第百四十九話 兄妹
一ノ瀬彩良。彼女は地方にある田舎で産まれ育った。父親は地元では有名な企業に勤める会社員。母親は介護の仕事に付いていた。そして7歳年下の小学生である妹がいる4人家族である。普段は両親が忙しく家族4人が揃うことは中々難しかった。だがある時、妹がどうしても家族旅行がしたいと言い、たまたま両親の休みがあったので父親の運転する車に揺られ遠出することになった。
「お姉ちゃん楽しみだね!」
「うん、そうだね。」
彩良は少しだけ面倒に感じていた。高校生にもなって家族旅行なんてと。思えば妹が産まれて以降そこまで両親と会話をしていない。決して仲が悪いというわけではないが、忙しい両親と話す機会があまりなかったのだ。それに面倒はかけれないという思いがあり彩良なりの気遣いだった。
「あまりはしゃぎ過ぎちゃだめよ。旅行はこれからなんだから。」
「そうだぞ。久しぶりに皆で作れた時間なんだ、目一杯楽しもう。」
両親の言う通りかもしれない、せっかくの旅行なのだ。今まで我慢していた分、妹の様に両親に我儘を言うことにしようと考えていた。
「うわぁ!」
「きゃぁぁぁ!!!」
それは突然だった。対向車線を走っていたトラックが自分たちの乗る車に突っ込んできていたのだ。次に彩良が目を覚ましたときには何もない真っ白な空間にいた。身体の感覚はなく意識だけははっきりとしている。そして温かい何かを目の前にしていた。
◇◆◇◆
「どうやら街の霧も消えているみたいだね。」
「まあ何にせよ一件落着かな。後処理はあるけど。」
サラを倒したら街の霧が消えた。魔力を吸われた住民達も直に回復して目を覚ますことだろう。後はこの城のどこかにいると思われるセルベスタ王を探さなければ。すると玉座の間に入ってくる影が見えた。
「カルロス!もう動いても平気なのか?」
「ええ、随分休ませてもらいましたから。皆さん無事で本当に良かった。」
「それよりどうしてここに?」
玉座の間に入ってきたのはカルロスだった。アンドリュー親衛隊にやられ怪我をしていたはずだがどうしてここにいるのだろう。カルロスが視線を後ろにやるとそこにはマルクさんと抱えられたセルベスタ王の姿がそこにはあった。セルベスタ王は衰弱しているが大きな怪我もなく命に別状はなさそうだ。
「セルベスタ王!」
「皆、此度はよくやってくれた…。なんと礼を言えばよいか…。」
「いえ当然のことですよ。俺達は仲間であるシャーロットとカルロスを助けただけに過ぎません。」
セルベスタ王は弱々しい口調で頭を下げた。いくら俺達が今回の事件を解決したとはいえ、王が頭を下げるなんてことはあってはならない。ここに俺達しかいなくてよかったと思う。自分の息子が起こしたことに責任を感じているということなのだろうか。
「シャーロットもすまない。」
「いいんですお父様。」
そんな会話をシャーロットとセルベスタ王がしているとアンドリューが目を覚ます。寝ている間に二人には『三角・鎖』による拘束をしてある。更にサラの方にはアリアが『魔力流失』をしたことで魔力を全て奪い取ってあり、目を覚ましてもどうこうすることはできないだろう。おかげで皆の回復には困らなかった。だがそれでも王都の住民の魔力は多く殆どは空気中に放出された。
「…父上、いやセルベスタ王よ。どうやら私はサラに利用されてしまっていたようだ本当にすまない。そしてシャーロットにも迷惑をかけた。止めてくれた礼を言わせて欲しい。」
「いや元を辿ればお前を国外に追いやった私に責任がある。」
「でもそれは《勇者》の力を利用しようとした王子が悪いんじゃないの?」
「ちょっとデリラ…。」
「本当のことだけど、はっきり言うなぁ。」
シャーロットの話ではアンドリューが《勇者》を探している内にその力を追い求めるようになってしまったと言っていたはずだ。実の妹であるシャーロットを狙おうとするくらいに。だからデリラが言っていることは別に間違っていない。
「それは真実ではないのだ。」
「一体どういうことですか?」
「シャーロットに話したことには嘘がある。」
「えっ…。」
「元々私はアンドリューに《勇者》捜索のため各国に行くように命じた。」
そしてセルベスタ王は語り始める。アンドリューがセルベスタ王国として協力を求めるために代表として《勇者》の捜索をしていたという話は聞いた。だがそれは眉唾物だ。なにせここにいる《勇者》の力を持った俺達が能力を授かったのはほとんど最近の話だからだ。4年前の時点で本当の《勇者》のことがわかっているはずがない。俺達以外の《勇者》の可能性もあるが、それならすでに俺達が見つけていそうなものである。ヴェルス帝国の様に本当の《勇者》の能力ではない者が《勇者》と思われていたというのが俺の考えだ。
