第二百二十話 うめき声の正体
うめき声が聞こえるという場所で野営することにした俺達は順番に夜の番をしていた。今は俺とアリアが火の番をしていた。久しぶりに二人で談笑をしながら夜は更けていく。そろそろ交代をしようかと立ち上がった瞬間何かを感じた。アリアもそれに気付いたようでお互いに顔を見合わせる。
「ユーリ!」
「うん、今の何かおかしかったよね。」
魔物であれば魔物特有の動きや感覚の様な物がある。対して人間であればそれなりに規則的な動きをするし、魔力もわかりやすい。今感じたのはそのどちらでもあるようなそんな感覚であった。俺はこの感覚に覚えがある。学園に入学した当初ガイウスとザイルと揉めた時にザイルが薬を使用して変化した姿、魔人である。だがあの時の様な禍々しさは感じられない。それに本当に魔人だったとしたらこれはおかしいことであるのだ。本来魔人というのは存在しえない、なぜならば人間が魔物の力を受けて混ざり合うことで魔人となるが根本的に体質が違う生物の能力に耐えることはできず長くは持たないのだ。実際ザイルは薬を摂取してから長い時間は経っていなかったからこそ『治癒魔法』『解毒魔法』で元に戻ることはできた。しばらく魔法をまったく使えないという後遺症も残ってしまったが現在では元通りになったと聞いている。
「ザイルの様に魔人になったということ?」
「うーん似ているけど違う気もする。とにかく行ってみよう。」
「わかった。」
俺とアリアは先程変な物を感じた場所に向かう。そこには洞穴の様な物があった。中は暗く奥の方まではどうなっているか見えない。そこをしばらく眺めているとその中からうめき声が聞こえた。これが冒険者が言っていたものだろうか?
「行ってみるしかないか。アリア明かりを頼む。」
「『発光・長』!」
俺達の周りに光の球がいくつか現れる。これでこの穴の暗さでも大丈夫だろう、先に進んでみよう。しかしこの洞穴恐らくだが自然にできたものじゃないな。明らかに魔法を使用した痕跡がある。しかしこれだけ派手に魔法を使用していればエーラ達が気付かないとは思わないが…。
「ユーリ、あれ見て。」
「生活した後がある。誰かここにいることは間違いなさそうだね。」
俺達が見つけたのは誰かがこの洞穴で生活をしていた様な跡である。間違いなくここに誰がいるだろうが、魔力探知が上手くできない。この狭い空間を魔法で作ったからだろうか魔力がここに充満している。先程の様に激しく動いてくれれば捕らえることができるが恐らく今はまったく動いていない。俺達の侵入に気付いて隠れているのか?
「仕方ない。アリア一度外に出よう。」
「どうするの?」
「俺に考えがある。」
俺達は一度洞穴から外に出た。そして洞穴に向けてある魔法を放つ。
「『煙幕』!」
「なるほど。煙で炙りだそうってことだね。」
「開けた場所ならすぐに煙は流れていくけどこの洞穴みたいに密閉空間で使えばいつまでもここに煙が滞留し続ける。」
「苦しくなって外に出てくるしかないもんね。」
「そら来たぞ!」
洞穴の中で暴れまわるような音がした後何かがこちらに向かってくるのがわかった。先程感じた魔力と同じものだ。魔人のようで魔人ではないもの。
「グワァァァ!!!」
「『三角・鎖』!」
「ガッ!」
「なっ!」
俺が得体の知れない何かに向かって拘束の魔法を放つ。しかしそれは咆哮を放ち俺の魔法を弾き飛ばしたのであった。それに驚いている間にその得体の知れない相手はアリアの方へと向かって行く。
「きゃぁ!」
「アリア!」
「『砂の監獄』!」
反応できずに今にもアリアに飛び掛かりそうなところで地面から無数の砂が現れ、得体の知れない相手の動きを完全に止めたのだ。これはジェマの魔法である。後ろにはジェマとコーデリア、アザミ、ランマの面々が揃っていた。
「ったく、なんかあったのなら起こせよな。」
「助かったよジェマ。ありがとう。」
「こいつ…何…?」
「魔物…でしょうか?」
ジェマが『砂の監獄』で捕まえた相手の姿を見ると汚れてはいるものの人間の子供に見えた。しかし明確に違うのは頭に角が生えている。まさしく魔人の特徴と一致しているが、こうやって相手を目の前にしてもよくわからない。
「やい!離せ!」
「こいつ喋ったぞ。」
「当たり前だろ!いいから離せ!」
「そう言われて素直に離す奴がいるか。そもそも襲ってきたのはお前じゃねぇか。」
正体のわからない子供は『砂の監獄』の中で暴れまわっている。ジェマの言う通り拘束を解いたら今すぐにでも襲ってきそうな勢いだ。先程本気ではなかったといえ俺の魔法を弾き飛ばした以上むやみに解放するのは危険だろう。話ができるのであればなんとかなるかもしれないと俺は対話を試みる。
「君名前は?」
「ザザ。」
「ザザはどうしてここに住んでいるの?」
「わかんない。気づいたらここにいたから住んでるだけだ。」
