第百八十四話 婚約
クタンさんと別れ俺達は森の中へと来ていた。《戦の勇者》ヴィクトリア・アークの話をするためシャーロットと連絡を取ろうと通信機の繋がる場所を探していた。教会を出てからずっと試してはあるがやはりどこに行っても繋がらず霊峰ベルベティスの魔力が関係していると考えられる。そして最後に森へとやって来た。ついでに外に出られるかというのも試したかったからである。
「うーん。やっぱり通信はできないみたいだ。」
「まあそれができたら魔力の影響なんて受けてないどろうな。」
「出られるか…試す…。」
通信機はやはり使えないようなので、今度は霊峰ベルベティスから出られないという事象の方を試してみることにした。俺たちはひたすら真っ直ぐに森を進んでいく。ここに来る時に空から見た感じ森は結構広いが、どのくらいの距離まで進めば村に戻されるのだろうか。
「霧が出てきたな。」
「この感じ…覚えがある…。」
「うん、大和国の時だね。『風の球』!」
俺は魔法で霧を払おうとするも無駄に終わった。大和国で閉じ込められた時も似たように霧が発生して閉じ込められた。あの時も魔法では霧は払えず、結界の依代を持っていた戦華九人剣客と戦って依代を破壊することで結界を解くことができた。だが今回は土地の魔力の影響であって依代は存在しないのだ。数分歩き続けていると霧が晴れて元の村まで戻ってきていた。
「やっぱダメだね。」
「これが《6人の伝説の勇者》の力ってわけね。」
「凄い…それに尽きる…。」
「ヴィクトリアがやったんだろうか?何にせよ今の俺達じゃできないことだ。」
あの映像が残されていたということは霊峰ベルベティスに魔力を帯びさせたのはヴィクトリアがやったことなのだろう。しかしどんな規模の魔法を使えば今に至るまでずっと魔力が残るのだろうか。同じ《勇者》なのに俺達では力を合わせてもこんなことはできないだろう。俺達が村に戻ってしばらくするとアザミが駆け寄って来た。俺達はここで一泊することにして明日帰ることにしたので、宿を探してくれていたのだ。
「すみません。遅くなりました。」
「こちらこそ手間をかけさせてしまってごめんよ。それでどこかいい感じの宿はあったかな?」
「それがですね…。」
「?」
この街には宿がない、何せ外から来る客がいないから皆んな自分の家を持っているからだ。なので誰か泊めてもらうことができないかという頼みだったんだが、アザミの話によるとクタンさんとアザミがその話を村人にすると皆んな狂ったように立候補したらしい。《勇者》をもてなす機会なんて一生に一度もないからだそうだ。そして争いにまで発展しかけあので結局アザミの家に決定したそうだ。
「おお、それはなんか迷惑をかけてしまったな。」
「うちで申し訳ないです。」
「アタシらは屋根さえあればどこでも構わないぜ。なっ?」
「…構わない。」
「ありがとうございます。ではこちらになります。」
アザミに付いて行きながらアザミの家を目指す。村からは少し離れている場所にアザミの家はあるようだ。
「ここです。」
「随分立派じゃないか。」
「まるで…お屋敷…。」
「恥ずかしいです。」
目の前には大きな屋敷が建っていた。村にあった家は普通だったがこの家は随分と豪華というか立派なお屋敷である。うちの屋敷ほど大きくはないが普通の感覚で言えばかなり立派だ。
「おかえりアザミ。その方達が?」
「はい。ユーリさん達です。」
「初めまして。アザミの父のトールと申します。」
「母のペルネです。」
屋敷の中から男性と女性が出てくる。この人達がアザミの両親だそうだ。アザミの感じからもわかっていたがとても気品溢れる両親という感じだ。
「さぁ中へどうぞ。」
「入ってください。」
「お邪魔します。」
屋敷の中へ入ると中も豪華な内装であった。俺達が住んでいる屋敷とは様式が全然違っている。このあたりで取れる物しか使っていないから当然ではあるがそれでもこれだけ豪華さを演出できるのは凄いな。なぜ他の家と違いアザミの家だけこういう風なのだろうか?
「アザミの家は豪華なんだな。」
「実はここは元々私達トニトゥルスのお屋敷だったわけではないんです。」
「そうなんだ。」
「私が《勇者》であるということがわかってからこのお屋敷を頂けたんです。それまでは村の代表の家でした。」
「ということはクタンさんの?」
「そうですね。」
つまり元々はクタンさんの屋敷だったわけか。いくら《勇者》だからとはいえ元々住んでたこの家をそう易々と手放せるだろうか。ましてやこんな豪華な屋敷を。クタンさんと付き合いが長いわけではないが少しだけ人となりはわかったつもりだ。ものすごく悪い人ではないが、恨まれている…という可能性もなくはない。客間に通されお茶を出されつつ、アザミを救った経緯について改めて両親に俺の口から話した。
「そうだったんですね。娘を助けてくれて本当にありがとう。」
「いえ、実際に助けたのは仲間たちですから。」
「母さんこれなら…。」
「そうですね。ユーリさん実は一つお願いがあるのです。」
「はい。私にできることなら何でもいたしますが…?」
アザミの両親は姿勢を正し俺達に向き合う。顔はかなり真剣である。俺達で力になれることなら何でもしてするつもりだが一体何のお願いだろうか?
