第百七十六話 懐かしい顔
このままでは島が地上に落下してしまう。何かいい案はないだろうか。そこでふと俺は一つの考えが浮かんだ。
「ウェール、この島が今どの辺りにあるかわかるか?」
「今はセルベスタ王国を抜けて大和国に入る手前くらいですね。」
大和国は海の近くにある、つまり少し持たせればここから海に出られるということだ。
「この島を大和国近くの海に落とそう。」
「落とす…ですか?」
「墜落したらダメなんじゃ…」
「もちろんただ移動して落とすわけじゃないよ。俺たちの魔力でゆっくりと移動させるんだ。ウェールそれは可能か?」
俺が考えた方法はこの島を浮かせている魔法道具の魔力を俺たちで一時的に補って、海に浮ばせるということだった。これならば島を落としても被害はないはずだ。
「可能です。ですが…」
「それをするだけの魔力が足りないということですね。」
「これだけの島を浮かせてるんだもんね。どれだけの魔力が必要なのか…。」
どうやらこの島を移動させ海の上に落とすことは可能な様だ。ただ一つ問題なのはこの島を浮かせるのにはおそらく膨大な魔力が必要であるということだ。ここにいる俺達全員の魔力だけでは到底足りないだろう。《魔力融合炉》でも無い限りは…。
「《魔力融合炉》に予備や代わりはないのか?」
「何度か再現をしようと試みたことはあるのですが、《大賢者》様が作った物を完全に再現することはできなかったのです。」
「完全にというのは?」
「魔力を留めておくことだけはできますが、それにも限界があるので《生命の魔力》を使用できたとしても半永久的な動力とすることはできないのです。」
「なるほどな。」
あれは《大賢者》が作った物と考えれば《生命の魔力》を必要としていたというのも理解できる。こんなことなら破壊しなければよかったと少しだけ後悔した。だがそこまでの余裕がなかったのだからしょうがない。それに最後は爆発していたし。だが《疑似魔力融合炉》があるのならそれに魔力を込めればいけそうな気もする。問題はその魔力をどこから持ってくるかということだけである。
「どこから魔力を持ってくればいいのか…いや、魔力ならある!」
「どういうことですか?」
「この国の人の魔力を集めるんだよ。」
俺はこの国に住む人の魔力を集めることを提案する。皆の顔が少しだけ曇る、魔力を集めるというと記憶に新しいのはサラの事件である。彼女は王都に住む人の魔力を無理やり奪い自身の魔力へと変換していた。その悪いイメージのせいであろう。しかし今回の場合は無理やり魔力を奪おうというのではない。ここに住む人々に自分たちの手でこの国を救ってほしいのだ。
「自分達の国を守るためならきっとやってくれるはずだ。」
「そうですね。ここはこの国の人々を信用しましょう。」
「それなら《拡声器》を使用しましょう。これなら国中の人に呼びかけることができますし、そこに魔力を通すことができるので触れさえすれば魔力を送ってもらうことができると思います。」
「わかった。それでいこう!」
俺達はウェールの指示に従い予備の《疑似魔力融合炉》を使って魔力を込める。そしてこの国の人々も《拡声器》という魔法道具を使用して現在の状況が伝えられ、皆が魔力を込めた。《疑似魔力融合炉》にはかなりの魔力が集まってきた、これならなんとかなりそうだ。
「このまま大和国の周辺の海まで行くぞ!」
「おう!」
「はい!」
魔導天空都市カノンコートは無事に大和国近郊の海上へと着水した。すぐに異変を感じた大和国からツネヨシ将軍直下の部隊ではなく、因縁もあり懐かしい面々の顔がそこにはあった。
「お前たちは九人剣客!」
「久しいな、ユーリ・ヴァイオレット。」
九人剣客、かつてドウマ・ゲンジと共にこの大和国でクーデターを起こした九人の侍である。騒動が終わった後は捕らえられたと聞いていたがなぜ彼らがここにいるのだろうか?
