第百八十二話 霊峰ベルベティス
「アザミ大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。」
「何かあればすぐ言ってくれよ。」
「ありがとうございます。」
俺達は霊峰ベルベティスへと向かって順調に進んでいる。ルミのからの前に全体を覆うように『風の壁』を発動している。こうすることで空気抵抗を少なくしスピードを上げているのだ。本来ならすぐに魔力切れを起こしてしまうところだが、ジェマがいればその心配もない。
「二人とも落ちるなよ。」
「おう。」
「…おー。」
ルミの背中は俺達四人だけが乗るには大きい。コーデリアは地面を見たいそうなので端っこの方に、ジェマは一番前にいたいから先頭のルミの頭に近い部分に乗っている。俺とデリラは普通に背中の中心部である。ここが一番乗り心地がいいのだ。
「そういえばアザミは《雷霆の勇者》なんだよね?やっぱり特異な魔法は雷魔法なの?」
「実はその…」
アザミは《雷霆の勇者》である。エレナは《紅蓮の勇者》で炎、コーデリアは《溟海の勇者》で水、シャーロットは《剣の勇者》で風、ジェマは《大地の勇者》で土。俺は特殊な例だとしてこれまでの法則性や残る魔法の種類からして雷魔法が得意なのであろうと思う。雷霆という名前もそれっぽいしな。そう思いアザミに問いかけるとアザミは少し答えにくそうにしていた。
「違う属性だった?」
「私…実は魔法が使えないんです。」
「魔法が使えない?」
「はい。」
普通の能力者であれば魔法が使えないということはある。なぜなら魔法に対する知識がないと魔法を発動させることはできないからである。そのため聖ベルティス学園の様に教育をすることで魔法の知識が深まり使用できる魔法が増えていくものである。しかし彼女は《勇者》であり普通の能力者とは勝手が少し違う。俺もアリアも初めて能力をもらった後にすぐに魔法を使うことができた。言うなればそれが能力というものなのである。だから魔法が使えないということがあり得るのか?と思ったのだ。たしか霊峰ベルベティスは能力者がいないと言っていた。であれば魔法自体存在しない地域なのか?その場合は《勇者》であれ魔法という文化に触れていないから使えんかったのだろうか?うーむ、ここは一つ実験をしてみるか。
「うーん。それじゃあ試してみるか『静電気』!アザミちょっと握手しよ。」
「はい…?きゃっ!」
「あはは。ごめんね、これは自分の体に少しだけ電気を纏わせる魔法だよ。簡単だと思うからやってみて。」
「驚きました…!私にできるでしょうか…。『静電気』。」
「うん。発動できてそうだね。あとは…おーいジェマ!こっち来てくれ。」
アザミの手のひらには魔力が帯びている。つまり『静電気』はうまく発動できているように思える。あとは誰かに実験してもらうだけだ。そこで俺はルミの先頭に近い部分にいるジェマを呼んだ。コーデリアもこちらの様子に気が付き寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「ちょっとアザミと握手してみてよ。」
「…?いいけど。ほら。」
俺はジェマに実験代になってもらうためにアザミと握手してもらうことにした。これで本当に『静電気』が発動していれば向こうの体にも電気が流れるはずだ。
「ごめんなさい!」
「きゃっ!」
「ジェマも意外とかわいい声出すんだな。」
俺は気づけば空を見上げていた。そう、ジェマは俺の顔面めがけて拳を放っていたのだ。そんな俺をコーデリアがひょいとのぞき込む。
「今のは…ユーリが悪い…。」
「ちょっといたずらしただけじゃないか。」
「それだけで済んでよかったと思いな!」
「すみません。私のせいで…。」
「アンタは悪くないから気にすんな。」
俺のいたずらはさておき、アザミは魔法を発動することができた。その後もいくつか魔法を試してみたが雷属性魔法だけはすぐに習得することができた。やはり《雷霆の勇者》の能力が得意としているのは雷属性魔法であるということだ。やはり魔法に関わってこなかったのが原因だろうか。厳密に言うなら俺達も能力が授かる前にまったく魔法という物を見たことがなかったわけではない。村に冒険者がよることもあったし能力者もいた。
「そろそろオルロスだ。」
「ルミもう少し高度を高く。」
「わかりました!しっかりと捕まっててくださいね!」
そうこうしている内にオルロス国の近くまで俺達は進んできたらしい。一応目立たないように光魔法で姿を隠しているが念には念を入れて今よりもさらに高い位置で飛ぶようにルミに指示を出す。どちらにせよ霊峰ベルベティスに行くにはそれなりの高さが必要であるからな。
「せっかく近くまで来たのに戻れなくてごめんジェマ。」
「いやあの国のことはアタシが一番わかってるから大丈夫だ。それに今のアタシじゃ『仮装』がないから耳やしっぽは再現できてもすぐにばれるよ。人間族には厳しいのが現実さ。」
