第百四十二話 勇者同士
ユーリ達が学園でバーリット達を倒した頃―――
「アンドリュー様。学園にいるバーリット達がやられたようですわ。」
「やはり《勇者》共か。」
城の中にある玉座の間にて。普段そこに座っているはずのセルベスタ王の姿はなく、第一王子であるアンドリュー・セルベスタとローブに身を包んだ怪しげな女がそこにはいた。
「所詮《拳銃》というおもちゃを手にしただけの下っ端にすぎません。」
「計画に支障は?」
「もちろんありえませんわ。私さえいれば計画は全て上手くいきます。アンドリュー様こそこのセルベスタ王国の王に相応しい御方。」
「そうだな。頼りにしているぞサラ。」
「お任せください。」
アンドリューが座る玉座のすぐ側には映像魔法を発動させる魔道具がある。そこから映し出されている映像は二つ、囚われているシャーロットとセルベスタ王だ。それぞれ別の場所に捕まっており気絶している様子が映し出されていた。
「我が妹の従者の男はどうした?」
「彼なら追い詰めた後逃げられてしまいました。しかしご安心ください、深手を負っていますし尾行も付けております。」
「そうか。確実に処分をしておけよ。」
「もちろんでございます。」
「失礼いたします。」
アンドリューとサラの2人が会話をしていると、どこからともなくローブを被った人物が3名現れる。
「お前達どうした?」
「はっ。先程学園にいた《勇者》共と従者の男が接触。どうやら姫様を探しているようです。」
「ふむ、あの程度では抑えることができないか。サラ。」
「わかっております。お前達、始末しにいけ。」
「「「はっ!!!」」」
サラという人物から指示を受けたローブを被った3人はその場から一瞬で姿を消す。命令通りユーリ達を消すために動くのであった。
◇◆◇◆
ユーリ達はそれぞれに3方向に分かれてシャーロットの捜索へと向かう。《勇者》の感覚でどこにいるかはわかるだろうかある程度近くでなければ流石にわからない。相手はこの《勇者》の感覚のことは知らない。だから対策は取られていないだろう、近くを通れば絶対にわかるはずだ。
「いくら3組に分かれたとはいえ闇雲に探すのは賢くないね。」
「でもどこに捕らえられてるかなんて全然検討つかないよ?」
「そう簡単に見つかるようなところではないと思うけど…。」
俺達が来たエリアは住宅が多くあるところでハーミットさんの家があり、亜人族の集落が建つのもこのエリアである。住宅であれば道路を通ればある程度判別はできるだろう。俺達は『身体強化』を発動して駆け抜ける。
「どうユーリ?」
「ここの通りじゃない。次に行こう。」
「わかった。よく見ると家の中に人はいるようだな。」
「そうだね。皆、寝ちゃってるみたいだけど…。」
今まで街の中にいないと思われていた住人達はどうやら家の中にいるようだ。しかし起きている者はおらず皆寝てしまっている。これもアンドリュー達の仕業なんだろう。霧を発生させる魔法といい王都の住人を全て気絶させることといい、そうそうできることではないのだ。アンドリューに手を貸しているという正体不明の男女の中にとんでもない能力者がいるのは間違いないだろう。
「戦いは避けられないか…。」
「どうしたの?」
「いや何でも無い。ハーミットさんの家の方にも行ってみよう。」
魔族が絡んでいるとは思えないが相手はそれくらいだということを覚悟したほうがいいかもしれない。俺達はハーミットさんの家があった広い土地へと向かう。これでこのあたりのエリアは全て回ったことになる、いないのであれば俺達の担当のエリアには恐らくだがいないということになる。
「どうやらここにもいないようだな。」
「私達の担当エリアじゃないところってことかな?」
「かもしれない。他のところも回ってみよう。」
「そうだね。」
俺達がハーミットさんの家がある土地から離れようとした瞬間。アリアの後ろにローブを羽織った人物が現れた。俺とデリラは即座に反応し、そちらに向けて俺は掌底をデリラは背負っている大剣で押し出そうとする。しかしローブの人物はそれをジャンプで回避すると同時に身体から白い何かを吹き出した。
「ぐっ!」
「何だこれ!」
「う、動けない。」
ローブの人物が吹き出した白いものは俺達の足から腰のあたりまでを覆い尽くした。それは俺達の動きを完全にとめてしまった。
「ふっ、《勇者》も大したことないな。…何!?」
「大したことないのはそちらの方だな。」
だがローブの男が動きを止めたのはウールの『蜃気楼』によって作られた俺達の分身だったのだ。そして俺はローブの男を背後から《聖剣クラレント》で斬りつける。だが手応えがなく、ローブは破れたが着ていたはずの人物はそこにはいなかった。
「おっと。」
「逃げられたか。何者だ!」
すると『蜃気楼』によって作られた俺達の分身を覆っていた物が解かれ、一つに集まると男の姿へと変わる。
「私はアンドリュー親衛隊の一人ロウ。《勇者》はお前だな。」
