第百四十七話 異世界人
「たしかにあなたの言う通り私は《迷い人》よ。それとも《日本人》って言った方があなたには馴染みがあるかしら?コータ・イマイ。」
「そうだね。まさかこの世界に来て《日本人》っていう言葉を人から聞くことがあるとは思わなかったよ。」
この世界出身である俺達には何を言っているかわからないことが多いが、どうやらコータとサラは異世界の同じ国出身ということらしい。まさかコータ以外にも異世界の記憶を持っている人物がいるなんて。コータは《勇者》の俺達が側にいるから思い出したが、彼女はなぜ覚えているのだろうか。
「それがわかったからどうということも出来ませんがね。」
「何?」
「まだ私の能力の謎はわからないのでしょう?それに気付かなければこのままずっと戦える私が有利ということですよ。」
「いえ、そうでもありませんよ。」
霧の兵士が破られ自身のルーツを突き止められたサラだが、まだまだ余裕がある表情である。実際それがわかったからどうというわけではない。恐らくコータの様に《女神様》に貰った本来の能力を思い出しているのだろう。だがその秘密にエレナは気付いたようだ。
「何ですって?」
「あなたに街中から魔力が集まっているのを感じます。外では霧に阻まれていたせいでよくわかりませんでしたが、あなたの魔法を使う瞬間を見て確証が得られました。…あなたこの王都の住人から魔力を吸い取っているんですね。」
「王都の住人から魔力を!?」
「なるほど、だからこれだけの規模の魔法を発動し続けられているのか。」
エレナは自身の《副技能》によってサラの魔力の秘密に気がついたようだ。サラはその能力によってこの王都に住む人々から魔力を吸い取って自分の物にしているのだ。だからあれだけの規模の魔法を使用しても平気でいられるのだろう。そして街の人が気絶していたのは恐らく魔力を吸い取られている物による魔力不足のせいだ。
「そこまでバレてしまったらもう隠す必要はありませんね。私の能力は《魔力吸炉》、範囲内にいる者全ての魔力を奪うことができますわ。そして範囲はちょうどこの王都全域。」
「でも学園にいた皆は大丈夫だったよね?」
「多分俺達がいるからだよ。」
「《勇者》の影響ってことか。」
サラが俺達、いや聖リディス学園にいた皆の魔力を奪うことができなかったのは《勇者》である俺達がいたからである。以前にも似たようなことがあったが、どうやら俺達《勇者》は身に迫る危険を無意識の内に防いでいるようなのだ。直接接触されていたら防げなかっただろうが、そこは運良く助かったと思っておく。
「魔力を奪えればよかったが、それができなかったから《勇者》を学園に閉じ込めようと考えたんだろ?」
「《勇者》の魔力が奪えないのは想定外でしたが、それならば人質を取って邪魔されないように留めておけばいいと思いました。しかし《勇者》の実力を少々見くびりすぎていたようですわね。」
「まあ伊達に色々経験してないよ。」
「さてお喋りはここまでにしましょう。」
サラの魔力が跳ね上がるのを感じる。すると目に見えるくらいの魔力がサラを包み込んでいく。それはどんどん大きくなり触手の様なものが10本生えてきた。その一本一本がそこらに生えている木よりも大きくて、自由自在に動いている。まるで生物のようだが、こんなの魔物でも見たことがない。
「な、なんなんだこれは!?」
「化物だね…これは…。」
「『魔力海烏賊』!これがこの王都の魔力を集めた全て!私の力を存分に味わってくださいませ!」
「皆、構えろ!来るぞ!」
サラは魔力で烏賊の様な触手を操り俺達に攻撃を仕掛ける。触手は周囲を潰している所を見ると実体があるようだ。避けなければ潰されてしまう。俺達はそれぞれ四方八方に飛び散るが、思っていたよりも触手のスピードが早い。
「『身体強化・三重』!!!」
「『雷身体強化』!」
「どこまでも追ってくるでござる!」
「狭いと…危険…。」
