者》をこの場に連れてこれば恐らく《魔王》様は復活するが、不完全な状態になってしまう。だが《勇者》を放置していては力を増してしまうかもしれない。だが《勇者》がいなければ《魔王》様は復活しないと思考があちらこちらへと来ていた。そんなイモータルを見て口を開いたのはワメリだった。
「そこまで深く考えなくても良いのでは?ここにくる方法が分かった以上《勇者》は放っておいても必ずやってきます。それまでに残りの魔力を集めれば良いのです。」
「しかし…。」
イモータルはワメリの意見に消極的になるが、それをさらに補助したのはブレイズだった。
「俺もワメリの意見に賛成だ。待つのも悪くはねぇ。」
「あら、ブレイズの坊やにしては意外ね。」
「フン。」
「わかった。我々の方も戦争の準備をしておくとしよう。」
ブレイズとしてはこの流れはありがたかった。あの《勇者》はまだ伸びる。すぐに来てしまったのでは面白くもなんともないのだ。そしてワメリもある理由からまだ《勇者》には来てほしくなかったのだが、話の流れを上手く誘導できたことに微笑んでいた。
少しでも面白いなと思っていただけたら幸いです!
皆さまの応援が励みになりますので、ぜひ下部よりブックマーク・評価等お願いいたします!




