第二百二十一話 狙う者
「ユーリ・ヴァイオレット。お前を殺す!」
「くっ!」
黒い甲冑の騎士は俺へと斬りかかる。俺はすぐに《聖剣クラレント》を引き抜き剣を受ける。一撃が鉛の様に重い。セシリアさん以上の力だ。だが対応できないというほどではない。
「『身体強化・二重』!!」
「『一文字斬り』!」
俺は『身体強化』でスピードとパワーを上げる。しかし向こうもそれに合わせて動きの精度を上げる。魔法的な何かを使用しているわけではなく能力による『身体強化』か何かだろうか、それとも鍛えたことによる物だろうか。わからないが付いてきていることに間違いはない。そして俺の胴体めがけて剣を横に振り払う。俺はそれを後ろに大きくジャンプすることで回避した。
「お前はどうして俺を狙う?」
「自分の胸に聞いてみるんだな。」
「心辺りがない。お前の名前は何だ!」
「私はコンバット・アランド。」
黒い甲冑の騎士はコンバット・アランドと名乗った。しかしながら俺はその名前を思い出せないでいた。いやそれは少し正確ではないかもしれない。なぜならば俺は彼と出会ったことはないのだから、思い出せなくても無理はない。だが彼は何か俺に恨みがあって襲い掛かってきているということらしいが…。
「お前は思い出せなくて当然だ。我らのことなど気に掛けるわけがないのだからな!」
「くっ!」
コンバットは再び襲い掛かってくる。これだけの実力者であれば一度戦っていれば必ず思い出すはずだ。そうじゃないということは間接的に関わったことがあるとしか考えられない。例えば何かの事件の被害者であるとか。コンバットの攻撃は激しくなる。考えながら戦うのは得策ではない、目の前の戦いに集中しなければ。
「英雄などと呼ばれ思いあがっている貴様には罰を与えなければならない!」
「そうそう自称した覚えはないんだけどな!」
「はっ!」
二人の間に距離が出来る。このまま戦い続けてコンバットの正体を探るか?いやだがランマもやられたくらいだ、アリアが控えていてくれてるとはいえどうなってしまうのかわからない。しかし俺はここで強烈な違和感を覚えた。ランマは黒い甲冑の騎士と戦闘にならず呪いをかけられたはずである。しかし目の前のコンバットは一度もそういう素ぶりを見せていないのだ。俺に恨みがあるということだから俺にだけは呪いで終わらせたくなかったということも考えられなくはないが、殺すのが目的であるならば尚更呪いでもかけて移動させればいい。そちらの方が都合がいいはずだ。何せランマを一瞬で呪いにかけて家まで帰らさせ人を襲わせるくらいの呪いをかけられるのだから。
「『水の球』!」
「『土の弾丸』!」
「『雷撃』!」
「っち!」
「『新山田流壱式・疾風迅雷』!」
俺がどうするべきか悩んでいる間にジェマ、コーデリア、アザミ、ランマが合流していた。ジェマ、コーデリア、アザミの三人が放った魔法は回避されるがその隙を狙ったランマの刀がコンバットを斬りつける。黒い甲冑が少し傷つくがこれもギリギリのところで回避した。
「また必ずお前の命をもらい受ける。」
「待て!」
コンバットを逃がすまいと追いかけようとするが、地面に何かを叩きつけると煙が噴き出す。これは煙幕だ。俺は急いで風魔法で吹き飛ばそうとするが魔法が発動しないことに気付く。しまった、この煙に何か仕込まれているのだ。このまま深追いするのは危険だろうと判断しその場に留まった。しばらくすると煙は晴れるがそこにコンバットの姿はなかった。
「逃げられたよ。」
「それで奴は何者だったんだ?」
「コンバット・アランドって言ってたよ。俺を殺しに来たらしい。」
「えっ、ユーリさんをですか!何か心当たりはあるんでしょうか?」
「いや、それが初めて会った相手なんだ。だからこれまでの事件の関係者か何かだとは思うけど詳しいことは何もわからない。皆は?」
俺がコンバットのことを知らないかと皆に尋ねると皆は首を横に振る。やはりか…。しかしランマだけは何かを考え込んでいた。何か思い当たることがあるのだろうか?