「アンドリュー親衛隊?」
「カルロスが言ってた正体不明の男女ってやつだろうね。」
「俺が《勇者》だ。バーリットという男もお前達の仲間か?」
「そうだ。」
俺達を襲ってきた男はロウと名乗った。アンドリュー親衛隊、つまり第一王子の護衛部隊みたいなものだろうか。そして学園を襲いに来たバーリットもどうやらそのメンバーであるみたいだ。しかしロウはバーリットの名前を聞いて突如怒り出した。
「あんな無能な男に学園に潜入させるから、こうしてわざわざ処分することになってしまった。」
「お前が来ても結果は同じだったと思うよ。」
「ふっ、子供にしては言うじゃないか。やはり侮れんということか《勇者》は、だが見せてやろう私の力を!」
ロウは先程同様に身体から白い何かを吹き出す。それは水流のようにこちらに向かって押し寄せる。ここは潰れたハーミットさんの家の部材があるだけで遮蔽物がない。あれが何かはわからないが、捕まると動けなくなってしまうということはわかっている。
「『土の壁・三重』!」
「追え!」
『土の壁』によって白い何かを塞ぐ。だがそれは壁を越えてユーリ達に届く前に固まってしまう。ずっと液状を保てるわけではないようだ。
「一体これは何なんだ。」
「多分、蝋じゃないかな。」
「蝋って蝋燭か。なるほどだからずっと液状は保ってられないのだな。」
「ほぅ、少しは頭が回るようだな。その通り私の魔法は蝋を操る魔法だ。しかしそれがわかったところで防げるものでもない。『蝋噴出』!」
俺達の足元から蝋が滲み出てきた。俺達は何もないところから発生した蝋を回避するのが間に合わず全員捕まってしまった。ウールの『蜃気楼』によって作られた俺達の分身ではなく、本物の自分たちである。
「さて、どうやって抜け出すかな?」
「くっ!」
「う、動けない…!」
人数的には有利だがこの遮蔽物のない場所では少し不利だ。それに見たことのない魔法で対処に慣れていないということもある。だが必ず弱点はあるはずだ。
◇◆◇◆
ユーリ達が屋敷を離れてすぐのこと―――
マルク、ユキ、シロの3名は傷を負ったカルロスの世話をしていた。
「カルロスさん大丈夫でしょうか?」
「ええ、安静にしていれば良くなりますよ。」
「よかったです!私、新しいタオルを持ってきます!」
そう言うとシロは部屋を出ていく。マルクは少し疑問を抱いていた、ユーリ達の話を聞く限りでは街中の住民は全てどこかにいるらしい。しかし自分たちはずっとこの屋敷にいて目覚めている、それはどうしてなのか。
「ユーリ様達と一緒にいるから手を出せなかった…そんなところでしょうか。」
「今回の件ですか。」
「どうして我々は無事だったのかと思いまして。まあそんなことは気にしてもしょうがないですね。」
「はい。今はカルロス様の治療を優先しましょう。」
考えても仕方がないことだ。ユーリが解決してくれる、自分たちはそのサポートに徹すれば良いとすぐに頭を切り替える。
「きゃぁー!」
「今の声は…」
「シロ…?」
「ユキはここでカルロス様を!」
「わかりました。」
マルクはカルロスをユキに任せてシロの悲鳴が聞こえた部屋へと向かう。そこにはシロを片手で掴んで持ち上げている男が立っていた。
「何者ですか?」
「この家に逃げ込んだ姫様の従者ってやつがいるんだろ?そいつを渡せばこのお嬢ちゃんを返すぜ。」
「何者かと聞いている。」
「俺様はアンドリュー親衛隊の一人ゴルだ!」
「そうですか。」
ゴルは驚いた。今自分が名前を名乗った僅かな時間。油断していたわけでもない、だが自分が掴んでいたはずの獣人族の女の子が目の前にいた老人に抱えられているのだ。
「なっ…何を…。」
「もう終わった…それだけのことです。」
ゴルはその場で膝を付き、倒れ込んでしまった。シロは普段ユーリ達のマルクとの訓練を見ている。だからこそなんとか見ることができたから何が起こったのか理解できた。マルクは剣を抜きゴルの心臓を一突きし指を切り落としシロを救出したのだ。その間わずか5秒のできごとである。そこまでやられたのにゴルはあまりの速さに気付かず少しの間言葉を発していたのだ。
「掃除の手間が増えてしまいましたね。後でシロにも手伝ってもらいますよ。」
「は、はい!」
2人がカルロスのいる部屋に戻ると、氷の像が3つできていた。
「侵入者でしたか。」
「はい。カルロス様を狙ったようですね。」
「外に運び出しておきましょう。シロ手伝ってください。」
「わかりました。」
この氷の像はユキが凍らせたものだとシロには理解できた。そしてそれは恐らく一瞬なのだろうということも。改めて2人の圧倒的な実力を目の当たりにして、シロはどれほどの実力が冒険者には必要なのだろうと思った。しかしこの2人が異常なだけなのを知るのはもう少し先のことである。
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