第百六十七話 炎上
《勇者》の力を使うしかない。炎で蒸発させることも素早い動きで近寄ることもできないとなると、この場面で一番最適なのは《溟海の勇者》の力だ。俺は《溟海の勇者》の魔力を引き出す。髪の色が青色に変わり魔力は深く落ち着いたように変わる。
「それが《勇者》!なんと神々しい力なのでしょう。」
「これでこの水は俺にも有利になった。決着を付けよう。」
「はい、『創造・水』!」
ウェールはさらに水位を上げる。もう水は首元まで来ていた、天井には手が届きそうだ。
「ルミ、水の中でどれくらい息は持つ?」
「ドラゴンの肺を舐めないでくださいよ!30分はいけます!」
「それだけ持てば十分だ!」
俺とルミは大きく息を吸い込んで、水の中に潜る。ルミは30分は持つといったが俺が30分持たない。ウェールも水の中に潜ると懐から何かを出し口に加える。すると泡がボコボコと出た。どうやら水中で呼吸ができる魔法道具の様だ。向こうには息ができないというハンデはない。
「『鮫波』!」
ウェールは鮫の様な形の衝撃波をこちらに向けて放つ。すかさずルミが俺の前に入り込む。
「『龍の鱗』!」
ルミは背中を衝撃波の方に向けると『龍の鱗』という魔法で全身を龍の姿の時のような鱗で覆った。身体の大きさは人間のままで龍の鱗を再現しているのだ。これならば衝撃波程度は簡単に防げる。
(龍の鱗は簡単に破れませんよ!)
(くっ!ブレスといい鱗といい本物の龍種というのはとんでもない生物ですね。)
ウェールに限らないがほとんどの人間族は本物の龍を見たことがないだろう。現在確認されている龍種はルミナライゼのみである。だから知らなくて当然だが龍の鱗というのはそう簡単に傷つかない。翼はともかく鱗を貫通させることができたのは《剣の勇者》の力を全開にしたユーリだけなのだ。そこらの魔法で突破できる物ではない。
「『海神の咆哮』!」
「ぐっ、ごほぉ…。」
衝撃波を受け止めたルミを乗り越え俺はウェールに向けて『海神の咆哮』を放つ。直撃したウェールは気絶し、口元に付けていた魔法道具を離してしまった。このままでは彼女が溺れ死んでしまう。俺は急いで近づき魔法道具を口に噛ませてやる。よし、息はできているようだ。しかし状況は良くないこのままでは俺が溺れ死んでしまう。一度《溟海の勇者》の力を解除する、ルミに向かってブレスをするようにジェスチャーを送る。ルミは頷いたあとブレスをするために息を吸い込む。
(うん?息を吸い込む?)
「すぅぅぅぅぅ!!!!!」
俺はルミにブレスで水を蒸発させてくれというジェスチャーをしたつもりだったが、ルミは部屋に満ちている水を吸い込み始めた。正しくは飲んでいるといった方がいいだろうか。みるみる内に水位は減っていく、完全に水がなくなったわけではないが最初の高さくらいまで水位が下がったのでよしとしよう。
「助かったよルミ。」
「い、いえ。」
「というかわざわざ飲まなくても、ブレスで蒸発してくれればそれでよかったのに。」
「あれそういう合図だったんですか。てっきり飲めってことかと思いました…うぷ。」
どうやらルミには俺の考えが伝わらなかったようだ。だが無駄な魔力を使わずに済んだ。ルミのお腹がとても人間とは思えない膨らみ方をしているがまあ龍だから大丈夫だろう。俺は抱きかかえていたウェールをそっと地面に下ろす。さて扉は閉ざされたままだ、この部屋から出るにはどうしたらいいだろうか。
「…っごほ!ごほ!」
「目は覚めたようだな。俺達の勝ちだ。」
ウェールは口から水を吐き目を覚ます。そして周りを見ると自分の状況を理解できたようで、少しだけ微笑んだ。
「どうして私を助けたんですか?」
「どうしてとは?」
「あなたの大事な方を攫った我々を恨んでいないのですか?」
「今から助けに行くからな。それにだから殺すとはならないだろ。」
「なるほど…これが《勇者》…。」
ウェールは俺達が上がって来た階段とは違う方に手をかざすと上へと続く階段が出現した。
「さぁ先へお進みください。」
「ああ、ありがとう。行くぞルミ!」
「はい!」
ユーリとルミは階段を駆け上がっていく。
「敵にお礼を言うのも《勇者》だから…いえ、あなただからなのでしょうね。健闘を祈りますよユーリ・ヴァイオレット。」
ウェールは二人が階段を上っていき姿が見えなくなった所で意識を失うのであった。
◇◆◇◆
エレナとジェマは上へと向かって階段を上っている。二人共《勇者》であり実力的には申し分ないが、エレナは少しだけ不安があった。ジェマとはまだ出会って日が浅く、上手く連携できるのかが心配だった。それはジェマの方も同じで今まで一人で戦うことが多かったために不安があったのだ。そして二人は開けた場所に辿り着く。
