第百六十三話 後継者
《生命の魔力》、名前からしてあまりいい感じはしないが文字通り生命を使って生成する魔力のことみたいだ。細かい原理はわからないが、それだけ特別な魔力であればこの国の全ての魔法道具の魔力を賄うことができる感じがする。
「死ぬって…そんな…。」
「それじゃあこの国の人には悪いけど、素直に助けるってことはできないね。」
「当然だと思います。」
何も危険がなければ力を貸してあげたいところではあるが流石に命を賭けろと言われてはい、わかりましたとはいかない。仮にアリアがいいと言っても全力で止めるだろう。
「誘拐という手段を取ったのも納得できるな。」
「ですがそれほど切羽詰まっているとなると急がないとヤバいですね。」
「何でですか?」
ルミはここまでの話もいまいち理解していないがなんとなくヤバいということはわかっていたようだ。しかしどうして急がなければいけないのかというのがわからず、質問をする。ある意味純粋だからこそ気づかないのかもしれない。
「マルムさんは私達に丁寧に説明してくれましたが、私が同じ立場でしたら黙って協力させるかもしれません。」
「つまりどういうことです?」
「アリアに困っているから助けてくれと言ったら、恐らくあいつは無条件で助けてくれるだろう。だから危険があるということを喋らすに頼むということだ。仮に説明しても死ぬとは言わないだろうな。」
そうなのだ、エレナの言う通り俺だったらわざわざ手助けしてもらう危険については話さずに協力させる。黙っていれば危険であるということはわからないからな。それに人助けだとかなんだとか言えばアリアは必ず協力するだろう。
「だけどちょっと疑問はある。そもそも《生命の魔力》なんて物を出そうと思って出せる物なのかってこと。」
「そうですね。アリアからそんな話は聞いたこと有りませんし本人も知らないのではないでしょうか。」
「実は私もそれ以上詳しいことはわからないのです。《大賢者》様であればできる物だとばかり…。」
《生命の魔力》という物を俺達は知らなかった。当然アリアも知らないはずだが、やろうと思って簡単にできる物なのだろうか。もしかしたら向こうもマルムさんの様に使えないということ知らないという可能性もある。希望的観測だが、もしそうであればまだ時間はある。
「とにかく急いでアリアの救出に向かおう。」
「恐らくアリアさんが捕らえられているのは国の中心にある《賢者の塔》です。」
「わかりました。」
「合流していないメンバーはどうします?」
「仕方がないが後回しだ。通信にも呼びかけがないということは、魔力の通じない場所にでもいるんだろう。」
結局残りのコータ、ウール、フルー、デリラ、コーデリアの5人とは通信機を使っても連絡を取ることが出来なかった。俺の通信機でマルムさんの魔法道具を借りて通信をしてもダメだったということは問題は距離ではなく恐らく魔力が遮断されるような場所にいるということだ。マルムさんの話ではカノンコートにはそういう場所がいくつかあって絞ることはできないらしい。心配ではあるが皆なら大丈夫だろう。
「それでもう魔法は使っていいのか?」
「いや…」
相手は国を守る全員だ。言うなれば騎士団全員を相手にするようなものである。ここにいる7名も実力者ではあるが流石に数の暴力には勝てないだろう。ならばできる限り《賢者の塔》までは消耗しないように近づきたい。だがそうするとこの三階層から一階層までいく必要がある。階層を超えるには証明書の様な物が必要だが俺達ではすぐにバレてしまうだろう。
「なるべく戦闘は避けるべきだ。相手の戦力がわからないけどこっちが圧倒的に数的不利なのは間違いない。」
「それならいい方法があります。地下水路を通るのです。」
「地下水路?」
「はい。この国の地下には下水路が広がっています。その下水路は一階層から二階層まで繋がっているのでそこを通れば階層を超えることができます。しかし…」
「そう簡単ではないということですね。」
「はい、下水路では水質管理とそういう階層を越えようとする者から守る番人として水竜を飼っているのです。」
「水竜?」
下水路を通ると階層を超えることができるようだ。しかしそこには水竜というのが番人として飼われているらしい。水竜名前だけだと砂竜の様な生物を想像してしまうが一体どんな生物なのだろうか。
「水竜は水陸両用で生活できる魔物でその希少は荒く、心を開いた者以外には容赦なく水を噴射してきます。その勢いは鉄を貫通するとも言われています。」
「そりゃ厄介そうだ。」
水竜はかなり危ない魔物の様だが一階層に近づくにはそれが一番ベストな方法だろう。幸い魔法がなくても戦える人材は揃っている。
「わかりました、色々とありがとうございました。その下水路に案内してください。」
「お任せください。」
ようやくアリアを救出しに行くことができる。もう少しだけ待っててくれよアリア!俺達はマルムさんに案内された下水路を通りながら一階層を目指し走り出した。
◇◆◇◆
ユーリ達がカノンコートに侵入する少し前。
アリアは困惑していた。先程まで自分はユーリ達と一緒にセルベスタ王国にいたはずだ。それなのにまったく見覚えのない景色が目の前には広がっていた。
「ここは一体…?」
「突然連れてきてしまい申し訳ございません。ここは魔導天空都市カノンコートでございます。」
「ここが魔導天空都市カノンコート?」
どうやってここまで連れて来られたのか理解はできなかったが、それはとりあえず頭の隅に置いておくことにし現状の理解に努めた。ここは魔導天空都市カノンコートらしい、先程まで自分が調べていた実在するかどうかわからなかった空に浮かぶ島だと思われる名前だ。
