第百八十一話 アザミの頼み
俺はシャーロットからアザミが回復したとの知らせを受けて城へと向かっていた。アザミは俺に回復したら何かを頼みたいと言っていたのでそのことだろう。それにアザミをこれからどう扱うのかという点も考えなければいけない。彼女は《雷霆の勇者》であるから魔族や《魔王》との戦いに備えて協力をして欲しいが、まだそのあたりの話は深くしていないのだ。もし彼女が俺達への協力を拒んできたらとても困る。そんなことを考えると城へと着いていた。
「さて…どうなるか。」
俺はいつもの部屋で待機していると自分の足で歩いてきているアザミとシャーロット、カルロスの三人が入ってきた。
「もうすっかり元気になったようだね。」
「はい、お世話になりました。」
「さて早速ですが本題に入りましょう。」
シャーロットが音頭を取る。ということはもうこの二人は何を頼むか知っているのだろうか。
「アザミお願いします。」
「私は《雷霆の勇者》として皆さんに協力したいと考えています。」
「ありがとう助かるよ。」
どうやらアザミは《勇者》として協力してくれるようだ。アザミは続けて口を開く。
「ですが一つだけお願いがあるのです。」
「俺達に協力できそうなことならなんでもするけど、お願いって?」
「霊峰ベルベティスまで一度帰らせて欲しいのです。」
「霊峰ベルベティスに?」
霊峰ベルベティスは勇者教発祥の地であり、アザミの出身地である。亜人族の国オルロスの北側に位置する山でそこに辿り着くには容易ではないらしい。たしかにアザミはナムイ王に無理やり誘拐されてきたのだからきっと家族も心配していることだろう。家に帰りたいというのは当然のことだ。
「それはもちろん構わないけど霊峰ベルベティスって簡単には辿り着けないって言ってなかったっけ?」
「はい。霊峰ベルベティスの周りは伝説の《勇者》様が魔物が近づかないようにその土地に魔力を帯びさせた影響で簡単には辿り着けません。」
「ですがアザミは空から誘拐されました。要するに霊峰ベルベティスは空からであれば辿り着けるというわけです。」
魔力の影響を受けているのはあくまでも土地であって空からなら入ることができる。そのクラスで飛べる『飛行魔法』というのもないし、簡単にはできない。だが俺達にはそれを解決できる方法がある。
「なるほど、ルミに乗って飛んでいけばいいというわけか。」
「そういうことです。」
ルミの背中に乗って飛んでいけば霊峰ベルベティスの魔力の影響を受けることはないのだ。思えば初めてレシア砂漠を通った時もずっとルミの背中に乗っていれば砂漠の影響を受けることもなかったな。
「それにそれであればオルロスを通らなくても大丈夫ですし問題も起こらないでしょう。」
「オルロスを通ったら何か問題があるのか?」
「オルロスは正式に認められた国とは少し違います。厳密にはいくつかの種族が集まっているという状態に過ぎません。」
「何か問題なのか?」
オルロス国は亜人族が複数集まっている国である。獣人族やエルフ、ドワーフなどそれぞれ別れて暮らしているとか。国の方針もそれぞれ種族の長となる人が集まって決めていると長老は言っていた。それだけ聞いているとたしかに王政ではないが、大和国もソレイナ国も厳密には王政ではないのだからいいと考えていたがどうやら違うらしい。
「本来国はいくつかの国が承認することで作ることができます。ですがオルロスはそれを受けていないのです。」
「どうして承認を受けていないの?」
「承認のためにはいくつか必要なことがあるのですが、例えばオルロスは複数の種族が集まっているだけでお互いの生活には関与していません。わかりやすく言えば国の総意というものがありません。獣人族が良しとしても他の種族が納得しなければ従わないといった状態なので揉めてしまうのです。国の内部分裂がはっきりとしている状態では各国との摩擦も生まれてしまいますから。」
なるほど。たしかにエルフはAという国と手を組み、獣人族はBという国と手を組むということが仮にあったとしてオルロス国としての立場はどうなるんだとなるのも理解できる。それこそ自分の種族が不当に扱われるような内容なら間違いなく揉めるだろう。
「だけどそれならなんで今はオルロス国なんて呼ばれてるんだ?それに今でも揉めてそうに思えるけど。」
「各国の種族は表向きには手を組んだということになっています。実際に種族の長を集めた議会の様な物もありますし、だからオルロス国なんて呼ばれるようになったのです。ですが実際現在でも揉めてはいます。」
「長老も言ってたな。なるほど、獣人族の様に奴隷制があったことから人間族とは手を組めない。そのためなら正式な承認などいらないという種族がいるから意見も纏まらないよね。」
「はい。なのでオルロス国に堂々と人間族が近づくのは危険なのです。」
「理解したよ。」
