第百九十三話 大規模戦闘
俺達が話している最中に一人の魚人族の男が入ってきた。
「どうしたのです。」
「それが地上での多数の魔法のぶつかりや爆発音がこの海にまで聞こえております。」
「なんだって!」
俺はすぐさま魔力探知をしようと試みるが上手くできない。おそらくここは海の深く底ということもあるがそれだけでなく、不思議な膜のようなもので街全体が覆われているせいか地上での魔力を感じないだろう。だが彼の慌てようからすると只事ではなさそうだ。まさかもう魔族の襲撃が始まっているのか?
「マーシーさん!俺達すぐに地上に戻ります!もしかしたら魔族の襲撃かもしれない。」
「わかりました。気をつけてください。ナーノ!」
マーシーが声を荒げると何かを担いだナーノがすぐに飛んできた。担いでるものをよく見るとどうやら船のようだ。
「これに乗ってください。ナーノが引っ張っていく方が早く地上に戻れるでしょう。」
「ありがとうございます!また来ます!」
俺達は船に乗るとナーノは全速力で地上へと向かっていく。一体地上で何が起こっているのだろうか。海面に近づくに連れて複数の魔力を感知することができた。それはおよそ数百ほどで大規模な戦闘が行われているということに間違いない。
「さぁ着いたぞ!」
「この数は…!」
「半端じゃねぇぞ…。」
「魔族…なの…?」
「いや魔族の魔力は感じるけど…何かへんな感じだ。とにかく現場に向かおう!」
数百の魔力が集まっている方へと駆け出す。おそらくこの方角は会議が行われたあの草原だ。そこにわかるだけでも獣人族やエルフ族、ドワーフ族など色々な種族の魔力を感じる。それにうっすらとだが魔族の魔力を感じている。しかしそれはおかしい。普通魔族の魔力は弱々しいということは今までの経験上あり得ない。奴らはその禍々しい魔力を隠そうともしないし、そもそも瀕死の状態でもなければ弱々しい魔力になんてならないのだ。それにこの全体に薄らと感じるという点も引っ掛かる。
「こ、これは…。」
「種族同士で争ってるのか?」
「早く…止めないと…!」
「私もお手伝いします!」
草原に辿り着くとそこには様々な種族同士での戦闘が行われていた。獣人族が一番多いが皆武装をしている、この数まさかドワーフ族から盗まれたものではないだろうか。とにかく止めないと。俺は近くにいる獣人族に向かっていく。
「これは一体何が起こっているんですか!」
「アァ…ア…。」
「こいつら正気じゃねぇ。」
「何かに…操られている…。」
獣人族は正気を保っておらず、会話をすることもできなかった。それにこの獣人族から微かだが魔族の魔力を感じる。まさかこれを操っているのは魔族なのか?しかもこの人数、相当な規模である。俺は《聖剣クラレント》を取り出し、その獣人族を切りつける。そして『治療魔法』で傷を癒す。これで魔族の支配からは解放されるはずだ。
「大丈夫か?」
「うっ…。」
「これでは事情を聞けなそうですね。」
無理やり支配されていた影響であろうか、傷は塞がっているが体力の消耗が激しいようだ。地道だがこれを繰り返して無理やり支配されている人を解放していくしかない。それに先程までは気付かなかったがここに来てわかった。明らかに異質な魔力を二つ感じる。魔族ではないようだが…どうする?
「ユーリも気付いてんだろ。ここはアタシとコーデリアが相手をしに行く。」
「それが…いい…。」
「でも…。」
「現状こいつらを解放できるのはお前しかいないんだ。だったらそれに集中しろ。」
「アザミは…倒れた人の…介抱。」
「わかりました!」
「わかった。あの二つの魔力の相手は二人に任せる。何かあれば合図を出してくれ!」
ジェマとコーデリアの二人は異質な魔力の方へ、俺は操られている亜人族の相手とアザミはその介抱にそれぞれ別れる。
「アァ…。」
「ウゥ…。」
「なんて数なんだ。」
「キリがありませんね。」
「二人共、気を付けてくれよ。」
ジェマは亜人族の攻撃を潜り抜け、異質な魔力を持つ相手に真っすぐに向かっていた。そしてその魔力を発していると思われた人物を見た瞬間に魔法を放つ。
「『土の球』!」
「………。」
『土の球』はその人物めがけて飛んでいくが。ぶつかる直前に粉のように粉砕した。ジェマはすぐにその人物が只者ではないことを理解した。『土の球』を砕いたのではない。彼はその腰に付けている剣で斬ったのだ。それも岩の塊があの一瞬で粉の様になるほどである。
「野郎…これはやべぇな。」
「………。」
「おい!お前!」
「………。」
ジェマは今更ながら一応対話は試みるが返事はない。騎士の様な格好をしたその人物は微動だにしていない。というよりも完全に心ここにあらずといった様子で、ジェマの方を見てもいない。ジェマはならばと思い得意の接近戦に持ち込む。先程の剣技を見た後ではあったがジェマは無策ではなかった。
「『砂の爪』!」
「…!」
「そっちはブラフだ!『砂漠の刃』!」
