第百八十三話 勇者教の秘密
俺達はクタンさんに連れられ村の中を案内してもらう。このあたりに住んでいるのは数百名ほどで、霊峰ベルベティスの中では多い方らしい。この周辺にもいくつかの村があり持ちつ持たれつで生活をしているらしい。魔物が出ないから農作物や家畜などを育てやすいらしい。こんな山の上なのにと思うが山地では山地なりのメリットがあるそうだ。
「意外とここの人たちは普通に暮らしてるんですね。」
「私達からすれば外の世界を知らないから比べられませんが。」
「なんかすみません。」
「いえいえ。興味はありますが、どうしようもないことですから。我々には能力もありませんし。」
ここに住む人々に能力者はいない。これはあくまでも仮設であるが、ここに住んでいる人々は魔族と人間の血が混ざっているからである。能力を授かることができないつまり《女神の天恵》を受けられない種族は魔族だけであるからだ。しかしここで暮らしていく分には能力がなくても困らないだろう。
「能力があったとしてもここの山を下りることはできませんから。」
「クタンさんはこの山から出ようと思ったことがあるんですか?」
「子供の頃、何度か試しました。ですが真っすぐに進んでも気づけばここに戻ってきてしまうのです。」
なるほど。レシア砂漠の様に魔力の影響を受けているな、どちらかというと結界の類に近いかもしれない。だがこの森全土に影響していることを考えるととてつもない規模であることがわかる。さすが《勇者》というべきなのだろうか。後で試してみよう。
「着きました。ここが勇者教の本山です。」
「ふーん。結構しっかりしてるな。」
「そういえばクタンさん達はここ以外にも勇者教があることは知っているんですか?」
「はい、もちろん。それについては中を案内するので歩きながらはなしましょう。」
俺達はクタンさんの後を付いて歩いていく。勇者教の本山と呼ばれているその場所はいくつかの教会の様な建物が建っている。様なというのは俺達に馴染みのある《女神様》の教会や外の世界の勇者教の教会とも違う見た目であるからだ。外は真っ白で左右対称に建物が並んでいる。教会という規模ではないというのとどちらかといえば城に近いかもしれない。
「そもそも勇者教が出来た経緯はご存じですか?」
「たしかその昔、ここに移り住んで来た無能力者の人々が魔物に困っていた時に《勇者》に助けてもらったとか。」
「最初は魔物の退治をお願いしており人々は感謝し勇者教を作りました。しかしそれでは根本的な解決にはならないため、《勇者》様はある提案をしてくださいました。それがこの地から出られなくなる代わりに一生魔物に悩まされることはないというものです。元々我々の祖先は迫害されてこの地に来たこともあり、人々は悩みましたがその提案を受けることにしました。ですがそれに賛成する者もいれば反対する者もおりました。そして残った者と出ていく者に別れ別れたのです。実はその時に外に出て行った者が外の世界で勇者教を広げているのではないかとは考えておりました。」
「なるほど。」
たしかにそうであれば外の世界にひっそりとではあるが勇者教が広がっているのもわかる。だが外の世界に無能力者はいないことを考えると別れた先祖の人々は現代まで子孫を残すことはできなかったのかもしれない。いやまだ確実にそうであるとは言えないな。世界中を探し回ったわけではないからもしかするとまだ無能力者の人も外の世界に残っているのかもしれない。
「でもどうしてそんなに昔のことを詳しく?」
「それはこれが残されているからです。」
「これは…。」
「凄い…。」
「壮観ってやつだな。」
教会の中に入りしばらく歩いているとそこには見たこともない文字が規則的に並べられ、古い絵と共に書き連ねられていた。クタンさんの口ぶりからその当時のことがこの壁に詳しく書いてあるということなのだろう。
「我々の先祖はこの文字の読み方を伝え。この霊峰ベルベティスが誕生し勇者教が誕生した経緯をずっと語り継いでいるのです。」
「そうだったんですね。」
「ここには私たちのこれまでの歴史の全てが書かれているんです。」
後ろから声がしたので振り返ってみるとそこにはアザミがいた。両親との再会は済ませこちらに合流してきたようだ。
「アザミ両親との再会は済んだのかい?」
「はい!あとでうちの両親に会ってもらってもいいですか?お話が聞きたいそうなんです。」
「もちろん。大丈夫だよ。」
「アザミも揃ったところでここのさらに奥をお見せします。」
「もしかして地下ですか?」
「はい。」
アザミも合流したところでさらに奥?地下?に行くらしい。アザミは少し驚いた様子を見せている。もしかして行ったことがないのだろうか?
