第百八十六話 種族間抗争
少しの不安を抱えながらダークエルフの後を付いていく。上から見たときには気付かなかったが、この森の木々は凄く大きい。あまり植物に詳しいわけではないが普通の木よりも二倍も三倍も大きいと感じる。これだけ深い森ならば何も知らずに入れば間違いなく迷っているところだろう。
「●●!」
「どうやらここに入れって言ってます。」
「ここに入れって木の中?」
ダークエルフの彼女が立ち止まったのはとある大きな木の前。地形と複雑に入り組んだ木の根がむき出しになっており、そこには洞穴が隠れていた。中は薄暗くてよく見えない。
「一体ここに何があるんだ?」
「罠かもな。」
「たくさんの…気配…感じる。」
コーデリアの言う通り、俺にも穴の向こうには何かの気配をたくさん感じ取れた。まさか…?と思いつつも進んでいく。そして中の明かりが見えたと思ったらそこには小さなエルフがたくさんいた。
「エルフ?」
「どうしてこんなところにたくさんいるのでしょう?」
恐らく子供のエルフなのだろう。そしてその小さなエルフ達はダークエルフの彼女と俺達に集まってきた。その顔はとても笑顔であった。
「うわ、待て待て。」
「私達…大人気…。」
「困りますぅ…。」
「あぁ、鬱陶しい!」
俺達はエルフの子供たちに揉みくちゃにされるが、ダークエルフの彼女が何か声をかけると群がるのを辞めてテーブルの前に並べられた椅子に座った。人数は全部で10人くらいだろうか。続けてルミにも何か話している。
「とりあえず座れと。」
「わかったよ。」
俺達も小さなエルフ達と一緒にテーブルの前の椅子に座る。少し小さいがまあ我慢しよう。それにしてもここは一体何なのだろうか?なぜ彼女はこんなにたくさんの小さなエルフ達とここにいるのだろうか。
「彼女の名前はウィルルさんと言うそうで、ダークエルフ族の代表の一人だったらしいです。」
「だったってことは今は違うんだな。」
「はい。ことの発端はエルフ族との揉め事だったようで。エルフ族がウィルルの住む村周辺の森を燃やしたそうなんです。幸い火はすぐ止められたようですが、これに怒ったダークエルフ族はエルフ族の子供を攫ってきてしまったようなんです。それがこの子達というわけです。」
なるほどな。エルフ族とダークエルフ族との確執はわからないが話を言いている限りでは最初はエルフ族が悪かった。しかしダークエルフ族も仕返しでエルフ族の子供を誘拐するというのは良くない。幸いにもここにいる攫われた子供達は元気そうではあるが。
「それでウィルルはこの子達の面倒を見てると。じゃあどうして同じダークエルフ族の仲間から襲われていたんだ?」
「ふむふむ。ウィルルさんが言うにはこの子達をエルフ族の前に連れていき、危害を加えようとしているらしいです。ダークエルフ族に逆らうとこうなると見せつけたいみたいですね。それでここにこの子達を隠しながら生活していたものの、食料を調達しに外に出たら見つかってしまったということみたいです。どうやらこの辺りは彼女の魔法で誰も近づかないようになってるみたいです。」
「そうだったのか全然気付かなかったな。」
ここに来るまでに全然違和感は感じなかったが、何かしらの魔法がかかっていたのか。ダークエルフ族はこういう魔法が得意なのだろうか?しかしいつまでもここで生活するというのは厳しいだろうな。食料を確保するにもリスクがある。現に先程見つかって襲われていたわけだし。
「エルフ族にこの子達を返すべきなんじゃないか?」
「ふむふむ。それができればそうしたいがここからこの子達を連れて同胞に見つからずにエルフ族の集落まで行くのは厳しいと。」
「わかってるよ。だから俺達が一緒に行く。」
「●●●●!!!」
ウィルルは立ち上がりながら何かを言った。よほど俺の提案に驚いたのだろう。そういえばウィルルは人間族との交流はしたことがあるのだろうか?オルロス国では人間族は良く思われていないはずだ。ここまで連れてきてくれたということは多少信用はしてくれていると思っているがどうなんだろう。
「取り乱して済まないと言っています。力を借りていいのか?とも言っています。」
「もちろんさ。首を突っ込んだのは俺達だしな最後まで付き合うよ。それにここに連れてきてくれたってことはある程度信用してくれてるんだろ?」
「ふむふむ。ここに連れてきたのは子供だから安全だと思ったと。」
「なんじゃそりゃ。」
たしかに種族間での年齢の違いはあるからな。子供に見えても仕方ない、というか俺達は世間一般で言えば子供の年齢であろう。実際ウィルルとどれくらい年齢差があるかわからない。女性に年齢はそう易々と聞くなとアリアやエレナに散々言われてるから初対面でいきなり聞くという失礼をするほど今の俺はバカではない。しかしウィルルの年齢はいくつなのか正直気になるところだ。
「まあ子供ってだけじゃないだろ。人間族に会ったことがあるんじゃないか?」
「そうそう。俺も少しそれは気になってたよ。」
「100年くらい前に会ったことがあるみたいですよ。」
「100年…。」
「凄く前なんですね。」
「ダークエルフ族はそれだけ長生きってことだろ。」
100年前かそれはかなり前の話だな。それにそのくらいの時期だとまだ亜人族の奴隷制度が蔓延していた頃だろう。ダークエルフ族自体聞いたことがなかったからそこまで被害はなかったのかもしれないが、亜人族がそういう扱いを受けているということを知って恐怖したかもしれない。実際獣人だけではなくてエルフやドワーフ、人魚族などが取引されていたと聞く。