ジェマは『砂の爪』を発動し騎士の懐へと飛び込むがその前に『砂の影』による砂で作った分身であった。そして本物のジェマは背後へと回り込み、『砂漠の刃』を騎士へとぶつける。しかしジェマは違和感を感じてすぐに後方へと下がる。
(おかしい。まったく手ごたえを感じなかった。)
「………。」
騎士の背中に確実に『砂漠の刃』は刺さった。だがまったく手ごたえを感じていなかった。そしてその答えはすぐにわかる。目の前の騎士はたしかに背中に傷が出来ているにも関わらず、血が出ていないのだ。異常以外の何物でもない。
「これはやべぇな…。コーデリアの奴も大丈夫か?」
◇◇◇◇
コーデリアはジェマとは違うもう一つの異質な魔力のする方へと向かっていた。亜人族の攻撃を躱しながら辿り着いたそこにはマントを被り杖を持った女性が立っていた。コーデリアはジェマとは違い、相手が人間であることがわかったので攻撃は仕掛けずに対話を試みた。
「あなた…何者…。」
「『炎の球』。」
だが女性からは返事はない。ならばと魔力を込めると女性は容赦なく魔法を放つ。『炎の球』である。『多重展開』されているわけでもないため、『水の壁』で打ち消そうとコーデリアは考える。
「『水の壁』!」
「………。」
「くっ…。」
ただの『炎の球』にも関わらずコーデリアは防ぎきれず、少し火を浴びてしまった。彼女の魔法は何かがおかしい、しかしそれが何なのかコーデリアにはわからなかった。ならばと今度はこちらから攻撃を仕掛ける。
「『水の弾丸・二重』!!」
「『火の壁』。」
コーデリアの放った『水の弾丸』は女の『火の壁』によって蒸発させられてしまう。コーデリアはこれを見て直観でわかった。彼女は相当な実力者であり、このまま自分が戦って勝てる相手かどうかわからない。しかし今ここでユーリに助けを求めてしまうと操られている亜人族を助けることができない。今できることはこのまま相手を足止めして時間を稼ぐこと。このまま小競り合いを続けることが自分の役割であると理解した。
◇◇◇◇
ルミはユーリ達と別れ全速力でセルベスタ王国へと向かう。問題が発生しているため助けを呼ぶ必要が会ったからだ。行きとは違い誰も乗せていないので背中を気にせずに飛ぶことが出来る。ルミは城に着くと真っ先にシャーロットを探すが見つからない。しかしまだシャーロットは戻っていなかった。
「ルミ!」
「カルロスさん!」
だがカルロスがルミを見つけてくれた。彼だけはこの城に何かがあった時のために残っていたのだった。ルミからの事情を聞いたカルロスはすぐにシャーロットに連絡を試みる。しかしタイミングが悪いのか連絡がつかなかった。
「すぐに戻らないと!何か嫌な予感がするとユーリさんは言っていました。」
「ユーリがそういうなら間違いないとは思いますが…」
カルロスはどうするべきか迷っていた。ここで自分が行ってしまっては誰かに連絡する役目がいなくなってしまう。そんな時背後から声をかけられた。
「何かあったようですね。」
「もしかしてちょうどいいタイミングだった感じかな?」
「エレオノーラ様、アリア様!」
そこにいたのはエレナとアリアであった。二人はシャーロットの頼み事を済ませてちょうど城に戻ってきたところであった。カルロスとルミは急いで現在の状況を説明した。
「わかりました。ルミ急いでユーリの元へ行きましょう!」
「もちろん私も行く!」
「二人共背中に乗って!」
エレナとアリアは急いでルミの背中に飛び乗ると霊峰ベルベティス方面へと飛び立っていった。背中に乗り込んだ後あることに気付いた、今回シャーロットが二人に頼んだこと。それはある人の元へ行き協力を頼むことであった。それ自体修行も兼ねていたのだが、その人物にも協力を頼めばよかったと思ったのだった。
「ねぇエレナ、あの人にも協力をしてもらえばよかったんじゃないかな。」
「ええ、そうですね。でも大丈夫ですよ。」
「大丈夫?どういうこと?」
「さっき私達がルミとカルロスの話を聞いている間盗み聞きしていらっしゃったので。」
「えーそうなの?」
ルミやカルロス、アリアもだが話に集中していてある人物の気配に気づいていなかった。それこそ二人が連れてきた人物である。
「彼は風属性の魔法が得意ですから風に乗せて話を聞いていたのでしょう。」
「なんだそうだったんだ。えっ、それじゃあどうしてルミの背中に乗らなかったの?まさか話を聞くだけ聞いて逃げ出したなんてことは…。」
「それはありえませんよ。彼はこの国が誇る騎士団長の一人なんですから。それに話を聞いた瞬間に飛び出していっていましたよ。」
「えー!そうだったんだ!全然気付かなかったよ。」
エレナはアリアのリアクションで思わず笑ってしまった。そして話を続ける。
「それはそうですよ。なぜなら彼は風の様な方なんですから。」
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