「アザミは地下には行ったことがないの?」
「はい。私達は上までしか来たことがないのです。地下の奥深くに行くのは禁止されていたので…。」
「なるほどな。」
「ここは代々村の長になる者しか立ち入ることを許されておりません。」
「アタシらが入ってもいいのか?」
「はい。むしろ皆さんを待っていたと言ってもいいかもしれません。」
「私達を…。」
「待っていた…?」
教会の奥に進むと厳重に鍵をかけられた扉が見える。クタンさんは懐からいくつかの鍵を取り出すとそれらを順番に開けていく。扉を開けるとそこには地下へと続く階段が広がっていた。少し薄暗いので俺はクタンさんに許可を取り、俺は魔法で光を灯す。
「目的地はこの先です。足元に気を付けてください。」
「随分と地下深くにあるんだな。」
「何か…秘密が…ある。」
「一体何があるのでしょうか?」
「ここです。」
クタンさんに連れられて地下に降りてきた俺達はそこで不思議な光景を見た。そこには少し大きめのスペースが広がっており、壁にはびっしりと文字が書かれている。そして部屋の中心部には机の様な物があるだけだ。俺はこの光景にどこか覚えがあった…そうあれは《進化の勇者》イオ・エヴォリュートが残した迷宮遺物があった迷宮だ。あそこに雰囲気がとてもよく似ている。
「クタンさんここは?」
「実は私にもここが一体何のために作られた場所なのかはわからないのです。」
「わからない?」
「この部屋の壁に書かれていることは外に書かれていることとまったく一緒で、違いといえばあの机くらいなものなのですが何の変哲もないただの机なのですよ。」
「ふーむ。」
俺は少し考え込む。ここがあの迷宮と似ているならばもしかしたら…。俺はその空間の中心部にある机に近づく。ここに来るまではかなり古くなっていたのにこの机だけはやたら綺麗であるというのはいかにも怪しい。俺は机に手を触れ魔力を込める。すると机は光輝きだした。
「ユーリ!?」
「これは…!」
一瞬眩しくて目を背けてしまった。机に目を戻すとそこにはすやすやと眠っている姿の女性がいつの間にか現れていた。よく見ると体が透けている。この展開はやはりあの時と一緒であるもしかすると彼女は…。
「ふわーぁ。良く寝たぜ。」
「あの、あなたは?」
「おっ、お前らがもしかして《勇者》か?まあそうなんだろうな。あたしは《戦の勇者》ヴィクトリア・アークだ。」
「《戦の勇者》?」
《戦の勇者》ヴィクトリア・アーク、聞いたことがない名前だ。だが一つ言えるのは彼女もクロノス、イオ、パティに続く《6人の伝説の勇者》の一人であるということだ。
「本当にあいつの言った通りになったな。ちなみに会話が成立しているように思うかもしれないけどお前達の考えを読んで話しているから成立しているように感じるだけだ。こっちにはそういう《勇者》がいるんでね。」
「あいつ?ってか今さらっと凄い話したような…。」
以前、イオと会話した時にも同じ様なことを言っていたな。あの時は時間が短かったしあまり気にも留めていなかったが、向こうから見れば未来の俺達との会話を成立させているということだ。あり得ないことだがヴィクトリアの口ぶりではそういう能力を持つ《勇者》のおかげだったということらしい。
「おっとまだその話は早かったな。さてあたしの役割は次世代の《勇者》にある話をすることだ。」
「…ある…話?」
「ああ。どうしてあたし達が《魔王》を倒すことができなかったのか。」
ヴィクトリアは他の《6人の伝説の勇者》同様に何かを俺達次世代の《勇者》に繋げるためにこうしてここで待っていたということだ。そしてそれはなぜ《魔王》を倒すことができなかったのかということらしい。《魔王》は倒せず封印せざるを得なかった明確な理由があるということだ。
「まあ答えは単純だ。《魔王》は不死身なんだよ。倒すだけなら何度も試した、だけどどんな魔法でも武器でも種族でも《魔王》を殺すことはできなかったんだ。」
「《魔王》は不死身だって?」
「だからあたし達は封印という手段を取ったのさ。いつか倒せる時代が来ると信じてな。」
今までまったく語られてこなかった《魔王》と《6人の伝説の勇者》との戦いについてヴィクトリアは語った。そうか封印をしたのには《魔王》が不死身であるからという明確な理由があったんだ。これだけでも大きな情報だ。
「そろそろ時間だからあたしは消えるぜ。頑張れよユーリ・ヴァイオレット。」
「うん?すいません!何で俺の名前を…消えてしまった。」
「どうしてユーリの名前を知ってるんだ?」
「わからない…でも…何か意味がある…。」
ヴィクトリアは最後に俺の名前を呼んで消えていった。この映像は次世代の《勇者》に伝えるために残したと言っていた。それはイオも同じことでどちらも会話も能力で先読みをしてと言っていたはずだ。そこで俺はあることに気付く。イオと話したときそのことに気付くべきだった、つまりこのメッセージは誰でもいいわけではなく、明確に今生きている俺達に向けて残されているということだ。だから俺の名前も知っていたということだろうか。
「これはまたとんでもないことがわかったな。それにわからないことも。」
「まあ…いつもの…こと。」
「まさか私もこんなことになるとは思いませんでした。」
「ユーリさん達を連れてきてよかった。この場所もここにあなた達が来るのをずっと待っていたんですね。」
そういってクタンさんは机を撫でる。俺達が霊峰ベルベティスに来たのは本当に偶然である。だがそれさえも《6人の伝説の勇者》達はわかっているのかもしれない。何せ未来の相手との会話を予測することができるくらいだからな。
「とにかくシャーロット達にもこのことを伝えないと。」
「通信機は繋がるのか?」
「魔力を帯びてるもんね。試してみないとわからないけど。」
もしかしたら魔力の影響で上手く通信できないかもしれない。こればかりは試してみないとわからない。ついでに外に本当に出ることができないのかも試してみよう。
「クタンさんここに連れてきてくれてありがとうございました。」
「いえ、これで我々も《勇者》の手助けすることができてよかった。」
「とりあえず何をするにもここから出ないとな。」
「そうですね。地上に戻りましょう。」
俺達は来た道を戻り地上へと出るのであった。
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