サラのせいで玉座の間はかなり狭くなっている。にも関わらず触手同士はぶつかっても絡まったりせず、お互いに干渉しないようになっているようで俺達が攻撃を避けても変わらず追いかけてくる。むしろ自分を追ってきている触手だけでなく皆を追っている触手にも気をつけなければならないのだ。
「このままでは拉致があきませんね。『炎の槍・二重』!!」
「実体があるなら攻撃できるよね!『魔法弾・貫通』!」
「逃げるのは性に合わないもんね!『風の拳』!」
アリア、エレナ、フルーの3人は魔力の触手に向かって魔法を放つ。以外にも3人が放った魔法は触手の分断に成功した。しかし、傷ついた部分は即座に再生し再び3人に襲いかかる。
「「「きゃぁぁぁ!!!」」」
「くそっ!」
「その程度の魔法では私の魔力の触手を消すことはできなくてよ!」
魔力の触手に込められているのは王都に住む人から奪った魔力だ。果たしてどれほどの量なのか想像も付かないが少なくともちょっとやそっと攻撃したくらいではすぐに再生されてしまう。何か倒す糸口を見つけないとこちらが不利だ。
「ユーリ危ない!」
「しまった!」
「『龍の爪』!」
一瞬スピードを緩めてしまった俺はサラの触手に襲われる。目の前に触手が迫ってきた瞬間デリラが飛び込んで来た。デリラは触手を斬りユーリを攻撃から守った。
「直接本体を叩く!」
「そう簡単に近づけませんことよ!『魔力壁』!」
「くっ…ぐわぁ!」
「ディラン!」
ディランは触手の攻撃を掻い潜り、直接サラに攻撃するために近づく。しかしディランの目の前に魔力でできた壁が立ち塞がる。壁を回避しようと動きを緩めたディランに触手が襲いかかり吹き飛ばされてしまう。俺はすぐにディランに駆け寄り『治療魔法』を掛ける。
「すまない。」
「大丈夫。だけど直接叩けないとなるとどうすればいいか。」
「方法はある。あれを見てみろ。」
「うん?…なるほど、そういうことか。」
俺はディランが指を向けていた方を見る。デリラとコータが触手を斬り倒しており、先程ディランが突っ込んだときとほとんど同時くらいに二人が攻撃していたのだった。そしてよく見ると触手の回復が少しだけだがゆっくりになっている。恐らくだが一度に操れる魔力の量にも限界があるのだろう。だから『魔力壁』を発動させ、触手を二本回復させるのはできなくはないがスピードが遅くなるのであろう。
「同時に触手を攻撃できればサラに直接攻撃を届かせることができるかもしれないってことだね。」
「そうだ。問題は皆にこれを伝えないといけないのとタイミングをどうするかだな。」
「ウールに頼んで隙を作ってもらうよ!」
俺は触手の攻撃をくぐり抜けウールの元へと急ぐ。そして全員にこの作戦を伝えるため『蜃気楼』で全員分の分身を作るように伝えた。
「わかった任せてくれ。」
「頼むよ。目隠しは任せてくれ。『煙幕・二重』!!」
ユーリは『煙幕』によって玉座の間を煙で覆い尽くす。この隙にウールは『蜃気楼』で全員分の分身を作る。そして他のメンバーはユーリが視界を塞ぐ魔法を発動した意図を読み取りユーリの元に集まった。
「…っていうのが俺とディランの見解。」
「たしかに触手の回復速度に差があったように感じました。」
「ようするに一斉に攻撃するってことね。だけどタイミングはどうする?」
「まずさっきディランがやったみたいに俺がサラに突っ込む。そしたら魔法を発動して防いでくると思うからその瞬間に一斉に魔法を使って触手を壊してくれ。」
「そろそろ煙が晴れるな。」
「しばらくは僕の『蜃気楼』で誤魔化せてるから皆は隠れて準備をしておいて。」
「「「わかった。」」」
作戦はこうだ。まず俺が先程ディランがやったようにサラの前まで飛び込んでいく。サラは魔法を発動して俺を排除しようとするだろう。それを合図に皆で一斉に触手を攻撃して壊す。触手が再生するには時間がかかるためその隙を狙ってサラを叩くという策だ。
「そろそろ煙が晴れる。」
「行くよ!」
俺達は再びそれぞれ四方八方に散って、作戦の合図を待つのであった。
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