「なんでも昔不思議な人間族に会ったことがあるそうで、その人だけみたいですね。ダークエルフ族はほとんど表に出ないから、あまり人間族どころかエルフ族以外の種族のことも知らないそうです。ウィルルさんはダークエルフ族の代表としてたまに他の種族に会うそうですが。」
「そうなのか。不思議な人間族ね。」
今でこそオルロス国に入りにくいが、100年前は今よりも入りやすかったのか?しかし人間族は恨まれているだろうにたしかに不思議な人間族かもしれないな。そうこうしている内に日も傾いてきたようだ。
「今がこの子達を連れていくチャンスだと言っています。」
「もう日が傾いているのにか?」
「今エルフ族の集落に行ったら夜襲でもしに来たのではないかと思われそうだが。」
「そのリスクはあるけれど、ダークエルフ族は夜にはあまり活動しないそうなので追手の心配がすくないだそうです。」
そういうことか。エルフ族には無抵抗で子供さえ渡せればいい、どちらかというと問題になるのは連れていく途中で襲われたときの場合だろう。この子達を守りながらエルフ族の集落まで行くのは少々厳しいだろうしな。
「わかった。すぐに行こう。」
「●●●●。」
ウィルルを先頭に俺達はエルフ族が暮らす集落へと向かう。ダークエルフ族とエルフ族の集落は大きな川で分けられているらしくそこまで行けばエルフ側も気づくであろうとのこと。だがそう考えると不思議なのはこの子達を一体どうやって誘拐してきたのかという部分だ。ここまで連れてくるのはそう簡単じゃないだろうしそもそもエルフ族がまったく抵抗をしないとうことはないだろう。
「そもそもこの子達はどうやって連れて来たんだ?」
「ふむふむ。ウィルルさんは詳しいことはわからないと。ただ気づいたら連れて来られていて、知っていたら止めていたと。」
「まあ、面倒見てエルフ族の元に返してやろうと思う奴ならそうだろうな。」
「おかしい…。」
「ああ俺もコーデリアの意見に賛成だ。」
「何がおかしいんでしょうか?」
「どうやってこの子達を連れてくるのかって話だよ。ダークエルフ族とエルフ族の集落の間には大きな川があるって言ってたけどこの子達を連れてこっちまで来れるのかなと思って。そもそもどうやって気付かれずに入るんだって話。多分だけどお互いそんなに険悪なら監視しあっているだろうし、異変があったらすぐに気づくでしょ?そう簡単に誘拐できるのかなと。」
「たしかにそうかもしれません。」
お互いのパワーバランスはわからないが、やったりやり返したりというレベルであるならどちらの種族にも圧倒的な差があるわけではないように思う。にも関わらずそう簡単に誘拐できるものだろうか?一人二人ならともかくこれだけの大人数を。
「そうだ、エルフ族の集落に行くってことはお互いの集落の境界に行くってことだよね?さっきも言ったけど監視がいると思うんだけどそれは大丈夫なのか?」
「ちょうど交代の時間があるそうなのでそこを狙って行けば向こうの集落には辿り着けるだろうって言ってます。」
「そうは言ってもそれはこっちの話で向こうはわかんないだろ?いきなり魔法とかぶっ放してきたらどうするんだよ。」
「そのためにお前たちを連れてきたと言っています。」
「壁になれ…ということ…。」
まあ向こうもこっちにこの子達がいると分かれば攻撃を止めてくれるだろう。防ぐのは最初の攻撃だけでいいだろう。するとウィルルが立ち止まりあちらを見ろと合図をする。そちらに視線を向けるとちょうどダークエルフ族の見張りが交代しようとしているタイミングであった。今は見張り台から降りてきて交代する人員と話をしている。今がチャンスだ。俺達は川に向かって走り出す、川は浅く流れも緩い。ゆっくりと確実に向こう岸まで渡る。川を渡り森の奥へと進んでいく。エルフ族の集落にすでに入っているであろう。
「よしなんとかこっち側まで来れたな。後は…。」
不意に目の前に無数の光が現れる。
「『砂の壁』!」
「『水の壁』!」
「早速来たな。」
俺達に向かって飛んできたのは魔力が込められた矢であった。だがコーデリアとジェマがすかさず防御する。しばらくすると矢は止みぞろぞろとエルフ族と思われる人々が俺達を囲むように出てきた。正直ここまで近づかれているということにまったく気付かなかった。何かの魔法か?
「●●●!」
「〇〇〇!」
「〇〇〇!」
「ルミ、なんだって?」
「ウィルルさんが子供を返しに来たと言ったら早く返せとか私達はなんだとか言ってます。」
ふむ、ウィルルもそうだがエルフ族も人間族の言葉を喋ることができないようだ。エルフ族であるライラさんは普通に会話していたからできるのかと思ったがそういうわけではないらしい。
「人間族の方ですかな?」
「…そうですけど?人間族の言葉喋れるんですか?!」
「ええ。どういうことか説明していただけますかな?」
俺は人間族の言葉がわかるエルフ族に事のあらましを説明した。なんとなくだがここにいるエルフの中でも権力を持っていそうな人だ。年齢も明らかに上であるということもわかる。
「そうでしたか。我々の子供たちを助けてくれて感謝する。」
「ほら皆帰りな。」
子供達は走って各々の両親と思われるエルフ族の元に走っていく。ウィルルもそれを見て安心そうな顔をしている。後はこのまま大人しく帰してくれるかどうかだな。
「せっかくだから集落を案内しよう。そこのダークエルフも来なさい。」
「ウィルルも?」
「どうせ戻っても碌なことにはならないだろう。しばらくここにいるといい。」
ウィルルは少し戸惑った様子だったがエルフの言葉に頷く。俺達もそれに倣ってエルフ族の集落へと足を踏み入れる。
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