ジェマは村長に拾われた頃から『仮装』によってジェマ自身の認識を獣人族だとずらしていた。それにより堂々と獣人族として振舞えていたのだろうが、自分を人間であるということを認識している今のジェマでは違和感に気付かれてしまうだろう。
「そろそろ霊峰ベルティスです。」
「おぉ、これが霊峰ベルティスか。」
「…大きい。」
「迫力あるな。」
そうこう話している内に目の前に大きな山々が現れた。これが霊峰ベルティス、その大きさにも驚かされるがこうして空に飛んでいるにも関わらずその土地にとてつもないそれでいてどこか不思議な感じの魔力が宿っているのを感じる。
「アザミ、住んでいた場所はどの辺りかわかる?」
「はい、見覚えのある山があります。ルミさん、あちらに向かって飛んでください。」
「任せてください!」
ルミはアザミの指示に従い飛んでいく。しばらくすると山々の中に建物が建っている場所を見つける。
「あそこです!」
建物が建っている場所の近くに降りる。するとアザミは走り出す。俺達もそれを追いかけるように走る。森を抜けるとそこには集落があった。畑や木造の家が並んでいる。王都と比べてしまうと見劣りするが俺の村とさほど変わらないレベルではある。
「ま、まさかアザミか!?」
「皆!アザミが帰ってきたぞ!」
アザミが村に入るとたくさんの村人に囲まれていた。姿を消してかれこれ1ヵ月くらいが経つ。皆、相当心配していたことだろう。すると俺達のほうにちらちらと視線を向けてきている人々もいる。アザミは誰かとこちらを見ながら話している。俺達のことを説明しているのだろう。話終えるとこちらに駆け寄ってくる。
「村長が話を聞きたいそうなんですが大丈夫ですか?」
「もちろん構わないよ。行こう。」
俺達は村長に案内され大きめの集会所の様な所に通される。
「どうぞおかけください。私はこの村の代表をしておりますクタンと申します。」
「初めまして俺はユーリ・ヴァイオレットです。」
「ジェマだ。」
「コーデリア・ブラウ。」
「ルミナライゼです。」
「早速ですがどういうことか説明していただけますか?」
「はい。」
部屋の周りに人が集まっている気配がする。どうやら皆俺達のことが気になるようだな。だがここは素直に誠実に行こう。嘘をつく必要もないしな。俺はクタンさんに大体の概要を説明する。俺達はセルベスタ王国というとこからやってきたということ。アザミは魔道天空都市カノンコートという場所に誘拐され《雷霆の勇者》としての力を利用されていたということ。それを偶然ではあるが俺達が救出しこうして送り届けたということ。
「なるほどそうでしたか。アザミを助けていただきありがとうございます。それで皆さんも《勇者》であると聞いたのですが?」
「はい。そうですよ。」
俺が《勇者》であるというと部屋の外にいた人々がたくさんなだれ込んできた。その表情はどこか期待を寄せるようにきらきらとしている。
「あなた方もアザミと同じ《勇者》様なのですね!」
「ありがたや…ありがたや…。」
「《勇者》様ー!」
俺達を取り囲み、手を取って喜ぶ人もいればまるで神様でも称えるように祈っている人までいる。そうかここは《勇者教》発祥の地であったな。彼らにしてみれば信仰している対象が目の前に突然現れたのだ。こうなっても仕方ない…のか?ここまで持ち上げられると少し照れるな。そんな俺達を見かねて村長が止めに入り一旦落ち着く。
「ふぅ、助かりました。それにしてもここは本当に《勇者》への信仰が凄いですね。それに本当に俺達が《勇者》かどうかもわからないのに。」
「そうですね。何せ《勇者》が作った土地ですから。それにあなた達はここに辿り着いた。それが何よりの判断材料になっているのです。」
「なるほど。」
そうは言うがアザミが攫われたのは魔族のせいっていう話をしたばかりなんだけどなぁ。いくらアザミを連れてきたからといって例えば魔法で操っているとか脅されているとかそういう可能性も考えられる。なんというかお人好しな人が多いなと俺は思った。まあここに住んでいるおかげで平和であることには変わらないだろうしそういう考えでも不思議ではないのかもしれない。
「よかったら村を案内しますよ。アザミも両親の元に帰りなさい。もう話は伝わっているだろう。」
「わかりました。ユーリ君、私は一度家に行ってきますね。」
「わかったよ。俺達はその間クタンさんにこの村を案内してもらっているから。」
アザミは自分の両親に会いに行った。ここから少し離れたところに住んでおり、今もアザミが誘拐された家の近くの場所で待っているそうだ。早く無事である姿を見せてあげて欲しい。アザミが両親に会っている間、俺達はこの村を案内してもらうことになった。
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