そういう事情ならどの道空から行くしか手はないように思える。本当にルミがいてよかった、持つべきものはドラゴンだな。あとは行くメンバーだがあまり大人数で行くというのも目立ってしまって良くないだろうルミは仕方ないが。何もないとはかぎらないから、何かあった時のために誰かは連れていきたいが…
「で行くメンバーはどうする?」
「そうですね。実はアリア達には頼みたいことがあるのです。立場上学園の生徒にしか頼めないことなので学園に通っていない方にお願いしたいです。」
「となるとコーデリア、ジェマ、ランマか。いやランマはルミには乗れないから二人にするか。」
シャーロットが何を頼むつもりなのかはわからないが、そういう事情ならやむを得ない。それに《勇者》が三人もいれば余程のことなければ大丈夫だろう。
「って勝手に話進めてたけどアザミはそれでよかった?」
「はい、大丈夫です。」
「ところで何で俺にだけそれを話したんだ?シャーロットやカルロスに知られるのはともかくこれくらいなら皆に言ってもよかったんじゃ?」
「それは…秘密です。」
「秘密なのか…。」
「秘密です。」
なぜ俺にお願いしてきたのかという部分だけはいまいちわかっていないがまあ良しとしよう。早速帰ってコーデリアとジェマの二人には準備してもらわないとな。ランマも付いていくといいそうだが…まあなんとかなるだろう。
「出発は明日で大丈夫か?」
「わかりました。」
「それじゃあ俺は帰るよ。」
「明日はよろしくお願いします。」
「うん、よろしく。」
俺は屋敷に戻りコーデリアとジェマにこのことを伝えた。二人は了承してくれたのでとりあえずよかった。そしてランマの説得に入る。
「というわけで悪いけどランマは連れて行かないからな。というか無理だから。」
「…そうでござるな。」
「…?大丈夫か?」
「大丈夫でござるよ。今回は拙者では力になれそうにないから二人に任せるでござるよ。」
「おう。」
「…任せて。」
何故だろう、ランマはいつもの様な元気がないように見える。いつもなら真っ先に着いていくといいそうなものだが…。ランマはコーデリアとジェマに声をかけるとそのまま自室へと戻っていってしまった。俺はマルクさんの方に顔を向けると顔を横に振る。マルクさんも事情は知らないらしい。
「ところでアリアは?」
「アリア様ならシャーロット様に呼ばれたと城の方へ向かわれましたよ。てっきり一緒に戻ってくるものと思っておりましたが。」
「なるほど。入れ違いになったんだな。シャーロットの話だとアリア達に何か頼みたいことがあるそうなのでもしかしたら帰りが遅くなるかもしれません。」
「左様でしたか。」
アリアと俺はどうやら入れ違いになったらしい。シャーロットも何か頼むと言っていたし多分他の皆も呼び出されていることだろう。俺は明日に備えてその日は早く床に着いた。翌朝アリアはまだ帰ってきていなかったようだがマルクさんの話によると一度帰ってきて荷物も纏めたあとしばらく帰ってこないと言っていたそうだ。どこに行くとは言っていなかったとのこと。理由は俺に知られたらまずいからだそうだ。一体シャーロットは何を企んでいるのやら。
「まあ何かあれば連絡が来るだろうし大丈夫だろう。俺達も準備をして城に行こう。」
「…わかった。」
「アタシはいつでもオッケーだぜ。」
俺達は準備を終わらせ城へと向かうと入り口でカルロスが出迎えてくれた。シャーロットの姿はないようだ。
「あれシャーロットは?」
「シャーロット様は準備があるのでお見送りには来れません。」
「準備?あぁアリア達にも頼んでたことね。」
「はい。」
「ここだけの話、何をしようとしてるかこっそり教えてよ。」
「それは言えません。」
シャーロットも何かの準備とやらで忙しいそうだ。カルロスに聞こうと思ったが無駄だったようだ。しかしカルロスは続けて口を開く。
「ですが悪いことではないですよ。ただ黙っていた方が驚きは大きいでしょうから。」
「それじゃあ楽しみにしておくことにするよ。」
まあ悪いことじゃなければ良いのだが。そうして中庭の方まで出るとルミとアザミの姿が見えた。
「よし、それじゃあ俺達も行こうか。」
「はい。お願いします。」
アザミが深々と頭を下げる。まだアザミとの距離はある感じがするな。というかこう堅苦しいのが彼女なのかもしれない。エレナやシャーロットも最初はこうだったが今では二人とも随分口うるさくなったような気がする。…一瞬背中に悪寒が走る。なぜかエレナとシャーロットに怒られている気がした。いかんいかん。
「ルミ、頼む。」
「『龍化』!」
俺達はルミの背中へと乗り込む。ルミは羽を羽ばたかせ地面から少しずつ空へと浮遊していく。アザミは初めてだから少し心配だったがどうやら問題はないようだ。
「それじゃあカルロス行ってくるよ!何かあったらすぐに連絡をくれ!」
「はい!お気をつけて!」
「よしルミ、霊峰ベルベティスに向けて出発!」
「はい!」
ルミは俺達を乗せ霊峰ベルベティスへと向かっていくのであった。
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