「ランマ、心当たりでもあるのか?」
「いや心当たりというわけではないでござるが…奴は拙者があった黒い甲冑の騎士ではないと思うでござる。」
「やっぱりランマもそう思うか。」
「えっ、どういうこと?」
コンバットは呪いの力をまったく使わずに俺との戦闘をした。呪いの力というのは分類で言えば闇属性魔法である。そもそも闇属性魔法の使い手は珍しい方である。しかしコンバットは魔法を一切使わずに戦闘を行っていた。『身体強化』についてきたことも能力によるものか本人の技量が高いかのどちらかの可能性が高いことから奴は闇属性魔法の使い手ではないと俺は考えていた。ここまでのことを皆に共有した。
「たしかにそういわれるとそうかも。」
「拙者もユーリ殿と同じ考えでござる。もし呪いが使えるのならまっさきに使ってくるでござろう。それにもう一つ違和感を感じたでござる。」
「どんなことだ?」
「拙者は黒い甲冑の騎士の身体の線が見えなかった話はしたでござろう?コンバットとかいう者ははっきりと実体があったでござる。」
ランマの話を参考にするならば恐らく呪いをかけた方の黒い甲冑の騎士は闇属性魔法の使い手で自分の渦中に魔力を帯びさせていた。しかしコンバットはそうではなかったということは…。
「恐らく黒い甲冑の騎士は二人いる。」
「拙者もそう思うでござる。」
「今戦ったのはランマが呪いをかけられた黒い甲冑の騎士とは別人ということだね。」
「二人の間に関係はあるのでしょうか?」
「今はまだはっきりとしたことはいえないけど、手がかりはある。」
二人の黒い甲冑の騎士の間に関係性があるかどうかはわからないが、とりあえず片方の名前は判明した。コンバット・アランド、すぐにエーラ達に調べてもらうことにしよう。俺達はヴェルス帝国の城へと戻り今回のことをエーラ達に話した。
「だからコンバット・アランドという人物について調べて欲しいんだ。もしかしたら冒険者としてこの街に入って来たかもしれないから。」
「なるほどな、だがその必要はない。」
「どういうこと?」
「コンバット・アランドはヴェルス帝国軍に所属していた男だからだ。」
「な、なんだって?」
どうやらコンバット・アランドという男はヴェルス帝国軍に所属していた男のようだ。なるほど少しだけ話が見えてきたな。恐らく彼の恨みというのは魔族がこのヴェルス帝国を襲っていた時のことを言っているのだろう。ということは彼ももしかしたら…。
「それはあの時の被害者ということか?」
「ああ、そうだ。《制限失薬》によって能力を失ったうちの一人だ。だが魔族との戦いの中で死んでしまったと思っていたが。」
「バーン、早急にあの時の被害者を洗い出し現在も軍属か冒険者になっているのか調べなさい。」
「はっ。」
「ユーリさんどういうことですか?《制限失薬》とは一体何なんですか?」
以前ジェマ達には話したことがあったがアザミは知らなかったので改めてここヴェルス帝国で起こった事件の概要を話した。ヴェルス帝国は魔族に襲撃され多くの軍人がやられてしまった。だが。《制限失薬》という薬によって一時的に能力の上限を引き上げ応戦した。だがそれには大きな副作用があり二度と能力が使えなくなってしまうという物であった。さらにそれを軍人に渡したのは魔族だったということを。そしてエーラとバーンはセルベスタ王国に《勇者》である俺達を探しに来て、協力することにした俺達は冒険者たちに協力して魔族を倒したということ。
「どうして能力を失ってしまうんでしょうか?」
「能力っていうのは自分の実力以上のことはできないようにセーブがかかる。例えば身体強化する魔法だったとしても足の骨が折れれば痛みは感じるだろ?本来はこの時点で能力の向上はできないけれど《制限失薬》はその制限をなくす薬だから無理やり動かせてしまうんだ。そのダメージはどこにいくのかという話だけど恐らく脳じゃないかと言われている。」
「脳に能力は宿ると考えられているんですか?」
「そこまで詳しくは判明していないんだけど一度制限を外すと逆に常に制限をかけてしまうような状態になってしまうと言われてる。」
あの事件以降《制限失薬》の研究は進み俺がアザミに話したようなことで能力は失われるという見解になった。脳と能力は関係があるとはっきりとわかっているわけではないが、《制限失薬》のことを考えると無関係というわけでもなさそうだ。
「たしかに元軍人であればあの戦い振りにも納得はできる。俺を恨むのもな。」
「どうしてユーリさんが恨まれるのですか?」
「自分達じゃ倒せなかった魔族を《英雄》で《勇者》であるとはいえまだ子供のユーリが倒したんだからな。そりゃ腹も立つってもんさ。」
「完全に逆恨みじゃないですか!」
「ま、アタシが見てきた限りじゃ珍しい事でもない、人間でも亜人でもな。」
アザミはあまり外の人間と関わってきていないからわかってないようだがジェマの言う通りだ。アザミ自身も実験台にされていたのだからそういう被害にはあっているはずなのだが、あまり覚えていないせいか被害者意識は薄いようだな。
「ランマ悪いけどしばらくはこっちの問題解決に力をいれるよ。」
「大丈夫でござる。拙者もこれを放置していいとは思わないでござる。」
「皆様、ヴェルス帝国の問題に付き合わせてしまい申し訳ございません。」
「問題ない…。」
「うん!困っている時はお互い様だよ!」
「ありがとうございます。」
しかし気になることはまだある。俺を狙っているというのは理解できたがなぜ今なのだろうか。この二年間いつでも狙うことが出来たはずなのに。何かの時を待っていた?わからないが油断してはいけない。それにコンバットがなぜ黒い甲冑をしていたのかも気になるな。全ては奴を見つけて聞き出すしかない。
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