「何で襲ってきたんだ?」
「それはそこの奴が住処を襲ってきたからだ!」
ザザと名乗ったその少女いや幼女というべきか。年齢の割には会話もそれなりにできる。とはいえなぜここに住んでいるのかなぜ魔人と同じような姿をしていて普通に生活しているのかわからないことだらけだが、今はどうすることもできない。
「ユーリ殿、どうするでござるか?」
「とりあえず明日ヴェルス帝国に戻ってエーラ達に相談するしかないかな。今日はもう休むとしよう。」
「アタシとランマがこのままこいつを見てるよ。」
「任せるでござる。」
ジェマとランマがザザのことを見ている間に残りの皆は休むことにした。次の日ヴェルス帝国へと戻った俺達はザザをエーラ達に相談しに行った。これまでの経緯を軽く話、ザザの身柄はヴェルス帝国で見てもらうことになった。
「あとは俺達に任せてくれ。しかしあれは一体何なんだろうな。」
「わからない。あんな状態の人間は初めて見た。」
「魔人ってのは珍しいのか?」
「元々魔人になる明確な理由というのはないんだ。ただ目撃数だけはそれなりにあって相手はほとんど自我を持っていないし長生きはできないっていうのが通説だと思う。ただ俺とアリアは薬で魔人になったパターンに遭遇したことがあって。その時はすぐに無力化して治療したらしばらくの間後遺症は残ったけど命に別状はなかったよ。」
「へぇー。」
俺は知っている魔人についての話とザイルの事件を皆に話した。しかしザザは魔人に限りなく近い物のかなり安定している。俺達が初めて気づいた時と俺の魔法をかき消した時だけ魔人特有の力は感じたが普段はそうでもない。ザイルの様に薬を飲んだというわけでもなさそうだが…。
「その薬ってのは…。」
「うん、魔族の仕業だったよ。それが四天王“剛腕”のバリオンの手下でイヴァンさんが起こした事件に繋がるわけだけど結局魔人にする薬の方はザイルの事件以降何もなかったからこれと言った手がかりはないよ。」
「今回の場合は薬でって感じじゃないもんね。」
「とはいえ無関係というのも考えにくいでござる。魔族が関わっているかもしれないというのは頭に置いておいた方がいいでござるな。」
「まさかヴェルス帝国にまた魔族の手が迫っているのか…。」
「それはまだわからない。しばらくはザザを頼りに情報を聞き出すしかないね。」
今はこれ以上どうこうすることはできない。ヴェルス帝国とロンドの間にいたというだけで狙いが何かまではわからないし魔族との関係も断言はできない。魔人について全てを知っているわけではないからな。とはいえこれで当初の目的であった黒い甲冑の騎士についての情報がなくなってしまった。
「黒い甲冑の騎士の手がかりがなくなってしまいましたね。」
「振り出し…。」
「いや、そうでもないぞ。お前達が出ている間にこちらでも情報を集めたのだが黒い甲冑の騎士の目撃情報があった。」
「バーンさん本当ですか!」
「ああ、西の街バルカンに向かったという情報があった。しかもここ最近だ。今から追えば追いつくことができるかもしれない。」
「すぐに向かうでござるよ!」
どうやら黒い甲冑の騎士の新たな目撃情報があったらしい。急いで俺達は目撃情報の会った西の街バルカンに向かうことにした。
「さてここがバルカンか。」
「早速聞き込みをしてみよう。」
俺達はバルカンの街に着くやいなや黒い甲冑の騎士の情報収集に乗り出した。目撃情報があったのはバルカンの近くにある山の中の様で魔物が住み着いているため街の人々は近づかない場所らしい。魔物が積極的に降りてくることもないそうだが、たまに降りてくることがあり冒険者に討伐依頼を出す。つまり普段から人がいるような場所ではないため隠れるにはうってつけの場所である。
「目撃情報があったのはこの辺りかな?」
「皆何か感じる?」
「私は…何も。」
「俺もだ。とりあえず手分けして探してみよう。昨日のペアで。」
それぞれのペアで捜索を開始する。魔力探知に引っかからないということは魔力を消している可能性が高い。つまり何かから見つからないようにしているとも言える。だが完全に痕跡を消すことは難しいはず、近づけば探知することができるはずだ。
「ユーリ。」
「ああ、誰かいる。」
木々で見えないが俺達の100mほど先に誰かがいることがわかった。俺達は恐る恐る近づいていく。開けた場所に出るとそこには黒い甲冑に身を包み腰には剣を携えた人物がいた。その人物はこちらを振り向き気付く。隠れていても意味がないので俺はその人物の前まで出ていく。アリアには俺が呪いをかけられたときのために待機していてもらう。
「お前、何者だ?」
「ユーリ・ヴァイオレット。お前を殺す!」
黒い甲冑の騎士は俺の方へと真っすぐに斬りかかりに来た。
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