「捕まったんじゃなかったの?」
「今はツネヨシ将軍の元、罪を償うために大和国の防衛をしているのだ。」
「そうだったのか。」
ジュウベエの話によればツネヨシ将軍による温情によって現在は大和国防衛の任に付いているらしい。ツネヨシ将軍の人柄を考えれば納得の扱い方であろう。俺たちと一戦交えたとはいえ、彼らにも同情する部分はあるし何よりツネヨシ将軍が決めたことならば俺たちは反対する理由がないのだ。
「してこれは一体どういう状況だ?」
「…。」
「…?」
俺は少し言い出すか迷っていた。大和国ならば海に面しているとはいえ、よく考えてみれば大和国とこのカノンコートという国は因縁があるのだ。それも一方的にカノンコートが悪かったということが判明している。特にこの九人剣客は元々その因縁のせいでクーデターを起こしたのだから。だが嘘を付くことはできない、ここは素直に話すしかない。
「実は…」
俺は素直に九人剣客に今回のことを話す。戦闘も覚悟したが九人剣客の面々は素直に話を聞き入れ、ツネヨシ将軍の元へと案内され詳しい事情を説明することとなった。
「…というわけなんです。」
「なるほどのぉ。」
「もちろんセルベスタ王国としてカノンコートの支援はいたします。大和国には一切手を出させないようにいたします。」
ツネヨシ将軍は考え込んでいる。いきなり国の近くに過去に争った国が海の上とは言え、出現したことに驚くのも無理はない。それに一国の長として軽はずみな判断はできない。
「よし、わかった。カノンコートを受け入れよう。」
「えっ…いいんですか?」
「ワシも一国の長として守らなければいけない物がある。じゃがそれはカノンコートも同じこと。そこに住む人々に罪はない、元凶である魔族と王はお主らが排除してくれたようだしのぉ。」
「ありがとうございます。」
「私からもカノンコートを代表してお礼を言わせていただきます。」
ウェールはツネヨシ将軍に深々と頭を下げる。しばらくはカノンコートは代理としてウェールが王の代わりを務めることになった。ナムイ王には血縁がおらず、およそ後継の様な人物はいなかったらしい。というのもナムイ王の最終目的は不老不死だったようで自らが永遠にカノンコートの王になろうと考えていたとか。実際年齢よりも若くは見えたがな。
「またしばらくは忙しくなりそうですね。」
「ここのところ修行ばかりしていたので良い機会かもしれません。」
「そういえばちょっと気になっていたんだけど…シャーロット髪の毛の色変わった?」
俺も薄々気になってはいたが、フルーも同じことを思っていたようだ。シャーロットの髪の毛は淡紫色だったはずだ。だが毛先の方やふと髪をなびかせた時に見えるうなじの辺りの髪色は若草色に変化しているのだ。
「どうやら風属性の魔力を扱えるようになってから色が変化してきたようなのです。」
「へぇー、でも言われてみたら《勇者》ってそうなのかな?エレナは赤、コーデリアは青、ジェマは茶っぽい感じの色だもんね。」
「得意な魔法属性は髪色に現れるってことか。ユーリには当てはまらないようだが。」
「まあ俺の場合は得意な属性ってよくわからないから。」
《勇者》はそれぞれ得意な魔法属性の髪色をしているという共通点がある。俺だけは特殊だからその条件には当てはまっていないがな。
「そうそう《勇者》といえばあの子。」
「施設に捕まっていた子だね。ウェールの話ではナムイ王とワメリが極秘に進めていた物みたいで詳しいことはわからないみたいだけど、本人に聞こうにもまだ目が覚めていないからね。」
「心配…でも《勇者》であることには変わりない。」
「そうですね。これで残るはあと一人だけになりました。」
「伝説だけでいうなら6人揃ったんだけどねぇ。」
結局コーデリア達が見つけた《勇者》の子は未だ目覚めていない。どれだけの期間かはわからないが魔力をギリギリまで無理やり酷使され続けていたようだ。命に別状はないがしばらく休養の時間が必要である。これで《6人の勇者伝説》通りであればこれで全員揃ったわけだが、またしても俺が特殊な《勇者》であるためあと一人いるということなのだ。
「あと一人は確実に《勇者》がいるということだな。」
「でも《女神様》の話では土と雷だったっけ。ジェマと髪の色からあの子が雷だと思うけど…」
「また手がかりはなくなってしまったか。」
「それにまた修行もしないとね。」
これで他の《勇者》についての所在はわからなくなってしまったが、また教会にでも言って聞いてみるしかないだろう。それよりも問題は魔族の方である。ワメリは引いたからなんとかなったが今の俺達が全員で立ち向かったとしても勝てないだろうと思い知らされる魔力であった。そのためにはもっと強くなる必要があるのは間違いないのだ。
「とはいえこれ以上どうしたらいいんだろう。ただ闇雲に修行しててもワメリに勝てる想像ができないよ。」
「それはたしかにそうですが、かといって他になにかあるわけでもありませんし。」
実際少し弱気になってしまっている部分はある。このままいつもの様に修行を続けたとしてもワメリの様な《上位序列》魔族に勝てる想像があまり付かない。それほどまでに圧倒的であったのだ。するとユーリの通信機が鳴った。
「…ようやく繋がったよ。」
「マーク!済まない連絡が遅れてしまった。」
「大丈夫だよ。その感じだと無事にアリアを助けることができたみたいだね。」
「ああ。」
俺はマークにカノンコートでの出来事と今は大和国にいるということを報告した。
「そういうことだったんだね。実はこっちにも少し進展したことがあって。」
「進展したこと?」
「《進化の勇者》がのこした迷宮遺物の解読が進んだんだ。」
「そうなのか!?」
「詳しいことはこっちに戻ってきてから話すよ。」
「わかった。ありがとう。」
《進化の勇者》イオ・エボリュート、城に突如として出現した《勇者》しか入れない迷宮もどきで見つけた迷宮遺物に残されていた映像魔法でメッセージを伝えてきた《伝説の勇者》の一人である。あの時は解読できなかったようだが、進展したようだ。たしか俺達の力を強化すると言っていたが…今はあるものは何でも使いたい。国に戻ったら確認することにしよう。
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