「ここは…。」
「どうやら敵さんのお出ましみたいだぜ。」
部屋の中心に火柱が経ったかと思うと、その中心から一人の男が現れる。年齢は30代くらいの男でその格好はまるで牧師のようだった。だが服の上からでもわかる鍛えられた肉体が不自然さを生んでいた。
「俺は《賢者の杖・炎属性》担当、フエンだ。これより先には行かせない。」
「炎属性…そういうことですか。」
「素直に通さなくてもいい、押し通るだけだ!」
ジェマはフエンに向かって一直線に突っ込んでいく。エレナはすかさずサポートできる体制に入った。
「『土の刃』!」
「『炎の壁』!」
「くっ!」
「甘い!」
フエンの首元を狙ってジェマは『土の刃』を放つ。だがその刃が間合いに入った瞬間地面から『炎の壁』が吹き上がる。間一髪のところでジェマは踏みとどまったが、炎の中からフエンの左腕が伸びジェマの身体を掴む。
「『炎衝撃』!」
「ぐはぁ!」
そのまま右手でジェマに手のひらから燃える衝撃波を放つ。ジェマは気絶しており、フエンはそれをひょいと軽く投げ捨てる。
「ジェマ!『炎の槍・三重』!!!」
「『炎の虎』!」
エレナはフエンに『炎の槍』を放つ、しかし炎の虎がそれを噛み砕きエレナの魔法は分散し消えていった。このフエンという男、的確にこちらの魔法を対処してくる。かなり手強い相手だ。エレナはジェマの元まで移動し、『回復役』を飲ませる。
「俺の能力は《炎上》、炎属性の魔法を使えば身体能力が上がっていく。」
「悪い…。」
「いえ、ですがこれ以上長引くのは不味いですね。」
回復したジェマはすぐに起き上がった。エレナは《副技能》でフエンの魔力の流れを見る。とても静かで落ち着いているが力強さを感じる。このフエンという男は単純に強いということを再認識した。冷静に魔法の対処をできる知能、身体強化系の能力、そして得意の炎属性魔法、その全てが上手く噛み合っている。
「どうする?」
「単純ですがいつものあれでいくしかありません。ジェマさん囮、頼めますか?」
「ああ、だがアタシも取れそうならいっちまうぞ?」
「もちろんです。」
エレナは初めてジェマと共闘するが、その頼もしさに安心感を覚えた。そして頭を切り替える、エレナの使用できる魔法の中でもっとも一撃の威力が高いのはやはり『揺レ動ク神ノ槍』だけだ。見た所そこまで防御力は高くないと思われる。当たりさえすれば勝機はある。
「『土の爪』!」
「『炎衝撃』!」
「クソっ!まだまだぁ!」
「その威勢だけは褒めてやろう!」
ジェマは土で出来た爪でフエンに襲いかかる、しかしフエンはそれを掌底で砕く。だがジェマの勢いは止まらないフエンもそれを防ぐ。二人の攻防が繰り広げられている間にエレナは『揺レ動ク神ノ槍』の体制に入る。狙うのはジェマが離れた一瞬の隙。
「ここ!『揺レ動ク神ノ槍』!」
「何!」
フエンは炎属性と思われるその魔法を回避しようと考えた。フエンは炎属性の魔法であれば大抵の物は受け止めることができる、しかしそれを真正面から受け止めるのは危険だと即座に理解したのだ。幸いここまで発動した魔法のおかげでかなり身体能力も向上しており、回避するのは造作もないことだった。
「この程度避けるのは造作もない。」
「ええ、そうでしょうね。ですが私は一人ではありません。」
「『土の腕』!」
「くっ!離せ!『炎の身体』!」
「絶対離さねぇ!このままくたばれ!」
フエンが回避した所をジェマが捕らえる。フエンは身体から炎を噴き出しジェマから逃れようとするがジェマは離さない。そして第二撃の『揺レ動ク神ノ槍』がフエンに向かって放たれていた。そのためにジェマはフエンを捕らえていたのだ。
「うぉぉぉぉ!!!!!」
「よし!」
「ふぅ、二発連続は少しキツイですね。」
フエンは身体から炎を噴き出して防御をするが『揺レ動ク神ノ槍』の勢いを止めることはできずまともにくらってしまった。
「まったくあなたは無茶をしますね。」
「人との戦いは慣れてないからな。でも上手くいっただろ?」
「ふふ、そうですね。」
ジェマはエレナの二撃目に気付いていた、だが巻き込まれる危険性があった。しかしジェマはフエンを離そうとしなかったから倒すことが出来た。エレナとしては少し思うところがあるが、とりあえず飲み込むことにした。すると階段を上ってきた方向とは逆の部分に階段が出現した。
「階段が現れたみたいだな。」
「先へ進みましょう。」
「ああ。」
エレナとジェマは出現した上へと続く階段の方に向かって進み始めたのだった。
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