「そこからは私が話そう。各国に訪れた私はセルベスタ国との協力を求めたがどこの国も真面目に話を聞いてくれはしなかった。まだ魔族や魔物の脅威はそこまで広がっておらず、魔物の《大進行》に襲われたセルベスタ王国だけがその脅威を知っていたんだ。だが各国はその話をしてもまともに取り合ってはくれなかった。」
「まあその頃はまだ伝説に過ぎないって舐めてる人が多かったんだろうね。」
「その頃から協力的であればもっと楽に魔族と戦えたかもしれないながな。」
「たらればの話はよそう。」
中々自分達が危機に合わないと魔族、魔物の脅威は実感しづらいのかもしれないな。だが今となってはそれなりに伝わっており、一番被害が大きかったヴェルス帝国をはじめソレイナ国や大和国など有効的な国も増え協力できていると思う。
「私自身、《勇者》の能力を巡るいざこざに巻き込まれてきた。そこで人間の酷く醜い部分を嫌というほど見てしまった。少しでも《勇者》の待遇をよくできないかそうして数年が経ったあとついにシャーロットの《女神の天恵》の時が来た。」
「そこで私は《剣の勇者》の能力を授かりました。」
「なるほど。だんだん話が見えてきたよ。」
アンドリューは《勇者》の力を求めていたというシャーロットの説明ははあながち間違いではないが悪いことに利用しようとしていたわけではないようだった。だがなぜシャーロットはそういう風に聞かされていたのだろうか。
「私はシャーロットが《剣の勇者》の能力を授かったと聞いて不安に駆られてしまったのだ。このままではシャーロットを巡る争いがこのセルベスタ王国でも起こってしまうかもしれないと。そこで私と父上はある作戦を考えた。」
「作戦…ですか?」
「私がシャーロットの《剣の勇者》の力を利用し、反逆を企てているということにした。そして私が処分されればすぐにシャーロットに手を出す者は少なくなると考えたのだ。その間できる限りシャーロットに成長してもらえば迂闊に手を出せなくなるからな。」
「もちろん父親として私は反対した、だがアンドリューの決意は固かった。私は話には聞いていたが実際の現場を見てきたアンドリューの言葉には説得力があったのだ。そして私はアンドリューを反逆者として見せしめに処分することにした。そのおかげで実際にシャーロットを利用しようとする手の者はいたが、随分大人しくしていた。」
「でも…でも私にはそれを教えてくれていてもよかったのではないですか?」
「誰かに話せばアンドリューの犠牲が全て無駄になってしまう。だからこそ誰にも話さなかったのだ。もちろんお前にもだシャーロット。」
《勇者》の力によって狂った人間を間近で見たアンドリューは《勇者》になってしまった妹であるシャーロットを利用しようとする奴らから守るために自らを犠牲にしたということか。セルベスタ王国にもそういう貴族がいると以前にもシャーロットから聞いたことある。今は俺達も力を付けているからそう簡単にはいかないだろうが。だからこそ《勇者》の情報はあまり国内でも出回っていなかったのだからな。ここまでの話を聞く限りアンドリューは根っからの悪人ということではないようだ。
「簡単にできることじゃないよね…。」
「いくら血の繋がった兄妹とはいえ、その若さでそこまでできることなのか。」
「お兄様はどうしてそんな…。」
「大事な妹を守るためだ。それができるなら大したことではない。」
アンドリューは笑顔でそう語った。大事な妹を守るために…か。アンドリューの考えは理解できた。しかしそうなるとどうして今回の事件を起こしたのかますます謎になるな。先程サラに操られていたと言っていたが…。
「そんな人がどうして今回の様なことを?」
「それを話すにはまず私がセルベスタ王国を出てからのことを話さなければならないな。私はヴェルス帝国の端の方にある集落に身を置いていた。そこはあまり人がいない集落で、私のことを知っている者も少なく隠れ家にはちょうどよかった。そこの集落で暮らしていたのがこのサラ・イチノセだ。そしてある時ヴェルス帝国に大事件が起こった。君達もよく知っているだろう。」
「それってまさか…。」
「魔族の進行ですね。」
「そうだ。魔族はヴェルス帝国を端から端まであっという間に蹂躙していった。そのせいでサラの両親は亡くなってしまったのだ。」
ヴェルス帝国は元々セルベスタ王国と交流がなかった。いつだったか要人に会うパイプもないと言っていたし、アンドリューがセルベスタ王国の第一王子ということもわからなくても無理はない。そしてそこでサラと知り合ったということのようだった。サラのこちらの世界の両親は魔族の進行によって亡くなったらしい。そこから今回の事件にどう繋がるのか。アンドリューはさらに語り続けるのであった。
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