「それで私だけ連れてきて何のつもり!」
「実はアリア様、いえ《大賢者》様にしかできないことがあるのです。詳しくは我が王から話があります。手荒な真似は致しません、どうか今は大人しく付いてきていただけませんか?」
いきなりこんなとこに連れてきて付いてこいと言われて素直に言うことを聞くつもりはない。しかしここで抵抗した所でセルベスタ王国に帰れるかどうかわからない以上ここは大人しく付いていくことにしようとアリアは思った。
「わかった。王様の所に案内して。」
「はっ。」
アリアはワメリの後を付いていく。どうやら目の前の大きな塔の中に入っていくようだ。遠目だが山や森、街がある様に見える。ここがユーリの見た空に浮かぶ島なのだろうが、地上にある国とそう変わらない様に見える。
「この先でございます。」
「…うん。」
塔の中に入りある程度登っていくと大きな扉の前に着く。ちらと窓から外を覗くと街の風景がかなり下に広がっていた。いつの間にこんなに高いところまで登っていたのだろうか。いや明らかにおかしい、魔法か何かで移動させられたと考えるのが自然だ。カノンコートに移動したのも似たような物だろうか。そして大きな扉は開かれる。
「待っておったぞ。《大賢者》よ。」
「王よ、この方がアリア・リーズベルト様です。」
「うむ。私はこのカノンコートの王、ナムイ・コートダスという。そなたには《大賢者》が作り出すことのできる《生命の魔力》を生み出してこの国を助けて欲しいのだ。」
そう言うと王は頭を下げる。この国を助けて欲しいというお願いは聞いてあげたいところだが、《生命の魔力》という物の存在を知らない。それにどういう事情なのかもわからない。まずは詳しいことをきいてから判断しようとアリアは思った。
「どういうことなのか説明していただけますか?」
「この国は《魔力融合炉》という物で人々が生活していく上で重要な魔法道具を動かす魔力を生成し賄っている。お主がこの塔を昇った魔法道具もその魔力のおかげだ。そして最もそれが使われているのがこの島を浮かばせる魔法道具なのだ。《魔力融合炉》は遥か昔、私の先祖である《大賢者》作ったものだが、動かすのに普通の魔力と《大賢者》のみが作れる《生命の魔力》という物が必要なのだが…残念ながらこの国に《大賢者》はいない。そこでお主に《生命の魔力》の生成を頼みたいのだ。」
アリアはナムイの話を聞いて納得した。なるほど、その《魔力融合炉》というのはこの島を浮かばせたり階段を一瞬で昇らせる魔法道具にも使われる魔力を賄っているのか。たしかに同じ魔力であるし、《副技能》で魔法ではないことを先程確認した。《大賢者》しか生成できない《生命の魔力》という物が何かはわからないがそれが必要なら協力はしてあげたい。しかし…
「この島をそうまでして浮かばせる理由は何なのでしょうか?地上に行けるのであればこの島が浮いている今の内に避難をすればよいのではないでしょうか?」
「この国はかつて大和国を襲った過去がある。元々親交国であったが、大和国は魔族と繋がっており我々を潰すために戦争になったのだ。だから我々は地上に降りるのが怖いのだ、また襲われる危険がある。」
どうしてそこまでこの島を浮かばせて暮らすことにこだわっているのか。どうやら大和国との確執が関係しているようだった。たしかユーリやツネヨシ将軍がそんなことを言っていたはずだ。かつて大和国が親交国の魔法使いに襲われたと。しかし大和国が魔族と繋がっている、それは事実ではないことをアリアは知っている。
「であれば私にお任せください。大和国は魔族と繋がっていないですし、私も私の仲間も大和国とは友好的な関係を築けているので協力することができると思います!」
「おお!なんと!」
「それに申し訳ないのですが私には《生命の魔力》というのが何かわからないのです。なので大和国との友好を取り持つという形で協力させていただきます。」
大和国であれば友好を結ぶのはそう難しくないだろう。お互いに誤解をしているようなのでそれさえ解けてしまえば問題はないと思った。だがそれを提案した時に少しだけ王の口元が笑ったように見えた。するとアリアの周りの地面から棒の様な物が出現した。
「えっ…きゃぁぁぁ!!!」
「クフフ…ワァーハッハッハ!!!大和国が魔族と繋がっていないことなど知っておる、友好なぞどうでも良いのだ!」
アリアを取り囲む様に出現した棒から電撃が飛びアリアを襲う。たまらず膝を付いてしまった。そして困惑する、大和国と魔族が繋がっていないことを知っていた?一体どういうことなのだろう。
「くっ…どういうこと…?」
「あの時は新しい魔法と魔法道具の実験をするため適当に理由をでっち上げたまでよ。」
「なっ…!?」
「まあそんなことはどうでもいい。これで《大賢者》は手に入った!後は“アレ”を使えばいいだけの話。ワァーハッハッハ!!!ワメリよそいつを牢に閉じ込めておけ!」
「はっ。」
カノンコートは大和国を実験に利用するためにわざと理由をでっち上げて襲ったということらしい。許せない、アリアは魔法を発動しようとするがその前にワメリが動いた。アリアを取り囲む棒はそのまま檻の様に変形し目に見えるほど電気が流れている。だがそのまま檻を破るために魔法を放つ。
「こんな物!『炎の槍』!」
「無駄ですよ。」
アリアの放った『炎の槍』は檻に当たる前に消え失せた。当たって消えたというわけではない消滅したのだ。
「これは…!?」
「それでは王よ。失礼いたします。」
ワメリはアリアを捕らえた檻と共に一瞬でその場を後にする。玉座では王の高笑いが響いているのであった。
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