「アザミと…婚約して欲しいんです。」
「はい…はい?」
「婚約…?」
俺は婚約という言葉に思わず紅茶を吹き出しそうになるもなんとかこらえる。婚約…つまり結婚の約束をして欲しいということだ。婚約という言葉を聞いてコーデリアが反応する。ジェマも先程まで話をあまり聞いていない感じであったが目を開き驚いている。そしてアザミは少し下を向いている、おそらくこの話を知っていたということだ。
「えっと…そのいきなり婚約と言われても整理が追い付かないのですが…。」
「すみません、そうでしたよね。言葉足らずで申し訳ございません。」
「いえ、いいんですけど。」
「要するに婚約するフリをしていただきたいのです。」
「フリですか。」
驚いた本当に婚約しなければいけないのかと思ったが、どうやらフリをして欲しいということのようだ。しかしどうしてまたそんなことをして欲しいのだろうか。
「理由を聞いても?」
「先程この家を譲り受けたという話はしましたよね?実はその条件の一つに村の代表とアザミとの婚姻があるのです。」
「なるほど。つまり《勇者》であるアザミと村の代表が結婚することを条件にこの家を譲りうけているという状況であると。」
「そんなもん断ればいいじゃねぇか。本当にアンタとクタンって奴がデキてないって言うなら。」
「ジェマ…言い方…。でも…同感。」
アザミと結婚するならばどうせこの屋敷も手に入るし、少しの間暮らせなくても問題ないという感じだろうか。クタンさんの年齢は見たところ40代くらいだ。いくら何でも10代前半の娘と結婚すると考えるのはまともであるとは言えない。あまりそういうこと考えるタイプには見えなかったが…。それにそれをわかっていてここに住んでるアザミの両親も良くないのではないかと思ってしまう。
「実はそう簡単な話でもなくて、ここは《勇者教》がある村ですから。《勇者》と代表で子を為すべきであるという話になってしまっていまして。」
「他の人々が盛り上がってしまっていて、私達の本意ではないのです。アザミには自分で選んだ相手と幸せになってほしいです。」
「それでユーリが代わりにアザミと婚約するフリをすれば村の人々に納得してもらえると。」
「《勇者》同士…説得できそう…。」
たしかに俺達への歓迎ぶりから察するに彼らを説得するのは難しそうだ。《勇者》だからと勝手に盛り上げられてしまって迷惑しているということだろう。それに《勇者》である俺であれば納得してくれるかもしれないという意見も理解できる。あと、問題と言えば…
「クタンさんは何と言ってるんです?もし彼がアザミと結婚したいと思っていると厄介な気がしますが。」
「それは大丈夫です。彼もこの婚約には反対しています。今は皆の目を欺くために意見を聞いているふりをしてこのお屋敷も譲ってくれたのです。」
クタンさんめちゃくちゃいい人じゃないか。少しでも疑ってしまって申し訳ない。
「わかりました。引き受けましょう。」
「よかった!ありがとうございます!」
「これで何とかなりそうだ!」
このくらいは全然問題ないのだが…もしかしてアザミが俺に帰郷のお供を頼んだのはこれが理由なんだろうか?まあ正直俺でなくても誰かを魔法で男に見せるとか変装するとかでもよかったと思うが、魔法に触れてきていないアザミはその方法を思いつかなかったのかもしれない。しかしシャーロットは知っていただろうに。あのお姫様め、俺に押し付けたな。そんなことを考えているとアザミは俺の近くまで寄ってきてそっと耳打ちする。
「どうしたの?」
「引き受けてくれてありがとうございます。」
「別に大丈夫だけど俺じゃなくてもよかった気もするよ。」
「私にも…、いえなんでもありません。」
「?」
アザミは何かを言いかけた様子だったが口を噤んでしまった。まあ別に構わないのだが。
「さてそうと決まれば今日は精一杯おもてなしをさせていただきます。」
「せっかく《勇者》様に来ていただいたんですもの。腕によりをかけて料理を振舞いますね。」
「それは楽しみだな。」
「お腹…空いた…。」
とりあえず俺がアザミの婚約者のフリをするという方向性で話は固まった。実際に上手くいくかはわからないがなんとかなるだろう。それにアザミは霊峰ベルベティスを離れるわけだからある程度適当言ってもなんとかなるだろうと思っている。アザミの両親には悪いがこちらとしてはこの地を離れてしまえば問題はないだろう。クタンさんにも事情を話して協力してもらわないといけないな。そうして霊峰ベルベティスの一日目は終了した。




